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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第二章 神聖国崩壊編
28/183

28:魔女と魔女の邂逅



 とある国の片隅の村に、その女は居た。

 皺のある肌と白みくすんだ色の髪をした初老の女。

 その女の名を覚えている者は、最早誰も居ない。

 村で薬師として通っていたその女は、真夜中に村の人々から追われる事となっていた。


「はぁ、はぁ」


 月明りだけを頼りに暗い森の中を走る女。とっくに体力は限界を超え、ふらつきながらも走っていた。


「どこだー! 人に仇なす魔女め!」


 後方では松明を掲げて声を張る男が居る。

 女はその男の声に聞き覚えがあった。

『いつもありがとう。おかげですっかり良くなったよ』

 そう男に言われたのも真新しい記憶である。


「疫病はあの女がもたらしたんだわ! あの女、薬を売るフリして……! 息子が! 息子があの魔女の毒を飲んだの! 殺さないと息子が死んでしまう!」


 そう金切り声で叫ぶ若い女の声。

 それにも聞き覚えがあり、女は息切れをしながら思い出す。

『こんなに貴重な薬を……。なんとお礼を言ったらよいか』

『おばちゃんのお陰でもうこんなに良くなったんだ!』

 そう言って笑顔を向けてくれていた子供の姿。


「居たぞー!」


「おのれ魔女め!」


 石礫が頭に当たり、その女は転がった。


「ぐっ。う、うぅっ」


 滲み出る涙。女は息切れの合間に嗚咽を漏らしながらも走り続けた。

 だが現実は非常である。目の前に立ちはだかる絶壁。

 女は地面に力なく座り込んだ。

 そして囲う様ににじり寄る村の人々。集まった松明の明かりにより汚れた女の姿が照らし出された。


「漸く追いつめたぞ。魔女め」


 そう男が近寄ろうとした時。


「うわっ! なんだ!」


 女と人々の間に荒ぶる炎が一周し、まるで女を守る様に燃え盛った。

 慄き一歩、二歩と下がる人々。


「あらまぁ……なんだか大変ね」


 頭上から聞こえたその声に皆顔を上げる。

 そこには箒に乗って宙に浮く、銀髪の美しい妙齢の女が居た。


「あなた……私と一緒に来る?」


 そうその女は座り込む女に向けて言った。









 人の身でありながら魔に落ちた存在。

 魔女。

 ただ魔法を使う女という意味ではない。似て非なる者。

 悪魔と交わりを持った者、契約した者、人に害をなす魔法を使う者、悪魔や魔王に従属する者。ヘルミオ神聖国によって定められた魔女の定義。

 それらの行為は肉体が魔に染まり、人間と別物であると唱える者も居る。問題は普通の人間と見分けがほぼ付かない事だ。

 それもその筈。肉体が魔に染まったからと言って、遺伝子が変わる訳ではない。つまりは人間と変わらない。

 最も、それらはずっと後の世で明らかとなるのだが。


 魔力を日常的に使っていると、肉体が魔力に慣れてゆく。魔法への適正とも呼べるそれは、肉体が魔に染まる事とはまた違う。

 その事や確立のされていない肉体が魔に染まっているか否かの定義や立証方法、一人歩きした魔女のイメージにより、各地で冤罪が絶えなかった。


 その者、アルラもその一人。新たに貰ったその名と共に、人間社会に見切りをつけ第二の人生を歩んでいた。

 アウラお手製の霊薬により若々しい姿を取り戻し、成長した魔力の影響で髪と瞳が紫に染まっていた。


「せ、先生! いえ、師匠! 命の恩人である上、私の魔法や知識を更なる高みへと導いてくださったアウラ様への敬称は、やはり師匠が相応しいと思うのです! だ、だから今後は師匠と呼ばせてください!」


 何処か遠く東の地にあるアウラのアトリエにて、そうアルラは言った。

 見渡す限り草原の広がる、人々から忘れられた地にぽつんと立つ一件の小屋。

 決して広くはないその中には大釜や貴重な霊草の入った瓶が立ち並び、魔女のアトリエ然としている。

 

「別に好きに呼んでいいのよ? まぁ、あなたがそう呼びたいのならそうなさい?」


「はい!」


 アルラがアウラとの生活を始めて早一年。元々唯一の主と決めていたアルラであるが、その思いに合わせるように主従関係も確立していった。


「それで、師匠! 次は何処へ行きましょうか! 私何でも採って来ます!」


「ふふっ。ありがとう」


 やる気に満ちたアルラにアウラも嬉しくて微笑んだ。









 アルラがアウラに拾われて十年経った頃の事。


「不死達の楽園?」


「ええ。魔王国北東部にある共同墓地なんだけどね。あそこには強力な死属性の魔力が漂ってるの。その環境でしか育たない貴重な霊草もあるから、ちょっと採って来ようと思って」


 アルラの問いに答えたアウラ。


「私が行きますよ!」


「そう? じゃあ一緒に行こう」


 こうして二人は出かける事となった。









 周囲には荒れ果てた墓標が立ち並び、昼間だと言うのに魔力の影響で夜中の様に暗い。


「ぶ、不気味ですね……ひやぁ!? ふぁ、『ファイア・ブレット』!」


 湧いて出た腐肉の肉体を持ったアンデット系の魔物に慌てて火の弾を放ち、火葬をするアルラ。


「あ、やっば。勝ってにこんな事してよかったのかな? 魔王国民だったらどうしよ」


「大丈夫だよ。野良の魔物だって……たぶん」


「たぶん!? 大丈夫ですよね!?」


 アウラの方は怖がるアルラを余所に、霊草の収穫に勤しんでいた。


「にしてもなんでこんな不気味な魔力が……」


「ここには魔王軍幹部の一人とその眷属達が住んでるって話だからね。何でもアンデット系の種族らしいから、その影響でしょうね。……おお! 不凋花アスポデロスだ! これはテンション上がる~♪」


 アルラに答えつつ、白い花を見つけてせっせとポーチに詰めるアウラ。

 珍しく無邪気に楽しんでいる様子の師匠の姿にアルラも肩の力を抜く。


「あれ? 誰か来る」


「大丈夫よ。この気配はリーイね」


 と、アルラの呟きに答えるアウラ。


「噂をすればと言うか、その子も魔王軍幹部の眷属よ。ここの人とは違うけど。昔あの子の為の『若返りの霊薬』の作成を魔王さんにお願いされて、魔王軍との関わりはそれからね」


「へぇ~」


「ああ、これ秘密ね? あの子の存在は極秘だから」


「は、はい!」


 そんな会話をしていると、何れ一つの人影が近づいて来た。

 小柄で背が小さく、長い金髪の少女。顔立ちは人形の様に可愛らしく、目は青色。

 服装は白く清潔な祭服だった。

 どこにでも居る様な少女だが、その姿にアルラは緊張を覚えた。


「あれ? アウラ様! こんな所で奇遇ですね!」


「ええ。あなたも、まさかこんな所で会うとは思わなかったわ」


「へへっ。友達に会いに来てて」


 と、そう話す少女とアウラ。

 少し雑談した後、少女は手を振って去って行った。

 ほっと一息つくアルラ。


「たまに幹部が集まる会議があるんですよね? ここの方にもお会いした事があるんですか?」


「いいえ。ここの人は上位幹部らしくてね。私でもお会いした事はないわ。上位幹部も集まる大幹部会は私が来て開かれた事ないし、そもそも呼んで来るような人達じゃないらしいしね」


「へぇ。さっきの方の……主人? も、そうなんですか?」


「まぁ、一応ね」


 と、どこか歯切り悪く答えるアウラだった。


「ほ、本当に勝ってに来てよかったんですか?」


「大丈夫だよ……たぶん」


「たぶん!? 本当に大丈夫なんですよね!?」









 その後それぞれの箒に乗って帰路につき、昼間らしい晴天の下を飛んでいた頃、不意にアルラは気づく。


「し、師匠! ちょっと降りていいですか!?」


「ん? お手洗い? いいわよ」


 霊草を詰めたバックを箒に吊り下げ、ほくほく顔のアウラには気づかなかった。

 いつもならアウラが先に気づく筈なのだが、ともかくその異変に先に気づいたのはアルラであった。

 ここ十年で上達した空間魔法による飛行で慎重に高度を下げ、草原と木々の生い茂る境目辺りでアルラは降り立った。

 木々の先、木の陰から顔を半分だけ出す何者かにアルラは視線を向ける。


「こんにちわ。えーと……あなた、一人?」


 警戒してるのか動かないその人影。

 見たところまだ小さな子供である。


「大丈夫よ。何も危害は加えないから」


 膝を突き、両手を広げて見せるアルラ。

 その子供は徐々に木々の陰から日のあたる所まで出てきた。

 真っ赤な髪と瞳の少年。人間であれば10歳にも満たない。ぼろきれの様な服を身に纏っている。

 アルラは気づいていないが、アウラはその子供が悪鬼の気配を持っている事から警戒してアルラの側に立った。


「あなた、どこから来たの? ここら辺に人間の町なんてあったかしら?」


「アルラ。そいつ人間じゃないわ。いえ、見たところ人間の血も入ってるみたいだけど」


 アウラはその少年を見て目を見開いていた。


「珍しい……本当に珍しいわ。この子、相当稀な産まれ方をしたみたい。きっとあの墓地による副産物ね」


「ど、どういう事ですか?」


 その後あくまでも憶測である事を前置きし、アウラがアルラに説明した事はこうだ。

 先ず、その少年には悪魔、鬼、人間、魔族の順で色濃く血が混じっている事。

 何故そんなに雑多に血が混じっているかと言うと、それは先ほどの墓地に鍵がある。

 悪魔の魂は魔力溜まりにより自然発生する場合もある。普通は地獄でしかそんな事は起きないのだが、邪悪な魔力が溜まり過ぎて恐らくそうなった。

 問題は肉体の方。あの墓地にあった人間の肉や魔族の肉、そして悪鬼共の肉を寄せ集め、それに受肉した悪魔。


「……と、思ったけど。さらに驚いたわ。この子、魂は一応人間の物ね」


「えぇ!? そんな肉体で!? い、いや、じゃあ、悪魔が肉体を寄せ集めったっていう前提は覆されませんか?」


「そうね。現世で悪魔の魂が生成されたっていう前提も本当は納得いかなかったところだし。……恐らく、元々悪魔の死体と魂が別にあった。その悪魔が受肉の為に周囲の肉体を寄せ集め、その中には人間の死体もあった。だけどその死体にはまだ人間の魂が残ってて、肉体が完成した後その魂と悪魔の魂が肉体の主導権を争って……そして、彼が勝った」


 二人してその赤髪の少年を見た。これを人間と定義する者は居ないだろう。


「って、所かしら。それ以外思いつかないわ」


「そ、そんな事が」


「相当死体の状態が良かったんでしょう。それでも極小の確率だろうけど」


 そう長々と話す二人だが、少年はただ無言で二人を見ていた。


「か、彼はアンデットなんですか?」


「いいえ。ちゃんと生物として生きてるみたい。彼の分類分けは最早不可能かもしれないけど……。それに、魔族の肉体の影響かしら? ちょっと変わってる」


「ぜ、全部変わってますよ」


 そんな考察はしたはいいものの、どう扱ってよいか分からずアルラは少年を見た。

 そんなアルラを見るアウラ。


「一応、産まれたばかりってのは間違いなさそうね」


 アルラより一歩前に出て、アウラは少年にこいこいと手招きした。

 無言のまま二人に近づき見上げる少年。

 アウラは膝に手を突いて視線を低くする。


「あなた、言葉は分かる?」


 無反応の少年。アウラは魔力を制限し、思念で意図を酌んでいたのか、言語能力があるのかをこの時区別した。

 魔法の中には言語を無視し、思念を通じての会話を可能とするものがある。それは元々は悪魔の思念による会話の応用である。

 つまりはその少年が悪魔の専売特許であった思念会話を行えるかの確認をアウラはしたのだ。

 結果魔力を制限して無反応と言う事は、今までは思念での意図を酌んでいたことになる。

 同時に言語を理解した様子はない。新たに生を受けた証拠である。

 だが手招きを理解した事から知能は低くないだろう。


「あなた、名前は?」


 今度は魔力を制限せずにアウラは言った。

 だが少年は不思議そうな顔を向けるのみ。


「個体を識別するための名称よ。そうね……じゃあ」


 アウラは一瞬だけ考える素振りを見せてから、それを言った。


「『アドラー』なんて、どう?」



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