59:先代勇者の赤竜退治?
――どうしてこうなった……!?
ガタガタと恐怖で震えながら俺は山道を登っていた。
今日何度目かも知らぬ思いを心の中に零し、俺、レットは今までの経緯を思い起こしていた。
〇
思えばあの時から全てが変わってしまった。
村にハウリア教の宣教師を名乗る男が現れたのだ。
『おお、これは!』
俺が持ったペンダントが光り出すのを見て、その宣教師は声を上げた。
どうやら俺は『聖杯の祝福』なるものを受けた真の勇者とされる存在だったらしい。
その後はもうトントン拍子だ。
『おお、あの聖剣カリバンが主と認めた!』
真の勇者にみが抜くとされる聖剣を抜いて。
『おお、勇者様が援軍に来てくださったぞ!』
言われるまま戦場を駆け抜けて。
『おお、勇者様が敵将を討ってくださった!』
そしたら色々上手くいって。
『勇者様ばんざいーい!』
『これでこの国も安泰だ!』
『勇者! 勇者! 勇者!』
みたいな感じで持ち上げられて。
『ああ、勇者様よ。どうか我等をお救い下さい。この国の北の果てにて赤竜が暴れているのです。その討伐をお願いしたく』
『え? せ、せ、赤竜? 赤竜って、ヤバい奴でしたよね? お、俺まだそこまで強くな』
『おお、聞いたか皆の者! 勇者様はあの赤竜を『奴』や『強くない』等と言い切ったぞ! 詳しくは聞こえなかったが、なんと勇ましい!』
『さすがは勇者様だ! 赤竜とて恐るるに足らず!』
『いや、あの……や、やります』
ってな感じで周りが盛り上がって引くに引けなくなって、俺は赤竜退治を引き受けたのだ。
〇
「あーもー、なんで断れないかなぁ!?」
誰も居ない事を良い事に俺は叫ぶ。
俺は今まで運よくここまで来たに過ぎないのだ。
赤竜と言えばAランク帯に踏み入った最強の存在。Aランク帯はレベル90以上が適正だというマジのバケモンだ。
それに比べて俺はまだレベル40を超えたくらいの雑魚。いや、世間で言えばCランク帯の猛者である事は分かっているが、とてもじゃないが竜とはやり合えない。
でも受けちまったし! 村の人すげー期待した目で見てたし! すごすご帰れないじゃん!
きっと俺が帰ったらあの村の絶望は深まる。やってみるだけやるしかないのだ。
〇
――どうしてこうなった……!?
祝会を開く村の人たちを見て、俺は心の奥底でそう叫んだ。
「いやはやさすがは勇者様! 三日三晩にも渡る攻防の末、あの赤竜を跡形も無く消し飛ばしてしまうとは! 何と言う壮絶なお力なのでしょう!」
いや、知らない! 寧ろ遭難して何とか帰って来れた矢先なんだけど! なんで俺が退治したみたいになってるの!?
確かにどっか遠くの方で大きな音が終始なってるなぁ、とは思ってたけど!
一体どこの誰だよ! 跡形も無く赤竜を消し飛ばした奴!
「ようレット」
「お、お前は」
と、この村の者ではない壮年の男が現れる。
濃い青の髪。整った顔立ちの男だ。腰には一振りの刀を差して、剣士である事が分かる。
ラゼルとか言う腐れ縁、と言うか勝手に俺をライバル視して追って来ている男だ。
何かいつもと違う雰囲気に俺はぴんと来た。
(そうか! さては赤竜を討伐したのはこいつだな!? ラゼルであればやってしまいそうな雰囲気がある!)
「赤竜を単騎で討伐したようだな……。くっ、認めるよ。俺はお前に敵わねぇ。どうやら最初っから勝ち目なんて無かったみたいだ。お前に先んじて討とうとした敵将も、結局いつもお前が倒しちまうしな」
こいつも勘違いしてたー!
つかそれ、多分お前が弱らせてくれてたのを偶々俺が倒してただけだから!
「頼む! 俺とパーティを組んでくれ! 俺はお前の力になりたいんだ!」
「えぇ!?」
「くっ。驚くのは分かる。何せ俺はまだレベル60そこらだ。お前の足元にも及ばないだろう」
いや俺より全然高けぇって。
つかお前祝福も何も掛かって無かったよな? その年でレベル60代って、一体どんなハードなレベリングしてきたんだよ。
「だが俺は必ずお前に追いつく! だからパーティを組んでくれ!」
「いや、何度も言ってるがお前の方がずっと強いんだって」
「な、なんて奴だ……。赤竜を討伐してなおその謙遜。これが本当の勇者って奴か」
「いや、あの」
「勇者レットに、かんぱーい!」
『かんぱーい!』
村の人の音頭により俺の声は掻き消える。
「ささ、勇者様も遠慮なさらず。かんぱーい!」
「かんぱーい。……はい。もう俺が倒しました。うん」
こんな楽しそうな姿見せられては、もう否定もできないと言う物です。
〇
結局ラゼルの熱い思いも無下にできず、俺達はパーティを組んだ。
戦線の要所や武器を揃える旅をしていく内。
『かの雷名轟く勇者様とパーティを組めるなど! とても光栄でございます!』
と、言って満面の笑みを向ける神官の少女や。
『ほう。魔王退治ね。悪くない。力を貸すよ』
と、言って不敵に笑う年齢不詳の魔法使いのお姉さんもパーティに加わり、いつの間にか立派なパーティが出来ていた。
成り行きと勘違いで加わった強力過ぎる仲間に追いつけるよう、俺も必死で戦った結果、俺のレベルは70代にはなんとか届いた。
だが思うにこれは『聖杯の祝福』のお陰。ドーピング無しで同じ70代に至ったラゼルとは自力が違い過ぎる。
それでも祝福のステータス向上のお陰でラゼルとは五分だろう。
今の方がライバルらしくあるのだが、多分本人は認めないんだろう。
思うに、祝福にも欠点はある。
常にドーピングを続けて成長した祝福持ちはその他の同格とは練度が劣る。
蓄積する練度に開きが出て来るのである。
まぁ、ステータスの同格ってのは祝福持ちにとってレベル差的には格上なので、それが当たり前ではあるのだが。
結局何が言いたいかと言うと、自力でレベルが50に達した者と、祝福持ちがレベル50に達したのとでは、蓄積した実戦経験と技術がまるで違う、という事だ。
もし、仮に。
レベル、ステータス、実戦経験とそれによる練度、それら全てが上の本物の強者が居た場合、今までとは違って祝福の力では誤魔化し様が無くなる。
格上が勝つ。それは本来どうしようもない事実であり、極自然的な回帰。
それを祝福により誤魔化し続けていたツケが回って来るかのように、その時は負けるべくして負けるだろう。
――そして、そう……
――その日、その時に、それはやって来たのである……
〇
パーティメンバーの四人で草原と山の風景広がる、辺境の地を歩いていた時の事である。
それは唐突にやって来た。
向かいからやって来る一人の女性。
何故疑問に思わなかった。色々とヒントはあった筈なのに、この場の誰一人その存在に疑問を抱かなかった。
素晴らしい域に達した気配の消し方。自身の存在の大きさの操作。
空気に溶け、その存在を認知しながら気にも留めさせない一種の技術。
「御機嫌よう」
そして十メートル程度の距離に来て、ただそう一言女は言った。
とても綺麗な声音。
黒に近い藍色のドレスを身に纏う、色白の美しい女性。体の線が細く、顔は小さく、鼻筋は通って、目は優し気。美人と可愛らしさの両立である。
髪は黒い。もう一つの方も黒く、ドレスから出た白い肌が際立つ。
瞳は深い藍色。そして後ろに付いたこちらを向くもう一つの首の瞳は白く幻想的。
そう、その女性は首が二つあった。
うなじの部分から後ろ向きに生えたもう一つの頭。瓜二つの美しい顔立ちだ。
そしてその二つの頭を飾るかの様に生える、山羊の様に捻じれた二本の角。濃い藍色のそれが人間でないと示している。
「な、何者だ! お前!」
躊躇なくラゼルが刀を抜く。
その見た目からではない。相手の存在を認めると共に理解した巨大すぎる存在感にだ。
「あらまぁ。ご挨拶しただけですのに。いけませんわぁ、礼儀がなってなくって」
「お姉様。そう言っては相手方が可哀そうでございます。きっと脆弱な生物なりの生存本能でございます」
「あらそうなの? でもそれはおかしいわぁ。だって生存を優先するなら、逃げの一手が最善だもの」
「ですから、愚かにも立ち向かう彼らは進化論に基づき、淘汰されるのです。今ここで」
「ああ、なるほど。それは納得だわ」
と、そんなやり取りをする二つの頭、いや二人。
「ま、魔王軍、なのか?」
分かっていながら絞り出すように訊いた。
「申し遅れました。私、魔王軍幹部が一人、“双頭姫”のラ=ロア」
「ラ=ルア」
「ですわぁ」
そう、二人は言っていた。




