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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第三章 帝国消滅編
76/183

76:決戦開始



 目の前には凄まじい存在感を感じるこの世の猛者たち。


 騎士スフィルは表情を変える事こそなかったが、その内心最悪な状況であるとも思っていた。

 ここ数日何者かが無作為に監視、恐らくは自身を探している様な気配は感じてたが、かなりの練度の気配隠しによりその正体を暴く事は叶わなかった。

 そしてこの場所に来るまでに上手く撒いたかとも思っていたが、疲弊状態に加えて向こうが気配を隠す事に専念されてしまってはさすがに気づきようがなかった。


紫髪モーブの魔女、ですか……。ならば納得です)


 今しがた召喚術を用いた様子の女を見据え、スフィルは思う。

 自身を追った上で、この距離まで来ていた。

 言い訳をするのであれば、相手が悪かった。


「あれ? 無視? 酷いじゃないか~。ただでさえ最近会えてなかったと言うのに。わざわざ来てやったんだぞ。もうちょっと喜べ」


 と、そんな事を宣う中央の女。

 スフィルが幾度も戦い結局決着の付いていない魔王軍幹部の個体だ。


「これはこれは……失礼しました。私とした事があまりの美貌に言葉を失ってしまっていたようです。ここまで好いていただけるのも、これ程の美女が相手では悪くありませんね」


「ふふん。そうだろう、そうだろう。もっと分かりやすく喜んだ方がいいぞ?」


「どうも」


 そう笑顔で応じるスフィル。

 幾年もの間を帝国の中核で過ごしたスフィルにとって、この程度の社交辞令は息を吸う様にできてしまう。


「あ、あれは、魔王軍幹部の……それに、紫髪モーブの魔女に、あの時の……」


 と、同じく疲弊状態のヘルンが呟く。


「ん? なんだ? お前たちも一応因縁があったりするのか? ならちょうどいいな。そっちは頼んだぞ」


「「はぁい……」」


 幹部の個体に言われ、魔女と悪鬼は渋々と言った様子で返事する。

 なんだかやる気がなさそうである。


「さて、と……この様子じゃフルハの奴が来たんだろう? 倒しちまったのか?」


「いいえ。私が来ると逃げましたよ」


「ふーん。たっく、身勝手な奴だ」


 と、幹部とスフィルはそうやり取りする。


「お知り合いのようですね。あの方が何故に魔王軍に与するのかを聞いても?」


「知らん。ま、どっちかと言うと最初からこっち側だったんじゃないか?」


 スフィルはその返事に黙る。


「せっかくだし、お喋りも戦いながらするとしよう」


 そう言って幹部は微笑んだ。









 うわぁ。なんか可哀想。


 フレシアからの熱烈なアプローチを受ける騎士スフィルを見て、内心そう思うアドラだった。

 目の前には既に疲弊した様子の勇者パーティが居る。

 こちら側の戦力はAランク代三人であり、普通に見れば勝てる戦いである。

 が、相手はそう言った逆境を乗り越えて来た勇者パーティである。

 油断はできない。


(一応、バラン様やアラン様の仇って事にはなるのかな? 正直そんなに気にしてないけど。どっちかと言うとゴズはんの仇である戦士の方が気になるな)


「ぶっは! あ、あれ……!?」


 と、ハルの魔法により水を顔面に掛けられ、意識を戻すミティア。


「会敵中だ……やるぞ」


 端的に言い、相手の動きを見ながら立ち上がるヘルン。


「久しぶりだな。紫髪モーブの魔女」


 時間を稼ぎたいのもあり、ヘルンはアルラへとそう話しかける。


「うわぁ、その様子じゃやっぱ覚えてる? 私にとってあれって結構黒歴史なんだけど」


「そうか。俺達にとってもだよ」


「ひっ。もしかしてあの時の!?」


 と、応えながら箒に乗って浮かぶアルラと、見上げながら言うヘルンとミティアの二人。


「あの時とは違う、成長した姿を見せてやろう」


「あんまり気は乗らないけど……仕方ない。もうあんたを殺しても文句言われないだろうし」


 そんなやり取りをする傍ら、既にフレシアとスフィルは戦いを始めた様だった。

 体術と様々な属性の魔法を使って戦うフレシアと、スフィルは剣一本で戦っている。

 戦いを邪魔して欲しくないフレシアと、余波で邪魔をしたくないスフィルの利害が一致し、二人はこの場から遠ざかっていく。


「おい、突っ立ってないでやるぞ。フレシア様はこの戦いで決着を付けるつもりの様だ。我等もフレシア様の邪魔をしないようにサクッとやるぞ」


「へーい」


 グルーシーに言われ、アドラは前へと出る。

 グルーシーは早速制御下にあった本来の姿を開放する。

 華奢だった体格は筋肉と灰色の体毛で盛り上がり、牙や爪が鋭く伸びる。半獣半人の姿を露わにした。


「煽る様な事言ったが……ハルは魔女の相手だ。アレンは人狼を頼む。ミティアは俺に付け。悪鬼を狩るぞ」


 恐らくはこの場での最適解を出すヘルン。

 格闘戦は明らかにハルには重い。拳闘士二人は同じく戦士系が相手せねばなるまい。

 そして回復役ヒーラーを守るのは全体を見る指導者リーダーが適任。

 それにアレンは戦いに没頭した方が真価が出る。

 定石とパーティメンバーを理解した適格な判断である。


「つって、俺達が聞くと思うかぁ!?」


 地面を抉り駆け出したグルーシー。

 向かう先はミティアである。


「ッ!」


 踏ん張りが効かず、グルーシーは息を飲む。

 足元が泥状になっていた。

 見れば魔術士ハルが地面に手を突いている。

 彼女の仕業なのは明らかだ。


「おらぁ!」


 掛け声と共にハルバードを振るうアレン。

 咄嗟に腕で防御しつつ、勢いにグルーシーは吹き飛んだ。


「さすがの連携やな……相手の意向に乗るのは癪ですが、ここは各個撃破と致しましょう」


「りょーかい」


 グルーシーにも聞こえる様にアドラは言い、それに応じたアルラは高度を上げてハルの元に向かう。

 性格も戦い方も全員我が強い以上、変に連携を取ろうとしては不利だろうと言う判断だ。

 逆に連携が強みの勇者パーティを崩せるのは都合が良い。


「つって、俺の相手はあんたかいな」


 自分の首絞める事にならなきゃいいけど……

 そう思いつつ、アドラは聖剣を構えるヘルンと対峙した。









 ヘルンが相手を“赤髪の悪鬼”にした理由は無論、相性である。

 勇者にとって悪鬼の相手はこの上なく有利となる。

 そして悪鬼にとってはこの上なく不利だ。


「お前、天使様を殺した奴だろ? 実際に見た訳じゃないが……」


「ありゃ。やっぱ把握されてます?」


「無論だ。幹部級の次点レベルで警戒されてる」


「嫌だなぁ、そんなの。これでも平和主義なんやけどね」


「よく言う」


 喧嘩っ早い味方と敵により周囲が早速戦闘を繰り広げる中、逆を行く様にヘルンと“赤髪の悪鬼”は会話する。

 一応、この中じゃ一番話が分かりそうだなと思うヘルン。

 が、やはり価値観は相容れないだろう。


「お前がどんな理由、どんな価値観で過ごそうと、お前によって苦しめられた人々、そして苦しめられる人々が居る以上は見過ごせない。覚悟しろ。この勇者ヘルンが相手だ」


「どーも。こちらは匿名でお願いします」


「……分かった」


 祈りを込めると、聖剣が淡く輝きだす。

 ミティアもヘルンの後ろでワイドを構えて警戒する。

 対して“赤髪の悪鬼”は上下に拳を伸ばし、円を描く様な構えをとった。


(あれは確か陽極拳……魔王軍が好んで使う武術か。厄介な)


 連続的な攻撃術、立ち方、足さばき、呼吸法、そして闘気法に赴きのある流派だ。

 効率的な闘気の運用法により通常よりもしぶとく感じる。

 達人級の者が行うそれは闘気効率に無駄が無く、最早芸術的な動きとも言われる。


 剣士にとって直接殴りに来る拳闘士は厄介だ。

 本来リーチを保つ事が利点の剣が邪魔になってしまう。

 その上連続攻撃が売りの陽極拳を相手するのは骨が折れるだろう。


 その結論に至るまでの思考は僅か一、二秒であり、その間に“赤髪の悪鬼”は目の前へと距離を詰めていた。

 

「くっ……!」


 疲労により反応が遅れてしまったヘルン。

 歯を食い縛り、理想的な姿勢の正拳突きを腕で受け止める。

 二、三メートル程地面を滑り、そこらの魔物では傷一つ付けられない籠手が凹む。


 と、案外“赤髪の悪鬼”は追撃して来なかった。

 それどころかこちらを見て薄っすらと笑っている。


「何が面白い? 魔王軍の笑いのツボは変っている様だな」


「ああ、こりゃ失敬」


 先ほどの事もありつい怒気を孕んで言ったヘルン。

 それに“赤髪の悪鬼”は無自覚だった様で、むにむに自身の頬を揉んだ。


 ――ああ、そうか。なるほど……


 ヘルンはこの時思い出していた。

 道を極めた者は、必ず何か信念がある者か、その行い自体が好きな者に二分されると言う話を。


「お前は、戦いが好きな側みたいだな」



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