80:集結
実際にヘルンは自棄になっていた。
前世を含め二度に及ぶパーティ壊滅の経験。そして実際に死の記憶まである。
そんな経験があっては生への執着が薄れるのも無理なき事。
最早全てを忘れ、可能性に満ちた新しい生を受ける事を想像してしまうのも責められまい。
だがどうしようもなく仲間はまだ、足掻いていたらしい。
「ヘルン!」
「あ、ああ!」
ハルに応じて立ち上がるヘルン。
「聖剣カリバン……応えてくれ」
だからこれは初心に返る為の、再生の祈りだ。
「『プレア・スラッシュ』!」
まるであの時居合わせる事が出来なかった、あの場面の再現。
嘗ての仲間が側に居る様な気がした。
あの時の未練をこの場に重ね、それを断ち切る為に剣を振るう。
神聖な光が迸った。
○
思考も追いつかぬ移り行く状況。
体中が激痛に苛まれる中、アドラは反射に任せて体を動かす。
結界を破壊する事は二の次に、斬撃を避けようと体を逸らす。
「『ファイア・バレット』!」
土の操作を続けていたアルラはヘルンの足元を崩そうと力を込めたが、当然にハルが抵抗をしていた。
代わりと何をすべきか。まるで三人全ての邪魔が第一優先かの様に思える中、アルラはヘルンが駆け出したのとほぼ同時に炎の弾を放った。
残り二つの魔法の枠を使い、ミティアとヘルンに向けてである。
だが顔面にそれが来るのも構わずに、ヘルンは剣を振るった。
「ぐぅっ!」
アドラは右の二の腕が半ばから斬り飛ばされる。
叫び声を出し切った上で、唸り声が絞り出る。
ヘルンの動きの鈍化、アルラの妨害、アドラ自身が避けた事によって、それで済んだ。
「あぁ!」
次いで炎の弾が顔面に着弾したミティアが悲鳴を上げる。
ハルが結界を出して守ってやる余裕も無く、正面から受けた。
鼓膜が破れ、肌が焼け爛れ、髪の一部は燃え、顔の肉も抉れて身を翻す。
だがここが正念場だと理解しているミティアは尚も前を向き続け、聖域の維持を努めていた。
いや、この場の誰もがそうだった。
誰もがこの場の判断の一つで勝敗が決する要因となると理解していた。
「く、そっ」
ヘルンが剣を振り抜いた状態で間が開く中、アドラは腹を回る結界へ全力の闘気を込めた肘を打ち付ける。
崩壊する結界。逃げ出すアドラ。振り返り剣を振り上げるヘルン。
――遅い! が、この領域では俺も遅い……!
体制を崩して迫りくる聖剣を眺めるアドラ。
致命傷は避けられないが、即死は免れる筈。心臓を庇う様に腕を翳すアドラ。
と、ヘルンの剣の軌道に何かを気づく。
その剣先が向かうのは、右の肺の上部。後ろから見て肩甲骨の辺りである。
――こいつ、俺の心臓の位置を理解している……!
その位置にある、二つ目の心臓をヘルンの剣が貫いた。
「ぐっ、がっほぅぶグッ!」
霧状の血を盛大に口から散布する。
肺の伸縮ではどうにもならない息苦しさを感じる。
それでも動く事が可能なアドラは現状の持てる力でヘルンを蹴り飛ばした。
引き抜かれる聖剣。
溢れ出る大量の血。
破邪、退魔の力が存在を削る。
(この女は今殺さなくては……!)
そしてアルラもミティアの元に着き、繭の様な部屋から直接掴んで引きずり出す。
四散する聖域。
「ぐあっ! ぐ……かっ」
二人して地面に転げ落ち、馬乗りなったアルラはミティアの首を全力で絞める。
「『フロスト』!」
絞めた付けた状態で首を凍結させたアルラ。
ミティアは声も無く目を見開く。手を離すとくっきりと手の跡が付いて凍っている。
「な、何て事を!」
計画も無く駆け出すハル。
手を向けたアルラにハッと動きを止める。
「『エクスプロージョン』」
爆発を正面から受け、ハルは吹き飛び気絶する。
「お、のれぇぇぇぇええええーーーー!」
激怒するヘルン。
満身創痍のアドラは無視し、アルラを目指して駆ける。
「『プレア・スラッシュ』!」
「ひギッ!」
上空に逃げようとしたアルラに遠距離から斬撃を放つ。
それは今持てる最大限の力を込めた物で、二重の結界を破壊しアルラに深手を負わせた。
余裕が無くなり地面に倒れるアルラ。
反動に体が痛む中、心臓に鞭打ってヘルンは駆け出す。そして魔女へと止めを刺すべく聖剣を掲げ――
……庇う様に立ちはだかる、悪鬼の姿に止まった。
「何故庇う?」
「何故って……愚問だな。げっポ、ぐっ……。寧ろ、何故止めたと訊きたいね」
大量に吐血し、だらだらと泡状の血を垂らす悪鬼。
聖都陥落時の目撃証言から“赤髪の悪鬼”が二つ以上の心臓があるだろう事は予想されていた。またその位置も。
真ん中にある心臓と比べて補助的な役ではあろうが、それでも致命傷になり得る筈だ。
自身の生命も危うい上で、他者を優先する悪鬼などと下手な冗談もあったものだ。
「提案なんだけど……引き分けにしない?」
そして更なる冗談を悪鬼は言った。
ヘルンは気付く。その視線が自分の後ろに向いている事に。
その方向は北側。激戦でまるで気付かなかったが、騎兵隊の援軍が来ていた。
無論、帝国軍だ。
○
「このタイミングで援軍とはね……もしかしてまんまと踊らされたのはフルハでも勇者でもなく、私たちの方か?」
最早ヘルン達とは遠く離れた位置。
スフィルと対峙する中、騎兵隊を見て言ったフレシア。
それに答えない、いや応える余裕のないスフィル。
「中々切れる奴みたいだな」
だがその言葉には笑みで返すスフィルだった。
「だが私ならお前を殺した上であの援軍も皆殺しにできる」
「どうでしょうかね。少なくとも、私があなたを抑えている間に向こうは決着がつく筈です」
「お前……」
余裕そうに虚勢を張って言ったスフィルにフレシアは言葉を失くす。
死を覚悟した目だ。
いや、今更それは野暮だ。
だがこうなった人間は厄介この上ない。
特に、他者に何かを託す為に、死を辞さない者は。
「よかろう……お前には私の本気を見せてやる。戦いでこの状態を取るのは100年振りだ」
言って、フレシアの肉体は変化する。
隆起する様に大きくなり、赤い鱗が生え、尻尾や翼を広げる。四肢を突きその爪だけでも地面が抉れる。
いづれそこに居たのは、山の様に巨大な赤い竜だった。
“六花竜”フレシアの真の姿だ。
「ふぅ」
息を吐くスフィル。
今更威嚇の一つもしないフレシア。
決戦は静かに始まる。
○
呑んだ訳ではない。ないが、二人を優先したヘルン。
特にミティアは急を要する。ハルに回復水薬を飲ませ、無理やり起こすとミティアの喉の解凍を任せる。
動きの詰まった血液を循環させるべく、ヘルンは心肺蘇生法を試みる。
同時にアルラは回復水薬で全快し、同じく倒れ込んだアドラにも飲ませた。
「うぅ……私が聖女を見つけられなかった所為で」
上体を抱き寄せ、傷が癒える様を眺めて言ったアルラ。
「いいえ。助かった面の方が、多いですよ」
そう精一杯に応えるアドラ。
腕は生えないものの、傷が癒えるや早々に立ち上がろうとする。
「うっ、失礼」
「あ、ま、まだ」
アドラはアルラに倒れ込む。
その時アルラはアドラを支え、アドラはアルラの肩に手を置いた。
――この感触どこかで……あっ。
その時アルラは何かを思い出す。
「あ、アドラぁ……なの?」
その言葉に盛大に顔をひきつらせたアドラだった。
さすがに察するアルラ。
「ば、バカなの?」
滑る様に言葉が出た。
っていうか、え?え? ドーラさんが、アドラって事? あれ? そうなるの? なんで? でもそうだよね? あれぇ? えぇーと。あれぇ??
なんて言うか、そのー、あのー、いやぁー。なんて言うか……
ふっっっっくざつぅ~~~~~。
「かはっ、かはっ! げほっ!」
その時息を吹き返すミティア。
同時に見て見ぬ振りも誤魔化せない距離に騎兵隊が近づいた。
ヘルン達のすぐ後ろに並ぶ騎兵隊。
その先頭には現皇帝のレル、近衛騎士のリタも居る。
ヘルンとアドラ達は互いにぼろぼろで最早動きはない。
「何? お前等ピクニックでもしに来たの?」
と、気配も無く現れたフレシア。
その言葉は決着をつけずに睨み合うだけのアドラ達に向けたものだった。
「おい、グルーシー。気持ちは分かるが下がれ」
少し大きめ程度のその声で、遠く離れたグルーシーはアレンと騎士団の相手から撤退する。
息を切らし、傷だらけの人狼が参る。
当然にそれを追うアレンと割いていた騎士達も来る。
ここに敵も味方も一同が会した。
騎士スフィルを除いて。
「スフィルはどうした?」
「殺した」
レルに端的に返したフレシアだった。
無言で見つめるレル。
(さてと……アンチ・テレポート・フィールドが既に張られているな。対策はしてきてるか……。思った以上に怠そうだな。特にあのピンク髪は)
そう思うフレシア。
一応、最上にして唯一の命令だった“聖人”の個体討伐は済んでいる。
気まぐれで皆殺しにするのは構わないが、これでも疲れている身だった。
「勇者……ヘルンとか言ったか?」
と、よろよろと立ち上がって言ったアドラ。
「ここは一つ、賭けでもしないか?」




