38:上位大幹部と迷宮管理者
「どうぞ」
魔王城の事務室にて作業をしていたリュウラは扉がノックされ、そう扉の向こうへと応じた。
「これはアラン様」
先日のアスラ王都陥落作戦を共にした赤髪の悪魔の登場に立ち上がるリュウラ。
「急に申し訳ありません。少々お時間よろしいですか?」
「もちろんです。ポチ子。お茶を」
「はい」
同じく作業を手伝っていたポチ子が立ち上がる。
鬼系の可愛らしい女性だ。
ポチコ? また鬼系にしては変ってるなと思いつつも、進められるがままソファーに座るアラン。
「して、何用で?」
「率直に言うと、奇襲部隊の編制に強力していただけないかと思いましてね。今回の編制は多種多様な種族を入れる事となるでしょう。機動性を重視して数は極少数ながら一軍にも匹敵する部隊。今までにない混合編制となります」
向かい合って座り、アランは説明する。
「で、問題なのが軍隊から抜擢される者が大半と言うことです」
「なるほど。指揮官不足……もしくは指揮系統の不透明化が課題と言う事ですな」
「ええ」
それだけで言わんとしてる事が分かったリュウラ。
話が早くて助かるなと思うアラン。
今回編制予定の奇襲部隊。七割近くは軍隊から選ばれる筈である。だが部隊長となる筈のバランでは顔が効かないのだ。バランとその配下たるアランは軍隊とは独立した魔王の私兵。
故にいっそのこと三割の方の幹部傘下の者はバランを頂点とする遊撃部隊とし、残りの七割は最低限の集団行為や規律を持って動く部隊とする。そうするとその部隊を動かすための実力と顔も備えた指揮官が必要な訳である。
「確かに、グラハス様やニグラトス様配下の者が適任となりましょうな」
「ええ。我々幹部勢力との橋渡しになっていただければと」
序列八位、“鬼武神”グラハスは魔王軍の将軍も兼任する二人の内の一人。
当然部下や連なる者は魔王軍に所属する。
そもそもグラハスを頂点とする魔王軍第八軍団はグラハスが大幹部と言う事もあり、参謀本部からも持て余された軍団である。よく言えば懐刀的な軍団ではあるが、あまり出番が無いのは否めないのだ。
だが今回の話はそんな第八軍団にぴったりなものと言える。
「して、その話を何故私に? アラン様であれば同格であるグランド様はもちろん、グラハス様にも具申できるお立場だと思いますが」
「忌憚なき意見を聞いておこうと思いまして。それとどちらにせよリュウラ殿には入隊の話が来ると思うので、その前に引き抜いておこうと思いまして」
「はっはっはっ。それは光栄ですな」
七割の軍団側ではなく、三割の幹部側に引き入れようと言う魂胆である。
「よろしい。ではグランド様には私からも具申しておきます」
「ええ。お願いします」
と、この場での話は纏まったのだった。
〇
あっしは魔王城に居ると言うのに辛気臭くも溜め息を零しそうになった。
案の定と言うか、姐さんは奇襲部隊への入隊を希望しているようだ。
まぁ、元々期待されると張り切っちゃう御人ではある。
個人的感情もたっぷり含まれてるのだろうが。
前回と続いて勝手に言い出した事を気にしてるらしく、あっしは無理に来なくてもいいとは言われたが、どうせ本心では寂しがってる事だろう。
気が強くて見栄っ張りな上司の為にあっしも一肌脱ぐとしよう。
とまあアラン様への入隊希望も伝えた事だし、もう魔王城への用はないから帰ろうとしたら。
「お前ー! この! よ、よくもゴズっちを!」
と、背後からそんな女性の声が響き渡った。
振り返ると深紅の長髪の女性がこちらに泣きながら怒った様な様子で睨んでいた。
人間で言えば二十代の若い女性。黒いドレスを身に纏い、露出した白い肩や足が妖艶の美しい人だ。
だが今はめっちゃ怒ってる。
そしてそれを宥めると言うか、抱き抱える様にして通行を止めている金髪の小柄な少女。
どこかで見たなと思ってい居たら、謁見の日に話しかけて来た謎の少女だった。
「殺しゅ! 絶対ぶっ殺しゅー!」
泣きはらした目で凄む女性。
知的で大人っぽい姿とのギャップが凄い。
「いやー、ごめんね。アドラー君。また今度ゆっくり話すとしよう」
と、金髪の娘がそう言う。
そして無理やり暴れる女性を抱えて連れて行こうとしたが、あっしはその二人に近づく。
「え、えーーとーー。今ゴズっちって……」
「そうだよ! お前が連れてって死なせた可哀そ~~な、哀れ~~な子の事だよっ! このクソ野郎が! 死なすぞボケッ! カスッ! ゴミ! あの……あれだ! とにかくゴミ!」
そう自身の知りうるあらゆる暴言を出し尽くした様に言う女性。
と言うか、まさかそうなのか? ゴズっちとは恐らく迷宮から連れ出し、王都陥落作戦にも加わったあの山羊頭の魔物で間違いないだろう。
そして彼をこのクソダサい名で呼ぶ人は一人しか知らない。
「えっと、もしかしてスカーレットはん?」
あっしがそう呼ぶとその女性は目を丸くして黙った。
力が抜けた様になり、金髪の娘も拘束を解く。
そして。
「うわ~~んっ! ご、ゴズっちがぁ~! 皆がぁ~!」
「ええっ!?」
途端女性は声を上げて泣き出した。
「この人がぁ~! この人もぉ~! うわぁ~ん! 皆大嫌いだぁ~!」
「ごめんてぇ」
そう泣きじゃくる女性の背中を金髪の娘は摩る。
な、なんなんやこの人。
「とりあえず……移動する?」
そう金髪の娘が頬を掻きながら言った。
〇
「うっう。ひっぐ、うっ」
目の前には肩を引く付かせる深紅の髪を持った女性。
その隣に座って優雅に紅茶を嗜む金髪の娘。
その二人の正面にてあっしは一人ソファーに座る。
場所は変ってとある事務室。
それも驚いた事に大幹部クラスや参謀本部に勤める様な将校たちの事務室のある最高位の区画。
正直こんな小娘たちが? という思いでいっぱいである。途中から間違えてるんじゃないかとか、勝手に使われてない事務室使ってるんじゃないかとか考えもしたが、金髪の娘の足取りは迷いないものだった。
次に考えたのは将校の娘と言う線。だが魔王軍は実力主義。それは弱きに権利はない事を示す。それはきっと将校の血筋と言う理由でそう覆される事でもない。
となればこの娘自身が……そういう事だろう。
「あの、そろそろ何者が訊いても?」
「ん? ああ、そうだね。まぁ、隠す理由も無いしいいか」
と、あっしの言葉にそう娘は軽く応じる。
「私はアリシアだよ。役職で言えば……まぁ、大幹部って事にはなるね」
「なっ」
ま、魔王軍大幹部!?
あっしの知る限り下位大幹部にこのような少女は居ない。と言う事は上位大幹部!
「こ、これは大変な失礼をっ」
「ああ、いいってそんなの。魔王さんとは友達付き合いくらいのなんちゃって幹部だから」
慌てて立ち上がったあっしに手をひらひらとさせて制すアリシア様。
友達付き合いと言われてもただの主従関係よりも気を配るかもしれない。
そもそも大幹部とはそういう位置づけだ。つまりは強さだけが評価基準で関係性は関係ないと言う事だ。
もはや戦闘面では理解どころか思考の間も無く殺されるような相手だろう。
「そ、そうですか。改めて言いますと、あっしは魔王軍幹部、アウラに従僕する者。アドラーであります」
「うん。分かりやすいからすぐ覚えたよ。私の前ではそんな畏まらずいつもの口調でいいよ? 私も堅いのは苦手だし」
「そ、そうでっか? ではお言葉に甘えて」
なかなか緩めな御人のようであっしも徐々に緊張を解く。
「で、え~と。こちらは」
あっしはまだちょっと肩の上下する女性を見た。
「ほら。自己紹介くらいしな?」
「うっ、う……すぅ、すかぁーれっとぅ」
アリシア様に促されて言う女性。
まぁ、ほぼ分かっていた事だがゴズはんの居た迷宮の大本、迷宮管理者のスカーレットであった。




