44:大悪魔VS新・勇者パーティ
ずっとあれから怖くなっていた。
もうずっとずっと前の筈のあの事件を切っ掛けに、私は実戦を拒んで何も積み上げて来ては居ない。
約十年前、まだ私が幼かった頃。その魔女の襲撃はあった。
その時の恐怖、無力感はトラウマとなって私の胸に深く刻まれ、その後の成長を拒んで止まなかった。
いや、本当はそんなの関係ないのかもしれない。
何せ私の実戦と呼べる物は後にも先にもそれっきり。あの事件の前にだって私は怖くて実戦を避けてたのだから。
――大丈夫! 俺が守るさ! それが俺の役目だからな……!
――同じ女神様から恩恵を授かった俺たちは兄妹みたいなもんだ! お兄ちゃんが妹守るのは当然だろう! え? 年上……?
馬車の中でそう言って勇気づけてくれた勇者ヘルン。
その後にあの事件が起こり、私の戦う事への恐怖は強固な物へとなってしまった。
いつしか聖女様と崇めていた人たちも私を白い目で見る様になり、今や病人扱いの用無し聖女だ。
だが彼だけは、変わっていなかった。
――そうか。欠かさず修練を続けてるんだな。準備はすればする程いい……
――師匠に根性を叩き直されたからな。今思えば恥ずかしい程の無鉄砲さだ。本当にあの時はすまなかった。きっとミティアくらいの慎重さがちょうどいいんだろう……
時折り訪れるたび、私の様子を見に来てくれた。
臆病者だと言われる私を彼だけは慎重さだと言ってくれた。
そう、私は勇気づけられたのだ。
徐々に徐々に、時間を掛けて。
――ゆ、勇者様! こ、こんな所で奇遇ですね! いやぁ、いらしてたなんて知らなかったなぁ……!
――ああ、ミティアか。久しいな……
そして彼は変ってしまった。
冷酷な瞳に。
黒い気配に。
ああ、勇者様……どうかそんなに背負わないで。
一人じゃないのです。
彼を暖めてあげたい。その氷の様に冷たく固まってしまった心をどうにか解かしてあげたい。
あなたがそうした様に、私もあなたの力になりたいのです。
だからどうか、お側に居させて……
私はあなたへ祈ります。あなたを癒します。それが私の役目だから。
何処へでも付いてゆきます……
〇
勇者ヘルン。
聖女ミティア。
魔術士ハル。
道中頼りにしていた仲間は別れ、今やこの三人である。
だがやるしかない。きっと戻って来ると信じて。
勇者ヘルンは忌々しい気配のする方向へと迷いなく進んでいる。
最早隠す気も無いと思われる大悪魔の気配。常人なら覇気だけで気絶してもおかしくない程だ。
「大丈夫か? ミティア」
「はい」
汗を流して必死に付いてきているミティア。
ミティアは基礎体力が無い上にレベルも低い。
そのレベルは驚異の2。
実戦経験の無いミティアは偶に降って沸いた霊退治の依頼を熟して一度レベルが上がっただけである。
そもそも『聖杯の加護』とは神聖力の扱いに補正が掛かる能力であり、ミティアの役目は主に仲間の癒しだ。
つまり本人の戦闘の関わりはなんなら避けるべき位置だ。
そして神聖力による除霊、破邪、癒しの力はレベルはもちろん魔法の才とも関係が無い。
魔力による魔法、闘気による体術、神聖力による神聖術と第三の力なのだ。
故にミティアが引きこもって勉強と修練を続けていたのはある意味では一つの正解だ。
戦闘に付いていく体力が無い事が露見したものの、最早神聖術の扱いはこの国随一と言える。
そんな頼もしさと不安が両立する、即席とは言え新しい勇者パーティはバランスは良いようだ。
本当は前衛がもう一人欲しい所だと思うヘルン。
そしてその三人はいずれ優雅に空中より降り立った悪魔と対峙する事となる。
仮面を付けた、タキシード姿の偉丈夫。
「お前だな……バランと言う悪魔は」
大国が人の形をしてるのではないかと言う存在感。
その男にヘルンは問う。
「左様である。我輩、魔王軍大幹部が一人、“大悪魔”のバランだ」
目にも止まらぬ速さでヘルンは剣を引き抜く。
「決着の時だ」
〇
始まりよった……
あっしは城壁のあった位置から遠く離れたバラン様と勇者達の戦いを見ていた。
その更に奥には火の海を作る戦場もある。
相変わらず姐さんは派手にやる。
あっしはと言うと決してサボっている訳ではなく、戦況が危うい場所があったらすぐに向かえるよう見ているのである。
まぁ、やっぱり半分サボりかも。
強い相手は血気盛んな者たちに任せればええんちゃう? と言うのが本音である。
『不凋花』の中でもあっし程消極的な者もそう居まい。
ともかく、いずれ周囲の町から援軍が来るのは間違いない。
あっしはその時に働けばいい。
心底遊撃部隊で良かったと思うところだ。
まぁ、そういう雑魚狩りは軍隊部隊の仕事なのだがな。向こうはグランド様だっているし、遊撃部隊はちょっとあぶれ気味だ。
ぶっちゃけ暇なので勇者パーティの戦いぶりでも見ていよう。
あとはまぁ、一応の上官であるバラン様に呼ばれた時、いつでも動ける様にはしておこう。
〇
魔術士ハルは自身の顔が青いのを自覚している。
これを伝えるべきなのかと迷う。
名称:バラン
種族名:悪魔君主
レベル:151
魔力適正:28 魔力総量:7531/8230
闘気適正:15 闘気総量:1806/1806
状態:正常
次元が違う。
これ程の魔力。これ程の魔力適正。
一体どれ程の魂を食ってきた。
感じるのはそんな恐怖心とは別に、目の前の悪魔を討たねばという正義感と怒りだ。
戦いはまだ牽制の段階。しかしそれはハルが経験したどの戦いよりも激しかった。
ヘルンの聖剣とバランの爪が打ち合い、花火を散らす。
レベルアップにより上がった動体視力でもやっと追いつく程度の速さ。
まるで何もない空中から火花が上がってる錯覚に陥る。
ハルの役目はミティアの守護とヘルンの援護。
悪魔の主な攻撃手段は魔法であるから、抵抗のできる魔法使いは必須だろう。
この戦い、誰が欠けても負ける。
たった三人である以上に一人一人が必須なのである。
(ぼーっとなんかしてられない。常に最善手を考えなければ)
ハルは持っていた杖を掲げて魔法を行う。
〇
バランは絶え間なく迫る斬撃を爪で受け流していた。手の甲から白い手袋を突き破って伸びる黒い爪で。
更には隙を見た様に放たれる魔法。
そして規則性のあまり読めない破邪の神聖術。恐らくはこの戦いが聖女にはよく見えていない。
だが神聖術を最も警戒してる身としてはそれはそれで嫌らしいタイミングである。
勇者の聖剣には聖なる力が纏い、勇者の技量もあって爪をほんの少しながら削っていった。
勇者の剣に刃こぼれは無い。であれば当然散る火花は自身の爪によるものだ。
「む?」
その背後に感じる感触にバランは零す。
それが結界であるとバランはすぐに気づく。
「『プレア・スラッシュ』!」
輝く聖剣カリバンを勇者はバランの爪に打ち付けた。
〇
ヘルンは長年魔女の言葉が引っ掛かっていた。
つい最近にも、ずっと前にも思えてくるあの魔女の襲撃。
あの戦いで自分はあまり何かを経験として得る事は出来ていなかった。
その技量が無かったのだ。
あの時の自分はただ無鉄砲に敵に向かう事しか考えていない。そんなやり方で仲間を守れる訳が無いというのに。
だがあの時得る物が無くても、圧倒的格上だったあの魔女は一つの置き土産をくれた。
当時に自分の力へと昇華させる理解力が無くても、今なら分かる。
――そりゃそうよねぇ。レベルに見合った攻撃じゃないもの……
そう魔女は言った。
ではレベルに見合った攻撃ならどうなんだ? 反動無く扱えるのか?
膨大な量の神聖力を消費する代わりに絶大な威力を発揮する奥の手。
それを制御する事はもちろん、その考えもなかった。
「ほう」
バランは感心した様に呟いて初めて大きく後退した。
バランの爪の一つ程度ではあるが、砕けて先が折れている。
ヘルンは肩で息をしていたが、それを飲み込み落ち着かせた。
大丈夫。八割以上この技を制御できている。
ヘルンのレベルは72。今までレベルが上がるにつれて技の威力も上がっていたが、それは常にレベル以上の力を出していたという事。
ヘルンはここ4カ月の間に修練を重ね、この技を制御下に置くことにより、反動が来ないギリギリの威力へと調整していた。
未だ制御は完璧ではなく、肩で息をしてしまっているが。
「我輩の爪が砕けたのはいつぶりであろうな。いや、思ったよりも最近の50年ほど前だったか」
と、バランは話す。
「先代の勇者様が砕いたのか?」
「先代、か……。ややこしいのだよ。人間の言う先代と我々の言う先代が別物だからなぁ」
「何? どういう事だ?」
ヘルンにとっても世間にとっても、先代勇者とは師であるラゼルと行動を共にした勇者レッドの事である。
他に数多も居た英雄扱いされる者も、“双頭姫”の異名を持つ魔王軍幹部に殺された。
勇者レッドはその幹部と相打ちになった英雄。『聖杯の祝福』を受けた本物の勇者だ。
だが他の『聖杯の祝福』を受けた勇者などヘルンは知らない。
「知りたいか? 我々の言う先代の事が」
そうバランは悪魔らしい笑みを浮かべていた。




