53:大幹部会
魔王様により全幹部が一堂に会する大幹部会の開催が決定された。
噂はあったが結構急な事である。
それはアウラ様のアトリエでの療養中の時の事。
呪いの装備に邪魔をされていない状態のあっしと同等、いやそれ以上の気配がアトリエに近づいて来ていた。
「大丈夫よ。この気配はシュー様ね」
体に包帯を巻かれてベットに横になっていたあっしだが、さすがにその気配に立ち上がろうとしてアウラ様に制された。
シュー様と言えば魔王様直属の部下にしてメイドの一人。その中でも一番強くて権限もあるお方だ。
強さは『A+』もあるなどと言われ、大幹部一歩手前の魔王軍でも強者の一人。
魔王様の一部代理権も有しており、魔王国内で起こる相談はシュー様が適任である。
そんな事務関連での魔王様の右腕とも呼べるお方が何用なのか。
「アウラ様。お久しぶりでございます」
「久しいわね。ゆっくりしていく?」
「いえ、この後も用がありますので。お気遣いありがとうございます」
地上の玄関口にてそんな会話が聞こえてくる。
アウラ様の私室や研究所、あっしの居る仮眠用のベットもハシゴを下りた地下にあるため様子は見れない。
アウラ様から私室を使うよう言われたがさすがに遠慮する。それにアウラ様の研究の様子を見るのは昔を思い出して落ち着く。
シュー様の隠す気の無い気配は訪れを知らせるものだった様で、アウラ様が出ると同時に威圧する様なそれは抑えられていた。
「本日はこれを渡しに参りました。大幹部会の招待状です」
「あら、まぁ。……ついにねぇ。一先ずご苦労様」
「勿体なきお言葉。では用が無ければこの辺で」
「ええ」
と、無駄な会話も無くその気配は去って行った。
代わりと一通の手紙を持ったアウラ様がハシゴを使わずゆっくり浮遊して降りて来る。
珍しく外部の者から齎された物を読むアウラ様。基本アウラ様が目を通す物と言えば自身の興味のある研究関連の書物のみだ。
「んー、困ったわねぇ。アルラは遠出して一時帰って来ないんだけど……。まぁ、一人で行くか」
「え。一人でって幹部会にですか? 従者を連れて行かずに?」
「ん? まぁね。でも元々アルラを拾う前は今以上の個人行動だったのよ?」
会話から大体の事を察しているあっしはアウラ様とそうやり取りする。
姐さんは今アウラ様のお使い中だ。予定が合わなかったのだろう。
「ちなみにその会議はいつ頃ですか?」
「十日後だけど?」
「十日後……」
〇
魔王城のアウラ様の事務室へと、アウラ様の空間転移で共に移動した。
元々傷自体は治っていたあっしはアウラ様の従者として大幹部会へと付いていく事にした。
部下が居るのに誰も付いて来ていないなどと言う、アウラ様の顔が潰れる事はあってはならない。本人は気にしないんだろうけども。
これじゃ姐さんを馬鹿にできないくらいあっしも大概だな。ご主人様に尻尾振る者として。
「結局その服装なんだね」
「まぁ、あっしを示す物になってしまいましたからな」
アウラ様の言う通り今の恰好は悪趣味な道化の様な恰好だ。
姐さんにも顔を忘れられるくらいあっしはこの恰好で過ごし過ぎた。
もう呪いの効果も良い効果も消し飛んでしまったので私服扱いである。
にしてもさすがのアウラ様も魔王様や上位大幹部も出席なさる大幹部会は早めに行くらしい。
アウラ様に続いて会議室に向かう。
例のごとく会議室にはマロン様が迎えて、円卓を序列順に椅子が囲っている。
後ろから入って十三席用意された一番下の位置にアウラ様は案内される。
序列十二位の席だ。
席は意外とまだ埋まっていない。下位幹部に関しては埋まっているが、アウラ様を覗けばもう三人しか居ない訳だし、上位幹部の方は一人しか席に着いていないので結構がら空きに見えてしまう。
にしてもあれが序列九位のメラゾセフ様か。実物は初めて見る。
色白の壮年の男性だ。鮮やかな赤髪に塗りつぶすような黒髪が混ざっている。
やはり高位の悪鬼は赤髪が多いな。
「ようアウラ。部下を変えるなんて珍しいな」
「まぁ、ね。急だったから」
と、アウラ様に一番に声を掛けたのは序列十一位のリオウ様だ。
久々に見たな。こんな場じゃなければ挨拶したい所だが。
「ん? お前アドラーか?」
と、アウラ様が席に着く中、リオウ様の視線があっしに向く。
「左様であります。お久しぶりですな。師範」
「おう! 元気そうで良かったぜ!」
「え?何? 知り合いだったの?」
あっしとリオウ様のやり取りにさすがのアウラ様も気になったようだ。
あっしは一時期とある道場でお世話になっていた。その時の師範がリオウ様である。
あっしの武道の心得はこの方より教わった物だ。
「ええ。昔お世話になったもので……。にしても、よく分かりましたな」
「ああ、歩き方?かな。歩き方って特徴が出るんだぜ?」
「ほう。左様ですか」
さすが師範は言う事が違う。歩き方など考えた事もなかったな。
弟子入りしていた時にアウラ陣営である事などは話していない。リオウ様の道場は来る者の事情などは関係なかった。
今の反応を見るに歩き方だけで一人の弟子に過ぎなかった道場のあっしと繋がったのだろう。
さすがだしあっしを覚えてくださっていて単純に嬉しい。
「つーか、偶には顔だせよなぁ。くたばっちまったかと思ってたぜ」
「ははっ。一度伺ったんですがね。門前払いでして」
「あ? そりゃ誰だ? うちは来る者拒まずだが」
「何分昔の事なので……」
ほぼ全員が魔王軍に所属するか関係者である、でなくてもいずれそうなる者達だった兄弟弟子たちからのあっしの覚えは当然良くない。
都合よく道場を利用した身だから仕方ない。
未だに同じアウラ陣営って事で姐さんとリオウ様の従者はいがみ合っているらしいし。
リオウ様の従者は正確には部下ではなく道場の教え子なので、連れて来る者を結構変えるらしいが、道場内で脈々と嫌な文化が受け継がれているのだろう。
姐さんは見に覚えのない嫌われようで困惑しただろうな。一番被害を受けているは姐さんだろう。申し訳ない事をした。
ちらりとリオウ様の従者を見たが、知らない魔族だった。
こちらを見る目もそんな鋭くないし、案外嫌な文化も廃れているかもな。
少なくともそう願おう。
「まぁ、いい。今度飯でも行くか!」
「ええ。是非」
「アウラもどうだ?」
「私は研究があるからいいや」
「そっか。そうだな。頑張れよ!」
相変わらず嫌味の無い方だ。
明るく暖かい人ってのはこういう人を言うんだろうな。
「お、アドラー君じゃん。おひさ~」
と、そんな気軽さで挨拶して入って来るお方が一人。
金髪ショートの髪型。ルビーの様な赤い瞳。冒険者風の軽装備。場に合わせる気がゼロのマイペースさ全開な登場をしたのは先日知り合い以上くらいになったアリシア様であった。
その後ろには黒いドレス姿のスカーレットも居た。
「お久しぶりですな。アリシア様」
「うん。って、呪い解けたんだ。気持ち悪くなくていいね」
「そ、そりゃどうも」
装備は一緒だが一目で見抜いたようだ。
アウラ様と一緒だな。
「おい、アドラー。お前全然迷宮に来ないな。様子見に来いって言ったろ?」
「え? ははっ。そうでしたっけ? 今度行きますよ今度」
と、スカーレットに言われて適当に流す。
というか従者の身でめっちゃ喋るな。どちらかと言うとぎょっとして流してしまった。
確かにまだ会議は始まってないが、この強者が集まった場でよく自分を崩さず居られるものだな。
従者同士で会話しだす出しゃばった行為は基本しない。喋るのも話しかけられて最低限。
従者を連れて来る文化はあくまで顔合わせが目的で何かこの場での権限があると勘違いしてはいけない。
そうアルラ様が言ってたのだけれど……
ま、まぁ、スカーレットはこういうの慣れてなさそうだしな。
「アドラってば、バラン様の時もそうだけどいつの間にか人脈作ってるわね」
「え? ああ、そうですかね?」
と、振り返って青の瞳を向けるアウラ様。
「ふふっ。上手くやってるみたいで良かった」
アウラ様は珍しく無邪気に笑っていた。
これだけでも来た甲斐があったかもしれん。
「いや~、しっかし、相変わらず上位幹部は集まり悪いねぇ」
そう席に着くなりだらしなく頬杖を突いて言うアリシア様。
席位置は序列四位の場所だ。
すかさず紅茶を置くのはクレア様だ。長い藍色の髪を持った女性。三人居る魔王様の部下にしてメイドの一人。強さは『B+』なんて言われている。
例のごとく魔王様の一部代理権を有しており、首都アルブレでの相談はクレア様にするのが手っ取り早い。
下位幹部はマロン様が、上位幹部はクレア様が給仕するという事だろう。
そしてアリシア様の言う通り上位大幹部の集まりは悪い。
アリシア様の他に席に着いているのは一人のみだ。
座っていて尚威圧感のある巨躯の男。筋骨隆々の体。身長二メートルを超えるだろう事は安易に分かる。濃い青の短髪。壮年の見た目ながら古傷と眉間の皺が貫禄ある雰囲気を作り出す。
ここまで近くで見たのは初めてである。肌で理解ができる。この男こそが魔王様を除いて魔王軍で最強。
序列一位の席に座る大将軍。ニグラトス様だ。
ニグラトス様は腕を組み黙祷をしている。微動だにしない。
従者の将軍も直立不動だ。
グラハス様の所もそうだが、やはり軍隊側は雰囲気が一線を画す。
そんな6名中2名しか集まっていない上位大幹部だが、代理人としてだろう従者役なら2名来ていた。
一人は序列三位の席の後ろに立つ、中年に差し掛かったくらいの男。金髪の騎士風の男だ。見た目は人間と変わらない。種族は謎だな。
もう一人は序列五位の席の後ろに立つ若い女性だ。黒いローブを羽織ってフードを深々と被っているのであまり顔を窺えないが、なんだか顔色が悪そうだ。先ほどアリシア様に『お、りっちゃんおはよう~』と声を掛けられていた。意外と上位幹部同士で交流があるのかもしれない。
六位と二位に関しては完全に欠席と。上位大幹部組は中々個性的な面子が揃ってそうだな。
と、各自寛いだり緊張したりしていると、その時はやってきた。
前方の扉が向こう側から開かれる。
両扉を開けるのはピンクの髪をした女性のメイドである。一目見て只者ではないと分かった。
噂に聞く魔王様の部下にしてメイド。その一人であるシュー様であろう。
「魔王様の御成りです」
そう凛としたシュー様の声が届く。
扉が開き始めた頃には刮目し立ち上がっていたニグラトス様を始め、大幹部の人達も大半が立ち上がりお辞儀をする。
アウラ様も序で程度に立ち上がりローブを摘まむと頭を垂れていた。
ちょっと意外。
ちなみに立っていないのはリオウ様とアリシア様の二名。
あっしら従者側も殆どが頭を垂れる。一人だけ微動だにしていなかった従者側も居たが、何せ頭を下げて見えないので終始は分からない。
「やあやあ。皆元気にしてた?」
と、この場の誰よりも気軽いノリで入って来た人物。
少年の様な声音とお姿。お尻より下に伸びた長い黒髪。瞳の色も黒。
まるで無害な見た目。だがその内包する力はこの場の誰よりも強い。
まるで太陽その物のような存在感。
「ああ、楽にしていいよ。うーん、大体集まってるみたいだね」
その言葉に皆頭を上げる。
その方が一番上座側の中央の席に座ったのを見届けて、幹部の皆も座りだす。
一通りまだらに空いた席を見渡して、円卓に肘を突いて両手を組む。
そしてにっこり微笑んだ。
「じゃ、始めよっか」
この方こそが我等の主。この国の王。最強のお方。
“魔王”ラー様である。
会議はまだ、始まったばかりだ。




