21:ブラフの果て
「次の攻防で決め」
「『テレポート』」
「ッ!」
あっしは騎士が言い終える前に空間転移の魔法を発動した。
それなりに集中して時間も掛けないとできないが、その時間は騎士が作ってくれた。
向かう先は騎士の左斜め後ろ。騎士の槍は右手に持っており、先ほどの攻防で分かったが騎士には右に回る癖がある。視界から消えた相手を咄嗟に探すには右に回る筈だ。
その筈だった。
「くっ……!」
転移と同時に騎士から吹き荒れた強風。踏ん張ればどうって事の無い程度の。
だが奇襲をかけて姿勢の悪い今ではほんの一秒遅れが生じた。
更には騎士は位置を予想した様に左回りに槍を振るったのだ。
槍は腹へと突き刺さる。あっしは咄嗟に後方へ飛んで致命傷を避けた。
「動きを読んだつもりか? ブラフだよ。お前のテレポートは初めから警戒していた」
「クソッ……何なんやお前」
会話で油断がある様に見せたのか、それとも動きの癖を演じたのか。恐らくは両方だろう。
今ので大量の魔力を無駄にした。
幸い腹の傷は深々入ったように見えて、服に刺さっただけだが。
「と言って、お前の頭が回るかは賭けだったがな? 保険として咄嗟に風魔法を使ったが、必要なかったようだな」
「嫌味な人やなぁ……。無詠唱の初級風魔法、ね」
あっしは呟いた。
「こんな動き読まれちゃ自身無くすなぁ。あんた本当は“月下”じゃなく“運命”の祝福がかかってるんちゃう?」
「ふっ……祝福を賜る者として、そこは否定させてもらおう」
と、神に選ばれた者としての誇りからか、冗談でも乗る気は無いみたいだった。
「にしても、お前こそ道化師かと思ったら手品師だったか? その手も体系とは似つかわしくない。そのでかい服に一体何を隠している」
「ハハッ。何か入ってたらよかったんやけどなぁ」
あっしは騎士の言葉には適当に応じる。
騎士はそれを警戒して追撃を避けたようだ。本当に用心深い。
「まぁ、いい。どちらにせよもう決着はつく。終わり際ほど慎重に行かないとなぁ」
そう言って騎士は槍を構える。
あっしも覚悟を決めなあかん時みたいや。
闘気はまだ四割はあるが、魔力は三割を切りそうである。
その上空間魔法は読まれ、ダーク・ウェイトも無効化されると来た。
頼りになるのはあと爪くらいだろう。
「では、次こそ決着を付けよう!」
あっしと騎士は同時に掛けだした。
「『テレポート』」
が、あっしは途中でまたも空間転移を行った。
〇
「む?」
さすがに今度は不意を突かれ、その騎士は声を零した。
だが焦る事は無い。所詮は二番煎じ。
騎士は移動中と言うこともあって、わざわざ風魔法を使うまでも無いと判断し、勢いはそのままに後ろへ振り返った。
だが居ない。前方に居ない事は把握している。
一体どこだ?
「今や! 姐さん!」
その時騎士の頭上から声が聞こえた。
そう、目の前の道化師は頭上に転移したのだ。
だがそんな事よりも聞き捨てならない事をこの道化は言った。
ブラフか? そう思いつつも反射的に騎士は魔女の方を見た。
「なっ!」
その光景に騎士は目を見開いた。
魔女が膝を突いているとは言え、意識がありこちらに魔法を放とうとしているではないか。
この時漸く騎士は本当の不意を突かれたのである。
「何故お前が起きている……!」
「――ブラフよ」
端的に答える魔女。
魔女は先ほどの気を失うフリをした時の事を思い出す――
肩に優しく手を掛けられアドラに支えらる中、私は頭をアドラの方に傾ける。
『黙って聞きなさい。中級の風魔法。無詠唱の初級土魔法。投石は厄介。リフレクションは詠唱あり。私は大丈夫よ。魔力もまだある。タイミングを合わせて同時に魔法を叩くの。それからあいつに背を向けるように横たえて』
小声で私は端的に話す。アドラは意を得たりと無言で私を横たえた。
正直もう意識を失う寸前である。だが私はどうにか騎士の意識がアドラに向くまで耐え抜いて、懐から一瓶の水薬を取り出した。
――そして今、その魔女は膨大な力を込めた魔法を放たんとしていた。
(私の先生はね、凄いんだから! 体力水薬だって開発してるのよ!)
そう得意げに顔だけ向ける魔女。そして放つ。
「『ハイエスト・エクスプロージョン』――ッ!」
そして道化師も自由落下をしながら魔力を込める。
残りの魔力の殆どを込めたダーク・ウェイトを。
魔女は騎士の弱点に気づいていたのだ。即ち、それは二つ同時の魔法には対応できないと言う事。
魔女は弱り、ギリギリ二重術者として魔法を使えたが、それなら一つの魔法に集中した方がいいとの判断だ。
斯くして場は整い、二つの魔法が騎士へと迫る。
タイミングは完璧。完全なる不意は突かれ、どちらも必中の攻撃と言えた。
どちらかの魔法は打ち返されるだろう。だがそれでいい。どちらかの魔法は必ず当たるのだから。
その時、魔女は不意に思い出す。
霧を晴らした騎士の風魔法を。恐らく道化師の邪魔をし、その後道化師が説明するように呟いた騎士の初級風魔法を。
どこか感じる違和感。込み上げる不安。
まだ何かが足りないのではないかと言う思考が過る。だがそんな事は関係なく、状況は進みだす。
道化師のダーク・ウェイトを纏った爪と、魔女の大爆発が同時に騎士へと向かう。
「『リフレクション』」
そう、ここまでは予定調和。どちらかの攻撃が跳ね返され、どちらかの攻撃を受ける。
だが……だが! 違った!
「『テレポート』!」
魔女は数倍になって跳ね返って来た魔法を空間転移で避けた。あれをまともに受けられないのは経験済みだ。しかも更なる上位互換。最早直線状の建物数十件は跡形も無く消し飛ぶだろう。
轟音に耳が遠くなる中、騎士とは離れすぎない距離で煙が晴れるのを待つ。
いい加減限界が来つつあり、魔女は座ったまま様子を見た。
自身の魔法が跳ね返ったと言う事は、道化師の魔法は成功したと言う事。
そう焦らずとも、騎士は動ける状態にはないのである。
「なん、で」
だがその光景を見て、魔女は声を零した。
「なんであんたが立ってるのよ!?」
そう声を荒げる。
騎士は平然と立ち、その側には倒れ伏す道化師が居る。
道化師は数倍になって跳ね返って来た自身のダーク・ウェイトに動きを止めていた。
「その答えはお前が一番よく知っているだろう?」
「ッ!」
その時魔女の中で全てが繋がりだす。
最悪の予想が当たってしまっていた。
「何も、魔法回路の数を偽っていたのはお前だけじゃないと言う事だな」
「まさか……」
「そう。俺は二重術者なんだよ」
同じ魔法を二重以上で放つ時、詠唱を一つ分だけで済ませる省略行為が可能の場合が殆どだ。騎士は先ほどの詠唱で二重にリフレクションを発動させたのである。
絶望の最中、魔女の頭の中ではある一つの事だけが浮かんでいた。
「風、魔法……。私の霧を晴らした風魔法は」
「ほう。その通りだ。あれは俺の風魔法にリフレクションを掛け、数倍にして発動させた」
「じ、自分の魔法を跳ね返すなんて、普通思いつかないわよ……」
魔女が気づいた違和感。それは騎士の発動した風魔法にあった。
最初霧を晴らした風魔法は何かの詠唱をしていた筈で、次は無詠唱で発動していた。規模も違う為、魔女は最初のは中級の風属性魔法とばかり思っていた。実際、初級と中級では魔法自体の難易度が大きく違う。
だが本当の所は二回とも無詠唱の初級風属性魔法というのが真相である。
一回目に詠唱していたのはリフレクションだったのだ。思えばあの時からリフレクションを使っていたと言える。
「俺は魔法の才は無くてな。リフレクションも長らく使っているが、未だ無詠唱には程遠い。だが火、水、風、土の基本の四属性の初級魔法を練習し続け、それだけなら無詠唱でも発動できる。そうなってしまえば、リフレクションでそれなりに使える物にはなるからな」
騎士は圧倒的優位もあって、つい口が達者になっていた。
これを見破ったのは魔女が初めてであり、せっかくなら自慢をしたくなったのだ。
「あんた……きっと一番『月下の祝福』を使い熟してるわよ」
「敵ながらにして魔女殿のお褒めに預かれるとは光栄だな」
そう互いに認め合っているからこそのやりとりをする二人。
「にしても二人がかりとは言え、リフレクションを二重で使わざるを得ない状況になったのは久々だ。誇っていいぞ?」
そう騎士にとっては心からの賞賛を送る。
若干嫌味なそれに、最早魔女は悔しさも湧いてこなかった。
と、空間転移を使ったのだろう。道化師が魔女のすぐ側に現れる。
だが自身の魔法の影響で匍匐の状態で伏したままだ。
「姐さん。逃げましょう。空間転移です。あっしはもう魔力が無いんで、一緒にお願いします」
「ご、ごめんなさい。アドラぁ……わ、私も、もう」
お互いに必中の筈だった先ほどの攻撃に賭けていた。
最早逃げられそうな距離を移動できる程、魔力は残っていないのである。
道化師はその返答を聞き、頭を垂れた。
そして顔を上げると、騎士の方を真っ直ぐに見る。
「負けた! 降参や! あんたの勝ち! だから……見逃してくれ!」
「ほう?」
プライドもかなぐり捨てた道化の言葉に騎士は片眉を上げる。
「俺はどうなってもいい! けど……こ、この女はあっしが好きに利用してるだけや! ハハッ、悪鬼やからなぁあっしは!」
「……なるほど。やはりそうか。自ら魔族に加担するなど、ある筈もないからなぁ」
騎士は納得した様に一つ頷いて見せた。
一人置いて行かれたような魔女は不安げに道化師を見る。
「あ、アドラぁ」
「姐さん。本当は自分が逃げる分くらいならどうにかなるんちゃいます? 最悪隙を見て逃げてください」
だがそれに応える道化師ではない。魔女へは一瞥もやらずに告げた。
魔女は不安に泣き出しそうな目でただ道化師を見つめる。
「よかろう。お前の漢気に免じ、せめて苦しませずに逝かせてやる。二人ともな」
「い、いや、だから」
「これ程の事をしたのだ。最早罪からは逃れられまい? 今見逃しても、その女には何れ必ず悲惨な死が訪れるだろう。ここで殺してしまうのも一つの情けだ」
仮面の下、道化師はギリッと音が鳴る程歯を食いしばった。
「産まれて来る種は違えど、お前を心より尊敬するよ」
騎士は一度左右に槍を振るうと二人に向けて歩きだした。
「だが、今宵の罪は見逃せん。今日お前たちに殺された人々が報われんからなぁ。月の女神の使徒として、夜に蔓延る悪鬼共には二度とこの月を拝ません」
長槍を大きく横に広げ、その騎士は着実に近づいて来る。
「さぁ、現世との別れは済んだか? 月の使徒が引導を渡してやる」
ある程度の距離を保って、その騎士は構えを取った。
最早ここまでか……そう思って道化師は魔女を見た。
「ご、ごめんなさい! アドラぁ!」
「あ、姐さん」
道化師の上に魔女は覆いかぶさった。
こんな事をしても意味は無い。二人まとめて串刺しにされるのがオチだ。
「な、何してるんですか! 早くっ」
「うるさいっ! あんたの面倒はね、私が見るって決まってるのよ! 仕方ないじゃない!」
大声で捲し立てる魔女。それに道化師は諦めて力を抜いた。
その様を見ていた騎士は息を吐くと、軽く首を振った。
雑念を排除する。ここで殺すが情けである。そもそも許されざる行いをした存在。
騎士の目は据わり、ただ一点、直線状に二つの心臓を貫く位置を見定めた。
行ける。殺れる。
騎士は効率を無視し、脚へと闘気を集中させた。
そして――
「あらまぁ……また派手にやったわねぇ」
その新手の声に、騎士は後ろへ飛んだ。
声の聞こえた頭上へと目を向ける。地上15メートル程の位置に箒に乗って浮かぶ新手の魔女。
濃い紺色のローブ、大きなとんがり帽子。天の川の様に流れる銀色の美しい髪。
全ての男を虜にする様な妖艶な体付き。透き通る様な白い肌が特徴の妙齢の女。
そしてこちらを見下ろす、長いまつ毛による流し目の、蒼玉の瞳。
騎士はその魔女を一目見て、一瞬でも躊躇したのを後悔した。
「――あ、アウラ様……」
呆然と、その道化師は呟いた。




