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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第四章 神殺し編
91/183

91:環境が先か、人格が先か。



「ぐああああああぁぁぁぁーー!」


 爆発音が轟いた後、俺の絶叫が響き渡った。

 鬼の刀が俺の腹を刺しているからである。


 ――こいつ、やはり狂っている……!


 そう睨みつけるのは鬼が爆発を正面から受けた上で、俺を刺す事を優先した事に対する反応だ。

 まるで痛みや自分の生命など二の次。

 格上がしていい戦い方ではない。


 ズバンッ、と。

 切り裂く様な風が起こった。

 それを余裕を持って避けていた鬼。

 鬼は後ろに飛び、俺は刀が抜かれて血が溢れ出た。


「来るなぁ!」


 レイラが駆け出す気配を感じて俺は叫ぶ。

 今来られても守れる保証がない。

 俺は回復水薬ライフ・ポーションを取り出し傷に掛けた。

 幸い肉が抉れた訳ではないので体力消費は最小限の筈だ。


 癒えるのも見届けずに俺は立ち上がる。

 傷と激痛で腹に力が入らず腕と脚の力だけだ。

 幸い相手もそれなりにダメージは負ってくれた様で、互いの傷が癒える間に俺達は睨み合った。


「あんた、頭おかし過ぎだろ」


「ふっ。よく言われる」


 余裕の態度で答える鬼。

 小さな試験管の様な瓶で鬼も水薬ポーションを煽る。

 少量を飲んだだけで忽ち癒える傷。


「格下に対する戦い方じゃない」


「そうだな。格上とばかり戦ってきたものでな。つい」


 格上と戦い続けて勝ち残って来たなど異常過ぎる。

 オーガはまだ見た目で年齢の判断が付く方だ。

 見た目から予想される筈の年齢とレベルがかけ離れているのも納得だ。

 いや、あの生死を彷徨う様な戦いを幾度も潜り抜けて来たなど、やっぱ納得できないな。

 どちらかと言うと、感情論で。


「一つ、認識を改めよう。お前の実力は精霊込みのものだ。別途で考えていたが、そうなると格下と一言では侮れない。俺はお前に敬意を込めて、戦うとしよう」


「へぇ~。既にハードモードな訳だが、これ以上どうしてくれるって言うんだ?」


 一周回ってしまって余裕な態度で応じた俺。

 これ以上の絶望的状況に成り得るのか? と。一種の自棄だ。

 そして相手は行使する。

 その技術を。


「ぐっ、あぁ……く」


 体の変化に耐える様に鬼は声を漏らす。

 髪と瞳が赤く染まり、爪と牙が一層鋭く伸びた気がした。いや、剝いているのだ。蛇の様に肉に仕舞っていたその凶器を。いや、狂気を。


「きょ、狂気化」


 呆然と、クロコが呟いた。

 いずれそこに居たのは一匹の、真の鬼だった。


「ひょ、ヒョーン」


 言わずとも、相棒とも呼べる付き合いの精霊は情報を送ってくれた。


 種族名:ハイ・オーガ

 レベル:71

 魔力適性:9(-4) 魔力総量:545/601

 闘気適性:13(+3)闘気総量:1131/1226

 状態:狂鬼化


 俺は今まで以上の絶望を感じながら、目の前の鬼が格上を屠り続けて来たのも納得していた。

 どちらかと言うと、感情論で。


「さて……改めて。参る」









 俺はもちろん、精霊たちも力を出し切った。

 最早打つ手なし。

 そして今、鬼の刀が胃を貫いて口から血を出している。


「下手に動かなければ楽に逝けたものを……」


「ぐあっ!」


 俺は蹴り飛ばされて二人の元に転がる。

 胃が痙攣している。


「ぼふっ!」


 吐血。


「キョウイチ様!」


 レイラが最後だろう回復魔法を俺に掛けてくれ、傷は癒えた。


「五分後に殺す。別れを済ませておけ」


 と、ぶっきら棒に言い放った鬼。

 いくらでも殺せるタイミングはあると思っていたが、そういう事か。

 鬼は狂鬼化を解き、髪や瞳が青に戻った。


「そんな……そんな、そんなっ。キョウイチ様……!」


 レイラが涙目で俺に抱き着く。


「ふっ。レイラ。まだ死んでないのに大袈裟だぜ?」


「うぅ~!」


 俺の服を掴み、顔を埋めるレイラ。

 俺はその手に、その指につけられた物に気づく。


「れ、レイラ、この指輪って、まさか」


「はい! 精神干渉を防ぐ、指輪でございます!」


「え? でも、その指輪をつけたら、俺の『愛慕の祝福』は効かなくなる筈じゃ……。それに、あんなに嫌がってたのに」


「だって、つけてもこの気持ちは変わらない……そう思えたから!」


 そう至近距離で真っ直ぐに見つめるレイラ。

 俺はそれに息を呑む。

 美しかったからだ。


「そうか……。しかし、レイラがつけてるって事は」


 俺はこちらを見下ろすクロコへと視線を移した。


「私もですよ。指輪を外しても気持ちは変わらない……そう思えたんです」


 そう言って、クロコはしゃがみ込んだ。

 今まで見た中でも一番優しい表情だった。

 二人の真っ直ぐな好意に、さすがの俺も顔が赤くなっていた事だろう。


「じゃあ指輪、要らなくなっちゃったな」


「何を仰いますか。ちゃんと新しいのくださいね?」


 と、すごく圧迫感のある笑みを向けるレイラ。


「お、おう。いつかな」


 そうだな。

 ちゃんと帰ろう。


「にしても、指輪をあげる文化はこっちでもあるんだな」


 そう言って誤魔化しつつ、俺は震える足で立ち上がった。


「それで思い出したよ。俺はアプロさんにこの世界へと呼ばれた身なんだった。今はきっと俺の戦いを見てる頃だ。あの人に無様なところは見せられない」


 そして俺はもう一度剣を構えるのだった。


「最後まで、醜く足掻こう」









 知っていた事ではある。

 目の前の青年が異世界から来た者である事は。

 来た方法は違えど、同じ故郷を持つ者。

 言うなれば、これは“召喚者”と“転生者”の戦いだった。


「そうか。やはり俺とお前は同郷。不思議な縁だな」


「は? 何を言ってるんだ?」


 尚も立ち上がった青年だが、こちらの言葉に怪訝気に動きを止めた。


「その顔立ち、その名前からほぼ確信はしていた。俺はお前と同じ世界の、それも恐らく同じ国で暮らしていた。魔物へと転生したのだ」


 驚きに言葉を失くした様子の青年。


「な、何故だ」


 そして顔を下げて呟く。


「何故、その上で魔王軍に」


「その上だからだろう? 魔物として産まれたから、魔物として生きているだけだ。お前だって人間として生きてるだろう?」


 その言葉に、青年は怒気を孕んだ瞳でこちらを見上げる。


「ふっ、ふざけるな! 俺は魔物として産まれようがこんな事しない! 魔王軍がどれだけ人々を苦しめているか知っての言葉か!」


「人間の価値観は疾うに棄てた。それは人間のままだったお前の言葉だ」


「そうじゃないだろう! 俺は言葉を交わせる『一人の者』として言っている! お前が魔物とか本当は関係ない! 俺は、魔物とだって仲良くしたいんだよ!」


 反射的に、ぴくりと俺の刀が揺れた。


「そして、産まれの環境に左右されにくい筈のあんただから、俺は今言っている……。お前は、お前は……人間の気持ちも、魔物気持ちも分かる数少ない者なんじゃないのか……? 何でその可能性を棄てて、魔王軍に染まってしまったんだ」


 青年は悔し気だった。

 まるで自分の事かの様に顔を苦渋に染めている。


「一つ問おう。俺達の元居た世界にだって、酷く残虐な争いは幾らでもあった。お前は元居た世界でもそれに常に心を痛め、改善をしようと何か行動を起こしていたとでも言うのか?」


 今度こそ絶句する青年。


「そんな訳なかろう。お前は当事者になった途端に善性が刺激され、講釈を垂れる程にまでなっただけだ。だがそれが悪いとは言わない。環境が人をそうさせる。言っとくが、こちらの方がきっと根深いぞ? 理想論で世界は変らん」


 向こうはこちらの世界に来て精々が一、二年。

 だが俺は根っからのこの世界の生物として生きて来た。

 見て来た物が違えば、考え方も変わろう。


「もしさぁ」


 青年は俺の言葉に痛まし気に顔を顰めていたが、次第絞り出す様に言った。



「魔王軍が俺達の居た世界まで征服しようって言い出したら、お前はどうするんだ?」



 今度は俺が暫し絶句してしまう。

 その時……

 その時、俺は。


「故郷だ」


 俺もまた、言葉を絞り出した。


「俺の故郷は、今や魔王国にある。それを守る為に戦ってるんだ」


 その返答は、誤魔化しだったのだろうと、自分でも思う。


「手を取り合う、その方向には行けなかったのか?」


「そんな環境ではない」


「そりゃ、どうしようもない環境もあるとは思うよ……。でもさ……あぁ、クッソ。上手く纏まんねぇや」


 そう言って雑に頭を掻く青年。

 一度考えを整理する様に、いや消す様に頭を振るって、真っ直ぐにこちらを向いた。


「なぁ、俺達から始める事はできないかな? 環境を変えるって事を。皆んなと仲良くするって事をさ」


「な、何を言って」


「亡命しろよ。お前の故郷ごとさ」


 俺はどんな顔をしていただろうか?

 今までの無表情を貫けていた自信が無い。


「きっとお前を含め、ここには何か権限がある奴は居ないんだろうけどさ。声を上げて変えていくもんだろ? そうだ。俺女神と知り合いなんだ。相談してみるよ!」


「……お前は、甘すぎる。その実現には限りなく大きな力が必要だ。魔王軍はいずれ神々すら滅ぼす。それだけの力がある。それすら御する力が必要と言う事だ。無理な相談だ」


「お前、本当にそうなると思ってんの? いずれ魔王が勇者に討たれるのは物語の王道なんだぜ?」


 急にこいつは何を言い出すんだと、俺は暫し青年の様子を見守る。


「女神様が言ってたけどよ。近々神々の軍勢が魔王軍に攻勢を仕掛けるらしい。その結果を見てからでも遅くはないんじゃないか?」


 そう問いかける青年。


「悪い奴が懲らしめられて、良い奴が認められるのは、物語の王道だろ? このままだと、お前の故郷も希望を棄てない人間の力ってやつに、報復を受けるぜ?」


 俺は無言を貫く。


「いつかは分からないが、いずれそうなる。今ここで俺が死んでも、そう思うのは俺だけじゃない。希望が人々を紡ぎ、刃となって魔王に、そしてお前の故郷に届くだろう」


 希望的観測ながら、その瞳は揺れ一つ無かった。


「俺は時々思うんだ。この世界が本当は誰かの物語の中で、俺はその登場人物の一人に過ぎないんじゃないか、て……。勧善懲悪物は、皆んな好きなもんだろう?」


 そう青年は最後、俺に笑いかけて言った。

 暫しの無音が降りる。

 その無音を斬ったのは、俺が刀を左右に振るう音だった。

 構える青年。


「次だ……。次で決める。実際に神殺しが成るか否か。それで決める」


 チンッ、と。音を立てて俺は刀を鞘に収めた。


「って、って事は」


「見逃してやる。次会う時は殺し合いか協力する時だ。精々今よりは強く、そして影響力を持っておく事だな」


 俺は振り返り、自分の背中越しそう言ったのだった。









 結局、ご都合展開で見逃されるパターンだったな、と。

 そう思いながら、俺は人間の町へと戻って来ていた。


 自分でも、見逃す決め手となったのがどの言葉なのかは分からない。

 それこそ同郷で情が沸いたのもあるし、青年の『愛慕の祝福』の影響が0とは言えないだろう。

 神が見ていると言う言葉も無視できなかった。

 つまりはビビった面もある。

 この世界で信仰される神を殺すと魔王様は宣言なさった。俺も祝福持ちを殺せば後戻りはできないだろう。

 この世界の神とやらがどれ程なのかがキモなのである。

 無神論者だったが、根っからのこの世界の生物として生きれば、考え方も変わろう。


 そしてやはり、俺は群れを守るのが目的だ。

 俺は屈したのだろうか?

 魔王軍が俺の町に来た時、これ以上は無理であると。

 いや、あの時はあれで最善だった筈だ。

 だが世界と神を敵に回す魔王軍に巻き込んだのは事実。

 魔王軍の力は圧倒的だ。だが、確かに……


 ――悪い奴が懲らしめられて、良い奴が認められるのは、物語の王道だろ……?


 俺は首を振るって考えを消した。

 何を今更、悩んでいるんだ。

 今考えるべきは、どちらかと言うと任務失敗の言い訳だ。


 そう思いながら、俺は扉を開けて宿の一室へと入った。


「ポチ子……?」


 人気のない部屋の中心で、俺は顔を見回す。

 他人の匂い。

 誰かが入った。


「遅かったじゃないか」


 入口から届いた声に身構える。

 そこに居たのは、先日顔を合わせた吸血鬼の男だった。


「女は預かっている。何、手荒な真似はせん。お前次第だがな」


 なっ。

 声も無く、俺の首筋を嫌な汗が通った。


「行くぞ。謁見だ」


「誰に?」


 背を向ける男に問う。


「魔王軍特務機関大将」


 男は必要最低限の事だけ言った。


「“夜王”メラゾセフ様だ」



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