05:魔獣研究所
魔王軍魔獣混成部隊王城特別研究所特別所長。
バラン様の魔王軍大幹部序列七位とは別の肩書きだ。
バラン様は生物学者としての一面があり、魔王城の地下深くで大量の魔法生物、いわゆる魔物を管理し、魔王国の研究員と共に日夜研究に勤んでいるらしい。
主に魔物の優性遺伝の研究、交配や移植によるキメラ実験や強力な個体の育成を行い、魔王軍魔獣混成部隊の戦力底上げに大きく貢献している様だ。
今日は話ついでに魔王城の地下深くにあると言う研究所の見学をする事となった。
ゴズはんの新たなホームとなる場所なのだ。しっかり見ておかなくては。
鉄格子の鳥籠の様な昇降機に乗り、魔王城の地下深くへと向かう。
鎖の軋む音を聞きながら、次第に広々と開けた空間へと出た。
地下とは思えぬ程広く、大小様々な無骨な鉄の檻と、その中の魔物が並んだり積まれたりしている。
次第昇降機が降りきり、あっしとバラン様は昇降機から降りた。
「我が研究所へようこそ! 歓迎するぞ」
「ハハッ」
研究対象としてじゃなきゃいいが。
バラン様の言葉に乾いた笑いで応じる。
「バラン所長。おはようございます。早速なんですが先日の研究報告が」
「ふむ。すまぬが後にしてくれ。今はお客が居るのでな」
「はっ。し、失礼しました」
早々にバラン様へと話しかけた研究員と思われる白衣の男だったが、バラン様の言葉で我へと返った様にあっしの方を一瞥してから下がった。
ふむ。あっしはそれなりに強そうには見えるし、バラン様の隣もあってか軍のお偉いさんに見えたのだろう。
軍事政権である魔王国では強いだけで地位を示す。
幹部クラスなど非戦闘員からしたら天上人だろうな。
にしても、バラン所長か。
先ほどの気負う事なく話しかけに来た研究員と言い、ここでは魔王軍幹部としてで無く、本当に研究員として過ごしているのだろうな。
白衣の研究員達が前を通る度に深く礼をする中、あっし達は奥へと進んで行く。
「この中には王都陥落に向けた部隊に編成する予定の魔獣もいくつか存在する。試験的にではあるのだがな」
「魔獣を、ですか……。しかしバラン様、お言葉ですが長距離の空間転移を行える魔獣など居ない様に思われますが。術者による転移をするにしても、アスラ王国までの転移ともなれば効率が著しく悪いですし、臨機応変さが求められる奇襲作戦においてわざわざ知能の低い魔獣を連れていく必要はない様に思われるのですが」
「ふむ。忌憚の無い意見は貴重だな。だが安心するといい。そもそも今作戦において我輩が出る時点で過剰戦力だ」
それは確かに。
そこに疑いの余地はない。
「そして魔獣に関しても調教師の為に空間転移の枠を一つ埋めるつもりもない」
「では奇襲作戦に応じられる程の知能があると言うことですか?」
「それも違う。まあ、この際だ。今作戦の概要を説明するとしよう」
それから説明された作戦はこうだ。
まず空間転移によりまとめて王都への転移を行うが、その定員は約30名。
その際部隊は王城及びその中と周囲の権力者を積極的に殺す王城部隊と、王都全体に拡散して敵戦力の分散と混乱を目的とした王都部隊に分かれる事となる。
当然、負担が大きいのは権力者を狙う王城部隊となり、この部隊は王都に存在するC+ランク以上の強力な個体を殺して回る事も任務の一つとなる。
定員は全体の半分以下の10〜15名で強さはBランク以上が必須条件だ。
作戦の決行はアスラ王国の主要人物が王城へと集う某日。国の有力者達をまとめて殺し、物理的に内側から国家を破壊するのだ。
「そして魔獣共は王都部隊に編成する事となる。この部隊の目的は言わば陽動であり、緻密な作戦など必要ない。指揮系統に関してもそうだ。なぜなら今回の作戦で民間人に対する被害の有無は度外しする事に決まったからな」
「ああ、なるほど。それなら大丈夫ですな」
まさに好きに暴れさせればいいと言う事だ。
となれば、ゴズはんは十分に参戦する強さはあるだろし、おそらくは王都部隊だろう。
あっしはギリBランクの戦力があると判断されれば、王城部隊になるだろうな。
そんなこんなで話し込んでいると、並んでいた檻が見当たらなくなり、ある程度見渡せる空間へと出た。
「見るがいいアドラーよ! あれが我輩のとっておきの一つだ!」
「ん? って、あれはソーン・ヘヴィ・ウォリアー!? 檻から出てますやん!」
あっしは野ざらしにされたそれを見て警戒した。
荊の重戦士の異名を持つ魔物。全長約4〜6メートル。かなり巨躯の人型の魔物で、特徴的なのはその見た目。
花びらの様な棘を全身に纏い、その姿はまるで棘の鎧を纏った重戦士だ。
『C』ランクは堅い魔物で、近接戦闘が得意なあっしにとってはかなり相性の悪い魔物である。
というか、普通に野良で会ったら逃げる。
「安心するがいい。調教はされてある」
確かに暴れる様子の無い事と、普通に研究員が闊歩している事からあっしは警戒を解いた。
と、研究員ばかりのこの場には不似合いな武術服を着た青年が居た。真っ赤な髪と黒の瞳の彼はクリップボードに視線を落としていたが、こちらに気づくと軽く会釈してきた。
あっしも軽く返す。
「こやつは交配実験の賜物でな。まず毒性が非常に強いのに加えて、針の数が多い特別個体だ」
ソーン・ヘヴィ・ウォリアーがCランク足る所以はその毒性にある。その体に纏った花弁ひとつとっても毒が強く、タチの悪いことに少し触れただけで体から離れて付いてくるのだ。
故にこいつの戦法は正面から打つかってなるべく針を刺そうとするやり方で、情熱的なハグをされ様ものならその者には間も無く死が訪れることだろう。
そしてバラン様の説明の通り、目の前の個体は毒の花弁がびっしりとその巨躯を埋め尽くし、色も本来は金色のイメージがあったが、そいつは黒光する紫色であった。
「それだけではないぞ。 ソーン・ヘヴィ・ウォリアーは時折り針に麻痺の効果がある特殊個体が居るが、こやつもそうである」
麻痺により気づかぬうちに毒が回る。かなり厄介だ。
「極め付けは針に付与された『激痛』属性だ。我輩も予想外の進化を遂げて驚いたのだがな。なんとこやつは新たな属性を手にすることに成功したのだ。他とは完全に異なった特徴。特異個体というやつだ」
それはすごい。
もはや別物と言っていいだろう。
「故にこやつは毒が強く、針も多い特別個体でありながら、麻痺の効果も持つ特殊個体であり、激痛属性を得た特異個体でもあると言う訳だ」
聞いただけでもかなり凶悪だな。
単純に体も大きい気がするし。
目の前のソーン・ヘヴィ・ウォリアーは7メートル近い巨体であった。
悔しいが、ゴズはんでも武器無しじゃ厳しいだろう。
というか、あっしでも負けそう。
「こやつを王都で暴れさせる。研究の成果を遂にお披露目できるという訳だ。いやはや実に楽しみであるなぁ!」
そう言ってバラン様は高笑いをしていた。
◯
姐さんからの命令を受けてから約束の一週間後。
「それでバラン様の研究所に移ったと」
「はいな」
魔王城に戻った姐さんへと結果を報告していた。
ゴズはんは結局研究所で過ごす事となった。
一応はアウラ様陣営と言う事にはなるし、そんな手荒な扱いは受けないだろう。
「ふん。まぁ……やるわね」
「そりゃ、どうも」
「別に褒めてないわよ!」
なんて素直じゃないんだろう。
っていうか無理あるし。
「まあ、いいわ。もう一体連れて来いと言いたいところだけど、バラン様に借りを作ると面倒そうだし」
よかった。毎週こんな命令をこなしてたら命が幾つあっても足りないところだった。
「ところで姐さん。王都陥落に向けて部隊が二つに分かれるとのことですが、詳しい話は聞いてませんか?」
と、姐さんは不思議そうな顔であっしを見上げる。
「ああ、バラン様から聞いたのね。まだ部隊編成については詳しく決まってないみたいよ」
「そうですか」
今度はあっしの反応に疑問そうな顔を姐さんはしていた。
「いや、勇者討伐の役目は御免だなと思っただけでっせ」
「まったく……向上心の欠けらも無いんだから」
姐さんは呆れたように言う。
「でもそうね。あなた、勇者ヘルンと相対しても絶対に逃げなさい。あなたじゃ勝てないから」
そう、姐さんは珍しく真剣に忠告してきたのだった。