07:勇者の証『聖杯の祝福』
この世界には時折神々からの『恩恵』を授かる者たちが居る。
支援魔法の一種で、早い話強力な力だ。
それは『祝福』と『加護』に分かれ、神々の属性によって効果も違う。
その中で最も強力とされるのが“聖杯の神”により与えられる『祝福』で、俗に『聖杯の祝福』と呼ばれる物である。
それを受けた者は真の勇者とされ、魔王に対抗しうる人類の切り札となるのである。
◯
「ライン! いいから退がれ! リンは俺の援護だ! ユーリは解毒を急いでくれ!」
とある荒野に勇者へルンの声が渡った。
勇者パーティが対峙するのはソーン・ヘヴィ・ウォリアーと呼ばれる強力な魔物である。
黄金の花弁の様な針を体中に纏い、散り散りにばら撒かれたそれがこの場での激戦を物語っている。
しかも目の前のそいつは針の数が通常よりも多い、特別個体であった。
仲間を庇って針を受けてしまった斧戦士のラインを神官のユーリが神聖術による治療にあたる。
その間へルンがソーン・ヘヴィ・ウォリアーの注意を引く様に対峙した。
へルンは鎧を装備しているとは言え軽装で、得物も片手剣のみで相性が悪い。
例え重装備であったとしても、ソーン・ヘヴィ・ウォリアーに接近戦を挑むなど自殺行為なのである。
「『ソイル・バレット』!」
その時魔法使いのリンにより、直径1メートル近い土の玉が飛んでソーン・ヘヴィ・ウォリアーへと直撃した。
ソーン・ヘヴィ・ウォリアーの針は鋭く、そして抜けやすい。
全長4メートルを越すソーン・ヘヴィ・ウォリアーもたたらを踏む程の衝撃だったその土塊が崩れ落ちた後、ソーン・ヘヴィ・ウォリアーの針は多く抜け落ち素肌を晒していた。
ソーン・ヘヴィ・ウォリアーには土属性魔法による針を剥がす行為が有効なのであった。
「聖剣カリバンよ。今こそ応えてくれ」
へルンの祈りに応じるように、その勇者の持つ剣は発光しだした。
元々青く不思議な色だった刀身は、さらに青白く光って神秘的な見た目へとなった。
聖剣カリバン。
聖杯の祝福を受けた真の勇者にのみ、その真価を引き出すことができる専属武具の一つ。
数千年前の神話に登場する英雄王ガリウス。そのガリウスが使っていたとされる聖剣エクスカリバー。
あまりに強力だったその武器は、後の世で戦いの火種へとなる事を恐れたガリウス自身の手によって砕かれたとされる。
だがその破片の一つ一つからそれを核とする新たな聖剣がいくつも作られ、聖剣エクスカリバーの兄弟剣とも言える聖剣が現代にも多く残っているのである。
その一つが聖剣カリバン。上から五番目に大きな破片から作られたとされる強力な聖剣だ。
「『プレア・スラッシュ』ッ!」
へルンはソーン・ヘヴィ・ウォリアーに正面から向かうと、針の剥がれた部分目掛けて跳躍し、聖なる光を纏ったカリバンを振るった。
一瞬眩い光が場を支配する。さらには空気を切る様な轟音。
全員が閉じていまっていた目を開けると、そこには斜めに体を真っ二つにされたソーン・ヘヴィ・ウォリアーがいた。
「やった! 倒しましたよ!」
誰が見ても確信する勝利にユーリが歓喜する。
「はぁ、はぁ……くっ」
「へルン! 毒針が刺さりましたか!?」
と、息を切らしたへルンがその場に膝を突いた。
ラインへの治療を終えたユーリが駆け寄る。
「い、いや、技の反動だ」
額から汗を流してへルンは答える。
「へルン。今のってあなたの奥の手よね? 確かにソーン・ヘヴィ・ウォリアーはCランクの魔物で油断はならない相手だけど、それでもあの技を使う程かしら? 一日一回しか使えないんだし、もっと慎重になるべきじゃない?」
「ああ、リン。君の言う通りだよ」
心配より先に小言が出るのは何よりパーティを大事に思っているからだろう。
「だが、練習しておきたいんだ。今まで以上の強敵が出てきた時のために」
その返事にリンはこれ以上の文句はやめた。
ユーリもその様子を見守るにとどめている。
二人とも、へルンが最近焦っているのに気づいているからだ。
「おお! 相変わらずへルンの攻撃はすげーな! 俺も負けてらんねーぜ!」
と、そう言って毒撃を受けたばかりだと言うのに元気よく近づくライン。
「女神ハウリア様の祝福と、この聖剣のおかげさ。それに隙を作ってくれたみんなのおかげだ」
そう嫌味の無い謙遜をするへルン。
事実、聖剣が無ければこのパーティの最大火力はラインの攻撃であった。
「それより、敵を倒した時のこの感覚……。どうやらレベルが上がったようだ」
「ま、また!? この前上がったばかりじゃない! さ、さすがはハウリア様の祝福ね」
『聖杯の祝福』の効果。それは神聖力の扱いに著しく長けるという事は有名な事であるが、その真価は別にあった。
『保有神聖力による、経験値取得効率の大幅補正』
これが『聖杯の祝福』の真価であった。
魔物を倒した時に得られる霊力、いわゆる経験値と呼ばれるもの。これの得られる量は様々な要因によって変わるが、『聖杯の祝福』を受けた者にはこの経験値の量に大幅な補正がかかるのである。
早い話が、レベルがアップしやすいのである。
「最近はステータスの確認をしていなかったから、近々ギルドに寄って検査をしてみるか」
「お! それはいいな! きっとレベル60は行ってるなぁ〜」
「あんたは寄る度検査してるでしょ。それに前回52だったんだから、祝福持ちでもないあんたがそんな簡単に上がらないわよ」
Bランク帯への最低ライン。つまりB−への必須基準レベルは50と言われている。この勇者パーティの平均年齢は18〜19歳。当のラインも18だった。
一国に20人も居ないと言われるBランク帯へと至った猛者。齢18にしてレベル50を超えるのは本来信じられない様な偉業である。
もしくは、これこそが勇者パーティたる所以なのかもしれない。
「それはそうと、ソーン・ヘヴィ・ウォリアーを余裕をもって倒せるなんて、僕らも成長しましたね」
「そうだ。そうだぞおぉぉおう! へルン!」
「な、なんだよ。急に」
と、唐突にユーリの言葉に叫びつつラインはへルンを向いた。
「俺の利き手の方で魔王軍に動きがあったそうではないか! それなのに逆の王都の方に向かうとはどういうことだ!」
ラインの利き手の方とは右であり、つまりは東の戦線の事をラインは言いたいのだ。
言葉足らずであるが、要は今更余裕な相手ではなく人手を欲している戦場に向かうべきだと言いたいのだ。
「師匠の忠言だよ。戦力が端に集中してる今こそ中央に向えって。昨日話したろ? って、お前は寝てたな」
「そうだったのか! それはすまん!」
起こしても説明に時間が掛かると思って満場一致で放っておいたのは秘密である。
「それはそうと、早く町に安全を伝えに行こう……ッ!」
と、そう言って立ちあがろうとした時、へルンは思った様に力が入らずまた膝を突いた。
おかしい。さすがにもう立つくらいはできるはず。
「へ、へルン! やはり毒針が刺さっていますよ! きっと麻痺液を持つ特殊個体だったんです!」
そう慌てた様子のユーリの声が遠くで聞こえた。
赤みがかった視界の中で、5cmほどもある毒針の花弁をリンが抜いてくれているのが見えた。
なるほど。麻痺液か。
ラインがいつの間にかダウンしてたのはバカだからじゃなく、これのせいか。
へルンは重くなってきた頭で思考し続けた。
そういえば、そんな特殊な個体も居るんだったな。針の多い特別個体な上、麻痺液のある特殊個体か……。なんて凶悪な。
偶々この町を経由して良かった。こんな魔物が町に入って暴れたら、大変だ。
毒のせいで思考にも余裕が無い中、勇者へルンの思いを埋めたのはそんな満足感と共に来る安堵であった。
いずれもっと凶悪な魔物達が王都を蹂躙することを、勇者はまだ知らない。