02:勇者一行
アスラ王国北東部に位置するとある町ではその日、祭日であるかの様に賑やかだった。
住民達が街の大通りへとひしめき合い、されど秩序を持って道を開ける。
英雄の凱旋を待つために。
「凄い熱気ね」
馬車に揺られ、笑顔を向けるのも疲れて来た魔法使いのリンはそう言って一息付いた。
「ええ。なんて言ったって、僕らはあの魔王軍幹部の一人を倒した訳ですからね」
控えめに手を向けるのをやめずに、そう応じたのは神官のユーリだ。
「ああ、強敵だったぜ! 皆んなー! 応援ありがとなー!」
馬車の中で立ち上がりそう叫ぶのは斧戦士のラインである。
ラインの掛け声に住民の熱気は一層増した。
「ちょっと! 狭いんだからあんまり暴れないでよね! ね? へルンもそう思うでしょ?」
リンはそう言って一人の青年に目を向けた。
へルンと呼ばれた彼は住民に向けた微笑みと手の平をそのままに。
「ああ、そうだな」
そう心ここに在らずと言った様子で応えた。
「今だけは、この場を楽しもう」
へルンはそう憂いの残った瞳を虚空へ向けて、自分に言い聞かせる様に言った。
金髪碧眼の青年。
彼がこの街の英雄、勇者へルンであった。
◯
歓喜と熱気に満ちた町を車上から眺めて、勇者へルンは考えた。
(本当に、こんな事をしている暇なのか?)
と。
先の魔王軍との戦い、確かに熾烈であった。敵の将を討ったのも事実。
とても強敵だった。間違いなく、今までで最強の敵。
だが……
だが何故だ。
(何故こんなに、不安なんだ?)
つい眉を顰めそうになるのに気づき、へルンは内心で頭を振った。
(たった今、この場は楽しもうと言ったばかりじゃないか。リンにも気を使わせてしまったな。パーティのリーダーとしてしっかりしないと)
そう思い、ヘルンは住民へと手を振った。
◯
「師匠! いらしていたんですね!」
式典も終えてようやく自由の身になった頃、へルンは見知った人物を見つけて駆け寄った。
白髪と蓄えた白髭の目立つ、見た目はただの爺さんと言った印象の男である。
だがその立ち姿はどこか芯がある様に凛々しく、隙が無い。
「ふむ。へルンよ。また強くなったようじゃな」
「はい。師匠のご指導のお陰です」
「ほっほ。少し見ない内に世辞も学んだようじゃな」
「そんな」
「冗談じゃよ」
恐縮してしまうへルンに師匠と呼ばれた男は目を細め、癖のように髭を撫でた。
「して、へルンよ」
へルンの仲間も集まった所で、師匠は表情を真剣な物に変えてへルンを見据えた。
「魔王軍の将軍の一人を討ったと聞いて参ったが、それは間違いじゃな?」
「はい」
へルンは師匠の問いに即答した。
「な、何!? 奴はまだ生きてると言うことかぁ!? どこだ!?」
「ライン。あんたちょっと黙って」
辺りを警戒しだすラインをリンが制す。
「へルン。間違いとはどういう事ですか? 敵将は確かにヘルンが討ち取ったではないですか」
「ああ、ユーリ。君の言う通りだ。先の戦いで、確かに敵将は討った。苛烈な戦いだったさ。だが、魔王軍の十二人居るとされる大幹部とは、きっと別だ」
その言葉を聞いた皆は息を飲んだ。
それはつまり、今自分達は敵の幹部を倒したと言う、ぬか喜びを味わっているに過ぎないと言う事だ。
本当の敵はもっと凶悪と言うことになる。
「約50年前、先代の勇者一行……つまりわしを含める当時の勇者パーティで魔王軍大幹部の一人と交戦した。その時に仲間の二人の犠牲の上、勇者による相討ちによってようやく討ち滅ぼす事が叶った。その時の話しはよく聞かせているから、お主には分かったのだろう?」
「ええ。その話しの敵と比べてしまうと……弱すぎる」
当時の勇者パーティの誰と誰を比べたって、今のお主達では敵わない。
驕りを叩き潰す為によく師匠が口にしていた言葉である。
つまりは今のへルン達では大幹部には太刀打ち出来ない筈なのである。
「それに、あの時の魔女と比べてしまえば誰だって……」
「そうか。お主は“水銀の魔女”と、一度相対しておるのだったな」
「「えっ!?」」
その時リンとユーリは驚いた様に声を上げた。
“水銀の魔女”。存在は確かとされるが表舞台に出た例は無く、今一情報の掴めない魔王軍幹部の一人である。
ラインはいちいち敵の二つ名など覚えていないのでピンと来ていない。
「すまない。言ってなかったな。俺は“水銀の魔女”と一度会った事があるんだ」
「何ー!? ずるいぞへルン! なんでそんな話しを隠してたんだ!」
ようやく凄そうな話しだと分かって突っかかるライン。
へルンは当時を思い出し、苦い表情をつい溢した。
それが珍しくて、リンは驚くと同時にその表情に見惚れた。
「とても……戦闘と呼べるものではなかったからな」
そしてそう、へルンは呟いた。
◯
「ヘルーン!」
なんだか空気が重くなってしまって居たところを少年の甲高い声が響いて掻き消した。
こちらに手を振りながら向かってくる一人の少年が居た。
「こらこら、ライナ。こんな人が多いところで走っちゃ危ないぞ」
「へへ、大丈夫だよ! ヘルンから足さばきを教わったからな!」
そうライナと呼ばれた少年は元気よく言った。
「魔王軍幹部を倒すなんて、さすがヘルンだな! それでこそ俺の認めた男だ!」
「なんだー? クソガキ。もう一丁前にライバル気取りか?」
面白げに揶揄うライン。
「ふん! ラインなんてすぐに追い抜いてやる!」
「おう! その意気だ! 特別に今日は俺が稽古をつけてやる!」
「えー、やだよ! 俺は戦士じゃなくて勇者になるんだ!」
ラインの肩に担がれたライナは抵抗虚しく連れて行かれた。
リンとユーリも面白げに着いて行き、ヘルンはその光景を微笑ましく眺めて居た。
だがその表情もすっと落とすと。
「師匠。これはただの感なんですが……。なにか、近々大きな時代の変革が起きる……。そんな気がして、ならないのです」
そう、零すのだった。