50:忠実なる赤髪の悪魔
「――サードマレナ……ですか?」
「ええ。『第三の心臓を持つ者』という意味よ」
幼き姿のアドラに問われ、アウラはそう答えた。
アウラのアトリエにて、アウラはアドラにとある魔族の事を教えていた。
「多分、あなたの身に宿る魔族の肉はその種族だと思うの。あなたを始めて見た時、珍しくてびっくりしちゃったわ。正直生物学として非常に興味がある」
服に手を入れ小さな体を撫でるアウラ。
その目はモルモットを見る研究者の目だ。
「アウラ様の為なら解剖されてもいいです」
「ふふっ。バカねぇ。滅多な事言う物じゃないわよ」
そう嗜めるアウラだった。
〇
「ぐぶふっ」
心臓を貫かれてあっしは吐血する。
真っ直ぐ心臓を貫いている様に見えて、肺も傷ついているらしい。
「あーあ、だからこんな部隊に入りたくなかったんや。命が幾つあっても足りませんなぁ、言うて」
あっしはそんな事を剣で心臓を貫かれたまま言った。
案外この口調も素の物になりつつあるのかも知れない。
「ま、あんたには二つで十分やったみたいやけど」
言ってあっしは手刀で目の前の騎士の心臓を貫く。
目を見開いて驚く騎士。
目の前の男は紛れも無い騎士だ。ただの職業ではなく、名誉としての騎士足り得る男であった。
“軌跡の騎士”。強敵であった。きっと祝福と関係なく苦戦したろう。
油断大敵だが、さすがに人間はここまでやられて生きる事はなかろう。
昔アウラ様に教えてもらった事ではあるが、あっしは心臓が二つあるらしかった。
サードマレマと言う三つ心臓がある魔族の血が入っているからでは、というのがアウラ様の見解だ。故に一つでも三つでもなく二つ。
さすがにこうやって心臓を潰されたのは初だが、大胆にも二つの心臓がある事が確認できた訳である。
人間と同じ尺度であっしを測ったのがこの騎士の敗因だろう。
「ありえない」
そう呟き“軌跡の騎士”は力を抜いていく。
あっしが手刀を抜くとそのまま仰向けに倒れた。
あっしは心臓を貫く剣を、顔を顰めつつ引き抜く。
溢れ出る血。自分の心臓に刺さった剣を自分で抜くなんて凄まじい嫌悪感だ。それにみっともないな。二度と御免だ。
「強かったでぇ、ほんま……。普通負けてたわ」
あっしはそう賞賛を送った。
聞こえていたかは分からないが、どこか満足そうな逝き顔を見るに、無駄ではなかったろうと思う。
ともかく、これで本当に勝負は決したのだ。
〇
にしても心臓には痛覚がないと言う話があっしの体にも適応されてるみたいで助かった。
そんなことを三人の天使の息の根を止める作業中に思った。
ついでに姐さんの飛行を邪魔していたらしい魔法使いの女もサクッと殺す。
姐さんのような詰めの甘さは演じない。
しっかりきっかり殺す。
どうせ魂がふわふわし始めるんだろうし、全然罪悪感はないな。
「お怪我はありませんか?」
そう呆然と見上げる姐さんに手を差し出す。
何か、自分でもどんな接し方だったか忘れた。
迷った挙句の無難な言葉である。
「え、あ。ええ、はい! 大丈夫です! でありますわ!」
何か姐さんも口調がおかしいし。
慌てて自分で立ち上がってるが、片足を庇ったような立ち方だ。
「あ、あの! ありがとうございます! ですわ!」
勢いよく頭を下げる姐さん。
いつもの口調と外向きの口調がせめぎ合っているな。
こちらとしては外向きの口調も違和感がある所なのだが。
「いえ、無事ならそれでいいんで。それよりもう飛ぶ魔力もないんですか? 先ほど魔法使いの女は見つけて殺しましたが」
「いえ、魔力はそこそこ……って、そうだ! バラン様が討たれた事知らせないと! えっと、あなたは軍隊部隊って事で、あってますよね……?」
「えーと、まぁ」
違うけど。
何か明かすタイミング見失ったしこのままでいいか。
上目で確認されては否定もできないというもの。
「じゃ、じゃあ、グランド様への報告は任せてもよろしいですか?」
「ええ」
つってあっしがする必要はないと思うのだがなぁ。
まぁ、全ての指揮権がグランド様に移った以上、判断を仰がねばならないだろう。
「って、いけないわ! 私ったら! す、すみません! 私の部下がどっか行っちゃってるのですぐに探さないといけないんです! と、とりあえず失礼しますぅ!」
「ああ、はい」
と、慌てた様子で箒の方に走り、空中へと浮かんでいった。
足は痛そうだったが。
途中『あわわ、ただでさえ巻き込んだ感じなのにぃ』と焦った様な呟きが聞こえて来た。
はてさて、完全に他人として認知されている訳だが……
あっしの視線の先には、脱ぎ捨てたいつもの装備があった。
〇
「もう! ちょっとアドラ! どこ行ってたのよぅ! 心ぱ……不安だったでしょう! あんたがどっかでくたばってたら師匠に合わせる顔が無いじゃない!」
「あっへへ。さーせん」
あっしはいつもの趣味の悪い恰好で姐さんにどやされていた。
適当に後ろ髪掻く。
「ふぅ。とりあえず無事で良かったわよ」
と、ガス抜きできたみたいで姐さんの肩の力も抜ける。
「あっ! いっけない! 私、さっきの人にちゃんとお礼言ってたかしら? ああ、どうしよう。今思うと助けてくれたのに結構失礼な対応だったわね」
と思ったらそう焦った様子で言う。
結構大きめな独り言がその焦り具合を表している。
ちなみにちゃんとお礼は言われた気がするが。
「ねぇ、アドラ。あなたこの部隊の真っ赤な髪の人で知り合い居ない? すっごく強い人だったわ。私より全然強い。って、軍隊の人をあんたが知る訳ないか」
「あはは」
ツッコミ所が多すぎて適当に笑って誤魔化す。
「さっき助けていただいたのにまともに対応できなかったから、改めてお礼したいのよ。っという事で、あんた見つけ出しといて」
「え、え? あっしがですか?」
「何か文句ある?」
「い、え」
そう言えばこの人はこんな人だった。そして雑用係もあっしだった。
にしても、何かすごいめんどくさい事になってないか?
「そう心配せずともすぐ見つかると思うわ。にしてもあんた意外と一人でも大丈夫そうね。私は一先ず遊撃部隊の仲間に戦況の確認をしてくるわ。あんたは適当に安全なとこ居なさい」
「いえっさー」
そう応じて箒で飛んでいく姐さんを見送った。
〇
帰りは魔王国で待機する者からの召喚で帰る事となる。
三回の召喚予定を逃せばその者は自力で帰らねばならない。
もし捕虜になろうものならその者には死んだ方がマシな新生活が待っている事だろう。
ま、そんなのは御免だが、もしなってしまったらさっさと死んでしまおう。
また受肉するのは大変だが、この肉体は痛みを感じる。
さっさと死んで地獄で復活する。何十年掛かるかは分からんが。
それよりも捕虜になった上、死という逃げに走った汚名の方が辛そうだな。
そんな俺を部下たちはきっと認めないだろう。
そんな事をバランが討たれたという場所まで歩きながら思うアラン。
(にしても部下たちは今後どうするつもりだろうな。このまま魔王様の私兵として残るなら引き続き俺が管理するだろうが、バラン様に付いてきた者は離れる事だろう。いや、それで言えば俺もそうだな)
考え事に没頭してるとバランが倒れた場所に着く。
始めて見る自分の上司の無様な姿。
「たっく。随分あっさりやられましたね。にしても、400年以上同一の肉体で過ごした者は、肉体の崩壊と共に魂まで亡ぶという話は本当だったみたいですね」
そう膝を折り独り言を言うアラン。
「どうせなら俺が殺してやりたかったところですよ。……クソが。勝ち逃げしやがって。初対面でボコされた事、俺忘れてませんから」
反応が無ければ魂も無い死体に向けて、そうアランは続けた。
「ま、約束は約束だ。しっかり守りますよ」
言ってアランはバランの手を取る。
形態変化によって生えていた鱗も収まり、その手にはいつもの手袋もつけられていなかった。
アランはバランの素手を始めて見る。
(悪魔同士が約束事なんて、気持ち悪りぃな)
そう内心で思いながら、アランはバランの手に嵌められた指輪を抜き取った。
それを丁寧に懐に仕舞い、忠実なる赤髪の悪魔はその場を立ち去ったのだった。




