34:蜘蛛たちとダンジョンマスター
アスラ王都陥落の約十八年前。
魔王国と王国の戦線は国境線を魔王軍が少し押している状態での膠着状態へとなっていた。
特に北西部は北に位置する帝国からの援軍により押しつ押されつつの戦況である。
そんな魔物も近寄らない戦線の、斬撃や魔法飛び交う王国軍と魔王軍の合戦を近隣の山奥から眺める四人の若い男女の集団があった。
「こう見ると壮観だよね」
そう呟くのは金髪をショートヘアにした少女だ。瞳は紅玉を思わせる赤い瞳。
人間でいえば十五歳程度の見た目。シャツとショートパンツと言った軽装備の冒険者風の格好だ。
「くそ~、俺も混ざりたくなってきた」
そう話すのは黒髪の少年。ただし下半身は蜘蛛の体になった所謂アラクネだ。
「だ、大丈夫でしょうか。アリアちゃん」
「大丈夫だよ。アリア強いし。にしても末妹は愛されてるねぇ」
心配げに合戦を眺めるのは青髪を背中に流れる程に伸ばした少女だ。
それに呑気に応じる金髪の娘。
「美味そう」
「シアはそればっかだね」
白髪の美人に応じる金髪の娘。
そんなそれぞれの気持ちで合戦を眺めていると、魔王軍側から巨大な蜘蛛が現れる。
全長二十メートルを超す巨体。ピンクの鮮やかな見た目。動く要塞の様な魔物だ。
「お、来た来た。頑張れ~」
図体を使って王国軍を蹴散らしていく巨大蜘蛛。
それは王国軍の要塞まで届き、破壊していく。
「やっぱ攻城戦には図体のでかい魔物が有効だね。うちらの中で一番アリアがデカいし、やっぱ生まれ持った資質だろうね~」
そう戦況を見ながら言う金髪の娘。
いずれ魔王軍の勝利が明らかな状況となり、王国軍が撤退しだす。
「ちょっくら散策でもしてくるわ」
何時間もの観戦に飽きたらしい黒髪のアラクネの少年がその場を離れる。
「あ、ちょっと。ピンチぽかったら手助けする為に見てるんだよ?」
「あの様子じゃ大丈夫じゃん。つか俺アリアにも負けるし。そもそもママ一人居れば十分じゃね?」
「まぁ」
そうやり取りして山奥へと行った少年。
その後魔王軍も撤収を始めた頃、その少年は興奮した様子で戻って来た。
「なぁ、ママ! 迷宮見つけたぜ! 多分新しい! これって魔王軍の要塞にできるんじゃないのか!?」
「迷宮? そりゃダンジョンマスターに知性があって話付けられたらそうだろうけど……。新しいならそんな事滅多な事じゃないよ」
「そんなの行ってみないと分かんないって! とりあえず行ってくる!」
そうまたこの場を離れて言った少年。
「はぁ。アーリ、付いてってあげて」
「はい」
アーリと呼ばれた青髪の少女は言われた通りに少年へと付いていく。
と、死屍累々と化した戦場に目を向けゴクリと喉を鳴らす白髪の美女。
「シアはアリアを迎えに行ってあげて。ついでにご飯食べてきていいよ。あ、もちろん食べていいのは人間だけだよ?」
「分かってる」
短く応じて白髪の美女は戦場へと向かった。
「さて、やる事ないしゆっくりアシッアたち追いかけるか」
そう呟いて金髪の娘も山奥へ向けて歩きだした。
〇
迷宮は人を誘き寄せる為に地下でも明るい事がしばしばある。
今、金髪の娘――名をアリシア――が歩いている迷宮もその一つ。
ごつごつとした灰色の岩肌の洞窟の様な迷宮を散歩気分で歩いていた。
道中迷宮の魔物と出くわしてない事から、先に向かった二人が殺し尽くしたのだろうと察する。
迷宮の魔物は死体が残る物と残らない物がある。召喚術で野生の魔物を配置していたら残るが、魔法で生成した魔物であれば残らない。
後者は迷宮内でしか生きられず、知性どころか意識も無いと言われる。
そこら辺の話はまだ研究途上である。
「あ、ママー! お、お兄ちゃんが! な、何か」
「分かってるよ。なんか騒いでるみたいだね」
と、奥からやって来た青髪のアーリに応じるアリシア。
先ほどから騒がしい声が響いて届いていた。
「にしてもこの迷宮は未発見の筈だけど、人間が居たって事は独り占めしようとした冒険者ってところかな?」
「そ、それがぁ、よく分からなくて……。と、とにかく、ママに見てもらおうって思って」
「ん? そう」
疑問に思いつつも奥へと進んでいくアリシア。
いずれ黒髪のアラクネの少年の姿をしたアシッアが一人の少女を捕まえているのが見える。
「ほら! 大人しくしろ!」
「ひぃぃー! 食べられるー! はっ! そ、そこの人助けてくださいぃー!」
そう涙目で訴える少女。深紅の髪をした人間で言えば十歳くらいの少女だ。
その少女がアシッアにより首に腕を回されて捕まっている。
「いや、何してんの?」
「ママ! こいつがここのダンマスだぜ!」
「ダンマス?」
「ひぃ! なか、なか、仲間なの? こ、この化け物と、仲間なの?」
そうガクガクと震えながらアリシアたちを見上げる少女。
「まぁ、仲間っていうか、家族だね」
「あばばばばっ」
「なんだこいつ? 変わってるな」
「とりあえず離してあげなよ」
呂律も回らなくなった様子の少女。
言われた通りアシッアが離し、少女はその場にへたれ込む。
「で、この子がダンマスって?」
「魔物ぶっ殺しまくってたらこいつが出て来た」
「ち、違いますぅ! 人違いですぅ! わ、私は迷い込んだだけでぇ!」
「お前さっきうちの子たちをよくもーって叫んで出て来たじゃん」
「し、知らない!」
ぶんぶんと頭を振る少女。
アリシアはその少女をよく見る。
「確かにこの迷宮との繋がりを感じるね。人型とは驚いた」
「人型ってなんじゃい! こちとら人間じゃい!」
その少女の言葉にアリシアは目を見開く。
「ほんとだ。魂が人間のだ。珍しい事もあるもんだねぇ。迷宮がダンマスに人間を選ぶなんて」
迷宮は迷宮の管理を知性のある生き物に譲渡する場合がある。それが所謂ダンジョンマスター。
人間のパターンはアリシアも聞いたことが無かった。
「で? お前がダンマスって事でいいんだろ?」
ずいっと寄せられたアシッアの顔に表情を引きつらせる少女。
「で、でしたらんだよ」
「口調が屈しかけてんじゃねぇか」
「そうか! お前ら魔王軍だな! 上でドンパチやってて人間寄りつかねぇし、こちとら迷惑してんだよ! いったいこの迷宮に何の用だ!」
「話流すなよ」
アシッアを無視してキッとアリシアを睨む少女。
「うーん。用っていうか……。結構いい場所にある迷宮だったから、内見?」
「ショールームじゃねぇんだよ! 迷宮だぞここは! 恐ろしいんだぞ!」
「あーもー、めんどくせぇ」
騒がしい少女に肩を回すアシッア。
「いいからてめぇは黙って頷いてりゃいいんだよ。お前は負けたの。な?」
恐ろしいアラクネの姿の少年に迫られ、涙目になる少女。
「謝れ」
「は?」
「今日殺したこの迷宮の子達に謝れ! そして私も殺せ!」
「ハッハ! 自分で生み出した魔物がそんなに大事か。まるでママみたいだな」
「あ、ああ、そうだよ! 迷宮の魔物は私の子供みたいなもんだ! 何か悪い!?」
「いや、悪かねーよ。悪かねーし、今のもお前の事を言ったんじゃなく」
そうアリシアの方に視線を向けるアシッア。
「そういえばさっき家族って……え? マジ? こいつらの親なの?」
「まーね」
口をあんぐり開けて塞がない少女。
「私蜘蛛の魔物なんだよね。特有の技術があって、自由に操れる子供を産めるんだ。まぁ、意思があるレベルで育った子は操ったりしないけど。これって迷宮の魔物の作り方と似てるんじゃないかなぁ?」
確かに似通って感じる少女。
「代償も一緒。霊力そのもの。霊力を込めた分だけレベルの高い子が生まれる」
「なっ。ありえない! あれを個人で行うなんて! だ、だって、私の迷宮をたった一人で攻略してしまった……」
「あ? 言っとくけど意識に芽生えた姉弟の中じゃ俺が一番弱いぜ? 他にも二人地上に居るしよ」
口をぱくぱくさせる少女。
「まぁ、その子たち自身が成長したのもあるし、そうやって霊力を溜めた時点で母体が刈り取るのが本来のこの技術の使い方だろうけど……。意思の芽生えた子にそんな事できないしね」
「じゃ、じゃあ、最初は弱かったって事だよね?」
「まぁ、今と比べたらね? でも最近育ち切った末妹はすでに『B-』くらいの力ありそうだからなぁ。あれは張り切って霊力注ぎ過ぎちゃったね」
「お、おかしい! そんな化け物を代償無く生み出せる訳がない! そんなに個人で霊力があるのもおかしい!」
「代償はちゃんとあるって。霊力を割いてる訳だから全然レベル上がんないもん」
「れ、レベルが下がったの?」
「いいや、ステータスはそのまま。ただレベル一つ上げるのも霊力を割いた分を取り戻した上で、更に霊力を得なきゃいけない訳だから、子供作り過ぎた現状じゃ結構遠い道のりだね」
「な、なるほど」
下僕を増やすと自身の成長が遠のく、と。説明を聞いて納得する少女。
「いや、待てい! 結構Bランクの化け物作るなんておかしいわ! あ、あんた、一体……れ、レベル聞いてもいいですか?」
「179」
「ひゃ、ひゃくっ」
その言葉を聞いて後ろ向きに気絶した少女。
「うお。気絶した。大丈夫かこいつ? うおっ!?」
アシッアが呟く中勢いよく起き上がる少女。
「ままま、魔王! お前が魔王だな!?」
「うーん。確かに魔王軍でそれなりのポストには就かせてもらってるけど。さすがに魔王さんの方が強いよ? それに私より強い幹部の人だって何人か……あ、いや、どうなんだろう? 二位の人に関しちゃ本当に居るのか分かんないしなぁ」
と、いつの間にかまた気絶をしている少女。
「ちょっと、大丈夫?」
「ハッ! 今迷宮の子達がお花畑の向こうで」
「ごめんて。めっちゃ根に持ってんじゃん」
謝るアシッア。
「迷宮で生成された魔物に魂は宿らない。だから意思もない。っていうのが最新の見解だし、私もそう思うけど」
「そんなの、分かってるよ」
「まぁ、それとは別でうちの子が迷惑かけたよ。こちらとしても仲良くしたいんだ。私の名前はアリシアだ。よろしく」
「よろしくなんかしない! 出てってよ!」
「まぁまぁ」
宥めるアリシア。
「さっきも言ったけどよぅ、お前に拒否権は無、い、の!」
「ひぃ~。食べないでぇ~!」
勢いよく肩を回したアシッア。
最早それは拘束に近い。
「つーかお前、名前は?」
「名前なんか無いわい! こちとら生粋の迷宮育ちだ!」
「よーし、じゃあこの深紅の髪だし、名前はスカーレットだ!」
「うぉい! 勝手に付けんな!」
そうやって蜘蛛たちとダンジョンマスターは出逢った。




