55:魔王様からのお使い
誰かの生唾飲む音が聞こえた。
世界がひっくり変える様な事を成そうとする主の姿に圧倒されたのだろう。
傍から聞いているだけでも感じる高揚感。
これだけ多くの強き者達が付き従う片鱗を見た。単純に大きな御人なのだ。
「で、だ……。私がただ一人警戒する人物はその者のみだが、その祝福も無視できない。所謂『全能の祝福』だな」
全能の神はウラノスのみと言われ、『全能の祝福』は必然的にウラノスからの祝福と言う事になる。
あっしでも知っている事だった。
「私は『聖杯の祝福』を受けた勇者よりこちらを気にかけている。この祝福は使いようによっては『聖杯の祝福』など比べるまでもなく厄介だ。今からその特性を説明しよう」
それから魔王様の説明した『全能の祝福』の効果は以下の通りだ。
先ず特徴的なのが祝福を掛けた主神、そして祝福を受けた者の間で繋がりができ、魔力の貸し借りが可能となる。
これは祝福を受けた者全員だ。つまりウラノスによって祝福を受けた者が複数人居る場合はその分魔力の貸し借りを行える対象が増える事になる。
また、主神であるウラノスが介する事で、祝福を受けた者同士での意思の疎通も可能。
他の祝福には無い特色だ。
そしてこれら二つが褪せる程の能力がある。
それが全体意識の門が開く事による、技能の付与。
つまりはウラノス自身と、歴代の『全能の祝福』を受けし者の蓄積した技能を得る事ができるのである。
「まぁ、ウラノス自身ではないからな。あくまで長年蓄えた知識による私見だが、ほぼ正解に近いだろう」
そう魔王様は話を締める。
ぶっ壊れ過ぎる能力である。さすがは全能の神ウラノスの祝福だ。
「祝福は+αの力である故、能力自体に隙などない。何かが長けると短所や隙を突くような部分ができるのが常の筈だが、そもそも付与された力である為そんな事は起こりえない。精々がその力に溺れてできる慢心くらいの物だろう。……まぁ、神も魂を視て祝福を掛ける。受けた者も神に選ばれたと躍起になる。その慢心や怠慢すらないから、祝福持ちは厄介なのだ」
なるほど。確かに相対した祝福持ちは皆面倒な相手ばかりだったな。
そして能力自体に隙はない。隙を突くならその本人の物を突かねばならない。
その本人すら勤勉な者を神は選ぶし、神に選ばれた事から本人の意識は高まる。
結果、厄介な相手の誕生だ。
「まぁ、愚痴はこの辺でいい。この祝福を受けた者が近年複数人、それも同時期に産まれた事は知っているか? 言った通りこの祝福は複数人同じ祝福を受けた者が居る方が力を発揮する珍しい祝福だ。明らかに意図的と言える。ウラノスは自身の子羊たちにより攻勢に出ているようだ。まぁ、二十年も前から種を蒔いた訳だから、その時からの布石と言える。仮に神界が攻勢に出るとするればその種が芽吹く頃だろうとは考えていた。故に半年前に王国を落としたのだ。時期だったのだよ。神界が動く」
そして魔王軍の動く時期でもあった、と。
これは人類と魔王軍の戦いと言うより、神ウラノスと魔王様の戦いである。我々や人類、勇者までも序でに過ぎない。
「ふぅ……久々に沢山喋って疲れちゃったね。シューよ、後で『全能の祝福』について纏めて文書として皆に配るように」
「御意に」
シュー様が一礼し、魔王様は紅茶を飲む。
「おっ。うっっま。さすがシューだね」
「勿体なきお言葉です」
あれが素なのか、部下にも分け隔てない人当たりの良さそうなやり取りをする魔王様。
「ああ、そうだ。王国を落とした際の土産に『月下の祝福』が掛かった魂があったろう。あれね、バランの力でここに止めていたから、バランが討たれると共に自由となってどっか行っちゃったんだよね。その失敗を踏まえて『崩壊』の作戦で得た祝福持ちの魂はちゃんと専任の悪魔が管理してるんだけどね。女神アルテミスの事は気にしていなかったから、ちょっと爪が甘かったね。まぁ、ともかく、いずれどこかで強力な『月下の祝福』を受けた赤子が再誕する事は覚えといてくれ」
なっ。あの強敵だった騎士レフトが転生する可能性があるのか。
レベル1のスタートで全く脅威ではないが、30年そこらであの強さに上り詰めた騎士レフトを思うに油断していると追い抜かれてしまうだろう。
「恐らく女神アルテミスは一人にしか祝福を掛けていない。この大陸中の信仰を集めながらその神聖力をたったの一人に授けるのだ。相当強力な祝福だったろう。女神アルテミスはどうでもいいが、この祝福持ちは警戒が必要だな。そう言えばどうだった? 君はこの祝福の騎士と戦っていたのだったね。アドラー君」
と、魔王様の意識がこちらに向いてぎょっと驚く。
「え、ええ。非常に強敵でした。祝福とは関係のない本人の強さがあります。転生してもすぐに祝福を使い熟す雰囲気がありますな。正直手の内が分かった今でも勝てる気がしません」
「うむ。そうか」
あっしの心の底からくる騎士レフトに対する評価に頷く魔王様。
「ふふっ。大丈夫よ。あれが転生したらまた私が殺してあげる」
「おや? 珍しいなアウラ。ではその時が来たら任せるとしよう」
と、本当に珍しくも好戦的で自主的なアウラ様だった。
部下をいじめた仇だから根に持ってるのだろうか? そういうタイプではないと思うが。
「で、次は何の話だっけ?」
「現状で判明している『全能の祝福』を受けし者の情報の共有であります」
「う~ん、長いからカット! 文書でおーけー」
「では帝国の皇太子と“聖人”に至ったと思われる騎士の討伐を任せる人員の選定ですな」
「それにしよう」
その魔王様とニグラトス様のやり取りに幹部連中の目つきが変わる。
敵将の討伐。それは名誉であり、そして何よりも魔王様の御役に立てると言う事。
彼らの生きる意味であり、そのお役目を貰う事は頼りにされている証。
誰も口に出さぬが互いに抜け駆けを許さぬかの様な雰囲気ができる。
「僕は戦闘には万全を期したいからね。聖人が帝国にいるなら幹部クラスが居る事になる。祝福持ちに対抗する為にも幹部二人は必須だね。ま、ほんとの事言うともう決まってる様なものなんだけどね。一人は上位大幹部さ」
「へぇ~。一体誰にするの?」
「君が行ってくれるとすごく助かるんだけどね。アリシア」
「ヤだよ。もう戦闘とは関わらない余生を送るんだ」
と、魔王様とそんなやり取りをして、頭の後ろで手を組んで椅子に凭れ掛かるアリシア様。
「勿体ぶらずに言うと、それは序列六位のラフレシアだよ。もう一人はグラハスだ。ま、無難な選択だね」
「謹んでお受けいたします」
軽く頭を下げたグラハス様。
大幹部が二人も動く上、一人は上位大幹部か。
かつてない戦力だな。
「ただ問題なのがラフレシアにはまだ話を通していない事なんだ。どこに居るかは何となく分かってるけど、一度呼び戻さなくてはいけない」
話の割に大分ルーズだなと内心面喰う。
「誰かがしなくてはいけない仕事なのだがなぁ。一体どうしたものか。ちょうど時間を制限なく使えて、序でに環境の変化に強い種族で、空間魔法まで使えると尚良しなのだがなぁ……。あ、そうだ」
そんな魔王様の呟きに他人事で半ば聞き流していたのだが、魔王様の視線はまさかのあっしの方に向いた。
「アドラー君。君、最近フリーになったそうだね?」
「え。……あ、はい」
「ほうほう。では時間の制限は無い訳だ」
え。なんか嫌な予感。
「君の除隊理由は戦闘にはもう関わりたくないとか言う忌憚無きものだったっけ? 仲間を呼びに行くことは戦闘とは無関係な訳だから、君にも頼めると思うのだけど……どうだい?」
魔王様を始めたとしたかつてない強者たちによる視線があっしに集中する。
こちらににっこりと人好きのする笑みを向ける魔王様。
こ、これはさすがに断れない雰囲気。
と、アウラ様までこちらに顔を半分向けて視線を寄越した。
これは好機。
救いを求めてあっしはアウラ様に眼差しを向けた。
「行くなら気を付けてね?」
「あぁ……」
そういえばこんな人だった。
本人の意思でさえあればどんな行いであろうと止はしないのがアウラ様だ。
別に今のは許可を貰う為の視線ではなかったのだけれど……
「うむ。では決定かな?」
「はい……つ、謹んでお受け致します」
周囲にはそうは見えなかったようで、半ば事故的にあっしのお使いが決定した。
アリシア様だけは分かってくれているようで、声を出さずに笑っていた。
スカーレットは呆れた様な視線をくれる。
アウラ様は優雅に紅茶を飲んでいた。
〇
とまあ、このようにして魔王様からお使いを頼まれた。
魔王軍大幹部、序列六位のお方、ラフレシア様。
正直聞いたこともない。
だが序列で言えばバラン様よりも上。大幹部の序列はレベル順だなんて噂もあるが、下位幹部の誰よりも上ならかなりの化け物だ。
いや、でもアリシア様よりは下の順位か。別にアリシア様のレベルは、それで言えば誰一人幹部のレベルなど知らないが、あの人当たりのいいアリシア様を想像すれば少しは肩の力も抜けると言う物だ。
ラフレシア様の情報はまるでない。
『別に言う意味ないし。っていうかあの人、勝手に色々話すと怒るんだよね。根本的に人嫌いなんだよ。部下だって一人しか作ってないし。俗世から離れて自分探しの旅だなんて気取っちゃってさぁ。……まぁ、いいや。とりあえず、この指輪付けて行っちゃって』
そんな風に魔王様は言って多くは教えてくれなかった。
そしてとある指輪を渡される。
ペアリングで相手の位置が分かる指輪であるらしい。
つけると遠くの方で微かに感じる物があった。
もう一つはやはりラフレシア様がつけているらしい。
『慣れるまで距離感は分からないだろう。先ずは私が把握した大凡の位置だけ教えておくとしよう』
そう言って魔王様は大陸の地図に印を書いて渡してくださった。
ラフレシア様が居るであろう位置は大陸の北の果て。とある山岳地帯であった。
そしてその領域は嘗てこの大陸を支配したとされる北の魔王軍の子孫たち、北の魔族達による国家の領土内であった。




