63:現勇者の赤竜退治
思えばあの時からだった。
先代勇者様による赤竜討伐の伝説を聞き、俺はそれに憧れたんだ。
いや、先代勇者様というのは違う。間違っちゃいないが、先代勇者様は俺の前世らしい。
憧れの存在が自身の前世であるなど飲み込むのに随分と時間が掛かった。いや、本当は実感がないのが正直なところだろう。
ともかく、赤竜を討ったのは俺であると言えなくもない……のかもしれない。
どちらにせよ、赤竜を討った気なんてまったくしないが。
師匠はどう思ってたのだろう。
今更訊く事は叶わないが、何か感じる物はあったのだろうか。
師匠との出会いは俺が『聖杯の祝福』を受けていると判明した後だ。
元々戦争孤児で魔王軍に強い恨みを持っていた俺は魔王打倒を決意する。
その後幼いながら魔物の討伐をしていく俺に、師匠の方から接触があった。
師匠との関係はそれからだ。
俺は一度空を見上げる。
今は元アスラ王国の北の山脈を登っていた。
師匠や仲間の仇は討った。
未だ“地獄の悪魔”の異名を持つ悪魔が残っているが、それもいずれ必ず討つ。
バランを討ってレベルは89へとなった。
相性もあって今の俺なら然程の苦もない筈だ。
これよりこの地に移り住んだと言う赤竜を討って、俺は自分の力を確実な物とする。
その赤竜はアスラ王都陥落時に現れた個体と同一視されている。
俺との因縁も一応はある訳だ。
単騎で挑むと言う事にミティアからは最後まで反対されたが、赤竜一体も討伐できずに魔王打倒など不可能だろう。
「俺ならできる。俺なら……」
「あ? 何でこんなところに人が居るんだ?」
と、声のした方を弾かれたように見ると、一人の青年が居た。
赤髪の青年。騎士風の恰好だ。獲物は肩に掛けた銀のハルバード。
その青年は道の脇で休憩をしていたようで、俺を怪訝な目で見ていた。
「いや、それはこっちのセリフなんだが」
「なんだ知らねぇのか。この先には赤竜っていうすげー強い奴が居るんだぜ? 危険だからさっさと帰りな」
と、青年はこちらの話を聞かずに言って近づく。
「安心しろ。その赤竜は俺が責任もって討伐してやる」
とん、と肩に手を置く青年。
「何を言ってるんだ。赤竜はAランク代だぞ? 一人で挑んで勝てる訳がない。君こそ俺に任せて帰る事だ」
「何だ、お前も赤竜を狩りに来たのか? でも俺が先客だ」
「ふざけるな。自殺しに行くやつを見過ごせる訳がなかろう」
「あ? だから狩りに行くっつってんだろうが」
「一人で成せる訳がない!」
「一人はお前もだろうが!」
「俺は勇者ヘルンだ!」
「俺は戦士アレンだ!」
と、一通り言い合った後、互いに『戦士アレン……?』『勇者ヘルン……?』と呟き合う。
戦士アレン。
聞いた事がある。アスラ王都陥落時、国王の策略で『死ぬべきでない優秀な奴』として郊外の任務を任されていた騎士の一人だ。
その筈だったが何故か王都での目撃情報があり、参戦してそれなりの戦果を残している。
その後は各地の戦場にて不意に現れ、気まぐれ的に戦果を上げる、騎士としては風上にも置けない奴だ。
一端の元騎士を覚えているのはその身勝手さからではない。
彼が戦いの神アレスから『戦禍の祝福』を受けているからだ。
通称“アレスの戦士”。
主神の伝説に負けない荒々しさからそう呼ばれているそうだ。
「へぇ~。お前が“逃亡の勇者”ヘルンね」
その言葉に顔を顰める。
かつて師と仲間を置いて逃げた戦場。
あの時戦う事を選んでいたら違った未来があったのではないかと思わずには居られない。
だがもう終わってしまった事なのだ。
「ともかく帰る事だ。お前が挑んでいい相手ではない」
「ふん。そういうお前はどうなんだ? レベルは?」
「89だ」
「おい、マジか」
さすがに口と目を開けて驚くアレン。
「で、お前は?」
「55だ……。だが『戦禍の祝福』の効果は知っているだろう?」
『戦禍の祝福』の効果。それは全ステータスの向上そのもの。つまりは単純な戦闘能力の底上げだ。
55という年齢に見合わぬ高レベル。
祝福ばかりに頼るのではなく彼自身の努力とそれなりの修羅場をくぐり抜けて来た事が分かる。
戦いの神アレスによる『戦禍の祝福』は非常に強力と言われる。彼はステータスだけで見たらB+に届いている事は確実だろう。
少なくとも闘気特化であるならば、その面ではBランク代で敵なしの筈だ。
「「いいだろう。じゃあ早い者勝ちだ!」」
と、向こうも何かしらの帰結と至ったのだろう。
俺達は負けず嫌いにもそう同時に言い放ったのだった。
〇
「はぁ? 赤竜の奴が、死んだ?」
魔王城の廊下にて、アランは部下であるミランから齎されたその情報に問い返した。
事務室に入る事もせず知らされた事から、その重要性とそれが速報である事が分かる。
「は、はい。勇者ヘルンと恐らくは軍神アレスによって祝福を受けた若き騎士によって」
人間とは違った生理現象の悪魔である筈なのに、アランは歯を食いしばる。
久しく感じる激しい怒り。
いや、恐らくは初めてのそれだった。
バランが討たれた時もこうはならなかった。
喪失感よりも先に怒りが来る。
嘗て、己の無知により友を失った。
その時は自分を責めるしかなかった。
だが今回は責めるべき相手が居る。
悪魔の癖に魂の拒食症となるまでに影響を与えたあの時の間違いが、今度は他人の手によって齎されてしまった。
「バラン派の悪魔を全員集めろ! 脱退予定の奴もだ!」
「は、はい!」
始めて見る声を荒げる上司の姿にミランは気圧されつつも、命令を遂行するべく動きだした。
アランは思う。
これよりバランに従う事のみが最上だったバラン派の悪魔達、その処遇の話合いが行われる予定だった。
ちょうど良い。
現状悪魔の多くはどこにも所属していない。これから身勝手な動きをしようが許可は要らない。
「バランを主君と崇めていた悪魔共よ! 聞け!」
場所を移動し、魔王城近くの駐屯地にて。
現世に現れた悪魔約100体を前にして、アランは声と思念を張る。
普段は地獄で暮らす悪魔共だが、アランの呼び声に応えて現世に姿を現した。
自力で現世に顕現できない弱き者はこの場に居ない。これからしようとしている事が事である以上、篩に掛ける事ができてちょうどいい。
強力な悪魔共が規則性などなく広がる。
禍々しく、悍ましい光景にさすがの魔王軍関係者たちも遠巻きに顔を顰めたり、青ざめさせたりしている。
「俺は今から勇者の元に戦いを挑みに行く。俺の友がやられた。私情だ! バランが討たれた事とはなんら関係ない!」
バランは思うままに悪魔共へ言葉をぶつける。
「俺はお前らと違ってバランとの付き合いも浅いし、バランの仇討ちなんてのはどうでもいい。悪魔同士でそんな友情があるのもキモいくらいに思っている。だが俺が今から勇者に挑む、それは紛れもない事実だ! 付いて来たい奴は勝手に来い!」
アランは眼下に悪魔共を見据えて睥睨する。
縋りついてお願いするつもりなんて微塵もないが、この悪魔共を味方に付けるにはどうすればよいか。
結局、この言葉で表現するしかなかった。
「仇討ちだ!」
〇
奇しくも場所は赤竜の奴と出会った場所だった。
いや、よく考えればあそこは赤竜の奴が自分で選んで住処にしていた場所だ。
奴にとっては気まぐれに一時期住んでいた場所に帰っていたくらいの感覚だろう。
王国を滅ぼし、憂いも無く伸び伸びしていた筈だ。元々一人が好きな奴だしな。
それが勇者に討たれた、だと?
「ふざけるな。あいつが何したって言うんだ」
いや、人間の倫理観では大変な事をしているのは分かっているのだがな。
そんな考えは余所に、アランは部下の数人を引きつれ山脈付近を飛んでいた。
勇者はすぐに見つかった。何故なら巨大な赤竜の死体の側に居たからだ。
死んでいる。友が死んでいる。
だが今は殺す事だけ考えよう。
休息を取っていたらしい勇者と騎士もすぐにこちらに気づく。
俺達はある程度の距離を保って地面に降りる。
「お前は! “地獄の悪魔”……!」
「へぇ。こいつがね」
早速睨んでくる勇者と、面白気に見る赤髪の青年。
「「「『ゲート・ハイ・サモン・デーモン』」」」
部下たちが悪魔召喚の門を開く。悪魔を無制限に呼びかねない為人間社会では禁じられた魔法だ。
本来悪魔を召喚するのは多量の魔力を消費するが、向こうから来る分には門を維持する分だけで済む。
門の向こうから次々に現れる強力の悪魔共。その数は100体近い。結局、現世で動ける悪魔全員が来てしまった。
地獄の顕現かの光景にさすがの勇者も顔を引きつらせている。
「よう勇者。お互い、仇討ちといこうぜ」
どちらかが死ぬ。アランはこの時確信した。




