15:地獄の悪魔VS勇者パーティ
勇者ヘルンとその師匠は王城から出ると、外壁の方を目指して走っていた。
「な、何なんだ……。魔物が暴れているとでも言うのか……? それに王城の方から感じる邪悪な気配」
ヘルンは至る所から煙の上がった町を見て呟いた。
「し、師匠! やはり王城に居る俺の仲間を」
「ならん! 今は一刻を争う! お主の仲間には後でわしから言っておく!」
いつになく有無を言わせぬ師匠にヘルンは歯を食いしばった。
と、その時、山の様に巨大な赤い竜が王都の結界を突き破って暴れ始めた。
「な、何なんだあの竜は」
ヘルンは遠くの竜を見上げて呟いた。
「師匠! 戦いましょう! こ、このままでは、王都が大変な事に……!」
訴えかけるヘルンだが、師匠は背を向けて走り続けるのみ。
「師匠! 何故です! 何故戦わないのですか!? 俺たちが戦わなければ、取返しの付かない事になります!」
「……戦ってはならぬ。少なくとも、今はな」
師匠は絞り出す様に答える。
「今のお主では、勝てぬ」
「か、勝てる勝てないではありません! 今ここで戦わなければ、救える筈の命が! 尊い人命が失われてしまいます!」
ヘルンは必至に訴えかける。
「よいかヘルンよ。お主は今ここで死ぬべきではない。この国はいずれ亡ぶ。だがお主が生きていれば、その『聖杯の祝福』さえあれば、反撃の機会は必ずある。だから今は、耐えるのじゃ」
ヘルンは悔しさに歯を食いしばる。
「納得、できません……!」
「せんでよい。ただその怒りを忘れぬな。それは然るべき時の為に取っておくのじゃ」
それは今、この町を見捨てろという事。勇者として受け入れがたい行為。
だが今後数十年を見越した時、多少の犠牲が必要であるという意見は理解できた。
「ふっ。それにじゃ。前から王には進言しておいた。なるべく王都の戦力を粒ぞろいにする様にな。だからそう心配せずとも、わしらだけで案外何とかなるやもしれんぞ」
そうヘルンを安心させる為に言った言葉。だがそこに含む違和感に、ヘルンは気づいてしまう。
「し、師匠。わしらと言うのは」
だがそれを追求する前に、その悪魔共は来てしまった。
「ッ!」
ヘルンは状況を理解する前に息を飲む。
目の前に突然現れた悪魔二体。知識や経験を超越して本能が真っ先に警戒を鳴らす。
見るからに上位の個体。筋骨隆々な肉体。濃い紫の肌。全長三メートル近い。鋭い角、牙、爪、そして目。背後には体を覆える程の翼を持ち、尻尾も持っている。
地獄の大悪魔と呼ぶべき貫禄。そんなのが二体。
「そ、そんな……この威圧感。あ、あの敵将と同じ、Aランク代の……!」
その悪魔から感じる力はAランク代。ヘルンたち勇者パーティが全力を持って討った様な存在が二体も居た。
「これはバランの所のか。彼奴め、ようやく動く気になったか……。ヘルンよ、建物を回って先に行くのじゃ。道中、ライナを拾って行け。門の所に居る筈じゃ。町を出たらそのまま北西に向かえ。こやつらはわしが食い止める」
「し、師匠!?」
ヘルンは師匠の言葉に目を剥く。
ライナとは魔王軍との戦争孤児で、師匠が拾って育てている子だ。
最後に会ったのはラルセルでの式典の時である。
「ライナには見込みがある。剣術を指南してやれ」
「そ、それは……! 師匠の……!」
「いいから行け! ヘルンよ! これも修行じゃ!」
ヘルンは歯が削れそうなほど食いしばり、方向を変えて走り出した。
「そうじゃ……それでよい」
師匠は呟き、悪魔に向けて剣を構える。
(追いかけぬか……。先ほど急に現れよったのは空間転移じゃな? わしとヘルンを離れさせた後、また転移で向かうつもりか)
師匠はこの状況で冷静に思考を巡らせる。
「で、あれば答えは簡単じゃ。転移を発動する余裕が無い程追い込み、そのまま斬り棄てればよい」
そう師匠は然も有りなんと言って、散歩にでも出かける様に歩を進めた。
〇
「おらぁ!」
衝撃に地面が揺れる程の斬撃が加わり、そのレッサー・ワイバーンの首は地に落ちた。
「クッ……!」
「ライン! 怪我ですか!?」
「む、無茶しすぎよ!」
無理な動きが祟って勇者パーティの斧戦士、ラインは膝を突いた。
駆け寄る仲間のユーリとリン。
三人は町への異変を察知してすぐさま城を出ると魔物と戦っていた。
「だ、大丈夫だ。怪我はしてねぇ。それより早く次行くぞ!」
「ば、バカ! だから無茶しすぎだって!」
「今無茶しなくてどうする! トゲトゲの奴も居たし、ヤギっぽい頭のでけぇ奴も居た! 俺たちが戦わなくちゃなんねぇ!」
リンの静止も無視し、ラインは立ち上がって動き出そうとする。
「お、居た居た。お前らだろ? 勇者パーティって」
そして不意に届いた声に止まる。
振り向けば頭上から見下ろす一人の青年が居た。
真っ赤な髪に黒い武術服を着た青年。内包する荒々しい気配。
その青年は宙に浮かんでいてゆっくりと地面に向かって降りてゆく。
「本当はバラン様から止められてるけど、やっぱ戦いはギリギリじゃないとなぁ。っと、やっぱ空間魔法は苦手だなぁ。まぁ、いい。お前ら、俺と喧嘩しろよ」
その青年はマイペースに独り言言いながら地面へと降りた。
邪悪な気配から悪魔だと察する。
姿は人の物だが、並みの悪魔でない事は肌から感じてリンは息を飲んだ。
ユーリは『バラン……? どこかで聞いたような』と神妙な面持ちで呟く。
「へっ。上等だ……後から逃げんじゃねぇぞ?」
「ふっ。それ口上ってやつ? いいなぁ、俺そういうの持ってないんだよな」
言いながらラインは斧を構え、悪魔は手の甲から爪を出した。
ここに勇者を除く勇者パーティと悪魔の戦いが幕を開けた。
〇
先に動いたのは悪魔の方だった。自身の爪を大きく振りかぶり、ラインへと振り下ろす。
それを斧で受け止めるライン。続けざまに繰り出される爪の斬撃。ラインは後退しながらそれを受け流していった。
「クソッ……ちょこまかと、うぜってえ!」
隙を見て横なぎに振るった斧。それを爪で受け流した悪魔。
「ッ。自慢の爪だったんだがなぁ」
ラインの力任せの攻撃に、受け流したにも拘らず爪が砕け始めた。
悪魔の爪の強度はその悪魔の力に依存する。脆い武器にも、最高の武器にもなりえた。その悪魔は決して弱い訳ではない筈だが、それだけラインの闘気が練り上げられていたということだろう。
「『ファイア・ストーム』!」
「『ホーリー・ブレット』!」
続けざまなリンとユーリの魔法。家屋も飲み込む爆炎が悪魔に向けて巻き起こり、避けた先に光輝く聖なる力が弾けた。
「くっ……これが破邪の魔法ってやつね」
悪魔は初めて受けた身を焦がすような攻撃に顔を顰めた。
邪悪なる力とは対極の力で練られた魔法。悪魔にとって、それは炎の様に熱を感じるものである。
悪魔は目の前の人間の認識を改め、勝つための最善の行動をとる事とする。
刃こぼれをしてしまった爪を立て、ユーリの元へと一直線に向かった。
「させるかよ!」
が、それを許すラインではない。
悪魔に向けて立ち塞がり、斧を振るう。
だが今一決定打に欠ける。
「ヘルンが居ればこんなやつ」
思わず呟いたリン。事実聖なる攻撃を放つヘルンが居れば状況は大きく変わっていた。
「ヘルンは今頃別の魔物と戦っている! 向こうは任せて俺たちだけでこいつを倒すぞ!」
「え、ええ! そうね!」
リンはラインの援護をすべく魔法の詠唱を始めた。そして。
「『ファイア・ストーム』」
先ほどと全く同じ魔法を悪魔が発動し、動揺にリンの魔力は四散する。
あれがどういった魔法か術者であるリンはよく理解しているからだ。急いで防御結界を張ろうとする。が。
「あああああああっ!」
「くうぅ、あぁあああっ!」
体中を包む熱に叫ぶリンとユーリ。
「くっ……!」
すぐさま駆け寄ったラインが体を広げて二人を庇う。
だが、それにあまり意味はない。今の魔法は嵐の様に炎が動き回る魔法。
直線状に庇っても意味がない。横から絶え間なく身を焦がす炎に二人は蹲った。
結界を全体に張る必要がある為、リンの反応は遅れたのだ。
だが今は三人固まって居る。長年の修練によりリンは火傷を負いながらも結界を発動させた。
炎の嵐が去った後、悪魔の目の前に居たのは半球の結界に包まれつつも、半焼けになった三人だった。
「ぇ……『エリア・ヒーリング』」
乾ききった唇でユーリが唱え、三人の火傷が癒えてゆく。
「助かるぜ」
一瞬で全快近い効果を出したユーリの魔法に礼を言うライン。
心的回復までする魔法ではないが、ラインは折れぬ闘争心で悪魔を睨んだ。
「へぇ、やるなぁ。他者を庇うなんて、悪魔には無い発想だからな」
「はっ。悪魔に褒められてもあんま嬉しくねぇな」
吐き捨てるよう応じるライン。
「出し惜しみできる相手じゃないし、本気で行くぜ!」
そう悪魔は言って構えた。




