10:下位幹部会③
「ふむ。アウラが来たということは、やはりメラゾセフ殿は欠席か」
そうバラン様が呟く。
奥の席に移動する中、私はグラハス様の隣の席をちらりと見た。
そこには誰も座っていない。相変わらず欠席なさっている様だ。
その席の主は序列九位、“夜王”メラゾセフ様。吸血鬼の王で、実際にかつてこの地を支配していたのはメラゾセフ様の血筋の方だ。
約100年前、この地は吸血鬼を頂点とするアンデット共の楽園だった。東に巨大な泉が面し、北は山脈が連なり、南は崖となる。西のアスラ王国は被害が出る事を恐れ、不干渉だった。
まさに敵無しの楽園だったろう。魔王軍が来るまでは。
当時魔王軍がどれ程の軍勢だったかは知らない。どこから来たのかも定かではない。ともかく分かっているのは一夜にして吸血鬼達は滅ぼされ、この地を支配された事だ。
その後戦いに敗れた吸血鬼達は貴族階級へとなり、ある程度の権力は許された。しかしかつての王家の吸血鬼はそれに飽き足らず、努力の末に魔王様直下の大幹部へと返り咲いた。という訳である。
が、この方が下位幹部会に出席しているのを見たことがない。
バラン様曰く、大変プライドの高い方らしい。序列がバラン様の方が上とは言え、上司という訳ではない。魔王様直轄であるため、全員上司は魔王様ということになる。大幹部同士はどちらかというと同僚に近いだろう。
なのでメラゾセフ様がバラン様に従って下位幹部会に出席する理由は確かにないのである。
バラン様が魔王様から王都陥落作戦の全権を賜っているとは言え、私兵までは動かせない。
まぁ、それで言えば、メラゾセフ様を含めて吸血鬼の方々はそもそも動く事がない。
一応貴族階級なので、領地の管理が第一の仕事である。
個人的には戦闘が得意な吸血鬼たちを事務仕事に充てるのは勿体ないと思うのだけれど……
まぁ、強き者が統治者なのもある意味合理的か。
メラゾセフ様の対面にあたる席、バラン様の席を上とした時の左下。その席に師匠は座る。
私はその背後に立って過ごす事となる。
扉を閉めていた給仕姿のマロン様が師匠の前に紅茶を置く。
癖っ毛の金髪をショートヘアにした小柄な女。見た目は人間の小娘だがその正体は完全なる受肉を果たした中位悪魔だ。強さは『C+』ほどだろう。
魔王様直属の部下にしてメイド。そんな存在が三人居るが、マロン様はそのうちの一人。
要は都合の良い使いっ走りで、私で言う所のアドラの様なものだ。
それぞれ魔王様の一部代理権も有しており、魔王城内で起こる事はマロン様に相談するのが手っ取り早い。事務係の様なものだ。
「よう! アウラ。この前の体力回復ポーション、皆んなから好評だったぜ!」
「あら、そう。よかったわ」
と、元気よく師匠に話かけたのはバラン様側の隣に座る序列十一位“獅子師”リオウ様。
緑の短髪、小麦色に焼けた肌の健康的な少年の姿のお方。特徴的なのは頭頂部付近から生えた獣の耳だ。
この方も師匠と同じで、魔王軍とは距離がある。ただただ強い相手との喧嘩を望む脳筋で、魔王軍に行き着いた。そこで魔王軍側からスカウトされて、今は魔都アルブレにある道場の師範を勤めているお方だ。
なのでこの方は自分の軍団を持っていない。後ろに控える者も道場の教え子なだけで、あくまで魔王軍所属となる。
うわっ。目が合った。
筋骨隆々なそのリオウ様の弟子とも呼べる魔族を横目で見ていたら鋭い視線を向けられてしまい、私は師匠の美しい銀髪に目を向けて心を落ち着かせた。
「相変わらず弟子同士は仲が悪いみたいだなぁ」
「そう?」
と、そんな会話を師匠同士がして、リオウ様の視線が向いたので頭を下げておく。
「さて。会議を始めるとしよう」
そうバラン様が言った。
用意された五つの席のうちメラゾセフ様の席以外は埋まっている。
序列十位はというと、当時の勇者に討たれ、50年も前から空席らしい。
私が師匠に拾われたのが40年前なので、そこらへんは詳しくない。
元々魔王軍大幹部というのも当時は十人だったらしいが、師匠やリオウ様などの微妙な立場の者が加わり、なまじ重要な立場だったため会議などには度々呼ばれていくうち、いつしか周囲が大幹部の一人だと囃し立てたのが始まりだ。
そちらの方が魔王様としても都合がよかったのだろう。義務は一切ないが、ポジションとして大幹部の序列を賜ったのである。
ので、実際のところ魔王軍大幹部は現在9人と言える。
しかも上位大幹部の情報は殆ど公ではないため、もっと少ないのかもしれない。
まぁ、なんにせよ。
アスラ王国一つ落とすのに有り余る戦力という事だけは、確かである。
「今回の会議は王都陥落に向けて、人員の選定を行う。主だった戦力は我輩の子飼いの悪魔共にはなるが、Bランク代の者が不足している。今回の作戦は万全を期す為、貴殿らの協力を仰ぎに来た訳だ」
そして悪魔による今日の会議が始まった。




