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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第三章 帝国消滅編
81/183

81:一騎打ち



 約150年前の事。

 スフィルがまだ齢十にも満たない頃の事だ。

 それは単なる偶然である。

 スフィルは草原にて、薬草を採取していると思われる、銀髪の美しい女と出会った。


「弟子にしてくれ!」


 スフィルは開口一番、いや邂逅一番そう言った。


「あなた剣士でしょう? 剣術は教えられないわ」


 案外動揺も無くその女は応えた。


「でもあんたが一番強い」


「あら、ふふっ。どうしてそう思ったの?」


「んー、感」


 一目見て格上だと認知したのは、既にスフィルの才覚あっての事かも知れない。


「確かに、人に教えを乞うのが一番の近道よね。でも私程強くなりたいのなら、きっと孤独な道を進まなければならないわ」


「孤独……? 寂しいの?」


「そうなりがちよ。私の方の道はお勧めしないわ」


 と、実質的に弟子入りを断られたスフィルはもじもじと恥ずかし気に下を向いた後、赤くなった顔を上げる。


「じゃ、じゃあ結婚してくれ!」


「あら、ふふっ……ありがとう。でもダメよ。私、彼氏が居るから」


 ガーンッと、スフィルに衝撃走る。

 幼いながらに失恋を知った。


「彼氏と言うか、婚約者フィアンセね」


 最早聞こえていなかったが、ぶんぶんと頭を振って正気に戻る。


「分かった……諦める」


「ふふっ。良い子」


 頭を撫でられるスフィル。恥じらいよりも嬉しさが勝ったが、それより更に意地が勝って手を避ける。


「あ、あんたみたいに強くなるには、どうしたらいいんだ!」


「うーん……強いて言うなら」


 女は空中を眺めながら、一言言った。









 ――人の為に動きなさい……



 スフィルは氷漬けにされていた。

 フレシアの魔法により周囲は凍土と化し、スフィル自身氷山の様に巨大な氷に閉じ込められていた。

 濃密な魔力を感じる。

 最早自然の氷であっても死を覚悟するところだが、魔法によって作られた氷は術者の力量によって強度が増す。


 死を免れないのは間違いない。


(これが全力ですか……思ったよりもいいようにやられてしまいましたね)


 氷の中でそう思うスフィル。

 息もできないのももちろんだが、不思議と冷たさも苦しさも感じなかった。

 それよりずっと何か、眠い気がする。


 最後くらいは景色でも眺めようと、重い瞼を開けるスフィル。

 どこまでも透明で美しく、青い光が乱反射する氷を眺める。

 すると冷気に当てられた目の水分が結晶化し、視界にいっぱいの雪片を咲かせた。

 それは美しい六花であった。


(ふっ。手向けの花束ですか? まぁ、不凋花アスポデロスよりは、よっぽど美しいですね)


 美しい物に囲まれ、個人的には満足のいく死に様だ。

 だが最後に強いて言うのであれば、あの人に礼を言いたかった。


 と、分厚い氷のずっと向こう。流星かの如く見間違う、美しい銀髪を靡かせた女が飛んでいた。

 その瞳は氷の乱反射にも褪せず届く深い青色。

 あの時の、あの女が居た気がした。

 その女は微笑み、スフィルを見送った。


 最早目の視力は失われていたかも知れない。

 氷に閉ざされ、顔など見上げられなかったかも知れない。

 それは最後に都合よく見せた、幻覚だったのかも知れない。

 もし説明を付けるのであれば、霊体となって肉体を介さずに知覚したのかも知れない。


 だがそんな理屈は関係なく、それを最後にスフィルは満足気に意識を沈めたのだった。









「賭け……だと?」


「ああ。俺とお前の一騎打ち。そして勝敗に関わらず、この女は見逃せ」


 問い返したヘルンにアドラは答えた。

 最早放っておいても死にそうな様で、それでもその悪鬼は勇者と対峙した。


「な、何言ってるのアドラ!? そんな手負いで勝てる訳ないじゃない!」


 それに自身も体が重い中、アルラは立ち上がって言う。

 と、とんっとフレシアがアルラの肩に手を置く。


「確かに集団戦となると、私もお前を守ってやれんだろう」


 フレシアはヘルン達の方を向いて言い、そして一歩前に出る。


「こうしよう。勇者ヘルン。お前がそれを呑むなら、私たちも勝敗に関わらずここは撤退しよう」


「ちょ、ちょっと何勝手に決めてるのよ! ね、ねぇ! ねぇってば!」


 アルラはその振り返らない背中に向けて必死に呼びかける。

 と、今度は反対側から、少年の姿に戻ったグルーシーに手を置かれる。


「男を見せたんだ……邪魔してやるな」


 そうグルーシーはアドラの背中を見て言う。

 その様を見つめるヘルン。


「いいだろう。乗った」


 そしてそう応える。

 勇者パーティは誰一人取っても疲労困憊であり、その決定に然程動揺はない。

 振り返り、レルと頷き合うヘルン。

 警戒を怠るなと言う事だ。


 実際、相手が約束を破ったとしても、話は有利だ。

 スフィル亡き今、フレシアが暴れればほぼ確実に全滅。しかしその時にはほぼ確実に赤髪の悪鬼は討っている。

 結局戦う事になろうが、先手を打たせてくれてるのは間違いない。

 ヘルンがその帰結に至った以上、当然に理解しているレルだった。


「ふっ、ふざけないでよ……かっこつけてるつもり? し、師匠に合わせる顔ないじゃん。って言うか、何であんたがここに居るのよ……。バカ。バカバカバカ! あんた達が勝手に決めた約束なんて私知らないんだから! 私あんたが死んだら暴れるからね!? そこのとこよく考えなさいよ……!」


 そう潤んだ瞳で訴えるアルラ。


「アドラー、後の事は任せろ」


 と、尚も向かない背中に言ったフレシア。

 それを聞いて安心して歩を進めるアドラだった。

 ヘルンも前に出て、二人は対峙する。


「お前、名は何と言う」


 やはり相手の口から聞くべきだと、ヘルンは問う。


「アドラーだ」


「そうか……お前を尊敬する。“赤髪の悪鬼”アドラー、この勇者ヘルンが相手だ」


 あの時は答えてくれなかった名を呼んで、ヘルンは剣を鞘に収めた。

 そして腰に溜める様に柄を握って構える。

 抜刀術の構えだ。


「えっぐ、えっぐ、えぐ。バカぁ……バカぁ」


 泣き崩れた様子のアルラ。

 座り込んで両手を目元に当てて泣きじゃくる。


「姐さん。一つ、お願いがあります」


 そんなアルラに振り返ったアドラ。

 アルラは必死に嗚咽を押し込んで顔を上げる。


「勇者を……恨まないでください」


 その言葉にアルラは息を飲む。


「ヤダ……嫌よ嫌! 復讐まで私から奪うって言うの!? 絶対守ってやんないんだからね!」


 その様子にアドラは苦笑する。


「大分前に、指輪の件で何か埋め合わせするって約束でしたよね? あれ、今使います」


 と、今度こそアルラは大きく目を見開く。


「もう魔王軍とは関わらず、アウラ様とゆっくり暮らしてくださいな」


 その言葉に泣く事も忘れた様子のアルラ。


「こ、これの……これのどこが埋め合わせって言うのよ」


 次いで怒りが優勢になったように、アルラは眉を吊り上げて。


「私嫌だからね! こんな事で埋め合わせだなんて! だから……だから」


 しかし結局、その眉も垂れ下がる。


「うぇーん! 絶対勝って来てよ~ぅ! ぜったい、ぜったい別でうめ合わせすゆもん! お礼だって上乗せするもん! だかりゃ、ゆうしゃなんかに負けるなぁ~!」


 そう盛大に泣きじゃくったアルラだった。

 そのアルラなりの応援を貰って、アドラは満足気に前を向いた。


「ふぅ……待たせた」


「……ああ」


 短く応酬する二人。

 ここに今本当の決戦が始まる。









「では、この石が落ちた瞬間を合図としよう」


 と、一歩前に出たレルが拾った石を掲げ、そう言った。

 各自頷き合う。

 今更小細工などない。

 誰も言葉は発さずに、早急に開始の合図は執り行われた。


 放り投げられた石。

 弧を描き二人の中心でそれは地面と触れた。


 瞬間、ヘルンは駆け出した。

 疲労が溜まっている筈の体を物ともせずに、最高の一振りを見舞うべく。

 狙う位置は、ど真ん中。心臓の位置。

 吸い込まれる様に剣先が向かう中、相手はそれを右へと避ける。


 心臓と言うのは左についてある。

 右の肺も潰されている故、相手がこちらから見て右に避けるのは想定内だ。

 少しはずれるだろう。だがヘルンには手に取る様に分かる。

 最早逃れられないと。自分の剣の方が早いだろうと。


 そして勝負は決する。

 少し左にずれ、ヘルンの剣はアドラを貫いた。

 位置的に見て、確実に心臓を貫いている。

 最早死は確実である。


「グ……ブふッ」


 吐血をするその悪鬼は、後ろ向きに倒れた。



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