74:浮いてる三人
何でこんな事になってるんだろうな。
そんな現状の心境を一言で現わしてしまう言葉を内心で零した。
現状と言うか、ここ最近そうだな。
今はとびっきりそうなのだが。
目の前に居る勇者やそのパーティメンバー、そして聖人に至った騎士を見て、あっしはここ最近の事を思い出していた。
○
周囲には激戦を繰り広げる帝国軍と魔王軍。
そしてその中には援軍として駆けつけた不凋花の面々。
せめて遊撃隊として自由な行動が許されてるのが救いだな。と思いつつも、未だここに居るのが不思議な気持ちになる。
今回に関しては意地でも戦線に出るつもりは無かったのだがなぁ。
姐さんも魔女迫害の原因である神聖国が亡んで、出兵への気概や理由は半減したと思ってたんだが……
元々頑固なところがある人なのは分かっていたが、全然あっしの静止も聞いてくれずにとうとう出軍の時が来ていしまった。
理由訊いても全然教えてくんないし、来るなと言われてしまったし。
まぁ、来てるんだけど。
アリシア様に強力してもらって偽名で来てる訳だが。
にしても、あっしの事が分かる道場の先輩が居るのは普通に誤算だったな。
幸い空気を読んでくれて姐さんに声を掛けられている時は非常に助かったが。
そして……
うん。考えない様にしてたけど、多分そうだよな? なんかすっごい複雑な気持ちなのだが……
あっしは遠くの上空を浮遊する姐さんを眺める。
げっ、目が合った。
いや、『げっ』て程でもないし凄い失礼だけれど。
にしても姐さんにっこにこやな。
手を振る余裕あんのか?と思っていたら、案の定撃墜されかけかけていた。
姐さんはすぐ調子に乗ってすぐ痛い目に合うからなぁ。毎度。
そう怒な様子で敵を殲滅に行く姐さんを眺めて思うが、いい加減そんな現実逃避な思考をしてないで向き合わねばなるまい。
つまりは、姐さんが戦場に出たのってもしかしてあっしの所為? という事を。
うん。嫌だなぁ~。向き合いたくないなぁ~。
でもあの時の駐屯地でわざわざ話しかけて来た姐さんの言動。
認めねばなるまい。あっしがこの姿で姐さんに会うのを避けていたから、姐さんは戦場に出たと言う可能性を。
素直にあっしがネタバラシするか、見つかったとか言って今の素の姿で会っていれば、姐さんもあっしも戦場に出る事など無かったかも知れない。
何と言うニアミス。
いや会ったら会ったで絶対面倒な事なってたけど。
って、そう言えば姐さんの中じゃ道化の時のあっしがこの素の姿のあっしの事を隠してるって事になってるんだっけ?
すごい憂鬱。
絶対怒られるし。
あの時の姐さんの目の冷たさったらなかったな。
何なのだろう。この最近の噛み合わなさは。
「おい、どこ見てる」
「ああ、すんまへ」
と、フレシア様の従者であるグルーシー殿に呼ばれる。
「ふん。道化の癖が抜けきっていないんじゃないのか?」
「ははっ。かも知れませんな」
「あの仮面と言い、俺はお前の様に裏表のある奴が嫌いだ」
「これは手厳しい」
いつものねちっこい嫌味はのらりくらりだ。
とは言え、これで彼は素だ。
場など関係なくこうだし、最早清々しくて好感が持てる。
「ふん。主が主なら従者も従者だな」
「は? 殺すぞてめぇ」
あ、口が滑った。
と、初めての反攻でグルーシー殿は目を丸くする。
「あっはははは! 言うじゃんアドラーよ。グルーシーもその辺にしておけ。あの魔女は魔女で強いぞ。それにこいつの主はあれじゃなく、“水銀の魔女”らしいぞ?」
「なっ。あの、“水銀の魔女”ですか?」
と、高笑い上げたフレシア様の言葉にグルーシー殿は零す。
「お前等が戦ってどちらかが死んだら、私はその魔女と戦わねばなるまい。ま、それも悪くないがな」
うーん。どうだろうな。アウラ様は仇討ちとか固執しないタイプだろうが。
あ、でも姐さんの私怨は過ごそう。
「にしても、いつもならあいつが出て来る頃なのだがな……。よしアドラー。ちょっと北部駐屯地まで行って向こうの動き聞いて来い」
またこの人は平然と無茶な願いを言う……
あいつとは帝国軍の“聖人”に至った個体で、フレシア様が魔王様より討伐の依頼を仰せつかった対象でもある。
幾度もフレシア様と戦っているが、未だ決着はついていない。
そして北部駐屯地は普通に遠い。他の戦況の確認の為に気軽に行く場所ではない。
って言うかそもそも……
「あの、今更なんですけど何であっしが連絡係みたいな事やらされてるんですか?」
「だって君しかこの部隊で知り合い居ないもん」
思わず訊いたそれだったが、そう口を尖らせられては何とも言い返しづらい。
姿が違うのに、一目で見抜かれたのが運の尽きか。
フレシア様らは完全に軍とは独立した存在だが、“聖人”の個体は当然戦況の逼迫している不凋花が攻略する場所に現れるので、結果的にくっ付いてきている形となっている。
で、何故かあっしが従者の様にくっ付く事を許可させられていた。
「そもそもやらされてるとはなんだ。光栄に思え」
「ならそう言うグルーシー殿が行ってくださいな」
「俺はフレシア様の雄姿を眼に映すのに忙しい。分かったらさっさと行け。そして戻ってくるな」
いやそれじゃ連絡できんし……
とか思いながらも渋々背を向ける。
「おいアドラー。お前からの敬称は要らん。全く気持ちが籠ってない事だしな」
「ありゃバレましたか? そしてあっしの方は敬称不要などと言った覚えはありませんがね」
「早く行け」
そうグルーシーがクイッと顎で指す。
溜め息を出さなかったのは自分でも褒めたい所だ。
帰ったらアウラ様の所で甘えようかな。
なんつって。
と、どうやらその必要は無くなりそうだ。
フレシア様の動きが身勝手過ぎて付いた参謀本部直属の連絡係がこちらに向って来ていたから。
「む? 何? フルハの奴が……」
と、何やら話込んでいるいる様子。
意外と戦場では大事な情報ほど口頭で伝えられる。
「そうか。わざわざご苦労」
「ははっ」
フレシア様に労われ、恭しく頭を垂れる連絡係。
薄青い肌をした鬼の姿だ。額から左右に小さな角が生えている。
「己フルハめ……抜け駆けのつもりか?」
と、連絡係が去る中、フレシア様が呟いていた。
「如何されましたか?」
「参謀の一人が失踪しやがった。もし明日か明後日までに所定の位置に勇者が居なかったら、というか何処にも現れなかったら、ほぼ確実に抜け駆けだな」
そうグルーシーの言葉に応えるフレシア様。
「抜け駆け? と言いますと」
「勇者を狩りに行ったのさ」
「なっ。一人で? 一体何者なんです?」
「それは言えんが、まぁできてしまうだけの実力はある奴だ」
あっしも気になって訊いたところ、そうフレシア様は応えてくださる。
「にしても許さんぞ! 抜け駆けなど!」
「フレシア様。ここは聖人の個体を狩って勇者討伐以上の武功を上げましょう」
「む。それもそうだな!」
と、憤っていたフレシア様だがグルーシーに上手く乗せられていた。
二人は意外とバランスの良い関係性である。
「向こうがこそこそと何か企てているのなら、こちらも驚かせてやろうではないか。たまにはこちらから向かうのもいいな。よし、探索系が得意な奴を呼んで来い。無論隠密も得意な奴だ」
「え? もしかしなくてもあっしに言ってます?」
「他に誰が居る? さっきお前しか知り合い居ないと言ったろう。無論こいつもだ」
二人の視線があっしに向く。
いや、あっしとしてもこの部隊の知り合い一人、二人くらいなんですが……
アラン様が討たれたのが悔やまれる。あの人に相談してればある程度の権限もあって話が楽だったろう。
そしてあっしら三人ってこの軍で浮きすぎじゃない? 今更だけどさ。
「あ、そうだ。あの魔女でいいじゃないか。その姿でも一応知り合いなんだろう? 遊撃隊だしちょうどいいな。強さも申し分ない。あの様子なら空間転移も使えそうだし」
「なっ。そんな危険な立ち回りを……!」
「今更だろ」
いや、まぁ確かに、と思っちゃったけど。
フレシア様の言葉に解せずに返事を忘れる。
「んじゃ、頼んだよ。アドラー、君♪」
と、こんな時だけ調子良くあっしをそう呼ぶフレシア様だった。
まぁ、行くだけ行ってみるか。




