42:地獄の悪魔VS『天性の祝福』の騎士
アランは知覚していた。
大きな存在感のある者たちが一塊になっている事に。
是が非でもお相手を願いたい所だ。
ミランたちバラン派の悪魔はなるべく三人共に行動するよう指示している。
地上での戦闘、取り分け受肉して間もないミランに配慮した形だ。
せっかくの戦場で部下にあまり気を取られたくはない。
Bランク代の者が三人固まって居るのだ。そうやられはしまい。
まぁ、ある意味それぞれの御守を任せたとも取れるし、実際そうだ。
アランは自分の獲物が取られぬ様にと飛行魔法を使ってまでその気配のする方へと向かっていた。
気配は何かを避けて迂回するかの様に動いた。
足の速い者か悪運の強い者が既に相対したのかもしれない。
そしてその者たちをアランは視認する。
男女五人の集団。その中には勇者や聖女、軌跡の騎士と思われる者たちが居る。
他二人は俺の相手ではない。
気になるのはやはり勇者と軌跡の騎士だ。
俺の相手に相応しいだろう。
正直この面子の五対一は自殺行為だろうが、満足のいく戦闘で滅ぶのもまた一興だ。
「とりあえずは挨拶代わりと行くか……『インフェルノ』!」
アランは飛行魔法を解除、業火を顕現させる上位の魔法を躊躇いなく放つ。
目の前の視界を荒々しい炎が包む。
それにアランはまだ不満が残っていた。
アランは自身の課題を正しく認知している。
アスラ王都の戦いで理解した事は自身が上位悪魔にしてはあまりに魔法が不得意である事だ。
いや、不得意なんて言うと各方面に失礼だろう。
正確に言うと上位悪魔の癖に単一術者である事だ。
アランはごく最近まで魔法を同時に行使すると言う概念すら知らなかった。
アランは地獄で生まれて約100年。つまり100歳だ。悪魔としてはまだ若者の部類である。
悪魔とは魔法を息を吸うように行使可能な魔法に長けた種族である。無論上位の個体であるアランもそうだ。
だが魔法に関する知識はあまりなかったのである。
この戦いまでに二重の魔法行使を可能にしようと意気込んでいたアランであったが、それはまるで両手で全く違う動きをする様なもの。
高い魔法適正を持つ上位悪魔であっても難儀な事であった。
それもその筈。人間の間では二重に魔法を行使する二重術者になるには十年以上の修練が必要と言われる程に難易度の高い事なのである。
ちなみに三重術者になるには更に三十年の修練が必要とまで言われる。
「おお? ま、これくらいはやってもらわないとなぁ」
アランは集団に向かって扇状に抵抗された業火を見て呟いた。
これは存分に楽しめそうである。
アランは機嫌良く空間魔法を発動させた。
〇
その青髪をした若い男の騎士、ルイトは目の前に現れた赤髪の悪魔に酷く動揺していた。
心臓の鼓動が鎧越しにも伝わるのではないかと言うほど鳴っている。
「ふ、ふふ……そう、そういう事だったのですね」
しかしそれは緊張からではない事は、その零れ出る笑みを見れば明らかだった。
その赤髪の悪魔、いや“地獄の悪魔”の姿を見てルイトの中で全てが繋がった。
何故五十年も前の他国の一つの町を滅ぼしたとされる“地獄の悪魔”の事が気になったのか。
何故自分はこれ程までに悪魔を恨んでいるのか。
何故悪魔を殺す事だけに執着し、いつしか“悪魔殺し”の異名を持つまでとなったのか。
“地獄の悪魔”と同一視されるアスラ王都陥落時に目撃されていた赤髪の悪魔。
ルイトは今や“地獄の悪魔”を見た者は殆ど居ないにも関わらず、その考察は正しく、そして今まさに目の前の悪魔がそれであると確信した。
ルイトは目の前の悪魔を見る事で、魂の記憶が蘇ったのである。
所謂前世の記憶が。
そう、前世で今より五十年前のあの町で、この悪魔に殺され肉を貪り食われた記憶が。
「お前は……! 赤髪の悪魔!」
ずっと必要な事以外は喋らなかった勇者ヘルンが、その悪魔の姿を見て血相を変えた。
「赤髪の悪魔? 俺は人間側にも“地獄の悪魔”って異名があると思ってたけど」
と、悪魔は目の前に降り立ちそう呑気に応じた。
「ふっ。分かっていた事ではあるが、やはりそうか……。ルテン殿。垣間見た未来で心臓を剣で貫く赤髪の悪鬼とはこいつの事ですか?」
「いえ。残念ながら違うようです」
「それは良かった」
その返事にルイトは満足気に頷く。
「ヘルン殿。あなたも因縁があるのは分かっていますが、ここは譲ってい頂けませんか? あなた方はバランを討つという大役もある訳ですし」
「……」
その言葉に暫しの沈黙を返すヘルン。
目の前の悪魔が仇の一人である訳だが、本命がバランなのは間違いない。
「ま、待ってください! あ、あれは完全な受肉を果たした上位悪魔! 一人で挑もうなどと」
「分かっていますよ、ハル殿。何なら、この場の誰よりもね」
魔術師ハルの言葉に応じるルイト。
事実この場の誰よりも悪魔に熟知してると言える。
「因縁があるのは何も俺だけではないないようだな……では任せるぞ」
「ええ」
ヘルンに頷くルイト。
ルイトを置いてその他の者はこの場を迂回する。
確かに誰かに任せるならルイトが適任だろう。
「……で、お前が代表って訳ね。別いいけど。神聖術痛いし」
そう悪魔は言う。
「余裕の態度だなぁ。言っておくが、俺は上位悪魔だって屠った事があるぜ?」
「あっそ。それよかその祝福は何だ? 少しは楽しませてくれるんだろうな?」
「ふっ。これはお前を屠る為にアポロン様より授かった祝福よぅ」
胸の位置を見る悪魔に答えるルイト。
芸能の神アポロンより賜りし『天性の祝福』。
効果は記憶力向上、知覚上昇。主には脳の処理能力と反射神経の向上である。
地味だが非常に使いがっての良い能力である。
「っつーと、天性か……。めんどそうに見えて、格上に対抗し得る能力ではないな」
「ほざけ」
ルイトは剣を抜き放った。
「これより五十年前の因縁に決着を付けよう。お前には知覚もできぬような俺の剣技でな」
「おう。もう始めようぜ」
「チッ……分からんのか。俺はお前の起こした五十年前の」
「あーもー、くどいって」
その時急接近して振るわれた悪魔の爪をルイトは間一髪で避ける。
「お、いい反応するなぁ。さすがは天性を受けてるって所か」
続けざまに来る爪の斬撃を剣で応じるルイト。
こちらの剣に対して相手は両手の爪を振るうだけで攻撃が成立する。
絶え間ない斬撃をどうにか常人より向上している知覚により追いついていた。
「『ホーリー・レイン』」
聖なる光線がルイトの振るった斬撃の直線上に走り、悪魔は息を飲んでそれを避ける。
「んだよ。神聖術使えんのかよ」
「これでも神より選ばれた騎士だからな。そして俺は悪魔殺しの専門家だ」
「ああ、そう」
祝福を賜っているという事は神聖力も神より授かっているという事。
それを無駄にするルイトではない。
再度始まる超高速の爪と剣の応酬。
本来爪の斬撃だけで手一杯になる筈だが、『天性の祝福』により向上した処理能力でルイトは神聖術も同時に披露する。
神聖術だけは避けたい悪魔。多少無理な動きでもそれは避ける。
当然ルイトは行使するタイミングを見計らい、悪魔への隙を突くように剣を振るう。
――貰った……!
「ッ……と。危ねぇ~」
確実に斬撃が当たると思ったが、悪魔は飛行魔法を行使してそれを避けた。
「認めるよ。そこら辺の奴とは違ぇって」
悪魔は目の前の騎士の認識を改める。
多少は本気になるべき相手だと。
悪魔はある程度の距離を置くと魔法を行使する。
「『インフェルノ』」
荒れ狂う地獄が顕現する。
ルイトは灼熱の空気に焼かれながらもその範囲から抜け出さんと走りぬける。
「ハハッ! 逃がすかよ!」
悪魔の高笑いを響かせ、飛行魔法でひとっ飛びするとルイトに爪を振るう。
悪魔は自身の魔法をある程度は抵抗しつつも、ルイトを追いつめる事に集中する。
人間よりずっと丈夫な体だからできる事だ。
「くっ! 『ミドル・サモン・ウォーター』!」
場に人間の一人二人程度は優に覆える水が顕現する。
ルイトは中位程度の魔法なら使える魔法剣士だった。
一瞬体を水の塊が通り抜け、地面に広がり水蒸気を発生させる。
「またこうなるのかよ」
悪魔は湯気の中構わず爪を振るう。
水は大した量ではない。すぐに乾ききる筈だ。
「『ヒール』! 『ヒール』!」
高位の魔法と言う訳ではないが、回復魔法を連発して火傷を癒すルイト。
正確には神聖力を消費する為、魔法ではなく神聖術となる。
こんな事もできるのかと思う悪魔。
ルイトは『天性の祝福』により得られる恩恵を最大限引き出していると言えた。
だが。
「『ファイア・ブレット』!」
悪魔は火の弾を放つ中位の魔法を二重に行使した。
悪魔は繊細な空間魔法と荒らしい炎の大魔法を同時に扱えはしなかったが、同じ中位の魔法であれば同時に扱う事もできた。
「ッ!」
ルイトの両脇に放たれた火の弾。
それが高度な知覚により陽動である事は理解したが、頭の動きに体が追いつくとは限らないのである。
ルイトは高速で移動した悪魔の爪に心臓を貫かれた。
祝福と生存本能が合わさり嘗てない演算能力を発揮するルイトの脳だったが、その全てが生存不可の答えを導いだす。
ただ悪魔が空間魔法により推進力のドーピングをした事は理解できた。
この高速の魔法の切り替えも、完璧な二重術者には成れずとも、悪魔がここ最近の修練で身に着けた技術であった。
最も、そんな事せずともいずれ勝つ事はほぼ確実ではあったが。
「新鮮な動きで楽しかったぜ? ま、相手が悪かった、てやつだな」
悪魔は周囲の炎を抵抗して消しながら言った。
それなりに楽しい戦闘を演出させてくれた敬意の表れだ。
「お、れは……まだ」
「もうお前死んでるって」
体はほぼ死んだ状態であっても、高レベルな者は霊力を絞り出す事により数十秒程度の意識の覚醒と会話が可能であった。
故に普通の人間なら疾うに意識を手放してる段階でもルイトは喋っていた。
無論、体は死んでいる状態と言っても差し支えないので何もできる事はない。
「次、こそ……次、産まれた時こそ、あの時の、清算を」
「次なんか無ぇよ。お前の魂は管理して転生できないようにさせてやる。来世はずっと後だろうな」
その言葉にルイトは顔を顰める。
「クソ……クソ」
最後は恨み言を口にして、ルイトの意識は遠くへ消えた。
〇
俺はその騎士の魂を抜き取り、手に持った。
『天性の祝福』の掛かった魂だ。これを管理して神の力を削ぎ落す。
アポロンと言えば、この大陸で主に信仰されている十二の神の一人。これは大きな収穫だろう。
先日の月の神アルテミスの祝福が掛かった魂と言い、堅実に神々の陣営を削いでいっていると言える。
俺は業火の中を抵抗しながら歩く。
目指すは奥側だ。
先ほどの集団は全員に神の祝福や加護が掛かっていた。
であれば、最初に不自然な動きをした地点でも何かが掛かっている者が居る可能性が高い。
苦戦してるよなら手助けすべきだし、でなくとも魂の回収は悪魔の仕事だろう。
残念だが勇者たちはバラン様に譲ろう。
俺はそう決めて、激戦の気配のする方向へと飛んで向かった。




