90:召喚者VS転生者
たった一度の踏み込みで数メートルの距離を縮めたその鬼。
振るった一太刀を剣で受け止める。
「くうっ!」
お、重すぎる!
歯を食い縛って腕に力を込めるが、その勢いに俺は吹き飛ばされる。
地面を滑りながら剣を地面に突き立て、勢いを殺す。
序でに俺の意思で風属性の切り裂く様な精霊魔法を発動する。
ヒョーンの力を借りたもので、魔力の消費はヒョーンと、俺もオペレーターとして少し減る。
練度や精霊との関係にも寄るようだが、付き合いの長いヒョーンとは魔力消費9:1と言ったところか。
ともかく発動されたその風魔法。
目に見えぬその攻撃は、しかし鬼が対抗する様に振るった刀の後、まるで勢いが無くなったかの様に微風を作っただけだった。
な、なんだ?
魔法を、斬ったのか?
「練られた闘気は魔法をも斬ります! 不意を突くか物量で押すしかありません!」
と、相変わらずクロコが的確に敵の分析と対処を知らせてくれる。
これがクロコが居てくれて助かる理由だ。
レイラは言わずもがな回復役。
俺達はそれぞれの役割がしっかりとある、今やパーティとも言える様な間柄だった。
魔法が不発になったのは残念だが、端から牽制のつもりだ。
何より二人が距離を取ってくれればそれでいい。
だがクロコとレイラは左右別に避けていた。
言わずとも一塊になってほしい意は伝わっているだろうから、俺がすべきはとにかく鬼の気を引く事だ。
「リョンリー! とにかく炎だ! リリリ―も急で済まないが俺を水で覆ってくれ!」
『おうよ!』
『承知しましたわ!』
言いながら俺は駆ける。
同時に広範囲に渡って広がる炎。
そして俺を覆う様に絶えず発生する冷たい水。
その中で俺は鬼と剣を打ち合った。
物量で押すとなればリョンリーが適任だ。
だがリョンリーとの連係はまだ不十分である。と言うよりは、俺がリョンリーを使い熟せてないと言った方が正しい。
火属性魔法は強力だが技として繰り出すのが難しいし、リョンリー自身が良く言えば火力重視、悪く言えば雑である。
故にこの炎はリョンリーが単体で出している炎となる。
そしてリリリ―は今しがた仲間になったばかり。
二人に劣らぬ強力な精霊らしいが、当然にまだリリリー経由の精霊魔法は使えないし、リリリー自身どんな芸当ができるか把握できていない。
故の地味な、だが現状ではありがたい役を頼んだ。
「はあぁ!」
俺は闘気を込めて剣を振るう。
鋭い金属音を立てて相手の刀で止まる。
まるで微動だにしない。俺の希薄過ぎる闘気ではまるで歯が立たない様だ。
俺の現状の闘気適性は5。相手の13とは比べるまでもない。
正面からでは叩き潰される相手だ。剣ごと胴体を切り離されても不思議ではない。
「『ウィンド・カッター』!」
今度は詠唱を行い、牽制でないヒョーン経由の魔法を行使する。
やはり、それは避けた。
俺の剣技、と言うより俺は全く眼中にない様だが、精霊は警戒している。
端から俺の力でどうにかできる相手でないのは分かっていたが、精霊たちと上手く連携しないと死はすぐに届く。
二人が距離を保つだけの時間は稼いだ。
リョンリーは広範囲の放火をやめ、俺のサポートに集中する。
俺の剣技で足りない部分を風魔法、そしてリョンリーの炎でカバーする。
「くっ!」
急接近。
鬼が迫って鍔迫り合いと成る。
同時にリョンリーが火力を上げ、リリリ―も水を大量にかけてくれる。
だが鬼は怯まない!
炎をまるで意に介していないかの様に、一歩踏みだし俺を追いつめる。
「くっそぉおう! 火力を上げろーー!!」
リリリ―の水では誤魔化せないレベルの炎が舞う。
視界が赤く染まり、熱が蒸発に追いつき肌が焼ける。
「チッ」
炎で空気が揺れる中、鬼の舌打ちが聞こえた気がした。
「ぐっは!」
直後に腹への衝撃。
俺は数メートル吹き飛び、レイラが駆け寄る。
「鬼系統は再生力が強いです! 油断しないで!」
そんなクロコの言葉を聞きながら、俺は立ち上がりながらレイラの治療を受ける。
そして離れる二人。
構える俺。
見ると鬼の肌は爛れていたが、急激な新陳代謝がなされているかの様に、肌が再生し古い皮膚がぽろぽろと落ちている。
一応、常時なら重症と言われる様な傷は負っていた様である。
だがこいつ、痛みを感じないとでも言うのか、その顔は涼し気だった。
俺が言うのもなんだが、戦い方が正気じゃない。
「はぁ、はぁ……っ。ひ、ヒョーン。相手のステータスはどれだけ減っている?」
既に息が上がっている俺は絶え絶えながらも言葉を紡ぐ。
いずれヒョーンが新たな敵のステータス情報を見せてくれた。
種族名:ハイ・オーガ
レベル:71
魔力適性:9 魔力総量:601/601
闘気適性:13 闘気総量:1203/1226
状態:正常
は?
ほ、殆ど減ってないじゃないか……
あの魔法を斬った時以外、一度も闘気を使ってないと言うのか?
こ、これ程なのか? 力量差があると、闘気すら使われずに終わるのか……?
「こんな戦い方をする相手は始めてでな……。大人しくしていれば、楽に逝かせてやるが?」
「それはお気遣いどうも。だが生憎負ける気は無くてね」
一瞬絶望しかけたが、相手の言葉に正気を取り戻した。
苦しいのは嫌だ。
だが抵抗もせずに負けるなんてのはもっと嫌だ。
無論、勝つのがベスト。
それは二人も同じ気持ちの筈だ。
「クロコ。奴のステータスは何も変わっていなかった。どうすべきだ?」
「炙りましょう。魔力、闘気を削るのは無視して体力その物を削るのです」
「了解。リリリ―は遊撃を頼む。自分の意思で動いてくれ」
『承知しましたわ』
そんな会話をする間、レイラは俺に各種支援魔法を掛けてくれた。
レイラの神聖力は然程多くはない。普段はしない奥の手だ。
毎度相手が回復を待ってくれるとは限らない故、こちらに回すのは良い選択だろう。
後が無くなるのは間違いないが。
この支援状態であるならば俺は魔力適性7、闘気適性6相当となる。
俺一人なら焼石に水だろうが、魔力適性が上がってヒョーン達との連係が上手くなるのは大きい。
「勝つ気でいるのか……。その意気やよし。だが」
言って、鬼は俺達を眺めていた。
「舐められたものだ」
「ッ!」
気づくと目の前まで鬼が迫っていた。
予備動作は十分にあった。構える所作を予備動作と呼ぶか、だが。ともかくその後が速すぎた。
鬼は地を抉り勢いのみで滑空し、剣を揺らす程の隙しか与えずに目の前まで迫った。
闘気だ。奴は漸く使ったのだ。
そんなどうでもいい事を頭の隅の一割で理解すると共に、大半の九割で避ける事が叶わない事を、下段に溜められた刀を眺めて理解した。
直後、俺達の間に氷の柱が形成される。
リリリーだ。
俺を守る様に分厚い氷の壁を作ってくれたんだ。
ほぼ同時に上からの風。
ヒョーンだ。
珍しく自発的に発動されたその風で、俺は強制的に体を下げる事となる。
そして炎。
リョンリーだ。
周囲に炎が浮かび、相手の視界を悪くする。
三人の精霊が瞬時に俺を助ける為の行動を起こしてくれた。
そして振るわれる。鬼の刀が。
その一太刀にも闘気が練られていた。
氷を破壊し、炎を吹き飛ばす。直線上にあった木々が余波で切り倒された。
受けていたら間違いなく剣ごと体がバラバラになっていた。
「ふんっ!」
転がった俺に縦に刀を振るう鬼。
自分でも分かる余裕の無い顔で俺は転がるようにして避けた。
斬撃が放たれ地面が割れる。
「『ファイア・ブレット』!」
そして鬼の顔面に向けて基本的な火属性魔法を放つ。
ウィンド・カットと同じく精霊独自の魔法ではないが、リョンリーの力を借りている。
リョンリーとの連係ができないとは先ほどまでの話。
今の魔力適性が7の状態なら多少は可能だった。
急に顔面に飛んだ火の弾にさすがに怯んだ様子の鬼。
振り下ろされた状態の刀と言い、少しは隙ができた。
(頼む! 成功してくれ!)
嘗てない集中力とありったけの魔力を込めて、俺は魔法を行使した。
「『エクスプロージョン』!」




