52:全能神の祝福
産まれる前から既に意識があった。
暖かくて落ち着く、暗くて狭い、水の中。
感じる感覚は心音や血流の音くらいだった。
思ったのは『またかぁ』っていう感覚だ。
でも前世の記憶があった訳ではないんだ。多分、過去世があった人ってのは皆そう思うもんなんじゃないのかな?
いや、それこそ皆母体に居る時くらいは前世を覚えているものなのかも知れない。
何てったってまだ新たな人生が始まったとも言えないのだから。
ともかく俺は過去世の記憶はなくともそんな達観した思考を持っていたのを覚えているんだ。
その時巡らせていたのかも知れない前世の事なんて記憶はないが、その時の達観思考は憶えているって訳だ。
俺が他の人間と違うのはお分かりいただけたと思う。
早い話、俺は特別だったんだ。
夢見心地で子宮の中に居る事を理解しつつ、ある時『今だ』と分かって本能ってのに導かれるがまま俺は産まれた。
「こ、これは……!」
まだ視覚も発達しきっていない頃、そんな驚き声を俺を見て上げた爺さんが居た。
「どうしたのですか?」
「この祝福は! よもや……!」
俺の母親と思われる人物の声も届かぬように、その爺さんは驚いていた。
「ぜ、全能神様の祝福やも知れぬ!」
全能神とはこの世界でただ一柱の神のみを指す。
この大陸で主に信仰されている十二柱の神々。それらの主にして、神々の王とされる神。
全能神ウラノス。
その神々の王の祝福が、俺には掛かっていた。
〇
名をレル=ン・フォン・レクタリア。
レクタリア帝国の皇帝とその正妃の間の長男、つまりレクタリア帝国の由緒正しき王位継承順位第一位の次期皇帝候補が俺だ。
その上『全能神の祝福』を受けているときたものだから、周囲はまさに王権神授の再来かの様な喜びぶりだ。
多分母体に居た頃から俺が達観思考だったのはこの祝福の影響だろう。
だが喜ばしい事ばかりでもない。
この国は人類との戦争真っただ中な魔王の国が隣接するのだ。
幸い山脈や森林に阻まれ、隣接する魔王国との国境線も多くは無い。
だが戦線を持つ南のアスラ王国に多量の支援や援軍を送っていて、その捻出に大臣たちは喘いでいた。
俺が産まれた時期なんかは帝国にも近い戦線にて大量の蜘蛛系の魔物が沸いたらしく、戦線を後退する程一時は危うかったらしい。
統率の取れた何者かによる意思のある蜘蛛達の動きに野生の魔物ではなく、魔王軍の用意した魔物である事は明白だ。
だが我等帝国の援軍と王国の軍が協力し合い、戦線を維持。
そして王国の若き騎士が親玉と思われる強力な個体を複数体討ち、その後蜘蛛達は死兵のように暴れて厄介ではあったものの、恐らくは一匹残らず掃討できたと思われる。
この功績を機にその若き騎士は国王の近衛隊に抜擢されたようだ。
これらの一連の騒動と終結は騎士の逸話として広く知られている。
どこかの魔法生物学者が言っている事らしいが、この蜘蛛達は蜘蛛系の魔物に発現する『産卵』のスキルにより生み出されたものではないか、加えてそれはたったの一体、つまり数千という蜘蛛達は全て同一の個体より産みだされたものではないか、と。そう唱える者も居たらしい。
というのも荒唐無稽過ぎて学会を追放されたらしい。
あまりに常識外だと。強力な個体の中には『A』や『B』ランク代に達している蜘蛛までいたらしい。それらもたった一体の魔物から産まれたなどと常識外も甚だしい話だと。
俺はこの話はロマンがあって結構好きだった。
何せ魔王はそれこそ人類の常識外で人間の尺度ではとてもじゃないが測れないだろう。
そんな存在ならあり得るのではないか? そう思えてくるのだ。
もしかした蜘蛛達は魔王の化身だったのかも、なんてな。
なにせ今戦争を起こしている魔王の種族は永年の謎だ。
人間にも種類があるが、魔物から進化してきた魔族の種類は幾多にものぼる。
鬼系なのか、悪魔系なのか、不死系なのか、巨人系なのか、はたまた竜系なのか。それともやはり魔物からの進化した存在なのか。
生きてる内に是非知りたいものだ。
「そんなの分かる訳ないじゃない。昔話の中でだって魔王って一括りにされてるのに」
「夢がないなぁ」
俺はそんなロマンを剣の稽古中に語ったのだが、幼馴染の女の子であるリタからはそう一蹴されてしまった。
リタはピンク髪の活発な子だ。公爵家でちょっと遠めの親戚にあたる。
剣の稽古と言っても木刀を握った子供同士のお遊び程度のものである。
まぁ、この場合俺がお遊び程度に抑えていると言える。
「だいたい考えすぎよ。曲りなりにも戦線は王国の西で何十年も抑えられているのよ? 幹部だってもう半分近く討伐できてるなんて話もあるくらいなんだから」
「うーん。楽観視が過ぎると思うんだよなぁ。例えば、北の魔王軍並みの戦力があったとしたら、この大陸を支配されても不思議じゃないじゃないか」
「き、北の魔王軍って……。歴史上最強の魔王軍と比べちゃどの国も弱小よ」
北の魔王軍とは二千年以上も昔にこの大陸を支配したとされる魔王の軍勢だ。
俺たちの住む大陸は世界の大陸で一番大きい。その大陸を支配した北の魔王軍及び北の魔王は間違いなく歴史上最強。
英雄王ガリウスによって北の魔王は討たれたが、北の魔王軍の残党は大陸の北に戻り、今でも北の広大な地が魔族の国家として残っている。
この大陸の一番大きくて歴史も長い国家がそれだ。
北の魔王が討たれてからの人類への敵対行為はなく、存続を許されている。
この世界の割と常識だ。
ガリウスの魔王退治は童話にもなっている。
歴史の座学で習った事だ。
「っていうか、あんたが直接訊きに行けばいいじゃない。せっかく全能神様からの祝福を賜っているというのに」
「訊くって魔王にか? 魔王退治は『聖杯の祝福』持ちって相場が決まっているんだぜ?」
「そんなの関係ないわ。っていうか、聞くところによると『全能の祝福』って『聖杯の祝福』に負けず劣らずなちょー強よ強よせこせこ能力じゃない。何よ、主からの直接魔力や技能を授かるなんて」
リタの言う通り、全能神ウラノス様による『全能の祝福』は聞けば聞くほどのぶっ壊れ能力だ。
何でも全体意識の門が開き、そこから主神であるウラノス様の魔力を直接頂けるのである。
俺の現状のステータスはレベル相応に低く、魔力も少ないが、底から無限に湧き出るかの如く魔力が満ち満ちる時があるのだ。
その時は魔力切れを起こす気がしない。きっと人間の使う程度の魔法じゃ主の魔力を使い切るなんて到底無理なのだろう。
それだけでも十分なぶっ壊れ能力だが、この『全能の祝福』の真の能力は別にある。
全体意識の門が開く事による、主の技能の譲渡。
これがこの祝福の真価だ。
「もー! 私だって強くなってる筈なのに全然レルに追いつけない! その祝福ずる過ぎよー!」
そんなリタの言葉には苦笑いする他ない。
「にしても、『全能の祝福』を受けた者が俺の他に二人も余所の国で産まれている。同時期に狙ったかの様な誕生だ。同じ時代に複数人『全能の祝福』を受けた者が居る事はあっても、赤子として産まれるなんて事は歴史上でも初めての事だ。やはり俺は魔王軍が只ならぬ力を持っていて、天上に御座す神々がこの事を大きく捉えているからだと思う。きっと俺は魔王軍と戦う為にこの生と祝福を受けたんだ」
恐らくは『全能の祝福』を受けている事を自覚させる為だろう。他二人もやんごとなき血筋の者達であった。
片方は死産でせっかく巡ってきた『全能の祝福』を受けし魂を無駄にしまいと、妊娠中のどの母体へと転生させようかと政略が交差していたらしい。
俺はそんなのに巻き込まれる余地の無い生まれで助かったといものだ。
余所の国の事情にはあまり興味が無い。
それから十年以上の月日が経って、俺とリタは18歳になった。
魔王軍はアスラ王国とヘルミオ神聖国を滅ぼし、南のフルワ共和国は降伏し属国となった。
これより魔王軍はここレクタリア帝国に戦力を集中させる事となる。
俺もリタも一端の騎士となり、皇族の務めとして戦争にも参加する。
あの時は適当に流してしまったが、俺が魔王を屠ってしまうのも悪くない。
俺は『全能の祝福』を賜りし者。そう、神々の王から選ばれた者なのだ。
民を守る皇族の務めの以前に、俺には主の使徒としてその剣を魔の者に振るおう。
さぁ、魔王軍よ。俺の指揮する軍団により返り討ちにしてくれよう。勇者など必要ない。
そしてこの俺が魔王を討つのだ。




