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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第四章 神殺し編
85/183

85:神々の王



 白い空間。

 その土地その物が清麗さ漂う神の世界。

 地面、建物、空までもが白い。

 人々の暮らす地上のずっと上空の座標であり、別次元にその空間はあった。


 ここに絶世の美女あり。

 長い金髪を編み込み、背中に流した少女。

 内包する神聖さを隠せぬかの様に、動く度に金髪は輝いていた。

 その少女、女神アプロディーテーは一つの神殿を目指していた歩いていた。


 その内、一人の男が見えて来た。

 見上げる様な体躯。隆起する筋肉。後ろからも分かる鍛えられた体。

 身長は三メートル近い。

 まるで巨人だ。

 その大きすぎる背中からも伝わる覇気。

 最早その者のレベルや魔力など関係なく、その姿は見る者を平服させるだけの貫禄があった。


「ディーテか……久しいな」


 ベージュの短髪を持つその男は、自身は微動だにせずそう言った。

 それに相変わらずだと思いつつ、アプロディーテーは頭を下げる。


「お久しぶりでございます。我らが父、ウラノス様」


 その言葉に振り返る巨躯の男。

 鋭い青の眼孔。他とは一線を画す様な威圧感。

 その姿だけで体が強張る様な緊張を覚えるアプロディーテー。

 その者こそが、神々の王。全能神ウラノスであった。


「お前がここに来るとは珍しいな」


「はい。さすがに気になったもので……。魔王軍は帝国すら滅ぼした様ですね」


「ああ。呆気なかったな」


 そう、素っ気なくとも取れる程にウラノスは感慨無く言った。


「今後の展望をお聞きしてもよろしいですか?」


 その言葉には三拍程の間を空けて、ウラノスは口を開く。


「魔王軍の戦力は想定以上だ。我々が出ねばなるまい……。魔王は、わしが討つ」


「お、王自ら動くと言うのですか?」


「ああ」


 アプロディーテーは生唾飲む。

 そして一悶着があると分かりながらも、意を決して具申する。


「そ、それ程の戦力だと言うのなら、あの者の封印を解いてはどうなのですか?」


「ならぬ! あの者の封印を解いてよいのは、初代北の魔王が復活した時のみ!」


 地が怒り揺れているのではと錯覚する程に、その声は威圧的であった。

 だがアプロディーテーも威圧しているのではないと分かっている。

 そう錯覚してしまう程に、その男の一挙手一投足、声音までに威厳があるのだった。


「あれは我ら神々に強い恨みを持っている。その矛先が我らに向わぬと言う保証はできん」


「し、しかし、一応は勇者であり、人類に尽くした英雄なのでしょう? 魔王の軍勢が蔓延っているとあらば、お力になってくれるのでは」


「そうだな。その可能性もある。しかしその時は魔王軍を滅ぼした後、速やかに我々が滅ぼされるだろう」


 その言葉にアプロディーテーは言葉を失くす。


「まぁ、共通の巨大な敵を前に、魔王軍との和解は成立するかも知れんがな。その上で負けるだろうが」


「そ、それ程なのですか?」


 辛うじて言葉を紡いだアプロディーテー。

 そしてその名を呼ぶ。


「英雄王、ガリウスは」


 神界でその名は禁句である。

 思わず零したアプロディーテーであったが、ウラノスも特別咎めはしない。


「ああ。そうだ。まぁ、今はガリウが無い分、幾らかマシかも知れんがな」


「ガリウ……?」


「ああ、今は聖剣エクスカリバーなどと言うふざけた名で呼ばれておるのだったな」


 話が分からないアプロディーテーであった。


「わし自身、あの剣を砕きその歴史事葬り去ってしまうつもりが忘れておったわ。ガリウスの剣の名は正確にはガリウであり、あの剣を砕いたのはわしだ。その後名も変え人々の記憶から消そうとしたのだが、上手くいかなかったな」


 その話にアプロディーテーは目を見開いて驚く。


「ガリウスの残した功績は数え切れず、人々にとって今もその逸話は身近な物だ。結局、剣の名が変わっただけであったわ」


 長い時を生きながら知った新事実に、アプロディーテーを少なからぬ衝撃が襲う。

 そしてウラノスも、二千年近くも前の遠い記憶でそれは最早さび付いている様な物であった。


「懐かしい響きですわぁ……英雄王、ガリウス」


 と、その時、第三者の声が響いた。

 決して大きくはなくとも、気負いなく掛けられた余裕のある声。落ち着いた大人の品を感じさせながら、少女の様な高い声音だった。


 まるで人の気配に気づかなかったアプロディーテーはその声で振り返る。

 緩く波打つ、淡い黄色の長髪。瞳の色は黄色。

 美しい。素直にその言葉が出る、美貌を持った女性。

 人形の様だとか、いっそ比喩表現は要らない。ただただ美しい女性だった。


 その女性が、にっこりとウラノスに微笑みかける。


「あの頃は大変でしたね。叔父様」


「……ハウリアか」


 じっとその顔を見ていたウラノスは一言呟いた。


「あら、私の顔を忘れてしまいましたか? ふふっ。叔父様ったら酷いですわ」


「ふん。数百年顔を出さぬ姪とどっちがだろうな」


「ふふっ」


 そう不敵に笑う美しい女性。いや、女神ハウリア。

 アプロディーテーは驚きからついその顔をじろじろと見てしまっていた。

 地上での根強い信仰を持つ女神ハウリア。その存在も名も当然に知っていたアプロディーテーであったが、会ったのは初めてであった。


 そして叔父、姪とは地上の人間が使うそれとは少し違う。

 他の神々がウラノスを大いなる父として崇める様に、そこに血縁関係は重要ではなく、かなり大きく括られた物。

 神代の神でありながら未だ王として君臨し、その庇護を与えるウラノスの事を神々は父として敬愛する。

 ウラノスもまた、神代の時代を生き抜いた仲間たちの子孫を我が子の様に愛していた。


 そしてハウリアの祖父は神代の神の一人である。

 ウラノスにとって神代の神は今や兄妹の様な物であるからして、ウラノスにとってハウリアは大姪であり、ハウリアにとってウラノスは大叔父なのであった。

 脈々と神代の血が受け継がれている神界。血縁関係の名称など、大雑把なものなのである。


 アプロディーテーがハウリアの名を印象深く覚えていたのは、どちらかと言うとその血縁にあった。

 神代の神と二世代しか離れていない者など、最早この大陸の神界であっても女神ハウリアと女神マリアしか居ないのである。


「いつの世も、神界を騒がすのは魔王が誕生した時ですね。もう少し監視の目を増やしては如何ですか?」


「祝福の事か? わしはこれ以上魔法の枠を使う訳にはいかぬ。それにあの使い方は道理に反する」


「何を仰いますか。最近、同時期に祝福を与えた者を転生させ、そのいずれも重要な社会的地位でありますでしょうに」


 そのハウリアの言葉にウラノスは暫し口を噤んだ。


「苦肉の策だ」


 そしてハウリアを真っ直ぐに見下ろして答える。

 余裕の微笑みで応じるハウリア。


「ディーテも、何やら最近こそこそと動いている様だな」


 と、その視線はこちらに向い、アプロディーテーは体を強張らせた。


「まぁ、いい」


 幸いすぐにその視線は外される。


「お前も分かっているだろう。我らが与える祝福や加護は諜報活動に置いて非常に有利である。だがあれは生物として本来の使い道ではない。その歪みや、ツケは回って来るものだ」


 と、そうウラノスはハウリアに向けて語る。


「かつて、神界でも派閥争いが激しかった頃の事だ。とある重要な立場の者が居た。その者は神々から利用され、期待と言うメッキの付いた利己心により、その祝福を一身に受けた」


 ウラノスはそう語り、遠くを見る様に視線を伸ばした。


「あれは……悲惨だったな」


 嘗ての、永劫の様な時の彼方を思い出し、その情景を見るかの様に青い目を細めて呟くウラノス。

 アプロディーテーは漸く話が理解に及ぶ。


「なっ。しゅ、祝福を複数ですか? ありえません!」


「ああ、本来はありえない。だがその者は条件が揃っていた」


 声を荒げるアプロディーテーにウラノスは応じる。


「人間の魂にして、レベルが高かったのだ。複数の祝福にも耐える程」


 そんな……

 人間が魂のレベルを上げる利点など殆どないと言うのに。

 そう言葉を失うアプロディーテー。


「まぁ、過ぎた話はいい。ともかく、祝福を妙な目的で使うなと言う事だ。ただでさえ、神々の弱体化が深刻だからな」


「ええ。承知しておりますわ」


 今一度注意したそのウラノスの言葉に、ハウリアは変らぬ微笑みで応じていた。



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