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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第二章 神聖国崩壊編
40/183

40:軌跡の騎士



 ヘルミオ神聖国。

 400年以上の歴史を持つ由緒正しき国家。

 女神ハウリアを崇めるハウリア教を国教と崇め、統治はハウリア教皇を頂点する教皇庁及び委員会が務める。

 ヘルミオ神聖国でも首都ヘルミオは聖域であるとして神聖視され、在住権を得られるのは枢機卿や司祭などの聖職者と、叙階されていない修道士や修道女のみ。

 衛兵や勤める者は近隣の町から通勤する事となる。


 その首都ヘルミオの更に奥にある、聖域の中の聖域とされる場所。

 ハウリア教中央大聖堂。

 そこに入れるのは先の聖職者や修道士、修道女のみ。衛兵ですらハウリア教徒でなくてはならない。特例で神に選ばれた者のみは入る事を許される、神聖な場である。


 その大聖堂の奥、半球に机の向かい合った会議室にて、統治機関である教皇庁及び委員会の重役が集まり重い空気を作っていた。

 手元にあるのはアスラ王国の諜報員が齎した魔王軍の残虐非道を書き留めた全403ページに渡る記録の複写、及びその考察が書きあげられたそれに勝るとも劣らない量の書類。

 連日の会議で深まったのは絶望のみ。

 今宵にも魔王軍の精鋭部隊が襲ってくる……という不安感が彼らの精神を日々削っていた。


「こうやって辛気臭くなっていても仕方ありません。我々にできる手を考えましょう」


「一体どうすると言うのだ! 我々の軍事力ではとても対抗できる物ではないと言っておろう!」


 何度目かも知れぬ怒声が響き、話は回り続ける。

 皆何かに八つ当たりしたい気分なのだ。


「会議中に失礼。皆さまにご紹介したい者たちがいます」


 と、一介の騎士でありながら気負いなくこの会議室へと入って来た者が一人。

 恭しい態度で礼をする、橙色の緩く波打つ髪と、同じく橙色の瞳をした若き男である。


「なんだ、ルテンか。今は忙しい。見て分からんのか」


「この会議の難題を解決し得る者たちを連れて参りました」


 ルテンと呼ばれた男はそう言い、控えていた男に合図を送る。

 ルテンに並び立つ、金髪金眼の青年。煌びやかな見た目に反し、どこか憂いの籠った瞳。


「今度は勇者ヘルンか。聖女とよろしくやっていればいい」


 その言葉に『ぷっ』と誰かが噴き出す。

 先の記録と勇者が一人ここに居る事実により、勇者ヘルンは“逃亡の勇者”の汚名と役立たずの烙印を押されていた。

 今更何がしたいんだとルテンに視線が集まる。


「勇者様だけではございません。相手方が精鋭を集めるのであれば、我々も同じ様に対抗するまで」


 ルテンが合図を送り、更に三人の騎士や魔術士たちが入って来る。

 見覚えの無い者共に重役たちは顔を顰める。


「ルテンよ。まさかこの神聖な地に無関係な者を連れて来ている訳ではあるまいな?」


 そう厳かな声が響き渡る。

 それは彼らにしてはかなり遠回しに言った言葉だった。


「滅相もございません。彼らは私がこの大陸各地から呼び集めた『祝福』を受けた者たちです」


 そのルテンの言葉に威厳を保ちつつも色めき立ち、目配せをし合う重役たち。

 ルテンの招集した三人の騎士と魔術士。

 『豊穣の祝福』を受けし中年の男の騎士。ゲール。

 『天性の祝福』を受けし若き男の騎士。ルイト。

 『全知の祝福』を受けし若き女の魔術士。ハル。

 

「以上の者に加えて、『聖杯の加護』を受けし聖女様も居る。この五人、いや私を含める六人を持って、あの大悪魔バランを――」


 一拍置いて。


「討つ」


 そう端的にルテンは言って退けた。


『おお、これは心強い』

『これは本当に行けるやも』

『ああ、この者たちなら』


 そう希望が見えて頷き合う重役たち。

 その間ルテンは目を瞑ると顔を仰いでいた。

 その様に気づいた者から息を飲み、固唾を飲んで見守った。

 いつしか重役たちはルテンの次なる挙動を静かに待っていた。

 そしてルテンは瞼を上げ、ゆっくりと顔を戻す。


「今、天啓が下りました……。視えましたよ。真っ赤な髪の悪鬼の心臓を、私が剣で貫いている所を」


 神の奇跡を目の当たりにし、中には恍惚と笑みが零れる者も居る。

 その騎士、ルテン。

 またの名を“軌跡の騎士”。

 運命の神ヘルメスによって『運命さだめの祝福』を受け、未来を知る奇跡を得た器の持ち主。

 “軌跡の騎士”ルテンとは彼の事だ。









 ヘルンはひたすらに考えていた。

 大悪魔バランを殺す方法を。

 ここ大聖堂である程度の権限と尊重がある事を良い事に、ここ数十日は悪魔学の書物を読み漁り、知見を広め続けていた。

 悪魔の弱点を、悪魔の種類を、悪魔の習性を。

 足りない。

 まだ足りない。

 何が足りない? 力か? 知識か? 仲間か?

 全てだろう。

 今の自分には何もかもが足りない。

 知れば知る程に差を感じるばかりのあの悪魔の伝承。

 大昔に一つの国を滅ぼしたとされる伝承。伝説級の大悪魔が魔王に下った。


 絶対にこの手で殺す。

 仲間と師匠の仇を討つ為に。


「――ルン殿……。ヘルン殿?」


「あ……ああ、はい」


 一体何回程呼ばれて居たのか。

 ルテンに呼ばれているのに気づいてヘルンは応じた。


「まったく。大丈夫ですかな? ……いや、今のあなたには酷ですか」


「いえ、お気になさらず……。それで、何の話でしたか?」


「どこまで聞いていましたか? 我々はできるだけ行動を共にし、大悪魔バラン、若しくはそれに準ずる様な敵将の討伐を最優先にするという話をしていたのですが」


「ああ、それで構いません」


 あまりに素っ気なく応じるヘルン。

 それに事情を知っているルテンは責める様な気は起こさないが、集団行動への若干の不安は拭えない。

 下手をすれば一人で向かいかねない雰囲気を今のヘルンからは感じるのだ。

 ルテンとヘルンは初対面と言う訳ではない。長年ここ神聖国に勤める騎士であるルテンは時折り訪れるヘルンと面識がある。

 常に周りに気を配り、太陽の様に暖かく、芯から来る強さの持った男である印象であったが、今のルテンから見たヘルンからは黒い殺気の様な物しか感じない。


「勇者様!」


「ミティア……」


 と、向いからやって来る美しい青髪を持った一人の少女。

 『聖杯の加護』を受けし聖女だ。


「き、聞き及びました。戦いも近いと言う事ですよね? 聖女の務めとして、勇者様のお力添えができればと」


「ああ、ありがとう」


 そう勇者ヘルンと聖女ミテェアは話す。

 ルテンが思うに、こうやって聖女と話している時は勇者も少しは強張った力が抜けていた。 


「して、ルテン殿。何故垣間見た未来が近日中の事であると? ああ、疑ってる訳では無いのですが、あのお偉いさん方がまるで疑いも無く言う事を聞いていたので」


 と、『豊穣の祝福』を受けた中年の男であるゲールが、窓から首都ヘルミオの景色を眺めながら問う。

 首都ヘルミオでは今市民の避難が行われていた。


「何となく……ですよ。未来との距離が凡そ分かるんです。ああ、ここで言う距離とは時間の距離です」


 そうルテンは答える。

 ルテンが見た未来の光景は一面瓦礫であった。建物は見渡す限りが崩れ、影を見るに時間は正午。


「何となく近々起こりうる事と言う事なので、正確な日時は分かりかねますが……。それこそ、今襲撃が始まってもおかしくない」


 そうルテンが言った時、それに応じる様に轟音と地響きが起こり、皆壁に手を付いた。

 割れた窓から外を覗くと、大幅に地図を書き換えなければならないのは安易に分かる程、多くの建物が崩壊していた。

 何か衝撃が加わって破壊されたと分かる惨状。

 誰もが始まってしまったのだと悟る。


「感じる……感ずるぞう! 今なら分かる! あの時の巨大で邪悪な存在感が……!」


 と、勇者ヘルンは遠く町の向こうにある存在感に向けて睨んだ。


「居るんだな! そこに! 大悪魔バラン!」


 あまりに早くも始まろうとしているこの再戦。

 果たしてあの時紡いだ命をヘルンが生かす事ができるのか、それは運命の神でも分からない。



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