49:赤髪の悪鬼VS軌跡の騎士&力天使三人
その悪鬼はバランを討伐するべく行われた破邪の儀に巻き込まれた。
パラシエルの儀は邪魔をされた訳だが、アラマエル、ミティア、スイエルの三点を結び、その範囲内に居た悪鬼は破邪の儀の影響を受けた。
その結果は悪鬼の身に纏っていた呪いの装備一式の解呪。
物理攻撃を伴わない神聖属性の攻撃のみ、全てを肩代わりすると言う破格の効果があったある装備の影響により、その悪鬼自体にダメージはない。
その装備は手袋で、その悪鬼としても効果の都合が良いお気に入りだった。
だが元々その手袋はある時ある騎士による攻撃で呪いが完全に解け、性質も変わってしまっていた。
その性質とは物理攻撃を伴わない神聖属性の攻撃のみ、全てをその他の装備に押し付けると言う物。
その結果全ての呪いの装備が解呪されたのである。
「ありゃありゃ……久しくこの姿を取れる訳だ」
悪鬼は言いながら暑苦しい装備を脱ぎ捨てていった。
現れるのは引き締まった上裸。魔力を制限された影響により変色してしまっていた髪も元の鮮やかな赤髪に戻る。
靴も手袋も脱いでその解放感に長い時間浸る。
「そうか……あなたでしたか。赤髪の悪鬼は」
ルテンは目の前の悪鬼の姿、そして収束されし未来に打ち震えた。
未来は絶対ではない。故に現れる気配の無い赤髪の悪鬼に、自分はどこかで要らぬ行いをしてしまっていたのかと考え始めていた。
しかしまるで未来は最初から決まっていたかの様に、未来の方から状況を整えてくれたかの様に、その赤髪の悪鬼は現れた。
最早勝利は確定されたも同然。今まさに自身の剣が悪鬼の心臓を貫くかのように思えた。
「ん? 何か言ったか? まぁいい。久しく開放されたこの体。今の肉体でどこまでやれるのか試さねば損だろう」
悪鬼は言って上下に構えた拳を円を描くように反転させる。
(悪鬼の癖に武芸を嗜むか……厄介そうだ)
そうルテンが考えたのも束の間、その悪鬼は今までの動きが嘘のような素早さで駆け、足を振り上げた。
「ぐはっ!」
足を真っ直ぐに振り上げた状態で静止した悪鬼。
直撃を食らったルテンは後方へと吹っ飛ぶ。
(ん? さっきからうろちょろしてると思ったら、姐さんがまたイジメられてる)
叩き落とされた上に天使に囲まれる上司を見て歩みを始める悪鬼。
バランが討たれた事も認知しているが、戦闘が終わった訳ではないので動揺は押し殺している。
「酷ぇなぁ。寄って集って女一人をいじめるなんて……可哀そうに」
〇
「ぐはっ!」
悪鬼に吹っ飛ばされたルテンは吐血する。
胸を的確に打ち抜いた悪鬼の蹴りは凄まじく、そのまま足の跡が鎧に付いている。
しかもただ跡が付いているレベルではなく、威力を物語るかの様に何センチも凹んでいる。
胸を圧迫し続けるそれにルテンは苦しみに藻掻きながらも鎧を引き剝がした。
肩の部分から手形が付いて引き千切られた鎧。とんでもない力技だ。
ともかく鎧を脱ぎ捨て、胸に治癒を施しながら悪鬼の元へと向かう。
まるで違う動きに油断したとは言え、自分の勝利は確定されたようなものなのだから。
〇
(あれ? ひょっとして俺の事分かってない? 確かに顔見せるの久々だけど)
こちらを怪訝な表情で見返す姐さんを見て思う。
まぁ、それはそれでやり易い部分もあると言う物。
元々作ってたキャラも服と共に脱ぎ捨て、今は素の自然体で過ごしてる。
分からないならそれでもいい。
「おやおや。まだ私の相手が終わっていませんよ」
「チ。お前マジで執拗いな」
と、自分で治癒を施しながらやってくる“軌跡の騎士”。
非常にしぶとい奴なのだ。
「当たり前です。何せ天啓の未来で垣間見た、私の剣が心臓を貫く悪鬼とはあなたですから、ね」
「ああ、そう」
周囲を囲う者たちをぐるりと見渡す。
「もう面倒くせぇからお前らまとめて掛かって来い」
そう俺は適当に言って、円を描く構えを取った。
〇
何もいつもの趣味の悪い服と出会って何十年と着続けていた訳では無い。
特に魔王国で住むようになった頃なんかは魔王国では超貴重な神聖術が扱える者に解呪してもらった事もあった。
その時はとある事を学びたくて数年呪いの装備とは無縁だった。
その学びたかった事とは体術である。
首都のとある道場に住み込みで弟子入りしていた時期がある。
今となっては俺の顔は仮面姿となった訳だから、その時の師範とはもう顔見知りとも言えないと思っている。何せ向こうは分からないだろう。
魔王軍でもないのに都合の良いように道場を使っていたのが一部の教え子には受けが悪かった様で、今でもアウラ陣営そのものの名がちょっと悪いらしい。
師範はそんな細かい事思う方じゃないが、上が緩甘だと部下が勝手に取り締まり出すのはうちの陣営にも言える事だろう。
ともかく、お二人には申し訳ない事をした。
まぁ、もちろん。その分学んだ事も多い訳だが。
「ぐぶはっ」
打ち抜いた蹴りに天使が口から液を出す。
軽い、な。
感触から伝わるレベルは相当高いが、消耗しているのが分かる。
「おのれ……! ぐはっ」
更にもう一人。姐さんと戦っていた天使を拳で打ち抜く。
「ふぅ」
軽く飛んで後退しながら息を吐き出す。
久しぶりに伸び伸び体を動かすとすっきりする物だ。
続いて天使の隊長っぽい奴が苦渋の表情を作りつつも、無言で槍を振るってきた。
さすがと言うべきか、動きに無駄が無い。
それに軌跡の騎士も参加してくる。
「くっ」
俺の蹴りに対して槍を盾に直撃を免れた天使。
「がっ」
更に顔面の高さに振るった踵が軌跡の騎士の頭部に当たるも、同じ方向に避けたようでダメージは少なそうだ。
少し距離を置いて体勢を整える。
「貴様……何者なんだ」
「何者って……別、ただの魔王軍なんじゃない?」
天使の隊長に訊かれて答えるも結構それも微妙だ。
まぁ、向こうからしたそれで合ってるだろう。
「まぁ、ちょうどいい準備運動だな」
そう言って再度構えた拳で円を描く。
油断できる相手ではない。相手の消耗が数の不利を埋めている以上、こちらの疲労が溜まる前に決着を付けたい所だ。
俺たちは体術での応酬を行う。
天使は下手に飛翔をするよりは体術に専念する方がいいとの判断らしい。
いい判断だろう。魔力も相当使ってる筈だし。
にしても相手が四人ってのは中々厄介な人数だ。体術の応酬だと実際に相手するのは三人が精々だが、手が余る四人目も何かの準備をしてるのではないかと警戒をしなくてはならない。
今も姐さんの相手していた天使が何か企んでいる様で動きが鈍い。
と、その天使が唐突に消え失せる。
空間転移だ。
「『テレポート』」
と、同時に、俺も空間転移を発動した。
「スイエル!」
移動したのはほんの後方5メートル程。
だが案の定俺の背後を取っていた天使が居て、それを見て天使の隊長が叫ぶ。
しかしその天使がやろうとした様に、これは不意打ちとして大分凶悪だ。
俺は無防備に晒されている背中に遠慮なく全力の蹴りを見舞う。
何かが折れる感触。背骨がいったろう。
ま、自分もやる不意打ちは警戒して当然。
それに姐さんを叩き落としたんだから、これくらいの事やってるだろうという信頼だ。
そして俺の空間転移も前回の戦いの反省を踏まえ、発動までの時間がかなり短縮されている。
自身のダーク・ウェイトが跳ね返って来て伏していた時など、気まぐれでいつぶっ刺されるかと内心ひやひやしていたものだ。
今思うとあの時の騎士は俺と姐さんの最後の時間をくれたのだろう。
ともかく、今じゃ姐さんにだって速さじゃ負けない自信がある。
「ふぅ。これでお前らに専念できそうだ」
大分吹っ飛んだ天使を見届けて、俺は残りの三人に構えを取る。
「アラマエル! 治療だ!」
「も、もう神聖力がありません!」
その返事を聞いて苦渋の表情を零す天使の隊長。
そりゃそうだろう。自分の傷も癒していないみたいだし。
次はあの動きの鈍い天使が狙い目だな。いや、そう見せかけて庇いそうな隊長を狙うか。
ともかくそこからは早かった。魔法を使う選択肢を棄てて体術に専念する俺を止められる程、今の天使たちに力は残っていなかった。
向こうの状態が万全だったなら間違いなく負けていただろうが。
「ぐぶぅ!」
「がはっ!」
そう声を吐き出して倒れる二人の天使。
そして最後、“軌跡の騎士”と一騎打ちになった。
〇
ルテンは考える。
何が足りない?
赤髪の悪鬼は思った以上の強敵だった。ステータスでは測れない技量を兼ね備えた認めるべき強敵だ。
未来は簡単に変わる。それが意思がある者同士、取り分け拮抗した相手であれば確定した未来など永久の彼方だろう。
だが確かに見たあの未来へ執着するのは仕方がないだろう。
しかしその思考こそが未来を邪魔しているのではないか? そうルテンは考える。
つまりは可能性としての未来の一つを知っているからこそ、余裕のある動きが生じ、そこから分岐した互いの動き、目まぐるしく変わる戦闘場面に影響を与え、最早あの心臓を貫く光景は遠くの世界の光景なのかも知れない、と。
未来を知らぬ、生死がどうかも分からぬ焦りと全力の中でこそ手中に収め得た勝利なのでは、と。そう考えずには居られない。
いや、そんな邪念こそ棄てるべきだ。
それは我が身に宿る祝福の主神、ヘルメス様に失礼と言うもの。
いいや、それも違うな。
最早祝福で見た未来など関係ない。
ここでこの悪鬼は討つ! 危険な存在だ。ここで私が討たなければ今後数十、いや百年に渡って人類を脅かす凶悪な個体として名を馳せるに違いないのだ。
もう迷いはしない。
その振り切れた思考により、ルテンの動きは少しずつ変わる。
今まではどこか生じる隙を見て剣を振るおうと、取り分け心臓のみを狙った、見る者が見れば臆病とも取れる動きだった。
だが今や顎を引き、前傾姿勢でこの戦いに没頭している。
いつか来る隙を待つ事は辞め、全ての動きを最適化し、心臓などには執着せずただひたすらに戦闘へと集中する。
戦いは苛烈さを増していく。
そう、この時軌跡の騎士は“持つ者”へと変わったのだ。
ステータスや状態に変化があった訳ではない。それは人々の憧れ。他と一線を画す存在。
今やルテンはただの『運命の祝福』を持つ者ではない。
“銀月の騎士”がそうであったように、祝福の有無では測れない『何か』を持つ者。
“銀月の騎士”はきっと、『月下の祝福』が無くても“銀月の騎士”であった。
名は違えど間違いなく何かで成功を収めた。そんな期待値とも呼べる『何か』を持つ存在。祝福などとは関係なく大成した事が分かる本物だ。それが“持つ者”だ。
自らが運命を産みだし、その渦中にある存在。
まさに『運命の祝福』を持つに相応しき存在へと、この時ルテンは昇華されたのだ。
そしてそれは速やかにこの戦闘の局面へと影響を与える。
その時ルテンの中で何かが重なった。
導かれるように体が動く。
そう、それは『運命の祝福』による超感覚。『何故分かったのか』と訊かれても、『何となく』と答える他ない力。
今まで危機的状況を知らせる事に専念していたその力は、運命の中心となったルテンを認めるかの様に絶好の機会を報せた。
まるで福音かの様なその導き。
『運命の祝福』の未来の光景を垣間見せる力と、感覚的な可否を知らせる二種の能力が重なった。
「ぐぶふっ」
ルテンの剣が心臓を貫き、口から血を零す赤髪の悪鬼。
この時勝負は決した。
結局あの時ルテンが見た光景と同じ時間、同じ場所なのかは不明で、確定的な未来の方からやってきたのだとは、ルテンも思わない。
だがそれは一つの収束点。まさに祝福とは関係のない、ルテンの技量あって成し得た事。
同じ心臓を貫いた事など、些細な問題に過ぎないのだ。
それはルテンの剣が赤髪の悪鬼の心臓を貫く、紛れも無い現実の光景であった。




