48:大悪魔討伐
400年前に一国を滅ぼしたとされる悪魔が居る。
名はバラン。
最も、ずっと後に知られる名だが。
「やあ。派手にやったね」
たった今魂まで食い荒らした一国の首都を眺めていた悪魔に向け、気負う事無く話しかけた人物が一人。
少年の様な声音に振り返る悪魔。
「むしゃくしゃしてたのかい? やけ食いしたくなる時もそりゃあるよね」
悪魔は高位の存在である自分を差し置いて、その者が話しかけるまでまったく気配に気づかなかった事実に漸く気づく。
上には上が居るんだと一瞬で悟った。
「ん? 僕? 僕は通りすがりの……王様?」
自分で言って首を傾げるその人物。
「いづれは神に取って代わるつもりさ。この世界は僕にとって……ちょっと窮屈だ」
〇
――ようし。では僕の名前から文字を取って、名はバランだ……
「ああ、魔王様」
バランは滅びゆく我が身を自覚して呟く。
正常な思考であれば走馬灯など柄にもないと思っていたところだろうが、悪魔も有終の時くらいは感傷に浸るらしい。
「申し訳、ございません……。どうか我等の理想郷を、完成、させて」
「待て! まだ死ぬな! バラン! お前には訊きたい事が山ほどある!」
と、ヘルンが声を張って遮る。
「魔王の目的は何なんだ! お前の言う先代も! 知ってる事を話せ!」
「ふっ。そんな事はいずれ知る……どちらかを知る時が来れば、必然と両方知るだろう」
そうヘルンに答えるバラン。
もう時間はあまり残されていないようだ。
「願わくば、魔王様の作る新世界を見たかった」
その言葉を最後に、バランの意識は途絶えた。
〇
「え? 嘘よね?」
途方も無い大きな存在感が消え、アルラは動揺する。
バランが死んだ。
その可能性を確認するべく、アルラは今までの蓄積された技能と力を持って、ある能力が発現する。
魂を視る能力。
正確には魂を視る技術をこの時アルラは身に付けた。
バランの体の内側で崩壊していく魂。
それは間違いなくバランが討たれて復活も不可能である事を示していた。
バランが討たれた。
その事実をアルラが正しく認知するまでそう時間はかからなかった。
アルラは自身が戦闘中である事を思い出し、一先ずは目の前に集中する。
アルラが戦っていた天使スイエルは黒くなって立ったまま死んでいた。
肉の焦げる臭いがする。
有り余る闘気からまだ苦戦すると思っていたが、思ったより魔法が効いたようだ。
(まだまだ作戦自体は進んでるから警戒しつつ……いや勇者とか天使を一番に警戒して……ってアドラを助けなきゃ)
自分でも大分動揺しているなと思いつつアルラはアドラを探した。
〇
勇者ヘルンが悪魔バランの最後を見届けている間、天使パラシエルは聖女ミティアと天使アラマエルの治療を受けていた。
「アラマエルよ。お前はスイエルの方に向かえ」
「はっ」
腹の穴も塞ぎ、喋る余裕もできたパラシエルはそう指示を出す。
すぐに飛び立つアラマエル。
バランを討ったのは身に流れ込む膨大な霊力から見ても確実。とは言え、強力な魔族はまだ大勢いる。
油断はできない。
「早速か」
パラシエルは新手の悪鬼の姿に愚痴を零して立ち上がる。
鮮やかな赤髪の悪鬼。引き締まった体の上裸の男。
パラシエルはその男を一目見て危険性を察知した。
バランを討って手負いの我等が相手をしていい奴ではない。
「勇者ヘルン! 並びに聖女ミテェアと魔術士ハルよ! 今すぐこの戦場から引け! 私が魔法で遠く離れた地へ転送する!」
と、急な言葉に怪訝な表情を零すヘルンだったが、赤髪の悪鬼に気づいて息を飲む。
「バラン討伐協力感謝する! あとは任されよ!」
パラシエルの言葉に反対は無い。
ヘルンは反動で右手が痺れて動く気配はなく、ミティアは初めて感じる神聖力が底を尽きた感覚。ハルももう魔力はなく、魔力のない魔術士ほどの足手まといもない。
幸い赤髪の悪鬼は“軌跡の騎士”ルテンが相手をしているらしく、勇者たちを転送するくらいは何とかなりそうだ。
パラシエルは召喚系の魔法の詠唱を始める。
〇
「良かった。生きていましたか」
アラマエルは焦げてしまったスイエルに治療を施す。
ぽろぽろと黒い肌が剝げ落ち、白い肌が蘇るスイエル。
「肺はちゃんと守ったようですね。ま、力天使の我等がそう簡単にくたばりはしませんが」
さすがに全身の治療は骨が折れるアラマエル。
額から汗を流しつつ専念する。
次第固まってしまっていた皮膚や筋肉が動くようになり、筋肉の縮小で折れていた全身の骨も治っていく。
動けるようになった途端逆に地に手を突くスイエル。
「スイエルのお陰で無事に破邪の儀は成功し、バランは討伐できました」
「そうか。魔女は?」
「あちらに。意外にもバラン討伐やそれを成した我等はどうでもよく、何かを探してるようです」
かすれ声のスイエルに答えるアラマエル。
見るとこちらの様子には気づいていない魔女が地面を眺めている。
「あの魔女の詰めが甘くて助かった。ともかく奴を殺るぞ」
「ええ」
魔女が討伐対象なのは依然変わらない。
今回を機にますます危険性は上がった。
「一気に畳みかける。合わせろ」
スイエルはそれぞれの位置関係を把握し、魔法に集中する。
「案外、やられるのは警戒してないだろう」
スイエルは空間転移を発動した。
〇
アルラは部下を探すのに気を取られ、天使など眼中に無かった。
居ない。そんな遠くに行っているとは思えないが、ともかく居ない。
心配が積もり始めて警戒が手薄になってしまっていたそんな時に、すぐ背後で空間転移の気配が発生した。
上空を支配すべき自分に対してのその様な無礼極まりない行いに気づかない筈がない。
だが空間転移とは一瞬にして移動を完了させる。気配を察知した頃には既にその者は居た。
とは言え咄嗟に結界を二重で発動させたのはさすがの反応速度だ。
「ぐぅ……! うぅ!」
衝撃と斬撃を防いだものの、そのまま叩き落とされ地面にぶつかるアルラ。
空間転移の使い手はそうおらず、居ても奇襲に使う程練度が高い者はそう居ない。
そもそも奇襲として効率が悪いので、あまりアルラが警戒してる所ではなかった。
警戒した所で防ぐのは難しいが。
「もう、何なのよ……私ばっかり。やになっちゃうわ」
せっかく制空権を得ている筈なのに落とされてばかりだ。自分の師は落ちたところを見たこともないし、落ちる想像もつかないと言うのに。
ともかくまた浮かび上がって今度は気をつけよう。そう思ったのも束の間、アルラは自分が天使三人に囲まれた危機的状況であると理解する。
死んだ筈のスイエルも翼が治って優雅に飛翔してくる。
(あれ? 何かこれ、結構ヤバくない?)
強がっているが落ちた時に足を挫いて泣きたいくらいには痛いし、箒も遠くに落ちていつものように滑らかな飛翔とはいかない。
そして感覚的に気づく。
自身の周囲を囲う様にして展開するアンチ・テレポート・フィールド、並びにアンチ・フロート・フィールドに。
アルラを嫌な汗が伝う。
生きていた。
詰めが甘かった。あの魔法使いの女すら生きていた。
そして今確実に自身の首を絞めてる。
アルラの知る中でこのマニアックな魔法を使う者は一人しか知らない。
瀕死ながら何処かに隠れているのだろう。
そして十年の時を経て、その魔法の練度も上がっている。
今、自分一人だけを狙ってその範囲に入れると言う芸当を披露してるのだから。
「勇者達は足手まといと判断して逆召喚した。さっさとその魔女を殺すぞ。赤髪の悪鬼も控えてる事だしな」
と、そうパラシエルが噂をすれば、その悪鬼はこちらに来てしまった。
鮮やかな赤髪。整った容姿。鍛え抜かれた体を見せつけるかの様な上裸姿だ。
「酷ぇなぁ。寄って集って女一人をいじめるなんて……可哀そうに」
天使三人を相手にしても余裕の態度を崩さずに、その悪鬼は歩いて魔女の近くに踏み寄る。
「にしても姐さんはまた魔力切れる程暴れたんですか? 姐さんは用心深いから自分の分だけは常に残してるタイプかと思ってたんですが……。それとも天使ってそんなにヤバい奴でした?」
その親し気な言葉に、しかしアルラは地面に座ったまま怪訝な表情を返す。
(誰こいつ。何でこんな馴れ馴れしいの? 人違いじゃないかしら?)
その視線にほんの少し苦笑いを零す悪鬼。
しかし魔女の警戒した視線は変らない。魔女は社交性はあるが、心を開くのは時間がかかるタイプなのだ。
「おやおや。まだ私の相手が終わっていませんよ」
「チ。お前マジで執拗いな」
と、自分で傷を癒しながら現れた“軌跡の騎士”にその悪鬼は嫌な顔をする。
「当たり前です。何せ天啓の未来で垣間見た、私の剣が心臓を貫く悪鬼とはあなたですから、ね」
「ああ、そう」
三人の天使に加え、“軌跡の騎士”に囲まれた悪鬼はぐるりと周囲を見渡し。
「もう面倒くせぇからお前らまとめて掛かって来い」
そうぶっきら棒に言い放った。




