06:“地獄の悪魔”アランと赤竜
俺は生まれつき強かった。
後々に知ることになるのだが、俺はどうやら上位悪魔という存在だったらしい。
地獄などと呼ばれる精神世界にて気づくと自我を持ち、あても無く彷徨った。
どうやら俺と同じ様な存在は居るらしく、だが俺の方が遥かに強かった。
今になって分かるが、それらは下位悪魔と呼ばれる俺の下位互換である。
その殆どは意思の疎通が叶わなかったが、たまに叶う者も居た。
その中には物知りなやつも居て、色々と教わる事もあった。
どうやら現世や地上と呼ばれる世界が別にあって、そこに行けば多くの経験を得ることができるらしい。
ではどうやって行くかというと、それは自力で行き来できる者も居れば、偶々次元の歪みで迷い込む事もあるらしい。
だが一番多いのは地上の『人間』と言う生き物に召喚される事だそうだ。
悪魔の使役を目的とした召喚。一度それを経験すれば多くの情報が流れ込み、徐々に自我を持つらしい。
生まれつき自我があった俺は特殊な様だ。それか上位存在だからだろう。
これを教えてくれた悪魔は地上の事を自慢げに語っていた。
ただ空間をふわふわと感じるだけの地獄と違い、地上は刺激に溢れているらしい。
ではなぜずっとそこに居ないのかと聞くと、どうやら制限があるらしかった。
悪魔は自身の肉体を持たない限り、地上ではエネルギーの垂れ流し状態らしく、活動できる時間は術者によって与えられた魔力の量に依存するらしい。
となればどうやって肉体を得るのかだが、方法は色々ある。
ゆっくりと時間を掛け、魔力で肉体を作るか。
自身の存在値を越える魔力を術者から貰い、それで作るか。
大量の血肉を食らって生身の肉体を生成するか。
他にも人間や動物の肉体を奪う方法もあるらしい。
後者になる程簡単なようだ。
『俺は弱いから術者にこき使われるしかないけどよぅ。あんたなら術者をぶっ殺して、その体ごと奪っちまえばいい』とはいろいろ俺に教えてくれた奴が言った事だ。
そいつには数え切れない程のことを教えてもらったが、最後に教えてもらったことは特によく覚えている。
曰く、『知ってるか? 悪魔は魂っていう生物の核となる物を喰らえば、より強くなるんだぜ?』と、そう語るのでそいつの魂を喰らってみたのだ。
後に知ることだが、同族喰いは普通するものじゃないらしい。
凄まじい嫌悪感を感じ、俺は暴れ回る様だった。
生まれて初めて味わった不快感であった。
無二の友と呼べる様な存在を失ったことに気づき、感情と呼ばれる物を得ると共に、この時もう二度としないと誓ったものである。
そして、その日がやってきた。
俺が、初めて地上に召喚された日である──
◯
「おお、成功だ!」
そんな歓喜する様な声と共に、眩い光に目を閉じた。
そう、音、光を感じる。
今思えば、圧倒的な情報量に気圧されていたのだろう。
「これが、上位悪魔……! なんて邪悪な威圧感だ!」
辺りを見渡せば、こちらを恐怖した目で見る者共が俺を囲っていた。
すぐにこいつらが人間という生き物で、俺は召喚されたのだと察した。
事実そうだった。
「聞け、悪魔よ。お前を呼んだのは他でも無い、北の地に住まう赤竜を殺してもらうためだ。それに見合う報酬も用意している。人間100人の魂だ。受けてくれるな? でなければ殺す」
目の前中央に居る男がそう言った。
状況を整理しよう。
ここは神殿の様な屋内で、周囲には10人以上の人間。俺は使役されるために呼ばれたらしく、従わなければ殺されると。
そして俺の姿だが、全長三メートルを越える黒く獰猛な獅子と凶悪な巨人を合わせた様な姿であった。
最も、それはこの時自覚はない。
とにかくこの時思ったのは、こいつらを殺してみようということだ。
「ぐあああぁぁああぁあ!」
「ひぃいいいっ!?」
「ぁ、あ。や、やめろおぉおおぉぉー!」
響き回る断末魔。
思った以上に簡単だった。
この程度のことなら地獄でいくらでもしてきた事だ。
だがこのままじゃいずれ活動限界を迎えるだろう。そう思った俺はそいつらの肉を食い、血を啜った。
この場全員の血肉を食ったが、俺の存在を纏められる程の肉体を作るには全く足りない様だった。
試しに俺は外に出た。
どうやらここは人間が数千単位で暮らす町中であるようだった。
この時ばかりは俺も興奮した物だ。なんせ地獄では同じ悪魔がたまに浮かんでいるだけで、そこに自我がなければ数も少ない。
だがここは違う。これが地上!
その後俺はその街の住民を手あたり次第に殺して回った。
ある程度殺しては血肉を喰らった。
地獄で散々見た魂がそこら中に浮かんでいたが、興味はなかった。
街から人影がなくなり、貪る血肉も無くなってきた頃だ。
俺は完全なる受肉を果たした。
食ってたのが人間の血肉だからだろう。俺は見た目は人間そっくりになった。
だが内包する存在感はそのままだ。
真っ赤な髪に、黒い瞳の青年である。衣も思念の表れとして気づくと纏っていた。黒い武術服である。俺にぴったりであろう。
これまでにない満足感を得ると共に、俺は好敵手と呼べる存在を欲した。
思えば苦戦と呼べる様な事はしたことがない。
ともかく自分の力を試す、強い相手が欲しかった。
ひとまずは先ほどの男が言った、北の赤竜とやらを探すことにした。
後に知る事になるのだが、この一つの町を壊滅させた出来事は近代最悪の悪魔召喚失敗による災厄であると、アスラ王国の歴史に刻まれる事となったという。
◯
この国の北の果ての山脈に、その竜は居た。
真っ赤な鱗。目上げる程の巨体。山の様な存在感だ。
「よう。てめぇが北の竜か。こういう時なんて言うんだろうな。悪いが口上ってのは持ち合わせてねぇから、直入に言わせてもらうわ。俺と殺し合いをしろ」
俺はその竜に言った。
「クッハッハッハッハッ! たかが悪魔の分際で我を殺す気か! 甚だ図々しいわ!」
竜は俺を笑い飛ばしたが、話は早い奴で、ともかく俺たちは直後に戦いを開始した。
その竜は俺の好敵手足り得る存在であった。
戦いは三日三晩にも渡り、ついに決着は付かなかった。
「ぐうぅ……たかが悪魔のくせにやるのうぅ」
「お前こそ……やるじゃねぇか……これが、竜か」
竜とは生まれながらにしてAランク代の強さが約束された種族。目の前のそいつも成竜へと至り『A−』の強さがあった。
対して上位悪魔はB−からA+とだいぶ振り幅があるが、俺たちは互角のようだった。
長い戦いの中で次第に俺たちは互いを認めあった。
もはやここで死んでも悔いは無い。互いにそう思っていた事だろう。
だがその時は終ぞ来なかった。
「ふむふむ。高エネルギー同士の打つかりに何事かと来てみれば……。やはり居る所には居るものだな」
気づくとその男は立って居た。
鼻から上を覆った黒い仮面。場に似合わぬ仕立ての良いタキシード。濃く短い藍色の髪。
長身で体格の良い男がそこに居た。
「それ程力が有り余って居るなら、貴殿らにピッタリの場所を用意し進ぜよう」
「邪魔だ。失せろ」
最早喋る事より殺す動作の方が楽になっていた俺たちは同時に動いた。
だが──
「ぐはっ!」
「ぶぬぅ!」
気づくと天地が返り、俺と竜は地に伏せていた。
俺たちはそいつに手も足も出なかったのである。
強者である筈の俺たちがだ。
簡単な話だ。そいつは次元が違ったのだ。
「我輩、魔王軍大幹部が一人、悪魔のバランが、貴殿らに格別な待遇の“戦場”にご招待しよう」
そう、その悪魔は言った。
◯
その後俺たちはバランと名乗る悪魔が主君と崇める存在へと謁見するために、泉と城下町の美しい魔王城へとバランの空間転移で向かった。
竜はデカくて入れないので外で待機である。
そして俺は驚愕する事となる。
俺と同等の存在感を放つ者の気配をいくつも感じたのである。
それだけでない。俺と竜を下したバランと同等の者の気配すら、いくつか感じた。
だが、話はまだ終わらない。
魔王城の中心部。バランが主君と崇める存在。魔王。
その方の御前へと参り、体の芯より震え上がるの感じた。
なぜバラン程の強者が膝を付くのか。その答えは簡単だった。
次元が違うのである。
バランよりも更に。
この時より俺と竜は魔王様を主とする魔王軍へと加わり、その身と忠誠を捧げる事となる。
配属はバラン様直属の配下となり、俺は『アラン』の名を授かった。
これよりバラン様の右腕、“地獄の悪魔”アランとして名を馳せるのは、この俺である。