12:作戦会議
今日は王都陥落に向けた作戦会議がある。
あっしは姐さんと共に指定の会議室へと向かった。
「む? アウラが居ないと早い様だな」
「お、ほほほっ。師匠はお忙しい身ですので」
来て早々なバラン様の小言に姐さんはアウラ様へのフォローを入れる。
会議室はかなり広く、大きな円卓には椅子が十個以上用意されている。
既に多くの者が席に着いていた。見た所半分近くが悪魔だ。バラン様配下の者だろう。
「失礼。後ろよろしいですか?」
「あ、すんまへん」
と、通行の邪魔だった様であっしは道を開ける。
青髪碧眼の壮年の男だった。青い着物を着て、額からは二本の鋭いツノが生えている。
鬼系だろう。数人だが鬼系統も居る。おそらくグラハス様配下の者を借りたのだろう。
「なにやってんのよ。デブなの自覚なさい」
「殺生なぁ」
そんな軽口をたたきつつ、給仕姿のマロン様に案内されて姐さんとは隣の席に着く。
席には作戦概要の用紙が置かれ、マロン様から紅茶も淹れられる。
席は思ったより上座側だ。まぁ、姐さんが居るからだろう。
「あんた仮面付けてるけど、この紅茶飲めるの?」
「飲めませんな」
「じゃあ私飲んでい?」
「いいですよ」
「やったぁ。んんッ。まぁ、当然よね」
何が当然なのか。この方にとって部下の物を取り上げるのは当然らしい。
一瞬顔が緩んでいたが、すぐに咳払いすると真面目な顔して紅茶を手元にスライドさせていた。
そんなこんなでいずれ席は埋まり、会議は時間通り開始した。
「ふむ。ごきげんよう諸君。この様に滞りなく会議が始められる事、嬉しく思うぞ」
最初はそんなバラン様の挨拶から始まり、軽く今作戦の概要が語られた。
今回会議に集まった者は全員、城とその周囲に居る要人達を殺して回る王城部隊であること。
総員はバラン様を含める12名で、その内6名がバラン様の配下だ。
「そして3名をグラハス殿から、2名をアウラ殿の陣営から一時お借りしている。貴殿らの飼い主が別に居る事は重々に承知しているが、今作戦の指揮官は我輩である」
その後さらに詳しい戦力の内訳が説明される。
バラン様陣営の6名の内3名がAランク代、残り3名がBランク代。グラハス様の陣営の3名は全員Bランク代。そして姐さんがAランク代で、あっしがBランク代扱いだ。
合計Aランク代が4名に、Bランク代が7名。さらにバラン様や王都部隊まで加わるのだ。
控えめに言って負ける気がしない。
「次に軽くだが王都全体に拡散する王都部隊についても触れておこう。ここには我輩のつてで魔物共を投入する事となった。数は15を予定。魔物の強さは『C−』から『B−』の間だ。魔物の詳細については別紙で説明している。それから赤竜も一匹投入して好きに暴れさせる予定だ」
なっ。りゅ、竜をでっか。
正直この一体で王都部隊は事足りる様な過剰戦力だ。
「次に敵戦力の確認だ。我輩が特に警戒しているのは4名。国王の近衛騎士ヘーベル、銀月の騎士レフト、元勇者パーティの剣士ラゼル、現勇者のへルン。勇者に関しては単体での脅威はそれ程では無いだろうが、パーティを組まれると厄介だ。それに“聖杯持ち”は早めに摘むべきだろう。勇者の優先順位は高めに設定している。その他のBランク代に関しては別紙にて詳細を記載。王都に在住しているBランク代は多くても10名と思われる」
Bランク代が10名。こちらはAランク代だけで4名と一体居る。本来その対処だけでアスラ側はBランク代が15名は必要な程だ。
もはや気の毒にすらなる戦力差である。
「当日のそれぞれの動きは不明だが、これら4名の処理には我輩と、我輩のAランク代の配下が向かう事となる。特にヘーベルの実力はAランクに迫るだろうからな。目指すはパーフェクト・ゲーム。くれぐれも、単独での撃破など目指さぬ事だ。複数であっても我々を呼ぶのが理想だ」
あくまで、誰も死なせるつもりはないと。
「さて。では具体的な作戦の説明とゆこう」
バラン様配下である赤髪の青年の様な悪魔が立ち上がり、前方に大きな地図を貼った。
それはとある町だった。円形の平で巨大な町だと分かる。中央の広大な土地を有した建物。
間違いない。アスラ王国王都、アスラットの地図だ。
「まず今作戦の要は如何にして王都全域に貼られた退魔の結界を攻略するかだ。我輩であれば破壊はできるが、それだと要人達が散り散りになってしまう恐れがある。最初に一名以上を王都に潜伏させ、その者による召喚術で我々は王都へと潜入する。そして同刻にて王都部隊と王城部隊の奇襲を開始する」
全ての魔法に言える事だろうが、それに正面から対処しようと思ったら破壊か、調和か、同調という事になるだろう。破壊は分かりやすい。より大きな力でねじ伏せるだけだ。
調和はその魔法の性質に対抗する様な属性で中和してしまう事を言う。
同調はその魔法の性質と同質の存在になって魔法を克服してしまう事を言う。
前者は力技で、後者ほど技術的だと言える。
ゆえに状態異常系の魔法は本物の強者には効かない。技術に長け、同調してしまうからだ。
ゴズはんもそうだった。大幹部レベルともなればまったく効かないだろう。
だが我々は魔の者。聖なる攻撃や魔法には同調できない。
ゆえに王都を覆う退魔の結界は破壊か調和で対抗するしかない。
「今回その要に選ばれたのは、アウラ陣営より選出した魔女アルラである」
「え?」
あっしはつい呆けた声を零した。
「謹んで、拝命いたします」
姐さんは立ち上がりローブを摘むと優雅にお辞儀した。
まるで決まっていた事の様なやりとりにあっしは取り残される。
「この者は空間系統を始めとした各種魔法の扱いに長けている。結界に対する調和も可能だ。人間なのも都合が良い。正門から堂々と町に入り、その後召喚術により王城部隊を揃える。先ほどこの場の全員が王城部隊とは言ったが、正確には魔女を含める幾人かは王都部隊の召喚を行い次第での参戦となる」
なるほど。それなら然程危険な立ち回りでもないか。
「そして、王城内への転移にて奇襲を開始する隊員の選出は次の通りだ。用紙を見給え」
あっしは用意されていた紙に目を通す。
王城部隊の中でも召喚を行う者と、奇襲を開始する者とで分かれている。
奇襲を開始する者の中に、あっし名前もあった。
「質問よろしいですか?」
「うむ。なんだ?」
と、グラハス様配下と思われる壮年の男が手を上げる。
「王城内への転移での奇襲とのことですが、アスラ王城には転移結界が施されている筈です。そちらの対処はどうなさるおつもりですか?」
「それらは問題ない。我輩の空間魔法の前には意味をなさないからだ」
魔王城にも転移魔法に対する結界が施されている。あっしはもちろん、姐さんでもそれを掻い潜る事は無理である。
が、バラン様には可能の様だ。
魔王軍らしい、強者としての振る舞い。
相手への媚びの無い、ただ優先順位を説明しただけの作戦。
逆に無駄が無い。
「決行は五日後。王城にて主要人が集まり夜会の開かれる日。その日は奇しくも悪魔族の力が激る満月の夜。さらに夜会は魔王軍幹部討伐を祝う催しだと言う。自惚に溺れる王国への鉄槌を。我らが魔王軍の威を示し、彼の地を天上天下征服への足がかりとするのだ」
◯
その後の細かな話し合いを終えて、ようやく会議から解放されたあっしと姐さんは会議室を離れた。
「アドラー。一応、これ。付けときなさい」
と、姐さんが差し出したのは今の今まで姐さんが付けていた指輪であった。
「そんな、姐さん……気が早いでっせ。まぁ、ここで受け取らなきゃ男の恥。本当はあっしの方から渡したかったんですが」
「あんたバカなの!? そんなんじゃないわよ!」
姐さんは無理やりそれをあっしに握らせた。
「もうい! とにかく付けとくのよ!?」
「いえっさー」
と、つかつかと音を立てて、説明不足のうちの上司は歩いていった。
調子にのって取り残されてしまったあっしは指輪に目を落とす。
姐さんお墨付きである以上、呪いのアイテムでは無いどころかしっかりと効果があるのだろう。
だが、姐さんは結構抜けてるところがある。
「あっし、手袋も着てて指輪はめられないんやけど……」
そんな虚しい呟きが廊下に渡った。




