60:先代勇者パーティVS双頭姫
轟音絶え間なく響く。
「『イーヴィル・ライトニング』『デモニック・レイン』『カースド・インフェルノ』」
邪悪な力の纏った雷、光線、炎が撒き散らされる。
“双頭姫”を名乗ったその女は人を簡単に両断してしまいそうな大剣を亜空間から召喚すると、それを軽々と持ち上げ振るった。
自身の体よりも太く大きなその剣でこちらを叩き潰す様に、ただし精密な剣技により的確に俺達を追いつめた。
そして後ろを向くラ=ルアを名乗った女がひたすらに魔法の詠唱をし、極悪な大魔法を連発する。
まるで集団戦でもしてるかの様だ。
魔法も剣技も超一流。どちらを取っても今までで最強。きっとどちらか一人でも苦戦したのは想像に難くない。
そしてそれらを足した、いや掛けてしまったかのような相手がその女だ。
単騎である機動性と集団の連携のいいとこ取りの様な相手である。
「くッ!」
「あらまぁ。持ち主を選べない剣が可哀相ね」
ラ=ルアの魔法により体制を崩したラゼルが、恐らくラ=ロアの振るう大剣を正面から刀で受け止め、その刀が折れる。
とは言え致命傷を避けたのはさすがだ。
「剣戟は俺が引き受ける! ラゼルは隙を見て後ろの奴をやれ!」
聖剣カリバンならこの女の剣を受け止めるに足る。最も、俺の技量が追いついてないが。
「くっ」
歯を食いしばってラ=ロアの剣戟に耐える。
魔法使いのミュウのサポートにより何とか致命傷は避けていた。
ラ=ルアはラゼルが引き受けてくれている。素早さ特化であるあいつならそう魔法でやられはしない。
「ぐあぁっ!」
「ラゼル!」
その筈だった。
だが初めて聞くラゼルの絶叫にまだ認識が甘かった事を理解する。
「くっ、見誤った……まさか、四重術者だったとは」
そう神官のモアの治療を受けながら言うラゼル。ミュウもそちらに向かいサポートする。
四重術者だと? この達人の域に達した剣技に加え、そんなのまで相手にしなくちゃいけないのか?
何か……何かないのか。
相手の弱点は。
あれだけ特徴的な見た目をしているのだ。何か粗を探そうとすればできる筈だ。
だが……見当たらない!
二人はお互いの弱点を克服するかのような戦闘スタイルだ。
更には視界まで隙が無い。いや。
「全員俺の後ろに回れ! 魔法使いの視界から消えるんだ!」
俺がラ=ロアの剣戟を受け止めている間、三人は俺の後ろに回る。
「ミュウ、あいつらの視覚が共有されている可能性はあるか?」
「生物の常識で考えるなら、それは無いわ。視神経は直接脳に繋がってる。ただし位置的に脊髄が繋がってるから、きっと相手の情緒くらいは分かるわ」
「了解」
俺達は短く応酬する。
この位置関係でラ=ルアの魔法の命中精度は落ちる筈だ。
「ふふっ。良いわぁ。その判断の早さ。でもねぇ、今までにもその対処をした人は居たのよ?」
「『テレポート』」
相手は圧倒的優位もあり、俺達を面白がって見ているのかと思っていた。
だが違った。隙を見せていたのは俺達の方だった。
相手にその魔法の発動までの猶予を与えてしまったのだ。
きっとラ=ルアの視界から消えて魔法を避けたのは間違いじゃない。だがそれはラ=ルアのしようとしている事も分かり難くなる事と表裏一体だった。
魔法が発動し、女の姿が掻き消える。
ほぼ同時に後方から聞こえて来る鈍い音。
「ぐあぁ!」
響き渡るモアの悲鳴。
ラ=ロアの大剣が深々と横腹に食い込んでいた。
「モアぁーー!」
俺は叫びラ=ロアに剣を振るう。
すぐさま引いて距離を取るラ=ロア。
「ふふっ。回復役を最初に潰すのは定石よねぇ」
そう美しく微笑むラ=ロア。
「でも貴女、案外良い動きするのねぇ。私の動きを読んだ訳じゃないでしょうけど、自分が一番に狙われるのが分かってる動きだったわねぇ」
背後ではミュウがモアに回復水薬をかけている。
回復水薬を使うのは疲弊感が溜まるので基本奥の手だ。
「聖剣カリバン! 応えろぉ!」
叫ぶと同時に青白く発光しだす聖剣カリバン。
『聖杯の祝福』は本人の保有神聖力により真価が左右する珍しい祝福。
保有神聖力を上げる最も効率の良い方法は人々からの尊敬を集める事だ。
魔力や神聖力は人々の感情によって動きを変える。神聖力のそれは愛や庇護欲、感謝や尊敬と言った好意的な感情によって活発になる。
勘違いと成り行きでここまで来たような俺だが、これらの感情を各地で集める事には成功している。
つまり今の俺には、人々の思いが詰まっているのだ。そしてそれを転用するべく聖剣が輝きだす。
「凄まじい神聖力ね」
「お前はここで討つ」
一度の応酬。
瞬間駆ける。聖なる力を纏った聖剣でラ=ロアの大剣と打ち合う。
「あら?」
斬撃の余波で神聖力が迸り、ラ=ロアの頬を切り裂いた。
「これ、痛いわねぇ。嫌ねぇ、退魔の力って」
血が垂れた頬を撫でるラ=ロア。指が通った途端その傷は癒えた。
ほんの少し、活路が見えた!
この反応で相手が神聖力に慣れていない事が分かった。
不意を突くならここしかない!
「聖剣カリバン。毎度悪ぃな。一緒に無茶しようぜ」
そう俺は、この場の誰よりも長い付き合いの相棒へ向けて言った。
〇
「君が勇者レットか」
そう目の前の男が言った。
くせのある赤毛の青年だ。
まだ旅に出たばかりの頃。歳もまだ11とかだった。
そんなまだ名も無き俺に接触してきた男が居た。
「魔王を討ちたいかい?」
「も、もちろん!」
まだ希望と可能性に満ちていた俺はそう答える。
「ならばね。君はその祝福を使い熟すのはもちろん、それとは別に特別な人にならなければならない」
「特別?」
「ああ。祝福とは関係なく、歴史に名を残したに違いない。そう思われる人にね」
バカだった俺に優しく説明するようにその青年は言った。
「世の中、祝福を持っただけの人も、特別なだけの人も大勢いる。大勢居ると言う事は、どちらかだけでは足りないという事だ。君は、その両方を得なければならない」
「どうやったらなれるの?」
「そうだね……それが分かれば苦労しないんだけどね」
そう青年は笑う。
「自分で言うのもなんだが、僕は特別な人くらいには成れたんだ。だから自論で良ければ話すと――」
〇
――人の為に動きなさい……
そう昔俺に教えてくれた青年の助言は合理的だった。
今、こんなにも聖剣に力が宿っているのだから。
「これで終わりだ! 『プレア・スラッシュ』!」
限界を超えた神聖力に眩い程の光を放つ聖剣を持って、女の心臓に向けて振るう。
心臓に聖剣が突き刺さると同時に、俺の腹部にも女の爪が刺さった。
相打ち覚悟の攻撃だ。
激戦の末、もうお互いに力を出し切っている。
モアとミュウは死に、ラゼルも致命傷だ。
女も紋様が体中を走り、尻尾や爪まで生えた形態変化をしている。相手ももう、奥の手は無い筈だ。
「そんな……この、私が」
そう呟き力と紋様の輝きを失っていく女。
後ろのラ=ルアも驚愕に目を見開いている。
ラ=ルアの口や舌はラゼルにより切られ、喋れなくなっている。
結局また怪我負っちまったが、モアが自身の怪我を癒す事より俺を優先し、最後に神聖力を振り絞って掛けてくれた治癒は無駄にはならなかった。
ミュウが死の直前見破った通り二つ目の心臓は肺と肩甲骨の間にあり、そいつは間もなく死んだ。生物学と魔法生物学による化かしと見破りの勝負も決したのだ。
「ごぼっふぅ!」
「レット!」
傷ついた胃が痙攣し、溜まった血が吐き出て来た。
もうすぐ死ぬ。それが分かった。
「くそう! くそう! 俺にもっと力があれば!」
レットの体を支え、そう叫ぶラゼル。
「悪い、なぁ。こんな事しか、思いつかなくて」
「まだ意識があるのか!? よ、よし、今治療をしてやる!」
「いや、いい……分かるんだ。もう、ダメだ」
俺はラゼルの腕の中でぐったりと力を抜く。
何だか寒いなぁ。
「くそう! くそっ!」
それに悔し気に悪態つくラゼル。
こんなに素直に悔しがるラゼルはきっと赤竜退治の時以来だ。
「やっぱ、お前は強いよ……。俺よりずっと」
「違う!違うんだ! 俺はただお前の力が強いとか、レベルが高いとかって言う事に憧れたんじゃない! 俺は、もっと奥深く、お前の心その物に……!」
「ああ、だから、そう言ってるだろう?」
俺の言葉に涙を零していたラゼルの目が見開かれる。
「気づいていたんだろう? 俺のレベルが本当はずっと低いって。長い付き合いだしな」
最早言葉も繋げぬ様にラゼルは声を殺して泣いた。
「なぁ、ラゼル……もし、俺の輪廻が回って、また勇者として産まれた時には……俺の、師匠になってはくれないか?」
俺は力を振り絞り手を上げる。
「ああ、なる! 任せろ! 例えどこにお前が産まれて来ようと、俺は必ずお前を見つけだして、そして、弟子に……!」
その手を力強く取って、ラゼルは言ってくれた。
「ありがとう……お手柔らかに、な」
そしてその言葉を最後に俺は、その生涯を終える事となる。




