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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第一章 王国滅亡編
22/183

22:水銀の魔女VS銀月の騎士



 騎士はその魔女を見上げ、汗が頬を伝った事で意識を戻した。

 いつの間にか流していた冷や汗。騎士はそれを生存本能が正しく作用している為だと納得した。

 逃げるか? いいやそれは誇りに欠ける。

 それに見たところ相手は敵の親玉。ならばこれは好機。


「ふんっ!」


 騎士は奇襲重視の素早さながら、全力の力で槍を投げた。

 狙うは道化師と魔女の心臓を貫く位置。


「ひいっ!」


 魔女が怯えながら道化師に抱き着く。

 パンッ、と何かが砕ける音。


「あらまぁ。凄い威力ね」


 感心した様に新手の魔女は呟く。

 槍は新手の魔女が発動したのだろう防御結界にひびを入れると食い込み阻まれていた。

 それを見て騎士は苦い思いをする。

 その防御結界はたったの一つ。一つの防御結界も破壊できずに槍は止まったのだ。

 しかもその範囲は最小限。直径十センチ程の六角形の結界を一つ展開するだけで阻まれていた。

 この攻撃で新手の魔女の魔法回路の数を少しでも暴こうと思ったが、相手は最小限の行動で制してしまった。

 最早二重術者(レイン・キャスター)だろうが三重術者トライ・キャスターだろうが関係なく厄介なのは瞭然りょうぜんである。


「あなたのそれ……確か、『月光の祝福』? 今は『月下』って名前だっけ」


 新手の魔女はそう騎士の方を見つめて呟いた。


「見た目で判断した訳ではなさそうだな」


 目の合わない新手の魔女に向かって言う騎士。


「その通り。俺は月の女神アルテミス様より『月下の祝福』を賜りし騎士、レフトだ。そちらはアウラとか言ったか? 特徴からして、“水銀の魔女”とはお前の事か?」


「まぁ、そうなるわね」


 どこか歯切れが悪く答える新手の魔女。

 騎士には余りに場に似つかわしくない適当な態度に思えた。


「それより二人とも、大丈夫?」


(それより……)


「え。あ、は、はい!」


「な、何とか」


「うん。よかった」


 新手の魔女の確認に慌てて応える魔女と道化師。

 騎士は新手の魔女のマイペースさに面喰いつつも、仲間の確認なので納得はしつつ、それが終わるのを見届ける。


「相手にとって不足なし! 尋常に勝負しろ!」


「えぇ……」


 得物も無いなか堂々たる振る舞いをしたつもりだったが、その新手の魔女は嫌そうな反応をする。


「ここは引き分けでいいんじゃない? うちの子たちも無事だった訳だし。あなたはうちの子たちを見逃して、私はあなたを見逃す……って事で」


「ふっ、ふざけるな! お前の様な大物を見逃せるか!」


 騎士はつい荒ぶった精神をこれは魔女の策略だと落ち着かせる。たぶん。


「それに今聞き捨てならない事を言ったな? 俺を見逃す、だと? まるで自分が圧倒的優位な立場に居るようではないか。『月下の祝福』持ちは魔法使いにとって天敵。強がるのもその辺にしておけ?」


「う~ん。そんなつもりはないのだけれど」


 挑発的な騎士の言葉に新手の魔女はただ困った反応をする。

 これは即ち、本当に心の底から来る余裕があると言う事。


「ちょっと! 先生が困ってるでしょ! 分かったらさっさと帰りなさいよ!」


「そーだ! そーだ!」


「ぐっ……お前らは黙ってろ! 俺に負けたんだろが!」


「うぅ、怖いぃ~」


「大丈夫です。姐さん。あっしが付いてます」


「あんた相変わらず伏してるじゃない」


 魔女と道化師の会話に騎士は苛立ちが募る。


(な、何なんだこの熱量の差は。俺がズレてるみたいじゃないか)


 そう思わず内心吐露する。


「と、とにかく、見逃すのも見逃されるのも騎士の誇りに欠けると言っている。分かったら戦え」


「……死ぬよ?」


 端的な結果だけを告げるそれに騎士は息を飲む。


「望むところだ。どうせお前と同等の存在が他に居る事も知覚している。恐らくは悪魔だろう。であれば、お前に殺さる方がマシだ。……いや、負ける気は無いがな? だが襲撃が始まった時点でこの地に骨をうずめる事は覚悟している。どうせなら母国の滅亡と共に華々しく散りゆく所存だ」


「……そう。分かった」


 その意を酌んだ様に魔女は頷き、さらに高度を上げた。


「でも私、強いよ?」


「そっくり返そう」


「ふふっ。さすがの返しね……。『月下の祝福』ねぇ。昔の知り合いにあなたと同じ祝福を受けた人が居た。だから弱点も知ってるわ」


「ほう?」


 魔女は大きな満月を背にこちらを見下ろした。

 美しい銀髪がなびく。自身の“銀月の騎士”の異名と似通って感じた。


「先ず、あなたが単一術者ストレートなら魔法は二つ以上同時には跳ね返せない。次にその魔法は無詠唱が著しく難しく、少なくとも発動に1/3秒要する。つまり多対一と、不意討ちには弱い……まぁ、こんな当たり前の事、弱点と呼ぶかは分からないけど」


 そう言った新手の魔女であったが、騎士はそれに思わず苦笑した。

 否定しようがないからだ。


「先せーい! その人二重術者(レイン・キャスター)でーす!」


「ついでに詠唱ありでーす!」


「……チッ。クソ共が」


 言うのは分かるが言い方が腹立つ。


「今のはあくまでこの雑魚共を相手取った際に見せた力だ。それを俺の限界だと思うなよ?」


 その言葉に魔女は悔し気に歯を食いしばる。

 ブラフの多い男だが、実際翻弄され続けたのだ。主観で下手な事は言えない。


「まぁ、確かに。これで弱点を克服してるようじゃ目も当てられないものね。派手に幾つも魔法使うのも嫌だし……。こうしましょう。あなたには私の最速の魔法をお見舞いしてあげる」


 そう言って、新手の魔女は片手をこちらに向けた。

 騎士とその魔女の間にできる幾つもの魔法陣。それは青白く輝き、大小様々であるが、その中心は直線上に魔女の目と手、そして騎士の心臓で繋がっていた。


「一応、強化の魔法を幾つか潜らせましょう……。この魔法は理論上最速。光の情報が脳に届くより、この魔法は早いわよ?」


 その言葉と光景に騎士は頬を引きつらせる。

 絶大な力を感じる。凝縮された、誤魔化し様のない純粋な力だ。

 だが上等である。

 騎士はこちらに向けて狙い撃つ様に手を構えた魔女を見上げた。


 その魔女は親指と人差し指を立て、腕を真っ直ぐに伸ばすとそれを騎士に向けた。

 覗く片目の前にはスコープの様に小さな魔法陣が展開し、魔力の動きを見るそれ越しに騎士を見据える。


「い、一体、幾つの魔法を使ってるんや……」


「見たところ、五つね……。師匠は五重術者ペンタ・キャスターだから」


 そう呆然と見上げる道化師と魔女が会話する。


「い、五つ、だと……? もはや人間の脳の処理能力を越えているのではいか?」


「さぁ……こういうのは慣れよねぇ」


 そう呑気に応じる新手の魔女。

 騎士は片手を魔女へと翳した。


「跳ね返してやる」


「ふふっ。その意気よ」


 楽し気にその魔女は笑う。

 単純に魔法を披露するのが好きなのだとその騎士には分かった。

 つまりは、俺と一緒だ。


「一つ訊きたいんだが……。あんたの昔の知り合いの『月下の祝福』を受けた奴って……俺の前世なんじゃないのか?」


「……さぁ」


 その魔女は答えない。

 騎士も自分で言って、何を世迷言をと首を振る。

 前世がどうなどと口にするとは、さすがの俺も死を実感してしまっている訳だ。


「騎士レフト。あなたの事は忘れないわ」


「ああ、あんたもな」


 負けず嫌いに言い返す騎士レフト。


(つって、負ける気なんてさらさら()ぇんだよ!)


 レフトは瞳を閉じ、聴覚に全てを集中させる。

 あれだけの規模で無詠唱な訳がない。次に何か魔女が言った途端にリフレクションを見舞ってやる。

 空気は張りつめ、巨大な力が集約してゆく中、逆行する様にレフトの内側は静かなものとなる。

 最早風の音一つ聞き逃さない。

 そしてその時が来る。



「『レーザー』」



 その詠唱は、0.54秒で終えた。

 通常、音が耳に入って神経から脳に達し、脳から体の筋肉に指令が伝わる時間、つまり聴覚刺激反応時間は約0.3秒と言われる。

 さらには簡易的な音速の計算式『v=331.5+0.61t』から現在の気温の16℃を代入。音速は秒速341.26となる。

 魔女と騎士の直線距離は約20メートル。最初の言葉が届くまでに0.05秒はかかる。

 つまりレフトは約0.2秒と魔法が届くまでに詠唱を終えなければならないのだ。


 早い話、不可能である。


 詠唱による魔法の完成と同時に放たれた青白い光の柱。光速の攻撃。

 レフトはその光の槍に心臓を貫かれ、反撃の間も無く体の自由を失う。


(――俺は、負けたか……)


 美しい流星の如く魔法を目に、レフトは後ろへ倒れ行く間、やけに時間が長く感じた。


 ――申し訳ありません、アルテミス様……。俺は、魔に利用される女共を救えないばかりか、目の前の悪鬼一体討伐できませんでした……


 ――そんな事はありませんよ……


 ――その声は、まさか……


 ――あなたの獅子奮迅のご活躍、天上よりいつも見守っておりました。あとはゆっくり休んでくださいね……


 レフトは意識が薄れゆく間、その女神の声を確かに聞いた。

 ドサリと穴を空けたレフトは仰向けに倒れ、一瞬の攻撃を終えた魔法は消え、夜の静けさと暗闇が戻った。


「勿体なき……おこ、と」


 その人知れぬ呟きを最後に。



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