13:作戦開始。気づく者たち。
「そう心配するでない。あの者の気配を消す能力は魔王軍の中でも随一であると、我輩からも太鼓判を押しておこう」
「ハ、ハハ……。あっしそんなにソワソワしていましたか?」
「うむ。獲物を前にした獣のようにな」
魔王城近くの駐屯地にて、今作戦の王城部隊は集まっていた。
ただし姐さん以外だ。
日は落ち切り、大きな満月が見下ろしてくる頃。既に作戦は開始していると言えた。
この一室には巨大な魔方陣が描かれ、姐さんによる召喚の時を待っていた。
「ま、まぁ、姐さんならやってくれると信じていますがね」
あっしは適当にバラン様へと答えた。
今、姐さんは一人王都へと向かっている。前回の作戦会議を終えてから、姐さんは五日も前だというのに単身で王都へと向かった。
理由は単純。遠いからだ。
本来なら空間魔法でひとっ飛びだろうが、今作戦での責任は重大。転移を察知されて目をつけられてしまう恐れもある。
故に検閲の緩い田舎町まで飛んでからは魔法を使わず向かっているようだ。
「仲がよろしいのですね。いつもあの方からは凛々しい印象を受けていましたが、あなたと居るときは気を緩めているよにお見受けしました」
と、そう言って話しかけて来たのはバラン様配下の悪魔アラン様だ。
バラン様の右腕と呼べる人物で、黒い武術服と赤髪が特徴の方だ。
今回は小隊規模ということもあって、作戦会議の時に各自軽い自己紹介は済ませていた。
「り、凛々しいでっか。とてもあっしの口からは出ない様な印象ですな」
「はっはっはっ。それは横柄が過ぎるでしょう」
いや、マジで。
あっしの気が大きくなってるとかではなく。
「どちらにせよ、気の休まる無二な存在だという事でしょうね」
「そうですかねぇ?」
この方めっちゃ良いように捉えるな。
「ところで、この魔方陣は非常に高度なものですね。噂によると、アドラー殿の主人である、アウラ様が作られたものだとか」
「ほうほう」
言われてあっしは床の魔方陣を見る。
緻密で精緻な魔方陣だ。確かにこれ程の陣はアウラ様レベルの者でなければ難しいだろう。
「うむ。その調子であるぞアランよ。そのままアドラの心を開いて、いざ生爪剥がせるようになった時の橋渡しとなっておくのだ」
そのバラン様の言葉を聞いて、アラン様は胡乱な目をバラン様に向けた。
「バラン様。まさか余所様の者にまでそのような私的欲求を満たすための要求をしているのですか?」
「崇高なる知的好奇心と言ってもらおうか」
「一緒です」
バッサリと両断するアラン様。
「と、もうこんな時間であるか。皆の者! もう直第三召喚予定時刻だ。何も問題がなければこれで召喚が行われる第一優先の時刻である。皆、陣の中央へと寄れ」
と、そう逃げる様に声を張ったバラン様。
「まったくあのお方は」
「ハハッ」
「アドラー殿、あの方に何か言われる様でしたら私に言うのですよ? 私の方からあの方に文句を言っておきますから」
「そ、そりゃどうも」
と、アラン様に頷いておく。
注意ではなく文句を言うあたり、バラン様の普段からの言動が窺えるな。
〇
眩い光に閉じてしまっていた目を開けると、周囲は木造の部屋の中へと変わっていた。
「うむ。予定通りであるな。魔女、アルラよ」
駐屯地に居た筈のあっしら王城部隊はそっくりここへと移動し、目の前にはバラン様の言葉に頭を垂れる姐さんが居た。
どうやら滞りなく召喚は成功したみたいだ。
召喚の余韻で魔方陣がほの明るく照らす中、あっしは部屋を見渡す。
古臭い木造の建物で、カーテンは閉め切られている。あっしらを召喚できるくらいなのでそれなりには広く、よく見れば部屋の隅に二つのベットが立てかけられていた。申し訳程度に部屋を照らすライトが点滅し、さらに周囲の壁にはびっしりと呪文や紋様が描かれている。
「うむ。気配隠しの細工もしっかりとしているな。だがこれほど高位の存在が急に現れたのだ。気づく者は気づくだろうな」
バラン様は前へと出て、あっし達を見渡す様に振り返った。
「それでは現時点をもって、王都陥落作戦を開始する──」
〇
アスラ王城敷地内の庭園に、その騎士は居た。
一人ガゼボの縁に腰掛け、長槍を肩に掛けて月を見上げる。
大きな満月に照らされたその姿は青髪を短髪で揃えたの壮年の男。
薄青い輝く鎧を体の節々に付け、その長槍は男の身長よりも長いことが安易に分かる。
側のアスラ王城からは夜会の賑やかな談笑や、華やかな明かりや音楽が漏れて届いた。
二階のその会場には目もくれず、男は月を見上げ続けている。
「来たようだな」
そしてそう人知れず呟いた。
〇
その老いた姿の男はアスラ王城内の廊下にて、唐突に立ち止まった。
髪の色は抜け落ち、白髭を蓄えた男。白い着物を着て、腰には一振りの刀を携えている。
隙のない立ち姿の男は、しかし表情を強張らせていた。
「どうかなさいましたか? 師匠」
先を歩いていた青年が振り返り、師匠と呼ばれた男は表情を戻す。
「ヘルンよ。今すぐこの城から、いやこの国からでるのじゃ」
「え? し、しかし、まだ夜会には顔も出していない」
「いいから出るのじゃ! 今すぐに!」
珍しく声を荒げたその姿を見て、青年は気圧された。
だがその愛弟子に気を配る余裕はなく、男は顔を顰めていた。
〇
アスラ王城の大広間。今宵のそこには国中及び隣国の要人たちが集まり、夜会を開いていた。
煌びやかな装飾品と、着飾った婦人たち。
赤い絨毯が一面に敷かれ、惜しげもない明かりが金銀の調度品に乱反射する。
まるで昼間の様に明るく、華やかな会場だ。
その中央に特に主要な人物に囲まれたアスラ国王。
そしてその傍に控えた近衛騎士ヘーベルは国王へと耳打ちした。
「陛下……」
「ついにか」
それだけで国王はヘーベルの言わんとしている事を察し、そう呟いた。
「我々の力だけで対処する事は終ぞ叶わなかったな。精々は我々の安い命と、この国の亡国をもって、周辺国家の危機意識の向上と団結の贄となろう……。民の皆には迷惑をかけるな。どうか皆の者、今後千年語り継がれる愚王としての汚名で許してくれ……」
「私だけは、知っております。あなたがどれだけ民を想い、賢王としての振る舞いをしてきたかを」
そう人知れずに会話をする、長年の関係である国王とその騎士。
この時代に国王となってしまった、哀れな被害者である。
「む? いかがなさいましたか? 今宵は祝会でございますよ。今だけは、少しくらい羽目を外しても許される時でございます。ハッハッハッ」
「ほっほっ。そうであるな」
そう大臣たちとの会話に戻った国王。
先ほどまで国王の思考に立ち込めていた暗雲。晴れる事のない悩みの果実。
そしてそれはヘーベルの反応からあまりに早く、唐突に始まった。
「ごきげんよう! 皆の衆! 紳士、淑女の皆さま方。これより今宵最高の宴となるよう、我ら魔王軍から盛大なる舞の余興をお送りいたしましょう! 尚、舞うのは逃げ惑うあなた方である事は、予めご了承ください。さぁ、今こそ盛大なる拍手と血飛沫を!」
そう会場中に響き渡る男の声。
唐突に会場の中央へと現れた集団。その前列で両手を広げて声高らかに言った仮面の男。
その集団には見るからに上位の存在だと分かる異形の悪鬼も含まれていた。一人一人から感じる覇気は並みでは無く、見る者皆に恐怖を植え付けた。
そうして、今宵の宴が始まった。
後に世に、『亡国の宴』と呼ばれる長い夜が。




