41:上鬼VS『豊穣の祝福』の騎士
ヘルミオ神聖国は技術を独占していた。
アスラ王国よりも高度な結界術により、町に潜んで召喚をするという作戦は取れなくなった。
であれば町の側に召喚し、力技で結界を破壊する。
今後人類の危機意識が高まれば結界の技術は飛躍的に上がり、アスラ王国の二の舞はにはならんと奇襲は難しくなっていく事だろう。
まぁ、恐らくその頃にはその対策の対策を魔王軍も取っている事だろうが。
我が軍には魔法の専門家と呼べるような人物が多数存在する。
特に魔王軍幹部の一人で有せられる“水銀の魔女”アウラ様は別格とされる。
魔王軍の技術の根底は彼女による物が大きく、その他に水薬類や霊薬の品質向上にも多大な貢献をしている。
そしてそのお弟子様で有せられるアルラ様もまた、魔王軍の中でも随一の魔法の使い手。
特に空間魔法、召喚魔法を得意としている様で、人間と言う事もあり難なく神聖国領内に入ると、我らを召喚する要となっている。
正確にはアルラ様が召喚を得意とする者たちを召喚し、その者たちが更に残りの部隊を召喚するというねずみ算の様なやり方だ。
そう言えば、こちらの世界でねずみ算という言葉は無かったっけ。
と、そう思うリュウラ。
(算数の勉強は必須だったからなぁ。指の本数が違う種族も居て、十進法で統一していいか悩んだりしたっけ。皆んな元気してるかなぁ)
そう柄にもなく作戦中だと言うのに思うリュウラ。
一度頭を振って雑念を棄てる。
辺りにはバランの攻撃によって瓦礫の山と化した聖都ヘルミオが広がる。
瓦礫に潰され呻く人々の声が聞こえる。
それに何の感慨も感じないリュウラ。
魔物として生まれた事の他に、死後に転生をした事実が死という物に対する価値観をまるっと変えたのだろうとリュウラは自身を考察する。
長年の付き合いだった同僚の死は悲しんだが、彼らの魂も新たな旅立ちに出かけたのだろうと割り切れている。
とは言え、今世をサボって生きる言い訳にはならないが。
リュウラは一人駆け抜ける。
グラハス配下でありながら遊撃部隊に選ばれた自分の役目はC+ランク以上の者を殺す事。
敵方は戦線に戦力を集中させ、聖都の守りは薄くなっている。とは言え、Bランク代の猛者も居ない訳では無いだろう。
と、前方から来る集団にリュウラは足を止める。
男女6人の集団。特徴からして勇者、聖女、軌跡の騎士が集まっている。その他の者からも強者の雰囲気を醸し出していた。
リュウラは刀を抜き放ち構える。
どう考えても勝ち目の無い相手。だが仲間が集まる事を信じて戦うのみ。
「ほう……感じるなぁ。そこらの雑魚とは違う。根っからの戦いに身を置いてきた者の気配だ」
と、顎に手を当てそう呟くのは中年の男の騎士だった。
濃い緑の髪の男。鋭い眼光を向ける。
「ここは俺に任せて先に行け。すぐに追いつく」
そう男は言って、勇者たちは頷き合い、この場を離れていく。
それに内心ほっとするリュウラ。
リュウラは自身の力が最も発揮されるのは1対1だと考えている。戦闘スタイル的にも好都合だった。
相手は気配から察するに格上。しかし格上と戦う事には慣れている。
(久々の力量差を感じ程の相手……懐かしい感覚だ)
かつて他種族を下す戦いに明け暮れていた日々。目の前に相対する強敵。胸の高鳴りを感じてそれを思い出し、リュウラは鬼の牙を剥いて薄く笑った。
〇
ゲールは目の前の鬼をよく観察する。
見た目は若い青髪の鬼。だが雰囲気は歴戦の戦士のそれだ。
勇者たちを先に行かせた事に後悔はない。全員で叩けば確実だろうが、ここで溜まっていては応援を呼ばれるのもまた確実。
それにこの雰囲気はただのオーガではない。恐らくは上位個体のハイ・オーガだろう。
先ほど『全知の祝福』を受けた魔術士のハルから耳打ちされた情報によると、目の前の個体のレベルは61。Bランク手前と言った所か。
ステータスはバランス型。刀を得物にしながら闘気特化でないと言う事は、鬼系の固有スキルである身体強化系のスキルを使うと見ていいだろう。
それでも相手ではないだろうが。
その男、ゲールは豊穣の女神デメテルより『豊穣の祝福』を受けていた。
効果は経験値取得効率の補正。つまりはレベルが上がりやすい。
ゲールは40半ばの歳でありながら、レベル82と言う高レベルを活かしてまだまだ現役であった。
普通レベルは1上げるのに一年掛かる。歳の倍近いレベルに達しているのは『豊穣の祝福』を受けているからこそであった。
ゲールは思う。使いがっての良い能力ほど、状況を打開し得るような派手な能力ではないと。
先ほど垣間見た『運命の祝福』や『全知の祝福』の能力。
戦闘に直接関係の無い能力という意味では使いがっては悪いだろうが、つい羨ましく思う能力ではある。
だが、我が身に賜りし『豊穣の祝福』は堅実に己の力を押し上げてくれた。
祝福はステータスの補正が本来はメイン。
ゲールはレベル82でありながらA-をも超えるステータスなのである。
相手はそれなりに厄介であろうが、格下の剣士に正面から負ける道理はない。
ゲールは剣を抜き、目の前の鬼へと構えた。
「来ないのらこちらから行くぞ!」
〇
リュウラは目の前の男が想像を絶する速度で駆け出し、顔を引きつらせる思いだった。
最も、そんな余裕はなく回避行動を取るのみとなったが。
レベル差を見誤ったか。上司であるグランドと同レベルであっても不思議ではない程の動きだ。
リュウラは奥の手である『狂鬼化』の技術を躊躇いなく行使する。
格上と戦い続ける自身を幾度となく助けてくれた鬼系統に発現する技術『狂鬼化』。
自身の身体能力を飛躍的に上げてくれる。
欠点は一番に治癒力の低下。次に理性より本能有利となり、血肉を欲するようになる事か。魔法の扱いも下手になるみたいだが、剣一筋の自身には関係の無い事。
この状態の自身であればB+ランクの者も屠れる自信がある。
『狂鬼化』の影響により青かった髪と瞳は鮮やかな赤色へと変化する。
五感が優れ、認識する領域が増えるのを感じる。同時に広がる間合い。
闘気を使う者の間合いはただの剣の届く範囲とは違う。攻撃し得る領域の事を指す。
常人には認識し得ない斬撃が男から繰り出され、リュウラはそれを刀で受け止めていく。
火花が散り刃こぼれする刀。
『狂鬼化』して尚これ程の力量差を感じる相手は初めてであった。
武人肌の両者に会話は無い。
優位の揺るがない男と、劣勢の覆せない鬼。
何か会話の生じそうなものだが互いに戦いへと没頭していた。
このステータスの差を埋めるのは単純な技量のみ。
いや、違う。
「なっ」
ゲールは鬼の行動に目を剥いた。
リュウラは深手を負う覚悟で男の剣を腹へと刺し込みつつ、男へと肉薄。
男の両目目掛けて刀を振るう。
男は片目を切られ、後方へと翻る。
ここは自滅の如き不意打ちに片目で済んだゲールを褒めるべきだろう。
リュウラはその間懐から一つの小瓶を取り出してそれを飲み干した。
回復水薬だ。
元々鬼系統の種族は驚異的な自然治癒力を持つ。それが回復水薬の効果と合わさり、一瞬で傷を全快させた。
その間『狂鬼化』は解かれている。『狂鬼化』状態の時は鬼本来の治癒力が発揮されないからだ。
リュウラはこの痛みすら懐かしいと感じる。
鬼の治癒力を活かしたこの狂気的な戦い方。
大曾人間にはできないこの戦い方こそがステータスの差を埋め得る手段である。
更に今は魔王国の品質の良い回復水薬もあるのだ。
魔王国の水薬の品質は大体三段階に分かれる。魔女アウラによって齎されたレシピと最高の作り手によって一品一品丁寧に調合された高級品。
次に生産数を重視されてレシピを改良し、それなりの素材で作られた上級品。
そして完全に量産する事を目的として日々生産される量産品。
リュウラが飲んだのは高級品の回復水薬であった。
たったの10ミリリットル程度しか飲んでいないにも関わらず今までのどれとも違う効能にリュウラは驚く。
本当はさらに上の魔女アウラお手製の最高級品扱いされる物もあるのだが、それは市場にも滅多に出回らない。
一度若返りの霊薬が出回った時は天井知らずに金額が跳ね上がったと言われる。
噂では魔女アウラは自身の陣営の者には存分に自身の寵愛を与え、好きに水薬を与えていると言われる。
魔王軍でも多くの者が羨ましく思う事なのであった。
リュウラは傷が全快するや、再度『狂鬼化』を発動させた。
そして男と尋常ならざる攻防を再開させる。
ただし違うのは相手は隻眼となった事。
人は位置の違う両目の差異により、遠近感や立体感を把握する。
それが急に片目へとなったらどうなるか。取り分けこの剣撃の応酬に影響が出るのか。
答えは出るに決まっている。
隻眼による感覚の不安定さに加え、リュウラは多少の傷、いや普通なら避けるべきレベルの傷すらまるで気にせず攻防に没頭した。
その姿が余計に男の視覚への自信を削いでいく。
そして勝負は決する。
「ぐっ!」
もう片方の目も切りつけたリュウラ。
更に無防備に晒された首筋へと刀を振るう。
膨大な量の血を垂れ流す首を抑えて膝を突く男。
いずれ意識は朦朧とし、ここが死期であると男は悟る。
「やる、なぁ、鬼……ぐぼぉふぅ! ……な、名は」
血の泡を吹きだしながら、青くなった顔でゲールはリュウラを見上げる。
「リュウラだ」
ゲールはその名を聞き、最早返事もできずに意識を遠のかせた。
しかしその顔は何処か晴れ晴れとしたの物であった。
リュウラは戦いの終わりを見届け『狂鬼化』を解いた。
反動に膝を突くリュウラ。
かなりギリギリの戦いであった事は間違いない。
もう闘気も『狂鬼化』を維持する様な魔力も残っていない。奇襲早々たった一度の戦いで全てを出し切ってしまった。
しかし今討たれたとしても全てを出し切った事に悔いは無いし、久々に満足感のある戦いであったとも思う。
今回の戦い、きっと何か一つでも足りなかったら勝てはしなかったろう。
闘気や魔力はもちろん。水薬もそうだ。
今までで最大の相手。
リュウラは思う。相手は祝福を受けた者だったのだろうと。若しくは強力な支援魔法が掛かっていた。
肌で感じるレベル差と比べてずっと強かった。
きっと自力であのレベルに至った者であれば負けていただろう、と。
自力の差と言うやつだ。
そしてリュウラは格上との戦闘を数多く熟している。
それが勝負の分かれ目であったと言えよう。
ともかく一つの戦いは決し、それはこの戦いに大きな波紋を作っていく事となる。




