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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第三章 帝国消滅編
65/183

65:努力は夢中には勝てない



 ――なぁ、ラゼル……もし、俺の輪廻が回って、また勇者として産まれた時には……


 何だ? 誰の声だ?

 これは……夢か?


 ――ああ、なる! 任せろ! 例えどこにお前が産まれて来ようと、俺は必ずお前を見つけだして、そして……!


 そうか。これは記憶だ。

 遠い遠い記憶。だが確かに俺の奥深くで眠っていた記憶だ。


 俺の手を力強く取って、ラゼルは言ってくれた。


 ――ありがとう……お手柔らかに、な……


(ああ、そうか。だからラゼルは……師匠は、俺に……)









「ぐっ……!」


 内臓を貫く激痛にヘルンは歯を食いしばる。常人なら歯が砕けてしまう程に力んでいた。


(だが、この痛みが……!教えてくれた! 思い出させてくれた! あの時の思いを!)


 先代勇者は、前世の俺は、託したんだ。ラゼルと、そしてこの俺に、来世の自分に。


 そして思い出した事はそれだけではない。

 技術を、剣技を、そして神聖力の扱いを。

 それは今世で蓄積した技量と合わさり、更なる物へと昇華される。


 この想いを守るのだ。

 あの時守れなかったものを。前世の想いを繋ぐ為に、自分自身を。


 神聖力の最も活発になる感情は愛と庇護欲である。

 ヘルンは前世の想いを知り、この場での最も合理的なそれの活用をした。

 即ち、自分自身に愛を向け、自分自身を守ろうとする。


 魔王軍によって苦しんでいる人々が居る。それを理解しつつも、他人の事だと切って捨てるのが普通である。

 苦しんでいる人が目の前にでも居ない限り、それらに愛と庇護欲を向けるなどと常人には難しい事である。

 それを成してこそ、『聖杯の祝福』は真価を発揮するが、この場にそれを自覚させてくれる様な存在はない。

 加えてこれは私怨同士の戦いである。


 だからヘルンは自分自身にそれを向ける事により、神聖力を活用した。

 記憶が還り、前世の想いを知ったからこそ、心の底よりそれができた。


(そうだ。俺が死んだらダメだよな。今なら分かるぜ……)


 勇者は人々の希望だ。その存在が残る限り、人々は魔王軍に屈しない。

 だがその分勇者が討たれたとあっては人々の絶望は大きい。先代勇者はそれを憂いていた。死に際に思った事はそんな後悔と、それを跳ね除けるだけの希望の力を持った勇者の再誕である。

 つまりは、俺だ。

 だから死ぬわけにはいかない。

 俺もまた、守るべき者の最もたる一人。


 前世の自分も、この記憶が還るまでの自分も、誰かが救えるのならと自棄的な面があった。

 だが今なら自分を正しく大切にできる。


(不思議な感覚だ……。前世の記憶が還った今、自分を俯瞰して見れる)


「ッ!」


 ヘルンは剣を振るい、アランは咄嗟に抜く事が叶わなかった腕が斬り飛ばされる。


「くっそてぇぜ」


 空中に避難し悪態吐くアラン。


「聖剣カリバン! 応えろ!」


 それに呼応する様に輝きだす聖剣。

 ヘルンは今まで一番その剣が手に馴染んだ気がした。


「悪いな、カリバン。また俺に当たっちまって。一緒に無茶しようぜ」









(何なんだあいつは……神聖力がまた一段と活発になりやがった)


 腕の痛みに耐えながら、アランはヘルンを見て思う。

 ヘルンは膨大な神聖力の宿った聖剣にて、悪魔達を次々に斬り棄てていった。

 まさに獅子奮迅の働きだ。


「おかしいだろ……竜が三体居たって張り合える戦力だぜ?」


 その差を埋めているのは無論相性である。

 ヘルンの心の持ちようによって変化した神聖力と、それを使い熟すに至った技量。

 悪魔にとって熟練の戦士よりも、未熟な勇者の方が時として危険である。

 そして今のヘルンは熟練の勇者足り得た。


「土壇場での勇者様の覚醒ってか? ……クソが。こっちの身にもなれってんだよなぁ!」









 腹部の激痛も置いていく様な集中力で、ヘルンは剣を振るう。

 激しい動きで血が溢れる。

 次期に気合ではどうにもならない物理的限界が来る筈だ。

 その前に決着を付ける。


 そんな思いでヘルンは戦いに没頭していた。

 不思議と楽しい思いが勝る。

 それは今までに無い感覚だった。

 張り合いのある味方が居るのもそうかも知れないが、今のヘルンは一種の自分の事しか考えていない超自己中心的状態。


 今までのヘルンの中には人々を救わなければならない、自分は選ばれた存在である、という思いから来る重責の中で戦っていた。

 だが今は自分を第一に、いや自分の事しか考えずに戦いに没頭する。

 人々の為と言う考えから派生した物とは言え、勇者らしくはない戦い方。

 今は仲間が不在で、味方も競い相手である事も大きい。


 故にヘルンは、その己の力を、嘗てない程に己の為だけに使う事が出来ていた。


「『インフェルノ』おおぉぉーー!」


 叫びながらヘルンへと急降下するアラン。

 最大限の魔力を込めて行使された魔法は地上にある物を焼き尽くさんと荒れ狂う。

 味方への一切の配慮を棄てたその魔法により悪魔達は悶え苦しんだ。


 魔法への対抗レジストは魔法使いの領分だ。技術的に対抗レジストのできないヘルンは魔法の範囲外へと逃げようとするが、上空からのアランの対処に追われた。

 下と上からのはさみ撃ち。

 常人なら肌が焼け爛れ、筋肉が縮小し、骨が砕ける熱気に、それでもヘルンは高いレベルとなった体で耐えていた。


 キィィン――ッ! と耳を劈く音を響かせて、ヘルンの聖剣がアランの爪を受け止めた。

 更にアランは上空に逆さに浮いたまま片手の爪を振るう。

 剣と爪の応酬により火花が神聖力と共に迸る。

 ヘルンにダメージを与える為に、アランもまた決死の覚悟だ。

 2メートル以上の位置にも関わらず伝わって来る熱気にアランは火傷をしつつも爪を振るった。


(くっ、これ以上は足が使い物にならなくなる! あの人にできたのなら今の俺にもできる筈だ)


 そう思考をするヘルンは最近会合の場にて漸くまともに見たアスラ王都陥落時の詳細な報告書の内容が頭にあった。

 アランの爪を弾き返し、残る勢いのまま地面に向けて斬撃を放つ。

 と、その力により直線状数メートルの範囲に渡って炎が割け、消え去った。

 魔法を斬ったのだ。

 練られた闘気による絶技……とは程遠い力技ではあったが、ともかくこれで炙られるのは気にせずに済む。


「インフェルノおおぉぉーー!」


「く、そがああぁぁー!」


 すかさず新たな詠唱をされ、ヘルンは悪態を吐き出す。

 だがそれはアランのブラフであった。それによって生じたヘルンの動きの乱れを読み、顔面に向けて炎の弾を見舞う。

 無詠唱で放たれた魔法だ。


「くっ」


「『テレポート』ッ!」


 そして生まれた更なる隙を突いて、それを確実にするべくアランは転移の魔法を行使した。

 場所はもちろん、ヘルンの死角となる位置。それも最も動きづらいだろう位置だ。


(貰った!)


 奇襲に奇襲を重ねた確定的な攻撃。

 アランは勝利を確信して心臓へと爪を振るった。


「『プレア・スラッシュ』!」


 だがその位置を理解していたかの如く、ヘルンはアランの腕を切り落とし、更には心臓に向けて深々と斬撃を放った。


「なん……だと……」


 驚愕に目を見開き呟くアラン。

 血が大量に滴った。

 最早死は逃れられない。

 ドサリと音を立て、アランは地面へと仰向けに倒れた。


(もう俺には効かないさ。あいつもこんな戦い方だったからな)


 そう内心でアランに答えたヘルン。

 前世と今世の技量及び後悔が合わさり、ヘルンは空間魔法特有の魔力の乱れを知覚できるまでになっていた。

 取り分け、これだけの至近距離とアランは空間魔法がまだ上達しきっていない故、その知覚も安易であったのだ。


 壮絶な戦いを目に、広範囲に渡った『インフェルノ』を避けて遠巻きに動きを止めた悪魔達。

 将を討たれて士気が下がるのは悪魔も同じである。

 今、わざわざ地獄の炎に突っ込んで二人の邪魔をしようとする悪魔は居ない。


「ああ、くっそ……魔法の練習、()()()()んだけどなぁ」


 そう呟くアラン。

 最早助からないのは自覚していた。

 ヘルンはそれに一言返す。


「それがお前の敗因だ」


 今回、ヘルンは夢中で戦いに没頭していた。

 対して悪魔達は復讐に燃えていた。

 アランは元々戦闘が好きな質である。そしてヘルンは信念を持って修行を積んでいた。

 二人はヘルンの言うところの道を極め得る二種に分類される。


 それらは本来、蓄積して差を作り、勝敗と言う結果に一つの要因として現れるだけである。

 この場での心の持ちようなどあまり関係なく、結局はレベルやステータス、駆け引きや経験、運などによるの殴り合いだ。

 だがこの戦いでヘルンがより戦いに没頭し、アランの方は復讐に燃えるだけで戦いを楽しんでいなかったのは事実だ。


 実際、いつものアランなら討たれた事に対する悔しさとは別で、戦いに対する満足感があった筈だ。だが今のアランにそれは無い。ただただ無念だ。

 努力に際限は無く、まだ何かやれたのではないかと思ってしまう。

 好きや夢中にはそれがないのだ。


 ――そうか、バラン。あんた程の奴が討たれた理由が分かるぜ……


 死に際に至ってアランは漸くそれが理解に及んだ。


「ふっ。結局俺、好きなだけで戦い向いてなかったんだろうな」


 最後の最後にそれを認め、自称気味な言葉とは裏腹に、アランは心の満足感を得た。


 ――もし地獄で復活する事があったら、今度は大人しく過ごそうかな……


 それを最後にアランは瞳を閉じる。

 ここに“地獄の悪魔”の約100年に及ぶ意識が終焉した。



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