32:愛慕の祝福
「――っていう事があったんだよ」
俺は二人の女神に導かれてこの世界へと来た経緯を話した。
話相手は俺に与えられた部屋にて調書を取るメイド。
名はクロコと言う。
ツヤのある黒髪をショートにし、瞳は氷を思わせるような青色。背の小さめの可憐な少女だ。
「つかこの取り調べももう何十回目? この世界に来て三か月そればっかじゃん」
「話の整合性を取ると共に、こちらの言語にも慣れた今、細かな情緒等の確認をする為です」
「ああ、そう」
相変わらず愛想の無いメイドである。
「神に直接相対したのです。この一言一句は今後千年語り継がれるべきものです」
「俺のあの恥ずかしいプロポーズと一緒に?」
クロコが冷めきった目を俺に向ける。
この様に俺の神々との適当な会話のせいか、クロコからは軽蔑の目を向けられる事がしばしばある。
だが真面目な子で俺のお世話や勉強の類は丁寧に熟してくれる。
「私にはあなたに掛かっている『愛慕の祝福』が効かない事をお忘れなく」
「分かってるって。何回も聞いたよ。その指輪のお陰だろう?」
クロコの華奢な指には一つの指輪がつけられている。
精神妨害系の攻撃から身を守る効果のあるかなり上等な装飾品らしい。
俺にはアプロさんからの『愛慕の祝福』がかかっている。
その効果は“特定の感情の無償譲与”。主には好意と言った感情らしい。
つまりは、俺はそこに居るだけで人からの好意を寄せ集めてしまう体質となっていまったらしい。
アプロさんめ。なかなか取り扱い注意な祝福をくださったものだ。
「にしても、お偉いさん方もなかなか酷な事をするよなぁ。いくら『愛慕の祝福』を見分けられる人が居ないからって、片方には指輪をつけて、もう片方には」
「キョウイチ様~!」
その時勢いよく扉が開けられ、入って来たもう一人のメイドが俺の胸に飛び込んできた。
派手やかな金髪ロングの少女。瞳は薄い青色。スタイルの良い美しい少女だ。
「ちょっ、レイラ! そんなにくっつくなって!」
「よいではないですか~! 私とキョウイチ様との仲なんですしぃ~!」
「い、いや、何か進展があった覚えはないんだけど……!」
俺の身の回りのお世話をしてくれるもう一人のメイド。
名はレイラ。
俺はこの世界に来て『愛慕の祝福』がかかっている事を説明したのだが、それを見分けられる人が居ないらしく、お偉いさん方は実に合理的な確認方法を行った。
それがこの二人。片方には精神妨害を防ぐ指輪を付け、もう片方には何もつけずに長時間過ごさせる。
その結果付けていない方のレイラは……まぁ、言ってしまえば俺に惚れてる訳だ。
初対面こそ凛々しい印象も受けていたが、一月もしないうちにこれだ。
「うぅ。キョウイチ様は私の事は好きにございませんか?」
「い、いや、そうじゃなくてさ。この気持ちは俺の祝福の効果によるものだから、レイラ本人の気持ちを大切にしたいと言うか……」
「今は紛れもなく私の気持ちでございます!」
うーん。ダメだな、こりゃ。
恋は盲目である。
「なぁ、クロコ。これって一時俺と離れれば効果も解けるんだよな?」
「はい。あくまで術者を中心とした一過性の物です。この場合、正確には術者は女神様で、貴方は触媒という扱いでしょうが」
そう小難しい説明を返してくれるクロコ。
「うわぁー! 嫌でございます! キョウイチ様と離れるなど嫌でございます! この気持ちを忘れて生きて行けなどと残酷すぎるのでございますぅ~!」
「ちょ、く、苦しいっ」
身動きできない程レイラに締め付けられる。
「で、でも、レイラ聞いてくれっ。その気持ちは本来レイラの心の底から誰かに向けられるべきものなんだよ。本当の恋を忘れてほしくないんだ」
「これが本当の恋と言わずしてなんなのですかー! 私の気持ちが偽りだと仰りたいのですかー!?」
「うぅ。それとは別でマジで苦しい……! ちょ、ひ、昼飯が出そう……!」
「キョウイチ様から出る物はなんでも受け取ってみせますー!」
顔が赤か青のどちらかに染まっていたろう頃、クロコがひょいっとレイラを引きはがしてくれた。
クロコの力が強い訳ではなく、レイラは第三者が介入すると大人しくなるらしい。
「も、申し訳ありません。我を忘れてしまいました」
そのまま椅子に座らされるレイラ。さっきまでの言動が嘘の様にしょんぼりしている。
借りて来た猫みたいだ。
「いや、俺はいいんだけど……。あ、ありがとう。クロコ」
肩をすくめてみせるクロコ。
クールな子である。
「その、つまる所さ。今って一種の催眠状態だと思うの。で、その催眠状態で今のままがいいって言われても、説得力が無いっていうか……。せめて一回は解けた状態になるべきと言うか」
「仰ってる意味は分かります。でも」
レイラは俯き胸の前で両手を握る。
「このトキメキを……忘れたくない」
その恋をする乙女の姿に、掛けてやれる様な言葉は持ち合わせていなかった。
どうしたものかとクロコと目が合った。
「そろそろ旅立てるよう掛け合ってみますか。言葉の勉強ももう十分でしょう」
「う、うん」
それはつまりお世話掛かりである二人との別れも示していたが、レイラは俯いて何も言わなかった。
〇
それから一月経っての旅立ち当日。
俺は支給された運動しやすい皮素材の装備を身に纏って、四カ月もの時を過ごした神殿を振り返った。
ここに俺は神界から送られて来た訳である。
「お、ありがとう」
トランクを持って来てくれたクロコに礼を言う。
「にしても、迎えはクロコだけか」
「皆さん祝福の影響を恐れてますからね」
と、クロコが俺の格好を見る。
「意外と似合ってますね」
「ありがとう」
「お世辞です」
「言う必要あった?」
「祝福の影響が出てないかと確認しました」
「そ、そう。間違いなく出てないと思うよ」
この子が指輪つきのお世話係に選ばれたのも分かる気がする。
「あ、そうそう。これ」
とクロコに手渡された手紙を読む。
「なになにぃ? 俺のお世話係兼近況報告の為の人員を……」
「とまあ、建前が色々書いてますが、要は監視役ですね」
「君ってばよく素直って言われない?」
曰く、俺がこの祝福の効果に現を抜かして本分を忘れぬ為に人を使わすと。
「で、それがクロコって訳ね。そこは普通屈強な戦士の仲間とかじゃないのかよ」
「その祝福の事に赴きがあるのでしょう」
「っていうと?」
「つまりはお世話と言うのは夜伽も含まれるという事です」
「は?」
俺は思わず素の声で返した。
「何期待してるんですか。気持ち悪い」
「い、いや! でも……ご、ごめん」
さすがに鼻の下伸ばししてたか。
「で、でも、そういう事でしょ?」
「最後の文、読んで」
俺は言われた通りに手紙を読んだ。
曰く、『尚、本人の強い希望により、急遽人員を一人増やすものとする』
「これってまさか……」
「キョウイチ様ー!」
こちらに駆け寄って来るレイラの姿。
そのまま俺の胸へとダイブする。
「ぐへぇ!」
「私も旅のお供をさせてくださいましー! もうなんなりとお申し付けください! ご主人様~!」
「く、苦しいっ」
地面に転がり締め付けるレイラをクロコが剥がしてくれる。
「もう決定事項なのか?」
「そうでございます」
笑顔で言い切るレイラ。
最早呆れも来ないな。
「なんか、ここの連中のやり方には賛同できないな。純粋な女の子を好きに扱って。身勝手と言うか」
「まぁ、国どころか世界が違う者を徴兵しようなどと言う時点でそうでしょう」
「確かに」
クロコに応じながら立ち上がり、レイラに手を差し出す。
「ちなみに貴方は他国への間者にする案もでてましたよ。その力は諜報員に向いてますからね」
「うわ。そうならなくてよかったよ。つか探り合いする余裕あんのかよ」
ドロドロな戦いに巻き込まないでほしいね。
俺は勧善懲悪物じゃないと気は進まないんだ。
「魔王軍は全線を押し続け、とうとう周囲三か国すべての領土に踏み入りました。ここ、フルワ共和国もそうです。前線とは距離があるので平和に見えますが、このままではいずれ亡ぶでしょう」
と、割とヤバい状況を淡々とクロコが伝えてくれる。
「オーケー。とりあえず行こうぜ」
そんな感じで緩く旅は始まった。
俺は精霊に好かれる体質らしいし、先ずは精霊のお友達でも作りに行くとするか。




