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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第四章 神殺し編
92/183

92:100年前



 吸血鬼達の住む不夜城。

 その日の夜は取り分け騒がしかった。


「何なんだ奴らは! 敵はたったの数百だろう!」


「何!? もうこの城まで来ただと!?」


「出合え! 出合えーい! 王をお守りするのだ!」


「何て強力な魔人たちだ! 北の魔王軍でも攻めて来たと言うのか!?」


 そう下級の吸血鬼達が騒ぎ立て、絶え間なく廊下を走る音が響いた。

 ここは吸血鬼達の王が住む城。その謁見の間であった。

 赤い絨毯が一面に敷かれ、シャンデリアの明かりで昼間の様に明るい。

 その部屋の奥にて、固まってうずくまる三人の親子が居た。


「怖いよぅ」


「大丈夫よ。私たちが付いてるわ」


「そうだ。メゾセフ。何も心配ない」


 母の胸に顔をうずめる男の子。そして母が優しく、父が頼もしく慰めていた。

 男の子の見た目は人間で言うところの十歳程度で、事実そうだ。父と母は20代の若々しい見た目であったが、数百年の時を生きる吸血鬼である。

 この者達がこの城の主。吸血鬼達の王と王妃、そしていずれは王となる器の二人の間の子であった。

 その王子の名はメゾセフ。


「ぐあああぁ!」


 扉のすぐ向こう側で叫び声が聞こえ、今宵の侵略者たちが目の前に居る事が分かった。

 そして扉は開かれ、一人の女性が入って来た。いや、二人と言うべきか。

 黒に近い藍色のドレスを身に纏い、細い線の体には似つかわしくない大剣を持っている。

 色白で、顔の小さな美女。髪は黒い。()()()()()()も黒く、瞳は深い藍色。

 そしてうなじの部分から後ろ向きに生えた、瓜二つもう一つの頭の瞳は、白く幻想的。

 そう、その女性は首が二つあった。

 その二つの頭を飾るかの様に生える、山羊の様に捻じれた二本の角。

 濃い藍色のそれが人間でないと示している。


「ご機嫌よう」


 悠然と微笑む正面を向いた顔。

 たったの二人でここまで乗り込んできたその女性。

 数は少なくなってしまったが、吸血鬼にして歴戦の近衛たちがその女性を取り囲んだ。

 それには我が子を守る為に挑む、王と王妃の姿もあった。

 王が問う。


「貴様らは何者なんだ」


「うっふふ。吸血鬼達の血を贄として、新王国の樹立と魔王誕生を宣言する、新たなる魔王軍ですわ」


「新たなる、魔王軍だと?」


 その返答には怒気を露わにする王。


「ふざけた真似を!」


 その怒声が合図だ。

 吸血鬼達は一斉に女性へと剣や爪など、それぞれの得物を振るう。


 その様子を部屋の隅でうずくまり、指の間から見ていたメゾセフ。

 そして見る事となる。

 己の身近だった者達が殺される様を。

 父や母すらもその大剣に飲まれ、血飛沫を上げる様を。


 返り血の一切を浴びず、その女性は転がる死体の中心に立っていた。

 いつの間にか身を乗り出し、その光景を凝視していたメゾセフ。


 なんて……

 なんて…………



 ――美しいんだろう……



 その表情は、恍惚だった。


「あ、あの!」


 気づくと恐怖は消え、メゾセフは女性の元に駆け寄り声を掛けていた。


「え、えぇと……う、美しいですね!」


「あらあら。うっふふ。可愛らしいですこと」


 子供なりの語彙で、メゾセフは女性にお近づきになろうとしていた。

 それを軽くあしらう女性。


「こ、今度お茶でもどうですか!」


「まあ。お姉様は本当におモテになりますね」


「ふふ。ルアったらよしなさいな。お茶ねぇ。貴女が明日まで生きてたら考えようかしらね」


 その言葉にメゾセフは現状をハッと思い出す。


「そうだ……け、結婚してやってもいいぞ! 国交を結ぼう! お前たちを貴族階級にしてやる! ど、どうだ? それか望みを言え!」


 顔を赤くして声を張るメゾセフ。怒りではなく、羞恥だ。


「おやおや。血統主義の筈の貴殿ら吸血鬼が他種族に求婚とはな。だが生憎立場を理解していないらしい」


 と、そう言って新たに部屋に入って来る者が居た。

 タキシード姿の偉丈夫。濃い藍色の短髪。鼻から上を覆った黒い仮面。

 気品のある長身の男であった。


「バラン様……」


「ふむ。お前に限ってないだろうが、怪我は?」


「全く。ご心配ありがとうございます」


 その女性と男のやり取りを見ていたメゾセフは、二人が親密な仲である事を理解した。

 嫉妬から睨みつける様に男を見上げるメゾセフ。


「ひゅ~。見せつけてくれるねぇ」


 と、そんな軽い声と共に新手の男がやって来る。

 その男は少年と言っても差し支えない見た目で、尻まで届く様な長い黒髪をしていた。

 まるでただの人間が着る様な黒いシャツとズボンを着て、髪が長い事以外では普通過ぎる出で立ちだ。


 そして仕える様に後ろを歩く思う一人の男。

 紅の瞳。癖のある白い短髪。白い髭を蓄えた初老と思われる男性。左の耳と側頭部に、斬りつけられたかの様な一筋の傷跡が残っている。

 額には鋭い角が二本生えていた。

 基本は白く、所々赤の刺繍の入った着物を着て、腰には二本の刀を差している。


「魔王様。お戯れを」


 そう少年に向けて言うタキシードの男。


「ラ=ロア、ラ=ルラ、バラン。城の占拠、ご苦労だった」


『はっ。身に余るお言葉でございます』


 と、少年の言葉に跪く三人。

 その光景にその少年こそが彼らの主だと察したメゾセフだった。


「うむ。で、君が王家の血筋か。君は交渉材料だ。来てもらおう」


 そう言ってこちらを向いた少年。

 その黒い瞳が合わさり、この者が遥か高みの存在なのだと、何故かメゾセフは悟った。


「む? フレシアが派手にやってる様だね。彼女に向かわせて良かった」


 と、音や衝撃が轟いた訳でもないのに、少年は言って窓際へと寄った。

 その少年の見る方向を見て、メゾセフは驚愕に顔を染める。


「まさか……あの墓地の王に手を出したの!? ダメなんだぞ! 途轍もなく強いんだ! 見境なく“死”と“不死”を撒き散らすんだ!」


 そう必死に訴えるメゾセフ。

 北東部にある共同墓地に住まうと言われるアンデットの王。

 深い眠りについているがその力は強大で、オーラだけでも耐性の無い者は死に絶え、最悪は動く屍と化す。

 あれにだけは絶対に手を出してはならぬのだと、父により厳しく教え込まれていたメゾセフだった。


「それは大丈夫だよ。だってあそこに居るのは僕の友達なんだもん」


 だがその返事に、メゾセフは更なる驚愕で言葉を失う。


「でも寝起きが悪いからね。やっぱ今は理性を失ってるみたいだ。まぁ、些細な問題だ。フレシアも久々の竜形態になれてスッキリした事だろう」


「羨ましいですわ。お手合せ願いたかった心持でございます」


「相手も上位大幹部だからね。念には念を入れて」


 と、女性とそんなやり取りをした後、少年は扉の方へ歩き、顔だけこちらに向けた。


「さてと、行こうか。場合によっちゃ、君は生き残れるよ」


 そしてそう言ったのだった。









 結果生き残った。

 残った吸血鬼達は全面降伏し、新たなる住民たちを受け入れる事となる。

 一応は特権階級に落ち着き、メゾセフもそのまとめ役として生かされる事となった。

 だがそんな事はどうでもいい。


「ラ=ロア! また北の魔族の事を教えてくれよ!」


「うっふふ。よろしくてよ」


 あの時の女性、ラ=ロアを見つけては駆け寄り話しかけるメゾセフだった。


「おやおや。これまた随分と勉強熱心であるなぁ。うむ。関心であるぞメゾセフ殿。これは将来我らの国に貢献する者として、期待の目で見守っておこう」


 そう全く敬ってない事が分かる様、『殿』を強調してやって来た男がいた。

 その男、バランを見てメゾセフはむっと睨む様に見上げる。


「行こう。ラ=ロア」


「ふふっ。はいはい」


 メゾセフはラ=ロアの手を引いて、その場を後にした。









「この時魂の力も受け継ぐ事になるの。こうやって北の魔王は代々覚醒状態を維持してきたって訳ね」


「え? でもそれじゃあ初代北の魔王が復活の時を待ってるって話は嘘なの? だって初代北の魔王も寿命に縛られるじゃん」


「現北の魔王の血筋を辿れば、それは初代北の魔王軍の幹部に当たるのよ。初代北の魔王様は統治を部下に任せ、その身をお隠しになられてる……って言う、まぁ伝説ね」


「ふーん」


 一室の机に向かい合って、メゾセフはラ=ロアによる座学を受けていた。


「ふふっ。魔法生物学って面白いでしょう? いつか専門の研究所を作りたいと思ってるの」


「お姉様、それは良いですね! 早速魔王様に掛け合ってみましょう!」


「ふふっ。そうねぇ。最近は移民も落ち着いてきた事だし」


 暇で学術書を読んでいた後ろのラ=ルアも、ラ=ロアの言葉に敏感に反応する。


「ねぇ、ルアはどう思う? この覚醒者が子を成すと寿命に縛られる現象を」


「生物の理を越えた我らがそれでも子を成したいと言う我儘を言う以上、縛りを設けられるのも仕方がないでしょう。それに繁殖能力を失ってから速やかに寿命が届くのは、どの生物でも見られる事です」


「なるほど。確かにねぇ。貴女は因果関係を、繁殖能力の有無に主軸を置いてるのねぇ」


 と、そんな会話をするラ=ロアとラ=ルア。

 その光景をラ=ロアの手につけられた指輪を眺めながら、黙って聞いていたメゾセフは。


「ねぇ……ラ=ロアも、いつか子供作って死んじゃうの?」


 そう恐る恐る訊いた。

 ほんの一瞬驚いた様に目を向けて固まったラ=ロア。


「まぁ、戦いに生き、戦いに散るのも良いけれど……。ともかく、そう言った事は我らの侵略がひと段落してからですわね!」


 そう笑みを向ける様を見て、それが誤魔化しだとメゾセフは気付く。

 そしていつか来る『そう言った事』は、相手はバランだろうと理解する。


「ら、ラ=ロアの、尊敬する様な男性像を教えてくれ! お、俺頑張るから!」


 そう立ち上がって言うメゾセフ。目を瞑る程の勢いで口にした言葉だった。

 それに目を丸くしていたラ=ロアも微笑む。


「そうですわね……。私より強くて、やはり社会への、魔族への、魔王軍への……。つまりは魔王様への貢献をする人物……でしょうかね」


「強くて、貢献する……」


 呆然と復唱するメゾセフ。


 その後、メゾセフが魔王ラーより『メラゾセフ』の名を賜るのに、そう時間はかからなかった。



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