16:地獄の悪魔VS勇者パーティ②
俺は久々の戦闘に興奮していた。
相手は勇者を除く勇者パーティで、名実ともに相手にとって不足無し。
これで勇者が居れば、正直かなり危うかったと言わざるを得なかっただろう。
もう油断はしない。
「『インフェルノ』」
俺は自身の二つ名の代名詞とも言える、その地獄の業火を顕現させる。
半径数十メートルに渡って超高温の炎が地面より湧き上がる様に燃え盛った。
「『ハイ・サモン・ウォーター』!」
だが魔法使いの女が水属性の魔法に適正があった様で、即座に高位の水属性魔法を発動。頭上に大量の水を召喚し、直後に落下。水蒸気爆発が起こり、俺は押し寄せる熱風と水蒸気に腕で顔を覆う。
悪魔にとって、痛みを感じる度合いは悪魔それぞれだ。中には感じない者も居るみたいだが、一つ共通してるのは血肉の体を得た者は皆痛覚を感じる事だ。
俺も人間を貪り食って肉体を得た一人。人間とは比べ物にならない程丈夫な体とは言え、痛みは感じた。今もそれなりに熱さは感じる。
それでも先ほどの破邪の魔法の方がずっと強烈だったが。
さらに足元に押し寄せてくる大量の水。女の出した水は一軒を覆う程の量があり、水蒸気の直後考える間もなく腰まで水位が上がって来た。
俺は水に流され、空間魔法で空中へと上がった。空間魔法が使えなっかたら結構まずかったかもしれない。
俺は水属性魔法への評価を改めつつ、考えなしに魔法を放った相手方も流されていると考えて水蒸気に視界が悪い中を前進した。
「おらぁっ!」
「ッ!」
だが俺の予想は大きく外れ、斧のガキが俺と同じか上くらいから飛んで来た。
大きく振りかぶった斧に腕を斬られ、俺は水飛沫を上げて地面に叩きつけられる。
まだ寝そべれば体が浸かるくらいの水量に溺れながら、俺は片手で起き上がった。
「くぅっそう、痛てぇ……!」
肘から先を斬られた右腕を抑える。どぼどぼと血が垂れ、水に希釈されてピンク色になる。
だが痛がる暇も与えず、斧のガキは更に追撃を加えんと向かってきた。
──クソガキが……!
「『インフェルノ』ォォーーッ!」
全力の魔力を込めて俺は再度魔法を発動する。
途端周囲の水は下から照らされた様に明るくなり、ブクブクと気体を発生させて蒸発しだす。
それはすぐに水蒸気爆発へと至る。
「ダメッ! ライン避けて!」
どこか屋根の方から聞こえる女の声。先ほどはこのガキが女と神官を抱えて屋根に避難させたのだろうと察する。
しかし、このガキは女の静止を無視して、魔法を発動する俺の方へと構わず突っ込んできた。
「くッ……!」
俺は手元も足場も悪い中、力任せに後退する。
空間魔法はまだ慣れず、俺は集中しなければ発動できなかった。加えて今は大技に魔力を消費した直後で、繊細な空間魔法に切り替えきれない。捨て身の特攻をするには絶好の機会だった。
(このガキ良い判断しやがる。頭で考えてないんだろう。これが戦闘の感ってやつか)
「ぐはっ!」
その戦闘センスに大人しく攻撃をくれてやる事にし、俺は深い斬撃を胸に負った。
「熱っちぃ!」
息も儘ならぬ水蒸気に堪らず、ガキは屋根の方へと跳躍して行った。
俺は水蒸気の中自身の魔法に抵抗しながら傷がある程度塞がるのを待った。
腕は生えてこない。人間の血肉を口にしなければ。俺は自身の傷を癒す魔法は持ち合わせていない。
いずれ水は蒸発しきり、魔法の業火が辺りを照らす。先ほどまでの光景が嘘のように視界は晴れ、空気は乾いていた。
「ほんと無茶してばっかなんだから」
建物の屋根の上で神官の治療を受けている斧のガキ。
やはり真っ先に潰すべきはあの神官か。いや、先ほどからかなり神聖力を使っている筈。無視してガキに専念すべきか?
なんにせよ一人でも減らせば一気に崩れる筈。
「助太刀致します」
と、その時隣に並ぶ男が居た。
着物を着た壮年の男。額の鋭い角から鬼系である事が分かる。
俺とした事が敵意の無い相手だったとは言え背後を取られるとは。
この男がその気なら俺は斬られていたかもしれない。
「貴方は確か……」
「グラハス様が配下。リュウラです」
男は油断なく刀を敵に向けたまま答えた。
そうリュウラだ。鬼系では珍しい発音だったので覚えている。そもそもバラン様の副官として今作戦の関係者の顔と名前は把握しているが。
「それともお邪魔でしたかな?」
「いや、正直助かります」
俺はリュウラに答えて身構えた。
「ウソ……この状況で新手なんて」
屋根の上では絶望して表情を落とす女が居る。
その後ろの神官も顔を落としていた。
「ようし! つまりアイツから皆んなを守れる訳だ!」
ガキの方は凄まじいポジティブ思考だ。
「リュウラ殿。私は斧のガキを殺ります。そちらは他二人をお願いできますか?」
「御意に」
これでガキに専念できる。元々あの女は居ない様なものだったが。
同レベルの騎士と魔法使いじゃ基本騎士が勝つ。二人は任せるとしよう。
俺は意識を体全体に集中する。
空間魔法を発動し、奴らより頭上に上がる。
空間魔法は魔力の消費が激しい。練度の低い俺は更に燃費が悪いから、早く決着を付けたい。
「せこいぞ! 降りてこい!」
「せこいもクソもあるか!」
俺は律儀にもガキに答えて急発進する。ブレーキを考えない速度。この相手には仕方ない。
ガキからすると二人とは離れたく無い筈だ。リュウラ殿が追いつく前に、もう一度火炎魔法を放ってやろう。
「ばっちこいやぁ!」
「来んのかよ!」
またも予想が外れ、ガキは屋根を蹴ってこちらに飛んで来た。
凄まじい脚力。足場の屋根を破壊し急接近してきた。
俺は魔力を込めて方向をずらす。ガキはそれに合わせる様に斧を振るう。
「くっ……!」
キィィ――ンッ!と金属音が響く。避け切れなかった斧が爪に当たった。
これで片方の爪は完全に砕けた。
勢いを相殺されたガキは地面に降り、そこにリュウラ殿が向かう。
「バカめ! 二人ががら空きだ!」
戦闘は臨機応変。俺はそれを見届けずに女と神官の元へと向かう。
爪はイカれちまったが片手で十分。先にリュウラ殿をどうにかしようと考えたのだろうが、その前にあの二人を殺すなど造作も無い。
再度急発進して先ずは神官を殺そうとその距離を十メートルにも満たない程縮めた時――
「『ディプロイメント・サンクチュアリ』……!」
顔を上げた神官がそう声高らかに魔法を発動させた。
神官を中心に聖なる領域が拡張し、勢い余った俺はその領域に自ら突き入る。
「ぐああああああああっ!」
体中を搔きまわる熱に俺は叫んだ。
体が拒絶しているのが分かる。肉が崩壊し、血が沸騰する様だ。
(先ほどから顔を下げていたのは詠唱に集中する為、いや悟られぬ為だったのか……! と、ともかくこの聖域から出なければ――)
「なっ」
とん、と。背中に何かが当たる。壁の様な感触。半透明の何か。
結界だ。
身を焦がされ続ける中、女の方を見るとこちらに手を向けていた。
(この距離で結界だと!? あの女魔法領域が広いんだ! クソ!舐めていた! 腐っても勇者パーティの魔法使い!)
「だがこんな結界壊してしまえば……!」
俺は気づくと身を最低限の範囲で囲ってしまった結界に向けて爪を振りかぶり。
「これで終わりだー!」
その声に顔を上げた。
そこにはこちらに向けて斧を振りかぶるガキ。
ありえない! こんな一瞬で追いつくなど!
まさか地面に降りた途端、こちらに向かっていたのか!? 最初から、俺を殺す為の一連の動きだったのか……!?
(こ、これが勇者パーティ。目配せすらない阿吽の呼吸)
「み、見事だ」
気づくと俺は呟いていた。
そしてその斧が俺に振り降ろされる前に、そのガキは胸を手刀で貫かれた。




