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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第一章 王国滅亡編
17/183

17:崩壊せしパーティ



 その魔女は箒へ横向きに乗って浮いたまま、燃え盛る火の球を次々に騎士へと放った。

 サイズは直径一メートル近くもあり、その騎士は庭園を走り抜け球を避けた。

 この事から分かるのは魔女が少なくとも二重術者レイン・キャスターである事だ。

 空間魔法を使いながら更に別の魔法を行う。並みの魔法使いではできない事は言わずもがなだ。


 もっとも、それは召喚を各地で行う魔女を観察していた騎士にとっては既に把握していることである。

 加えて、それは空間魔法を使いながらの決して規模の小さくない召喚魔法であった。

 騎士は目の前の魔女が三重術者トライ・キャスター以上である可能性も考慮して慎重に観察を続けた。


 先ほどから庭園へと着弾する魔女の魔法。

 それは見た目程の威力は無いように思われる。

 恐らくは見た目重視の張りぼて。


 騎士は決してそれを魔女に対する評価の低下には繋げなかった。

 むしろ逆。

 見た目は強力な威力の魔法に見えながら、実際は魔力消費を極限に下げたただの牽制。

 それをする技術は当然の事、この場でのその判断が魔女の経験の深さを物語っていた。


(これは思ったよりも強敵かもな……。と言って、負ける気はさらさら無いが)


 騎士はそう思考し、近くの柱を利用して空中へと駆け上がり、柱を蹴ると魔女へと向けて槍を振るった。

 が、魔女は余裕をもって更に空中へと上がり、騎士の槍は空ぶった。


「ふふっ。届きませ~んっ」


 魔女は騎士の頭上から揶揄うように言う。その高さ地上十メートルと言ったところか。


「チッ……ババァが」


「は、はあぁぁあ!? ば、ババァって私の事!?」


「他に誰が居んだよババァ。一体何年生きたらそんな魔法が上達するんだ」


 ババァと言う言葉に過剰に反応するバ……魔女であった。


「お、怒ったわよ……。魔法を褒めてくれた事は嬉しいけど、それにしたって許さないから。……許さないから!」


「はいはい」


 魔女は箒の上でプルプルと震える。


「『ファイア・ストーム』!」


 嵐の様に舞う炎の群れが魔女から放たれた。

 先ほどまでとは違う魔力の籠った気配に騎士は踵を返して庭園を走りぬけた。

 すぐに庭園は火の海と化す。


「凄まじい威力だな」


 ガゼボの上に乗って炎をやり過ごし、騎士は呟いた。


(これは期待できそうだ)


 と、格好の的に現れた騎士を魔女が見逃す筈がなく、早速殺意の籠った特大の火の球を見舞う。

 それを騎士は火の手が届いていない所に向けて跳躍する。が、それに合わせる様に魔女は更なる火の球を着地点に向けて放った。


「ふっ」


 騎士は慌てる事無く、槍を振るい火の球を斬った。練られた闘気による絶技だ。

 騎士は無事着地し、火の吹き荒れる庭園を見渡した。


「美しい、お気に入りの庭園だったのだがな……。やれやれ、荒っぽい人だ」


 魔女は火の海の端の方に居たが、熱気が耐えられない様で更に距離を離している。


「どうにか蹴落としてやろう」









 ラインは一瞬、自身の胸から生えている腕が何なのか分からなかった。

 気づくと男が現れ、ラインの胸を後ろから貫いていたのだ。


「い、イヤぁぁああああーー!」


 金切り声で叫ぶリン。リン自身、自分のこんな声を聞いたのは初めてだった。


「ぐぶぉふぅっ」


 湿った声と共に吐血するライン。

 血が燃え盛る地面に落ち、赤い煙となって蒸発し、鉄の焼ける臭いを燻ぶらせた。


「そ、そんな……ライーーン!」


 名を叫ぶユーリ。

 動揺からギリギリで維持していた聖域は四散し、もはや神聖力も尽きていた。

 後ろから刺された腕が抜かれ、ラインは業火の中へと落ちる。

 慌てて二人は駆け寄ろうと屋根を降り、リンが全力で周囲の業火を抵抗レジストして鎮火させる。


「ふむ。これが今代の勇者パーティか……。脆いな。その上、先代の戦士なら避けていただろう」


 その新たに来た男は血で染まった手を眺め、そう語った。

 仮面を付けた長身の男だ。


「ライン! ライン起きてぇ! ヘルン! ヘルン来てよぉ!」


「そ、そんな……。ラインが、もう。これじゃ」


 二人はラインの側に来たものの、何もできる事がなく取り乱した。

 半ば錯乱状態のリンに、放心状態のユーリ。

 仲間の絶命を自覚し絶望が深まっただけだった。

 新たに来た男と結界を叩き割った悪魔はゆっくりと近くに降下した。

 その男の力だろう。地に着くと同時に周囲の業火が造作も無く抵抗レジストされる。


「レベルの成長は早いようだが、やはり未熟だな。脆い戦士に、冷静さに欠ける魔法使いと、その様子では蘇生魔法の使えぬ神官。すべてが先代と劣っているな。その上、勇者は逃げたと来た」


「に、逃げてない! ヘルンは逃げてなどない!」


 叫ぶユーリ。

 絶望の最中、されど訂正せざるを得なかったその言葉。


「いいや。逃げたさ。それも老人の保護者付きでな。ま、この後我輩が追って二人とも始末するが」


 始末。その言葉と垂れてきたラインの血だまりに己の状況を再認識する。

 だが、その目には二人とも、もう絶望も混乱の色も無かった。


「ねぇ、ユーリ。なんかこの人おかしな事言ってるよ」


「ああ、リン。本当におかしな事だ。うちの勇者様が苦しんでる人を前に逃げる訳がないからね」


 そう、その二人にとってはあまりに受け入れられないその言葉に、冷静さと闘志を取り戻したのだ。

 ヘルンの事は何か事情があるのだろう、と。そして。


「何が先代より劣っているだ……。劣っているなら、今成長すればいい! お前を倒し、たった今より蘇生魔法を覚えてラインを生き返らせてやる!」


 二人は立ち上がり、その男に対峙した。


「……蛮勇、だな」


 呟く男。

 事実、どう立ち向かうと言うのだ。

 鬼の男も集まり、二人と三人は対峙する。


「にしても、随分とやられたな。アラン」


「ッ。……申し訳ありません」


 勝手に一人挑んだ事の負い目にその悪魔を顔を下げる。


「お役に立てず、申し訳ありません」


「い、いえ。俺もやられる寸前でしたから」


 まるでこちらなど意に介していない会話を繰り広げる三人に、リンとユーリは段々腹が立ってきた。


「ば、バラン様! どうか撤回のチャンスを! 俺が二人を始末してみせますので!」


「む? まあ、そう言うなアランよ。我輩も勇者パーティの実力は把握しておきたいのだ」


「ば、バラン……? だと?」


 と、その会話を聞いて、ユーリの瞳は揺らいだ。


「ま、まさか。そんな……お、お前は! バラン! 大悪魔、バラン!」


 ユーリは自覚の無いまま後退し、そう叫んだ。

 恐怖で慄きながらも、視線を男から逸らせずにいた。


「む? ああ、そうか。勇者パーティの神官は、今代も神聖国の中央大聖堂に勤める者から選ばれたのだったな。あそこでは悪魔学の発展目覚ましく、地獄の勢力についても教鞭が取られているのだろう」


 そう男は納得したように呟く。

 事実、ユーリは悪魔学に深い教養があった。最も、今は絶望を深めるあだとなっているが。


「そ、そんな。じ、地獄の君主の一人が、屈しているだと……? ま、魔王の力は、一体どれ程なんだ」


「ね、ねぇユーリ! どうしたの? 目の前のそいつ、そんなにやばい奴なの?」


 絶望に打ちひしがれるユーリを見て、リンも一時の興奮が冷めた頭で改めて男を見た。

 ぴりぴりと張りつめた様に感じる威圧感。圧倒的な邪悪の気配。高位の悪魔である事は間違いようがなかったが、どこか感じる得体の知れなさ。


「や、やばいなんて物じゃ、ない。そいつは悪魔の中の悪魔。悪魔の代名詞とも言える、悪魔そのもの……! 上位悪魔グレーターデーモンなんて目じゃない。地獄の大悪魔。悪魔共の君主! そいつは、そいつはっ……!」


悪魔君主アークデーモン。其方らがSランクと定める悪魔だ」


 パタンッ……と何かが落ちる音がした。

 それは地面に体を落としたリンの音だ。立つ気力も失ったのだ。


「せっかくだ。名乗っておこう。我輩の名はバラン。魔王軍大幹部が一人、“大悪魔”バランである」


「ほ、本物の、大幹部」


 勘違いしていた。自分たちは強いのだと。

 目の前に居る次元の違う存在。

 最早逃げる事も忘れ、ユーリの足は膝を笑わせる事に専念してしまっていた。


「にしても、神聖国には既に知られているものとばかり思っておったが……。ああ、そうか。我輩と相対した神官は全員殺しておるのだった」

 

 その後、二人は首を斬られて死んだ。



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