33:魔王様
あっしは体の芯より来るような震えを抑えるのに必死だった。
ここは謁見の間。周囲には一騎当千の将軍らが立ち並び、その中央にはあっしを含める横一列に並び跪いた七人の王城部隊の生き残りたち。
その前の玉座に座るのは他でもない魔王様だ。
背後の大窓から差す日光により逆光となって掻き消えるそのお姿。
だがそんなのは関係ない。
日光? いいや、最早太陽その物のように大きな存在感。
神々しさすら感じる。
敵意が無いのは分かっている。その巨大すぎる力を完璧に抑え込んでいるのも当然に理解できる。
だがレベル差と言うのは時に肌で感じるものなのである。
魔力や闘気の大小とはまた別。誤魔化しようのない生物としての自力の差。格の違い。
本来そのレベル差と言うのは知性の低い魔物程備わっている本能である。だがこの時、この瞬間、どうしようもない程の差を本能が感じ取り、身を震わす程に刺激して止まなかったのである。
最恐にして、最凶にして、最強の魔王様。
今まで出会ったどの相手と比べても別格。まさに至高のお方。
「皆の者、ご苦労だったね」
その尊きお方からの福音の様な労いのお言葉を頂き、今度は別の意味で身を震わしそうになる。
何故誰もが頭を垂れるのかが分かる。
まるで少年の様な若き声音。だが落ち着き払った王者の声。
この世で勝利し続けて来た王者の一角。魔王様。
「栄えあるアルブレイン繁栄への贄となった最初の人間の国家。アスラ王国。その滅亡への立役者となった君たち七人と五人の名はこの国の歴史に刻まれる事だろう。よくやってくれた」
「勿体なきお言葉」
あっしらは跪き俯いたままそのお言葉を聞く。
何かあっても今の様にバラン様が応えてくださる。
その後各方面への労いやお褒めの言葉が一通りあり、ある程度の話は落ち着く。
「にしても、あのアウラが戦場に出たんだってね。あの者は面倒見は良いようだからな」
「その様にございます」
「バランよ。あまり妙な策略をするではないぞ? アウラに恨まれては敵わんからなぁ」
「はっ」
そんなやり取りをする魔王様とバラン様。
功績をあっしらに押し付けてたとは言え、さすがにアウラ様が戦場に出た事は分かっているか。
「して、君がアウラの子飼いのもう一人か。会うのは初めてだね」
「ぇ。は、はっ!」
と、魔王様の意識はあっしに向く。
最悪アウラ様の話になってもアルラ様が応えると思っていたから、完全に油断していた。
「噂通り変わっているね。アウラは元気にしているかい?」
「はい。自身の研究に夢中のようですが」
「ふむ。ま、あの者では元気な証拠だね」
まさか魔王様から認知されているとは思っていなかった。
よく考えればアウラ様のたった二人の陣営の者となれば存在くらいは知っててもおかしくないか。
「しかしアウラ子飼いの者が二人とも戦場に出るとはどういう風の吹きまわしだい?」
「恐れながら発言をお許しください。今回の件は私共が勝手に申し出た事ですので、アウラ様の意思は関係の無いものでございます」
「なるほど」
と、アルラ様の言葉に頷く魔王様。
っていうか勝手に共って付けられてるな。
別いいけど。
「我が軍に貢献したいと言う意思があるのならいつでも歓迎するよ。特に最近は今回の成功を機に、奇襲部隊の編制を考えているんだ。アルラよ。君の様な諜報向けの才は貴重で、作戦の要となりうる。どうだね? 今決めろなどとは言わんが、前向きに検討してみては」
「勿体なきお言葉です。私一人の裁量では判断致しかねますので、返答の程はまた後日に」
「うむ。アウラに恨まれたい訳では無いからな。じっくり考えるといい」
「はっ」
そう魔王様からの誘いはアルラ様が話を流して落ち着いた。
奇襲部隊か。
次の標的は神聖国だという噂があるが、そうなるとアルラ様も思うところが無い訳ではなかろう。
そう言えば、事務室での会話で結局アルラ様はアウラ様との出会いを教えてくれなかったが、アウラ様の話となると途端弁舌になって個人情報も守秘義務のクソも無いあのアルラ様が笑って誤魔化すのだ。100%の良い思い出ではないのだろうとは想像が付く。
この誘い、アルラ様は一体どうするのやら……
〇
「特別奇襲大隊の編制、か」
バランの副官、アランは自身の事務室の奥にある私室にてそう呟いた。
目の前の机にパサリと用紙を置いて、アランは一人掛けのソファーに背を預ける。
「ん? いつまで立ってるんだ。座れよ」
と、部屋の隅から動く気配の無い三人の男女に向けて言った。
三人とも美形の人間の姿だが、邪悪な悪魔の気配を隠しきれてはいない。
王城部隊の生き残りである二人の悪魔と、アスラ王国第一王女の体に受肉した新たな悪魔だ。
悪魔にも性別はある。性別の概念は人間と比べてしまうとずっと希薄だが、肉体を得るとなると拘る者も多い。
王女に受肉した悪魔は元々女性型の悪魔で、バランからの土産であるその体は良く馴染んでいた。
見た目は変わらず青髪の麗しい少女の姿である。恰好は主であるバランのタキシード姿と元の体のドレス姿から影響を受け、大人しめながらどこか華のある給仕姿になっている。
悪魔の服は思念の表れだ。その者の性格や自認している立ち位置を示す。
アランに言われて三人の悪魔達は机を囲うソファーへと座る。
無論、アランが上座である。
「あ、あれが魔王様なのですね。震えを止めるのに必死でした」
「私もです。と言うか、未だにちょっと……。バラン様に初めてお会いした時を思い出しました。そ、それ以上でしたが」
と、謁見に出た二人の悪魔がそう話す。男型と女型だ。
「ああ、それでさっきから二人とも硬かったのか。ま、俺も最初はそうなったからなぁー。つか未だに急に声かけられるとびっくりするし。ま、いつか慣れるよ。立場上ちらほら会うしな」
そう労うアラン。
と、ぽつんと座る青髪の悪魔に目が向く。
「ん? どうした? ミラン。さすがに大きな気配が集まってたし、それだけでも緊張するか?」
「あ。い、いえ」
王女の肉体に受肉した悪魔。ミラン。王城部隊には加わってないので謁見にも出てはいない。
だがどこか緊張した様子だ。
「わ、私はぶっちゃけ……じゃ、じゃなくて正直、アラン様が想像と全然違うと言うか……ず、ずっと優しかったので、良かったと言いますか」
その言葉に他二人もうんうんと頷いた。
アランは約五十年前にバランから拾われた悪魔で、バラン陣営からすると新参者であった。
それも地獄で出会った訳でもなく、そのまま魔王城での仕事と生活に勤しんでいるので地獄で暮らすバラン陣営の悪魔達とは殆ど接点が無かったのである。
だがその存在の噂は地獄で話題になっていたらしく、曰く、赤竜と喧嘩して勝った上で下僕にしたなど。
曰く、バラン様が直接スカウトしてそのまま副官に就いたなど。
曰く、一つの人間の町を滅ぼし、人間側魔王軍ともに“地獄の悪魔”の異名があるなど。
その得体の知れない存在に、地獄では既に名が通り恐れられていたのである。
地獄では二体のAランクの悪魔が頂点に君臨していて、その二体亡き今速やかにアランが地獄の悪魔共を統率する事となったが、実力主義である悪魔社会で一切の反対が無かったのはそう言った背景があったのである。
「まぁ、だいたい合ってるけど。ただ赤竜とは引き分けたぜ? それからあいつは友達だ。下僕じゃねぇ」
そう説明を聞いて話すアラン。
その想像とはずっと違う当たりの柔らかさからミランは徐々に肩の力を抜いていった。
他二人は既に会議や作戦時のやりとりでそのギャップのショックは経験済みである。
「まぁ、いいか。悪魔社会じゃ恐れられる事は得しかないしな。それよか部隊編成だよなぁ」
そう用紙を眺めながらアランは呟く。
今回編制予定の奇襲部隊。今回も大将はバラン様が務めるだろう。
どうやら魔王軍と大幹部の私兵から良いとこ取りで編制するようだ。
魔王様のご期待を一身に受ける部隊となる。応募数は想像を絶するだろう。
必然的に精鋭とはなるし、でなければ編制するつもりもない。
恐らく規模は30~60。予備も含めると100くらい行くかもしれんが、その少人数で軍隊を名乗る精鋭部隊となるだろう。
今回その一部編制をアランは任されたのである。恐らくというか、間違いなく分隊長くらいにはなるだろう。
まぁ、強い相手と出会えるなら何でもいい。
「ちょっとリュウラ殿に相談してみるか」
そう言ってアランは腰を上げた。




