11:銀月の騎士
「久々に来たな。王都アスラット」
勇者へルンは街並みを見渡しながらそう言った。
計画的な都市開発により、道が舗装され、強固な外壁が一周し、区画も整った美しい街並み。
人で溢れ、馬車が行き来する活気に溢れた町。
アスラ王国王都、アスラットである。
『おい、まさかあれって』
『勇者様御一行では……』
『ラルセルを救った英雄の』
『おお、なんと精悍なお姿……』
来て早々にも周囲の住民達が騒ぎ出した。
「行こう」
へルンの合図で四人は歩き出す。
『勇者へルンの凱旋に、ばんざーい!』
『英雄に、ばんざーい!』
そう幾人かの気が大きくなった者達がそう叫び出す。
「なんか、私たちもいつの間にか有名になっちゃったね」
「ああ。この声援が、俺の、俺たちの力となる」
へルンは手を振り返しながらリンへと応じた。
『幹部討伐に、ばんざーい!』
住民達に歓迎されながら、勇者一行は町を進んだ。
◯
「よくぞ参った勇者へルンと、その仲間よ。先の幹部討伐、誠にご苦労であった。民を代表して礼を言うぞ」
王都アスラットの中央に位置するアスラ王城。その謁見の間にて、勇者一行はアスラ国王の言葉を聞いた。
「身に余るお言葉で」
四人は跪いたまま、へルンが代表して応えた。
ふくよかな腹が出っぱっり、白髭を蓄えた初老の男。彼がこの国の国王であった。
その近からず遠からずな位置に佇む一人の騎士。赤銅色の短髪した中年の男。
国王の近衛騎士にして、この国で最も強いと言われる騎士。ヘーベルだ。
「近々主らの功績を讃えた催しを行う予定だ。その立役者が来ようものなら一層華のあるものとなるだろう。是非顔を出したまえ」
「はっ」
国王の言葉に応じるへルン。
へルンが敵将の一人を倒したことにより、国は一種のお祝いムードだった。
「儂はお主が魔王討伐の報告をするのを楽しみにしておるぞ」
そう国王は言って、隣に佇む少女に目を向けた。
青髪の綺麗な齢15程の見た目の少女。ドレスを着たその少女は目を瞑りただ佇んでいる。
国王の娘にしてこの国の第一王女、ラミリア姫であった。
この時、リンだけは国王の言わん事を察してハッと表情を変えた。
「まぁ、今は固いことは忘れ、宴の日まで休まるがよい」
そう、この場での謁見を終えた。
◯
魔王討伐を成した勇者にはその褒美として、王女を嫁に取る。
どこの国にも伝わるお伽噺の一節だった。
だが実際、勇者としての有力な血を家系に入れられる事や、統治者としての求心力の向上にも大きく影響を与える事から、勇者を婿に取ることは合理的政策の一つであった。
アスラ国王もそう考える者の一人。何者かが魔王を討伐した暁には他国の者に吸収されてしまう前に、自国の適当な者と婚姻を結ばせてしまおう、と。そう考えていた。
◯
(浮かれているな……。楽観視が過ぎる。戦場の現実を知らないのだろう)
へルンは城の使用人に部屋を案内されながら思った。
つい最近まではこうはならなかった思考回路である。
(きっと状況を正しく理解できているのは師匠と、戦場に居る一部の将軍だけだ)
「おや。勇者の凱旋だと聞いて来て見れば……。また随分と成長なさった様だな。勇者殿」
と、考え込んでいた中、後ろから声を掛けてくる男が居た。
こちらを敬っているのかよく分からない口調。自信に溢れた声音。へルンはそれが誰かすぐに分かった。
「レフト様」
へルンは振り返りその男の名を呼ぶ。
この国で“銀月の騎士”の異名を持つ、屈指の実力者だった。
濃い青の短髪。長身でそれを上回る長さの槍をいつも背負っている。また、いつどこで見ても全身に軽装ながら鎧を着ており、それは真銀の輝きと魔法付与による薄青い色に変色していた。
異名の由来はその鎧姿とは別に、彼に掛けられた『祝福』にあった。
「幹部討伐おめでとう。へルン君」
「レフト様……それなんですが」
「十二人の大幹部とは別……とでも言いたいのか?」
言い当てられたそれにへルンは目を見開く。
「まったく、嫌になるよなこの国の楽観思考は。今まで倒した将軍を合わせ、残り半分を切っているなどと言う者まで居る。そんな事をほざく者程戦場から離れた所に居るものだ」
そうレフトは芝居がかった調子で言った。
「まあ、王への忠言は俺の方からしておくとして……。にしてもへルンよ、少し見ないうちに随分レベルが上がった様だな。へルンだけでなく、君たちも」
「へへっ。昨日確認したら58だったぜ!」
「ほう」
いの一番に答えたラインをレフトはよく見る。
「霊力は連続で得るほど円滑になる。絶え間ない戦闘で効率の良い成長を遂げた様だな」
「お、おう! その通りだ!」
ラインはとりあえず頷いておく。
「で、君はどうなんだ? へルン君」
「……72です」
改めて聞いても高いレベルに仲間ですら信じられない思いとなる。
「ほう……素晴らしい。その歳でレベル70代か……。これが噂に聞く『聖杯の祝福』の真価という訳か」
レフトは予想以上の成長に言葉を溢した。
「かつて、『聖杯の祝福』は『太陽の祝福』と呼ばれ、『月下の祝福』とは対なる祝福であると言われていたそうだ。そのよしみだ。少し付き合え」
そうクイっとレフトは顎で指した。
“銀月の騎士”の、その由来。それは彼が月の女神アルテミスによって『月下の祝福』が掛けられているからだった。
◯
「『霊力は上から掬うのと、下から浴びるのとではまるで違う』と言う言葉がある通り、格上を倒した際得られる経験値の効率はそうでない時と比べて著しく高い。その上、君には『聖杯の祝福』がかかっている。その成長スピードは想像を絶するもののようだ」
仲間と離れたへルンはレフトと共に城内の園庭へと来ていた。
「君が先の戦いで倒した敵将はどれ程の強さだった?」
「おそらく、Aランクの強さはあったかと」
「ほう。それほどか。Aランク帯はレベルで言う90から99の間。おそらく敵将のレベルは95前後と言った所だろう。恐るべき強さだ。この国で最もレベルの高い騎士、ヘーベルのレベル93をも超える」
ヘーベルとは先ほどの国王の近衛騎士である。
そう話すレフト自身のレベルは86。レベルだけで判断した場合限りなく『A−』に近い『B+』の強さであった。
「対して、君のレベルは72。敵将を討つ前のパーティ平均レベルは50そこらと言った所か。強さが三段階差もある相手には、同等の者を三人集めてようやく対等の戦いができると言うが、ギリギリB−へと至ったばかりの君ら四人がAランクの相手に一人の犠牲も出さずに勝ったのは運が良かった。レベル差だけ見てみれば、全滅してもおかしくなかった訳だからな」
ランクの基準はB−、B、B+、A−、A、A+と言った具合で上がっていく。つまりここで言う三段階差とは『B−』と『A−』、『B+』と『A+』と言った具合である。
「君には元勇者パーティの師匠がついていたな。あのご老人の強さはどれ程だ?」
「分かりません。ただ今だに敵わないでしょう」
そうへルンはレフトに答えつつ、そこに悔しさや面目の無さとは別に、大きな壁であり続けてくれる嬉しさも感じていた。
「ふむ。では控えめに、全盛期の強さは『A−』としておこう。事実、かの先代勇者様は単騎での赤竜討伐の記録がある。そんな一人一人がAランク代の強さを持った勇者パーティが、たった一人の魔王軍大幹部相手に全滅寸前まで追い込まれた」
ようやく見え出した話にへルンは気が引き締まった。
「“S”ランク──Aランクすら降す存在……」
と、レフトは呟く。
「俺は、魔王軍大幹部は全員、Sランクだと思っている。そして、それらをまとめる魔王はそれをも降す」
へルンは無意識に生唾を飲んだ。
「この冒険者ギルド指定の強さの指標、なぜSから上が無いか知っているか? 人類には到底、理解できない領域だからだよ」
人間のレベル限界は99。強さにして『A+』。それ以上は人間を辞めるしかない。
いつしか空気は重くなり、言葉を発するのも億劫になった。
「もし、その仮説が正しかったとして……俺たちは、この国は……勝てますか?」
だがへルンは自分でも気づかぬうちに訊いていた。
ただ肯定してほしくて、背中を押してほしくて訊いたのだと分かる。それは内心、答えが分かりきっているという事。絶望との表裏一体。
だからレフトが虚空を見上げ、そっと置く様に言った。
「さぁな」
その誤魔化しは、いっそ優しさかも知れない。




