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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第一章 王国滅亡編
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24:王都陥落/魔王軍の目的



 その諜報員の男はただひたすらに目の前の光景をタイプライターで打ち続けた。

 王都をよく見渡す事ができる高い塔の中、単眼の望遠鏡を目に掛け、小さく開けた窓からその光景を見る。

 至る所から火の粉が上がり、魔物が暴れ、住民が惨殺される。目を覆いたくなる様な地獄と化した光景に、だがその男は淡々と状況をしたためていった。

 すぐ側には何十枚と重ねられた用紙があり、びっしりと文字で埋め尽くされている事から、その男がおおよそ短くない時間をここでの執筆に充てている事が分かる。


 その男の居る狭い部屋に光源は無く、だが壁中に薄青く発光する呪文や紋様が描かれていた。

 気配隠しの細工である。それもそれなりに時間と費用の掛けられたものだ。

 男はアスラ王国の諜報員であった。アスラ国王の命により、今宵の一部始終をただ書き留める事に専念してるのである。

 その男はただでさえ気配を隠す事が得意な上、その長所を活かす為に存在値を大きくするような訓練は受けていない。この任務は男に最適であった。


 仕事柄残酷な光景を目にする事もある男であるが、今宵のそれは男にとっても身震いするものであった。

 しかし手は止めない。今書き留めているのは君主無き自分にできる、最後の任務。

 この位置からは王城の方もよく見えた。そして今宵の夜会会場もよく見える。そもそも塔からよく見える位置が夜会会場に選ばれているのだ。

 故にその男は今宵のその残忍な行いも見ていたのだ。


 この国の滅亡こそが、国王の行った布石と言える。

 この残忍な魔王軍の行いを世に知らしめ、人類の結束を強めるのだ。

 最早国益の為の駆け引きも無く、持てる情報を全て公開する。

 男は後に人々がこの文書を読んだ際、主観的な意見に左右されないように客観的、かつ簡潔に、そして箇条書きを意識した。


 以下は書き上げられた文書の一部を抜選したものである。


紫色モーブの髪の魔女が各地に魔物を召喚。飛行中である事から二重術者レイン・キャスターと思われる。以下、“紫髪モーブの魔女”と呼称』

『“紫髪モーブの魔女”が新たに魔物を召喚。全長八メートル近い牛頭族ゴズの様な魔物。山羊の頭で、悪魔と混血と思われる。以下、“山羊頭ゴート”と呼称』

『“赤髪の悪魔”に“仮面の悪魔”が合流。勇者を除くパーティは全滅』

『“紫髪モーブの魔女”が“銀月の騎士”と思われる男と交戦。魔女は火属性魔法、騎士は投石で牽制。魔女は防御結界も使える模様』

『“山羊頭ゴート”が何者かに討伐される。赤い髪の少年。銀のハルバードを得物にする騎士風の姿。特徴からして“アレスの戦士”と思われる』

『剣士ラゼルと思われる男が上位悪魔と思われる敵二体を撃破。動きを目に追えず詳細は不明』

『王城付近にて大爆発発生。“紫髪モーブの魔女”の魔法と思われる』

『“紫髪モーブの魔女”の元に道化師の姿をした者が空間転移にて参戦。種族は不明。以下、“道化師”と呼称』

『新手の登場。空間転移と思われる。特徴からして“水銀の魔女”と思われる。空中から幾つもの魔方陣を展開。魔法回路の数は予測不能。雷、または光属性の魔法と思われる。一瞬で光の柱を形成。“銀月の騎士”と思われる男は心臓を貫かれ、行動不能。死亡したと思われる』

『“水銀の魔女”がこちらを凝視。目が合ったと思われる。原因不明。理解不能。恐らくは気のせい』


 等々……


 そして今まさに執筆をつづける中、感情と思考を失くして作業する男でも、疑問に思わずにはいられない取り分け不可解な光景を目にする。


(あの仮面の男は一体何をしている? 空中に浮かんで戦況を見ているのかと思ったがどうにも違うようだ……。時折り凄まじい速度で移動して捕まえているのは……鳩?)


 男は疑問に思いつつもタイプライターで状況を書き出した。


『“仮面の男”は地上百メートル近い高度に浮遊し、時折り高速での移動を開始すると、鳩を捕まえる。恐らく白い鳩を狙っている模様』


(そうか。伝書鳩だな? バカめ。今そんなもの必死で取って何になる)


 と、よく観察しているとその仮面の男は唐突に消えた。


『前触れも無く消える。恐らくは空間転移と思われる。行き先は不明』


「……俺もそろそろ頃合いだな」


 男は小さく呟いて、最後に今宵の総括となる一文を添える。

 これ以上は身を滅ぼす。避難民に紛れて逃げなければいけない。

 文書はまとめて魔方陣の上に置く。召喚魔法にて遠く離れた地に転送するのだ。


「ふむふむ。先ほどから我輩が感じていた熱い視線は其方の物であったか」


「ぇ? うわあああぁぁあああぁあっ!」


 その男は思わず叫んだ。諜報員にとって二度あるかの様な失態。だが無理もない。先ほどまで監視していた仮面の男が目の前に居るのだから。

 その仮面の男がどの様な行いをしてきたかなどを逐一書き留めていた為に、その男の事はよく分かっている。

 取り分け、自分じゃ敵わない事は。


「なるほど。気配隠しの細工か。大方、諜報部お抱えの監視塔と言ったところか。ま、うちの魔女の即席の気配隠しの方が上等だったがな」


 と、その男は平然と語る。


「にしてもアスラ国王め。抜かりの無い奴よ」


 諜報員の男はハッとなり、短刀を構える。

 だがその頃には仮面の男の手刀が胸を貫いていた。空間転移ではない。ただ速すぎただけだ。

 諜報員の男は絶命し、その場に倒れた。


「どうせこの者だけではないのだろう。なるべく面子は割れぬよう皆殺しを心掛けた訳だが、これでは意味がないな」


 その仮面の男は思う。

 今回の作戦、国王には予想をされていた。そして今宵相手をした騎士たちを思うに、戦力を粒ぞろいにされている。

 それも恐らくは死んでもいい優秀な奴が集められていた様に思う。

 その他の若く、将来性のある優秀な者は前もって移動させていたのだろう。


「これは勇者が居て、徒党を組まれてはよもや敗北を喫するのは我々の方だったのかも知れぬな……。フッ、我輩とした事が、そのようなかもしれないの話を考えるとは」


 その男は魔方陣の上に置かれた文書を手に取る。

 作戦は上手くいったのだ。考えすぎる必要はない。

 当初人間側に付く可能性も考えていたアルラとアドラーも問題なく作戦を遂行した。

 作戦概要を伝えるタイミングを二人でずらしたのは軍事機密に対する信頼性を確認すると共に、魔王軍に従事する者として立場や意識をハッキリさせる為であった。

 結果は何も問題ないどころか、十分な働きを見せた。

 特にアウラを戦場に引きずり出すとは予想外である。

 あの者はそれこそ魔王様の命でも戦場には出ないだろう。それをこの様な形で巻き込んだ事は大きい。


「すまぬな、アウラ、アルラ、アドラーよ。今後の戦い、どうやっても巻き込まれてゆくだろうな」


 そう文書をパラパラと捲りながらその男は言った。

 そして一番最後に書かれた一文が目に入る。


「フッ。そう、これを機にな」


 男が邪悪に笑った視線の先。

 そこには一言、『王都陥落』と書かれていた。









「ああ、そんなぁ。ゴズはん、やられてしまいましたかぁ」


「ええ。ご冥福をお祈り致します」


 ボロボロで明かりも消えた夜会会場にて、あっしとアラン様は話していた。

 今作戦は成功を収め、帰還をすべく集まっていたのだ。

 やはりと言うか、それなりには減っているな。

 当初はバラン様陣営の悪魔6名、グラハス様陣営の鬼3名、そしてあっし、姐さん、バラン様で12名であった。

 それが今見当たるのがバラン様、アラン様、悪魔が2名、鬼が1名、そしてあっしの6名だけだ。

 大分寂しい感じにはなってしまっている。


 会場の後ろの方には夥しい数の首の無い遺体がある。

 結構不気味だ。

 悪魔の遺体は無いが、残った鬼の方が同僚の遺体を担いでここに持って来たようだ。もう一人の鬼は元々ここで死んでたので、鬼の方の遺体は揃ってる事になる。


 そして王都に放った魔物だが、そのままにするらしい。

 まぁ、大半は討たれてしまっているようだが、残りの魔物も番犬代わりに置いとくらしい。

 赤竜に関しては自分で飛んで帰ると。


「アドラーよ。銀月の騎士との戦闘、ご苦労であった」


「ば、バラン様。ど、どうも。まぁ、完全にアウラ様のお陰なんですが」


「うむ」


 と、バラン様に労われ、あっしは少し身構える。

 なんせ手袋の呪いが解けてしまったのだから。爪を寄越せなどと言われるかもしれない。

 一応、それなりに利点はあるのでまた切り裂けてしまった手袋を付けている訳だが。

 だがそれらは杞憂のようだった。


「ともかく、お陰でこれを手にする事ができた」


 と、そういってバラン様は手を上げるが、何も持っていない。

 いや、そうか。

 あっしは自分の中に眠る悪魔の血を呼び起こし、よく目を凝らす。


「これは、人間の魂……それも、ちょっと違うと言うか……。バラン様、これは?」


「うむ。『月下の祝福』の掛かった、騎士レフトの魂だ」


 あっしは暫し絶句した。


「ば、バラン様、それをどうなさるおつもりで? こう言っては何ですが、騎士道精神に満ちた奴で、その」


「うむ。情が沸いたか。だが安心せよ。食ってしまおうと言う訳ではない。寧ろ大切に保管する」


 それはそれで不可解であっしの頭は疑問に満ちる。


「祝福、加護。神々の恩恵とされるこれらの支援魔法は魂そのものに掛かる。つまりは、この魂が新しい生を受けた時、その時に『月下の祝福』を受けた赤子がまた新たに生まれてしまう事になる。故にこの魂を野放しにすることは長期的に見て不利益である。また、神々の恩恵は解く事が叶わない魔法だ。この魔法を解くには魂を破壊するか、神自身が死ぬ他ない。つまり、この魂がある限り、神にとっては半永久的に力を削がれる事になるのだ」


 バラン様は手の平の魂を弄びながら言った。


「故に我らが管理する。百年か二百年か、いやそれ以上の年月をもって。この恩恵を掛ける神自身を我らの手で殺すまではな」


「か、神を……」


 となると、やはりそうか。

 魔王軍の最終的な目的は――


「さて、皆の者。注目してもらおうか」


 と、バラン様は皆を見渡して言い、あっしらも何となく纏まった。


「今作戦の遂行ご苦労であった。今宵の出来事がアルブレイン魔王国の歴史に刻まれる重大な出来事である事は疑いようがない。王都陥落を遂行した十余名の英雄の名は語り継がれる事となるだろう。無論、不幸にもこの世を去った英霊の名も、記念碑と共に深くこの地に刻まれる事だろう」


 そう皆を労うバラン様。


「で、皆の者、これを見た前」


 そう言ってバラン様が目の前に出したのは首の無い白鳩だった。


「うぇ。それ鳩の死骸ですか? なんでまたそんなばっちぃもんを」


「うむ。我輩が殺した」


 いや、あんたかい。

 内心突っ込む。


「問題はここだ」


 バラン様が指さす鳩の脚を見る。そこには小さな筒の様な物が取り付けられていた。


「これは伝書鳩ってやつですか?」


「ああ、それもただの伝書鳩ではない。こいつの行先は神界だ」


 その言葉に皆息を飲む。


「天上に居る神界の者共の基本的連絡手段だ。神界と現世を渡る()()()()。これが居ると言う事は、今宵の王都には神界からの諜報員が居たという事だ」


 バラン様は言いながら筒を取って白鳩を放り投げる。


「十中八九大天使(アークエンジェル)共だろう。まぁ、天使が人間の町に居る事はさして珍しい事でもない。問題は奴らにハッキリと認知された事だろう。今後の神界の対応が気になる所だ」


 その筒の中身は空だった。


「逃がす事を優先したようだな。まぁ、どうせ神界の暗号は難解不可避だ」


 バラン様は筒を手で砕く。


「バラン様、何故今それを?」


「何。これらはいずれ知る事。どうせならこの戦いを生き抜いた者たちにはいち早く認知して欲しくてな。つまりは、我々の敵は人間だけではなく、天下を支配する事で満足してはならんという事だ」


 アラン様の言葉にバラン様は答える。


「目指すは天上天下の征服! いずれ神界にまで軍を派遣し、天上の神々を皆殺しにする! そして我らが天上の住民にとって代わり、魔王様に唯一神の座をご用意するのだ!」


 バラン様は両手を広げ、声高らかにそう宣言した。


「いやはや楽しみであるな! フハハハハハ! フハハハハハハッ!」


 その悪魔の高笑いが、地獄と化した夜会会場に響き渡った。



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