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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第三章 帝国消滅編
79/183

79:勇者だって自棄にもなる



 完全なる初見殺し。

 空間転移の不意打ちを克服したと思ったら、それを逆手に取る様な事を相手はしてきた。

 ある意味では簡単な事だな。相手もまた、敵の特徴や弱点を研究してきたのだ。


(くそう!くそうっ! 何なんだ! 何だってまたこんな目に遭うんだ!)


 理性的な頭の端で理解しつつも、今の大半を占める感情はそう訴えていた。

 下半身の感覚は無く、代わりと絶え間ない激痛の情報を送ってくれる。


 思えばこんな事ばかりだ。

 一つ成長したかと思えば、また大きな壁が立ちはだかる。

 一体いつ終わる? 一体何回こんな事を繰り返せば、魔王の元に届く?

 それまで俺は生きているのか?


 ついそんな下向きな思考がヘルンを支配した。

 それは先ほど同じ勇者の身でありながら魔王軍に与し、その上で何もかもが上だったフルハとの戦いが効いていた。

 まるで自分の何もかもを否定するかの様だった戦いが、ヘルンの思考を暗い物にした。

 そして今の状況は今までのヘルンの戦いの中でも、一、二を争う程に危機的状況である。


「ふぅ……勇者打倒も、止む無しか」


 その呟きが聞こえてくる。

 最早死は免れないと思った時、地を抉る斬撃が飛んで来た。

 それはヘルン達のすぐ側を地割れかの如く土を削って通り、アドラの元へと向かう。

 土埃舞いアドラが避ける中、ヘルンはそれがスフィルによるものだと理解する。


「『ファイア・バレット』!」


 咄嗟に火の弾をヘルンに向けて放つアルラ。

 だがハルが二重の結界を展開する方が早かった。そして回復水薬ライフ・ポーションを取り出し、それをヘルンへと飲ませた。

 緊急用の水薬ポーションを持つのは後方支援役が持つのが定石だ。


「チッ」


 アルラが凍らせたお陰であまり視界が悪くならずにパラパラと土が落ちる中、アドラは舌打ちして後方を確認する。


(居ない……? いえ、気配はするわね。咄嗟に隆起する土に隠れたか。良い判断ね)


 同じく確認して思うアルラ。

 同時にすべきは回復役のミティアを殺すべきだと帰結に至ったのだ。

 だがミティアの姿はない。


 目配せし、頷くアルラ。

 箒に乗って低空飛行で聖女を探しに向かう。

 最早心配も失礼だろうと勇者と魔術士は任せる事とする。


 実際傷は癒えたとは言え短期間で水薬ポーションを多用し、更に動きの鈍くなったヘルン。

 そして維持が難しくなったかの様に結界は明滅し、とうとう消えてしまう。

 ハルは息を切らし、四つん這いとなった。

 どうやら魔力切れの様だ。


(さてと……どちらからやるべきか。向こうはもう手助けする余裕は無いみたいだしな)


 そうフレシアとスフィルの方を見て思うアドラ。

 先ほどの斬撃は精一杯の物だった筈だ。


「俺は……強かったか?」


「は?」


 と、予想外に弱気な事を言ったヘルンにアドラは声を零す。

 ヘルンは寝ころんだままアドラの方を見る。


「俺はあんたの中で、何番目に強い?」


「そりゃあ……」


 一番と答えようとして、苦戦を強いられたのは“銀月の騎士”や“軌跡の騎士”であった事を思い出す。

 そして自分の中でと言う問いに魔王やアウラも入る事を思い出し、何となく数えだし。

 いや、違う。と思考を止める。


「この会話は何だ? 今時間を稼ぐ必要があるのか? 時間が惜しいのはお前の方だろう」


「そう、だな……敵に諭されるとは」


 その問いにヘルンは漸く上体を起こした。


「別に、訊いてみたくなっただけさ」


「……自棄にでもなってんの?」


 その様につい問う。

 その言葉が本当の物で、その疲れ切った姿も素の物だと理解したからだ。

 それにヘルンは答えない。

 この状況で敵の言葉を無視する事もまた、それを肯定するものであろう。


「まぁ、あんたの重責は測り知れない。同情しないと言えば嘘になるよ」


 アドラは膝を曲げて視線を同じくして言う。

 勇者ともあろう者がこれ程参る事があったのか、それとも溜め込み一定の量に達したか。

 いずれにせよ、所詮は一人の人間だ。


「あんたもうちょっと気楽に生きた方が良いんじゃないのか? 頭固そうだし」


 まぁ、今から俺が殺すんだけど。その言葉はさすがに飲み込んだアドラだった。


「はははっ……お前変わってるな。魔王軍とこうやって話した事は何度もあるが、そんな事言ったのはお前が初めてだ」


「そりゃどうも。ちなみにそれ褒めてる?」


「……悪鬼の考えてる事はよく分からんな」


「それちょっと傷つく」


 場が和んでしまったところ心苦しいが、やらねばなと立ち上がるアドラ。

 円を描いて構えた。


「さっき、時間を稼ぐ必要があるのかと訊きましたね? 応か否かで言えば……“応”」


 と、その手足を突いたままのハルの言葉に、怪訝に周囲を警戒するアドラ。

 が、周囲に変わった様子は無い。

 いや。


「『アース・オペレーション』!」


 こちらに戻って来ているアルラを視認すると共に、そう地面に向けて魔法を行使するアルラ。

 同時に地面が意思を持ったかの様に動きだし、スフィルによってできた斬撃の跡がより深く、より広く口を開けた。


 急に何がしたいんだと思いつつ、巻き込まれない様にと飛んで避けるアドラ。

 と、さらけ出た地中にある繭の様な個室にて、顔をひきつらせた聖女が居るのを視認する。


(は? 何でこんな所に聖女が? あ、って言うかまずい)


「『ディプロイメント・サンクチュアリ』!」


 悲鳴の一つも上げない様子から、詠唱の準備をしてると理解するが、当然に遅い。

 神聖な領域が広がり、状況は動き出す。









 ヘルンが吹き飛んで来て、“赤髪の悪鬼”がこちらに向っていた頃、フルハによって荒れ果ててできた土の山の一つにミティアが身を隠すのをハルは視認していた。

 その距離は50メートルは離れていたが、ハルが土を操作しようと思えばできる距離である。

 ハルがミティアを地面に潜らせここに連れて来ようと思ったのはその時である。


 問題は地面を凍らされた事だ。

 地中深くまで執拗に凍らされている。

 そして間もなくして、スフィルによる斬撃がすぐ横を通った。


 練られた闘気により土に籠った魔力が消し飛んだ。

 炎の熱気が残る様に、凍結の副産物である冷気で地面は凍ったままだったが、魔女の魔力が消し飛んでいる分ずっと扱い易い。

 局地的にただの凍った地面になり、ハルは地面に手を突いて土の操作に集中する。

 この斬撃に沿ってミティアを辿れば十分に実現可能だ。


『えっ、わ、わ! あ、終わった。ヘルン、皆、お父さん、お母さん、ごめんなさい。ミティアは幸せでした』


 早急に地中に入れたいのもあり、アリジゴクの様に雑にミティアを捉える中、ミティアが早々に一人覚悟を決めていたのはまた別の話だ。

 ミティアが生き埋めにならない様、常に空間を作って更に移動を促す様な土の操作をする。

 針に糸を通す様な作業を続け、凍った地面を動かすのにも力が居る。

 ハルだからこそできた事と言えよう。


「『アース・オペレーション』!」


 案の定気配の移動に気づいた魔女が妨害をしに来た。

 土属性魔法の技術はハルが上回っていた様だが、馬力が違う。ハルの魔力適正が13に対し、魔女アルラの魔力適正は20だった。

 力勝負になれば確実に負ける。

 操作する土に重なる魔女の魔力。

 広大な範囲だ。状況に気づいて先手を打つ事を優先したらしい。

 だが一瞬だけ、生き埋めや潰す事を躊躇したのか、それとも地中を晒すべきかと迷ったのか、間が開いた。

 だがその一瞬で十分。

 当然に位置を把握しているハルはそこに力を集中し、地面を隆起させる。


「『ディプロイメント・サンクチュアリ』!」


 懸念の一つだったミティアとの連係も無事にできた。

 神聖な領域が広がり、“赤髪の悪鬼”は避けられない。


「ぐあぁぁあー! ぁああ、あ!」


 響き渡る“赤髪の悪鬼”の絶叫。

 聖域から逃れようとするのを残りも僅かな魔力で結界を張って阻止するハル。


「この……!」


 胴を回る結界に苦渋の表情で腕を振り上げる“赤髪の悪鬼”。


「ヘルン!」


「あ、ああ!」


 半ば茫然としていたヘルンもハルの呼び声に意識を戻す。


「聖剣カリバン……応えてくれ」


 呼応する様輝きだす聖剣。


「『プレア・スラッシュ』!」


 駆け出し、ヘルンは剣を振るう。



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