20:道化師VS銀月の騎士
あっしは目の前の騎士へと駆け出した。
相手は“銀月の騎士”の異名を持つ騎士で、はっきり言って現状のあっしでは格上だ。
その上魔法の使用は制限される。
一応は悪鬼の血が多分に含まれているあっしが見るに、目の前の騎士からは天敵の気配がぷんぷん漂っている。早い話、果てしない程の神聖力を内に秘めているのだ。
“リフレクション”がどれだけの神聖力を消費するのか分からないが、姐さんの言う通り後一、二回と言うのはブラフだろう。
「ふむ。見かけに寄らずいい動きだな」
あっしと騎士は攻防を繰り返した。
騎士が賞賛を送るが、余裕のある動きで言われても腹立たしいだけだ。
ここに来るまでの戦闘であっしの魔力、闘気ともに半分近く減っている。
その上騎士とは魔力、闘気、能力、相性、全てにおいて劣っているだろう。
となれば戦闘が長続きすれば確実に負ける。
どうせ長々と戦うつもりはない。全速力で駆け抜けて一つでも多くを出し抜こう。
「む? 妨害魔法系か」
と、騎士はあっしが仕込んだ動きを鈍らせる魔法、ダーク・ウェイトに早速気づいたようだ。
使い慣れた魔法であれば無詠唱で発動できる。相手は当然に魔力の察知もできるだろうが、詠唱の有無の差は大きいだろう。
「『リフレクション』! 『リフレクション』! 『リフレ……ッ!」
騎士は次々とあっしの打ち込む拳と共に来る闇の魔力を跳ね返そうとリフレクションを連発するが、さすがにこの速度では呂律が追いつかないだろう。
大方、この頻度での魔法を撃ち込まれる経験は無いと見た。
そりゃそうだろう。同レベルの魔法使いと騎士が戦った場合、大概に騎士が勝つと言われているが、それには攻防までの速度が大きく関係してる。
この魔法と体術の合わせ技を行う者はそう居ない。少なくとも、この様子ではあっしが初めてなのだろう。
あっしもダーク・ウェイトを撃ち込む頻度はタイミングを見計らい、なるべくリフレクションを無駄撃ちさせるよう努めた。
この次々状況が変わる超接近戦の攻防では、狙って全てを打ち返すのはさすがの銀月の騎士様でも難しいようだった。
ダーク・ウェイトを食らい、リフレクションが無駄撃ちになると騎士の表情は険しいものになる。
騎士はもうリフレクションの残回数を隠す気は無いようだ。
駆け引き込みの奥の手よりも、攻撃手段の有効利用に切り替えたという事だろう。
その様を見て理解したが、騎士から感じる神聖力の量は全くと言っていい程変化が無い。
つまりは、リフレクションは実質無制限に使用可能と言うことだ。
そしてあっしだが、ダーク・ウェイトを跳ね返されて当然何も無い訳がない。
等倍であればまだ同調が間に合った筈だが、騎士のリフレクションは明らかに数倍の力で跳ね返って来ている。
あっしが感じる拳の重みは次第に重くなっていった。
「これはいい魔法だな。格闘術との合わせ技は凶悪だ」
少し距離を置いた騎士はそう語る。
あっしの魔法もそれなりに受け、動きは鈍くなっている。だがあっしも跳ね返って来た自身の魔法で鈍くなり、結局差は埋まっていない。
だがこれを続ければあっしは段々と『同調』で動きは戻り、この魔法に慣れてない向こうは溜まっていく筈だ。
今も少しの間で身が軽くなったのを感じる。
「休憩はさせんぞ?」
「ッ!」
気づかれたようだ。騎士は凄まじい速度での槍術を披露した。だがここは相性の問題。リーチが長い武器は接近してしまえば邪魔になる。格闘戦の技術は恐らく五分。だが騎士は槍が邪魔になり、あっしは闘気の差で押されて、結局は接戦になっていた。
しかし問題なのが、あっしの魔力もいずれ切れると言う事だ。かと言って温存をし過ぎると確実に闘気が先に無くなる。気にすべき事が多すぎる。
「ふっ。焦っているな、悪鬼め。こうやって拳を打ち合う事で確信した。お前は悪鬼……もしくはその血が多分に含まれている。ならば容赦はせん。これでも女神に選ばれた騎士。悪鬼を討つのは天命だろう」
騎士は槍を演舞の様に振るうと、地面に突き立てた。
目を瞑り精神集中をする。隙だらけに見えるが物音一つ立てようものなら首が飛びそうな程空気が張りつめている。
正直休憩をくれるのはありがたいのだが、何か嫌な予感がする。
騎士が目を開け、据わった目でこちらを見る。ゆっくりと槍を構えた。
あっしに眠る悪鬼の血が生存本能の警音を鳴らす。
騎士の全体から、そして槍から神聖な力が漂っている。
「マリア教では『祝福』を受けた騎士を“聖騎士”と呼ぶらしい。……カッコいいと思わんか?」
瞬間、騎士は駆け出した。
(速い! ついで程度にあっしの魔法も神聖力で打ち消した!? あれを受けるとマズい……!)
あっしは避ける事は諦め、全力で受け止める事にした。
刃を掴み、後先考えずに闘気を集中させる。後方へズレながらも刃は受け止める事ができた。
「む? 止められたか。それなりに疲れるのだがなぁ」
そう言って騎士は後方へと翻った。準備が必要だった事といい、嘘ではなさそうだ。
対してあっしは刃を受け止めていた手袋を見る。分厚いそれはぱっくりと斬り込まれていた。
「あ~あぁ。結構お気に入りだったのに」
あっしはその手袋を外して地面に落とした。神聖な力で呪いが解けたのである。
「呪いの武具……? 妙な気配はそれか」
さすがと言うべきか、騎士は一目見て分かったようだ。
「いや、その手袋だけでない。お前の装備全て……」
騎士はあっしを見てゾッとした様に一歩下がった。まるで目を凝らした先に虫の群れを見つけたように。
そりゃ全身呪いまみれの悪鬼は不気味に見えるだろうな。
「気色悪りぃ……お前の事は生理的に受け付けんな」
「酷でぇ言いようやな」
あっしは言いながら両手の甲から爪を出した。深紅の鋭い悪魔の爪だ。
この爪も久々だ。伸びきってはいるが、純粋な悪魔ではないため短めである。
「姐さんをこんなになるまで追いつめた事と言い、あんたちょっと強すぎちゃう? あんたレベル85そこらって話やったんやけど。ヘーベルってのより強い気するわ」
「……いいや、ヘーベルの方が強いさ。あいつは祝福も持たずにあのレベルまで上り詰めた叩き上げだからな。正直自力が違う」
あっしは話しながら思い出し、ついで程度に姐さんから預かっていた指輪を嵌めた。
小さいので小指に嵌める。
「だが確かにレベル差なら『祝福』で埋まる。祝福と言うのはあくまで支援魔法。各種ステータスも大幅に上がる。ので、俺はレベル86にして『A-』は優に超える。ヘーベルにも並ぶ訳だ」
「なるほど」
あっしは自身の変化を観察してみるが、特に何も起こらない。
これは本当に個人的な送り物として受け取っていいのだろうか?
まぁ、冗談はいいとして。
「そして、今宵は満月。月の神々の力が最も強くなる時――この状況下で言えば、俺はこの国一強い」
そう断言したのは、用心深いその騎士にとっては珍しい事だった。それだけの自信が溢れているのである。
リフレクションを行使できる瞬間は月が出ている夜のみ。だがその力は絶大。その騎士にとって今宵は最高のコンディションなのである。
「はぁ~あ。呪いの装備といい、ほんとあっしは運が無いみたいやわ。……きっと二人と出会ったので使い切ったんやろなぁ」
そうあっしはつい愚痴を零す。
「さぁ。お喋りは終わりだ」




