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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第一章 王国滅亡編
19/183

19:“リフレクション”



 頭上から騎士に向かった巨大な爆発の力は、明らかに等倍以上の力で魔女へと跳ね返った。

 その爆発は建物数件を優に飲み込む程大きく、その轟音は王都郊外まで轟き、その明かりは数秒の間王都中を照らし出した。

 王都中のガラスが割れ、避難民の中には衝撃に気絶する者が多発した。


 庭園は吹き荒れ、最早美しかった面影は欠片も無い。

 騎士は歩いて魔女を探した。あれをまともに受けてただで済む筈が無い。

 以外にも魔女は近くに居た。城の近く、夜会会場の下辺り。そこに魔女は転がっていた。

 服は焦げてボロボロ。それでも原型を辛うじて保っているそれに騎士は驚く。

 魔女の見える部分の肌は残らず焼け爛れ、見るも無残だ。

 髪は普通チリチリに燃え切る筈だが、煤まみれとは言え魔女の紫色モーブの髪は健在だ。髪や爪などは体の一部であり、レベルに合わせて丈夫になる。特に魔力の影響を受けやすい部位なのだ。

 これが魔女のレベルが高い証拠でもあり、また優秀な魔法使いである事も示している。

 だが騎士はそれらを考慮しても、魔女が黒焦げになっていない事に疑問を抱く。


「咄嗟に結界を三重に展開したな? それでもその程度で済んでいるのは大変な事だが……。こうなると丈夫なのも難儀な事だ。常人ならショック死してもおかしくない苦痛だったろう」


 騎士の考察通り、魔女は三つものの結界を身を覆う様に球体に展開する事で一命を取り留めていた。


「実に凄まじい魔法と、素晴らしい駆け引きだった。並みの騎士では今のでやられていた事だろう」


 騎士は聞こえているか分からない魔女に素直な賞賛を向けた。


「だが残念だったな。お前が三重術師トライ・キャスター以上である事は初めから警戒していた。その上……まぁ、並みの騎士ではなかったという事だな」


 魔女はもぞりと動いて、仰向けになった。

 ゆっくり、ゆっくり動いてその最後の回復水薬ライフ・ポーションを取り出し、口に運ぶ。非常時用である為、その液の入った小瓶は当然に丈夫だ。

 回復水薬ライフ・ポーションが口に入るとたちまち火傷は癒え、その魔女の透き通る様な肌が蘇る。

 瓶を叩いてそれを止める事は容易い事だったが、騎士はえてそうはしなかった。

 逝く時くらいは美しい姿でいさせよう、という騎士なりの情けであった。


回復水薬ライフ・ポーションは傷を癒してくれるが、体力まで回復する訳では無い。寧ろ、急激な新陳代謝の反動で、使用後は凄まじい倦怠感に襲われる。回復薬と言えど、所詮しょせんは回復の前借りでしかない。連続の使用に加え、それ程の怪我を治したのだ。最早、意識を保っているのも辛かろう?」


 それに魔女は答えない。

 上体を起こし、髪を垂らして表情が窺えない。

 騎士の言葉は正しかった。そして体力を回復させる都合の良い水薬ポーションは存在しない。


「さぁ、魔女。死に時だ。お前がこれ以上苦しまない為に、お前がこれ以上誰かを苦しめない為にも。お前の長い生に引導を渡してやろう」


 そう騎士は槍を振るって今一度構えた。

 それに魔女は拒絶する様に頭を振るう。


「や、やだ。痛いの嫌! し、死ぬの? 私死んじゃうの?」


「ああ。だが怖がる事はない。皆いずれ死に、その先には同胞が待っている。心臓を一突きだ。痛がる前に眠りに付くさ」


 騎士はそう言って狙いを定めた。

 これ以上苦しませる訳にはいかない。

 念入りに狙いを定め、その騎士は駆け出した!


「向こうでアルテミス様に会ったらよろしくな。あんたの騎士が頑張ったって」


 その言葉を最後に騎士は大振りに槍を突き下ろす――筈が、直前で異変を感じて後方へと翻った。

 その魔女の目の前に空間転移にて唐突に表れた男が居た。

 笑顔の仮面を付け、出っ張った腹を押し込んだ趣味の悪い服装。見える部位と言えば青髪くらいだ。

 そのあまりに場に似つかわしくない格好の男の登場に、騎士の眉は若干顰められた。


「ふひぃ~。ギリギリセーフってところやったなぁ。っていうか、あのまま突かれてたらもしかしてゲームオーバーやったんちゃう?」


 そう軽い口調でこの場に参入した男。


「あ、アドラぁ」


 魔女がその背中を見上げて呟いた。

 だがその男はそちらに一瞥いちべつもやらず、こちらを警戒し続けていた。例え槍を突き下ろしていても止められた事は安易に分かる隙の無さで。


「こりゃ、どうも。うちの上司が、大分お世話になったみたいやなぁ」


 その出来の悪い道化師は、巨大な怒気を孕んだ声でそう言った。









 騎士は目の前の男を警戒する。

 大変にふざけた格好をした男である。だがそれ以上に得体の知れなさから騎士は眉を顰めていた。

 闘気はまだ八割以上もあり、魔力に至っては九割以上残っている。

 月の女神からの神聖力も膨大な量が常に満ち満ちているのを感じている。

 控え目に言って負ける筈が無いのだが、どこか不気味な違和感が伴う。


「これは、これは。派手な登場だな。その恰好からして、余程の演出家らしい。このタイミングで来たのも魔女がギリギリまで追いつめられるのを見計らって」


「うるせぇよ」


「ッ!」


 予備動作無しでの急発進で道化師は騎士に近づき、蹴りを見舞う。

 咄嗟に槍で防ぎ、直撃を間逃れた騎士は勢いに半壊したガゼボの近くまで飛び、受け身をとって着地した。

 その騎士は多少の心理術も心得ている。先ずは言葉の牽制で相手の心理操作を行おうとしたが、小手先の技術ではどうにもならない程、その道化師は怒りに染まっている様子だった。


「あ、アドラぁ。ちょっと怖いよぅ」


「……すみません」


 そんなやり取りをする魔女と道化師。道化師にとって魔女が余程大切な存在なのだろうという事は騎士にも分かった。


「チッ。その恰好と登場で接近タイプとは……。油断したな。だがちょうどいい。ちまちました動きには飽きていた頃だ」


 騎士は槍を一度左右に振るうと構え直した。


「あ、アドラー気を付けて! そいつ“銀月の騎士”よ! 『月下の祝福』を受けているわ!」


 座ったまま背中を向ける道化師に声を張る魔女。


「やれやれ。できれば内緒にしておきたかったのだがな」


 魔女の言葉に騎士は愚痴を零す。だがそうもいかない事は騎士も分かっていた。

 そもそも特徴から自身の存在が割れ易いのも騎士は理解している。この魔王軍の奇襲作戦ともなると、『祝福』についても当然に共有されているだろう。

 その点、魔女への不意打ちが成功したのは運が良かったとも思っていた。


「こうなっては布教ついでに教えてやろう。俺は月の女神、アルテミス様より『月下の祝福』を賜った存在だ。この祝福は特に変わっていて、とある魔法の使用を許可される。その名も“リフレクション”。あらゆる魔法を反転させる魔法だ」


 その説明を聞いて、魔女は唇を噛んだ。

 魔法使い相手に魔法を反転させる魔法なんて、反則もいいところだ。

 それも職業は騎士であるのだから、魔法使いの天敵と言ってもいい。


「……が、先ほどのでもう神聖力はほぼ尽きていていてな。今日は後一、二回使える程度だろう」


「嘘よ! そいつブラフが得意なの! 気を付けて!」


「フッ……ていうブラフかもな?」


 そう挑発的に二人へ視線を向ける騎士。

 その言動に魔女は顔を顰める。実際これでリフレクションに警戒せざるを得なくなり、行動は制限される。張ったりだとしたら大したものだ。


「アドラー。そいつまだ何か隠し玉持ってる筈よ。私はそのブラフに翻弄されたの。だから……気を、付けて」


「姐さん!」


 バタリと倒れそうになる魔女を、道化師は慌てた様子で駆け寄り支えた。

 そしてゆっくりと上体を地面に下ろす。

 一瞬隙だらけの背中を晒した道化師だが、さすがにそれを邪魔する程無粋な騎士ではなかった。

 そして道化師は前に出ると騎士と対峙した。


「おや、ついに限界が来たようだな。当然だが、天は俺に味方した様だ。俺は遠慮なくその女を狙う訳だが、果たして守りながらまともに戦えるかな?」


「ハッ。早速お得意のブラフでっか? あっしが道化師なら、さながらあんたは詐欺師やな」


 こうして新たな戦いが始まる。

 道化師と銀月の騎士の戦いが。



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