29:呪縛
――アドラがアウラに拾われて一年が経とうとした頃……
「アウラ様。お茶を淹れました」
アウラのアトリエにて、分厚い本と睨めっこするアウラへとお盆を持ったアドラが言った。
「あら。ありがとう」
微笑みお礼を言うアウラ。
「にしても、大分言葉にも慣れたようね。それに背もおっきくなった」
「えへへ」
子供らしく無邪気に笑うアドラ。
「アウラ様は何の勉強をしてるのですか?」
「ん? 呪いの勉強よ」
「のろい?」
「災厄や不幸をもたらそうとする……気持ちみたいなものね」
アウラはアドラの服をたくし上げ、華奢な肌に触れた。
「あなたの体の一部が呪いその物でできてるのよねぇ。多分あなたの体の大部分を占める悪魔の肉体が、あの地の影響で元々変質してたのでしょう。不死属性と呪いは親戚みたいなものだし」
「悪い事なのですか?」
アウラは頬杖をついてアドラを流し目で見た。
「これを幸いと呼ぶのかは分からないけど……。呪いを受けてる訳ではなく、あなたの一部そのものになっているから、呪いを解くも何も無いのよねぇ。だってあなたにとってそれが正常なんだもん。体質みたいな感じ? 上手く付き合っていくしかないわねぇ」
聞いたはいいものの、アドラにはまだ難しかったようだ。
「まぁ、普通に生きてれば大丈夫よ。ただ呪いは呪いを引き寄せるから、気を付けないとね」
「ただいま戻りました!」
と、その時お使いに出かけていたアルラが帰って来た。
「お帰りなさい。アルラ様」
「も~、そんな敬わなくていいってぇ。私の事はお姉ちゃん、って呼んでね」
「お姉ちゃん?」
「そう。お互い師匠に拾われた姉弟みたいなもんなんだから」
そう膝に手を突いてアドラに笑いかけるアルラ。
「お帰り、アルラ」
「師匠! 採って来ました!」
「ありがとう。お疲れ様」
「へへっ」
アウラに労われ緩んだ笑みを零すアルラだった。
〇
「魔力を吸収する服……ですか」
アドラは手渡された縞模様の服を見て言った。
「ええ。最近遠出した時に気になって買ってみたの。もしかしたらあなたの魔力を循環させて、いい作用を及ぼすかと思って」
そうアウラは説明し、アドラは服を着てみる。
「どう?」
「ぶかぶかです」
「みたいね」
一時観察してみたあと、今度は脱いでみようと服に手を掛けた。が。
「……脱げません」
「え?」
力を入れて服を剥がそうとするが、叶わない様子である。
「迂闊だった……呪いや呪いは因果そのものに影響を与えるもの。こうなる事を考慮すべきだった」
自分でも珍しいと思う失態に呟くアウラ。
「なんだが脱がそうとすると張り付いた様に取れないのですが……。これが呪いの装備というやつですか?」
「いいえ。だとしたら私が見落とす筈はない。見たところ、呪いの力をその服が吸って呪いの装備になっちゃったみたいね」
「ありゃりゃ。でもアウラ様ならどうにかできますよね?」
「……正直、専門外ね」
少し気まずげに言うアウラ。
「普通は教会とかで神聖術に長けた人にどうにかしてもらうんだけど……」
「では今度お姉さんに連れてってもらいます」
「あなた悪鬼の気配するから、多分殺されちゃうわよ?」
暫し時が止まった様に二人は動かなかった。
「ごめんなさい」
「いえ、遅かれ早かれこうなっていた気がします」
「そう言ってもらえるとありがたいけど」
と、その時お使いに出かけていたアルラが帰って来た。
「ただいま戻りました~。って、アドラー。それ新しいお洋服? かわいい。似合ってるわね! ぶかぶかだけど」
そう言われてアドラは気にしていなかった服の外見を見た。
「えへへ。僕これずっと着てます」
そうアドラは二人に笑いかけて言った。
〇
呪いの装備になってしまったものの、アウラの見立ては正しくアドラの呪いの魔力は徐々に服に移って行った。
これが根本治療になっているのかは微妙だが、アウラも研究をしながらの挑戦となる。
呪いを吸った服は副作用で膨れ上がっていった。元々そういった素材で作られていたのである。それを理解しているのはアドラとアウラだけだ。
アルラは空間魔法も上達し、アウラから数週間単位での遠出となるお使いも頼まれるようになった。
喜んで遠征した後、帰って来るたび『アドラーってばまた大きくなった? 食べ盛りだもんね!』そうアドラの成長を喜ぶアルラであった。
そんな日々が続き、アドラも自立して魔王国民としての生活を始め、アルラは変わらずお使いの日々、アウラも研究に没頭し、アドラが拾われてから二十年以上の時が過ぎた頃。
「ブローチ、ですか」
「ええ。ヘルミオ神聖国の中央大聖堂で保管されてるブローチがあるの。代々女神ハウリアから選ばれる『聖杯の加護』を受けた者……所謂聖女に送られるものね」
アトリエにてそう話すアルラとアウラ。
「それがあるとアドラの呪いが解けるんですか? っていうか、アドラが呪い受けてるのも初耳なんですけど……。最近迷宮で拾ったらしいお面もずっと付けてるし、趣味悪いなぁ~とは思ってましたけど」
「ふふふっ。あの子って運無いわよねぇ」
失礼ながらつい笑ってしまうアウラ。
「まぁ、今のはほんの思いつきよ。あのブローチは各種状態異常、妨害魔法、呪いを無効にする力があるから、アドラが付けたら一体どうなるんだろうっていう、言ってしまえば好奇心ね」
「なるほど」
少し考える素振りをするアルラ。
「私、取ってきますよ」
「取ってきますって……いつもの採取とは違うのよ? 盗んできたもの貰っても、あんまり嬉しくないわ」
「アドラのためです。それに借りるだけです」
珍しく、本当に珍しくアウラの意に反する事を言うアルラ。
「まぁ、あなたが好きにする分には何も言うつもりはないのだけれど……。でもね、アルラ。何事も、自分に返ってるのよ?」
一応は育て親としての責任を感じて言うアウラ。
「因果があると言うのであれば、これは神聖国側に返って来た事です。まぁ、ここ三百年の歴史の分は、いずれ来る魔王軍による滅亡をもっての清算となりますでしょうし、でなければ釣合いが取れないでしょうが」
返事ができずに頬を掻くアウラ。
「近々新しい聖女と勇者の親睦を深める為の、勇者による聖女の護送があるそうです。思ってもないチャンスです」
言いながらせっせと出かける準備を始めたアルラ。
「あ、アルラ。止める訳ではないのだけれど、相手は勇者よ?」
「聖女も勇者もまだ子供です。相手になりませんよ」
立ち上がり言うアウラ。アルラは構わずアトリエを後にした。
アドラの為と言いつつ、根本に私怨の見え隠れする。
これからの行為がアルラの初めて行った、明確な人類への敵対行為であり、結果的に魔王軍に加担し、深く関わる事となる始まりの出来事となった。
〇
アスラ王国西側の草原に、その馬車は走っていた。
その馬車に乗るのはたったの三人。御者の魔法使いの女と、中に居る聖女と勇者。二人共十歳前後の子供である。
ここ三十年で達人の域へ至った空間魔法にて、アルラはその馬車を見下ろす。
元々気配を隠す事は得意。気づかれてはいない。
ふとアルラは内省を試みる。
自分にやれるのか? 明確な人に害をなす行為。最悪殺す事はできるのか。
これ以上ない不意打ちのチャンス。これを無駄にする訳にはいかない。
あの御者の魔法使いが本命の護衛なのだろう。あれさえどうにかできれば勝ったも同然。
やはり殺すつもりでやるべきだ。
やるからには容赦はしない。どうせ死んでも魂が天に還るだけだ。そう教えるのはなんならそいつらなのだから。
「『キャノン・エクスプロージョン』!」
爆発の力の籠った砲弾の様な魔法が御者の女に吸い込まれるように向かい、直撃。爆発。
直前に反応をしていたのを見るに、焦げて転がりつつも死んではないだろう。
馬車は半壊して倒れ、直後に聖女と思われる少女を抱えて勇者と思われる少年が出てきた。
金髪の少年だ。少女は青髪。やはりどちらも子供。
「お前! 何者だ!」
「ふふっ。さぁねぇ」
すぐにこちらに気づき声を張り上げる少年。
少年は転がる御者の女に気づいて近くに少女を降ろした。
「そう言うあなたは、勇者……で、あってる?」
「ああ。俺が勇者ヘルンだ!」
ここに幼き勇者と魔女の戦いが始まる。




