24 コンクール1
「コンクール、ですか」
「ああ。再来週だ。俺とセシルで行ってくる。万が一どっちかに何かあっても、乗り手を交代できるように」
夕食の時間だ。
今日は平たく伸ばした生地を何層にも重ね、生地と生地の隙間に野菜とひき肉をトマトで煮詰めた赤いソースが挟まってるやつだ。上にチーズをたっぷりとかけて、美味しそうな焼き色が付くまでこんがりと焼いてある。一口分をフォークで割って持ち上げると、細く長くチーズが糸を引く。
パンとスープ。セシルたちがいない間にアランがどっさりと採りたてを差し入れに来てくれたそうで、たっぷりと夏の野菜が沈んでいる。具の鶏肉も、野菜も、口に入れた瞬間にほろほろととろけそうなくらいじっくりと煮込んであるのに、スープには一切の濁りがない。キラキラ輝く宝箱みたいだ。野菜それぞれの味が濃くて、甘い。
オレンジ色のジュースはすり下ろされた野菜のやつだ。こちらもまた甘い。
塩分が、栄養が、汗をかき続け体力を奪われた体に指先まで沁み渡る。泣きそうだ。
アブラハムはメインの薄い生地を重ねた料理が好きだ。大きいお皿にあるそれをみんなでケーキのように分けて食べるから、まだおかわりができるか心配なようで、チラッチラッとときどき目が動いている。
「頑張って人を増やすから、来年はニコルも行こうな。もちろん飛んでだ。いろんな牧場のランフォルが出るから、勉強になるぞ」
「……はい」
嬉しそうにニコルが笑う。若い男の子らしい旺盛な食欲と、憧れに輝く顔が眩しい。
「あっちには泊まるんだろう?」
「はい」
アブラハムに聞かれたのでセシルは頷いた。コンクールが開催されるパラディの町は中央ほど遠くはないが、コンクールで力を発揮してもらうために、コールサックには十分羽根を休める時間を取ってもらわなくてはいけない。前日のうちに到着し、ランフォルが泊まれる宿で休ませ、ゆっくりと最後の調整をする予定だ。
「コンクールって何をするんですか?」
「『育て』を終える歳のランフォルは飛行の速さと正確さ、人への態度、性質、従順さを見られる。飛行の項目では指定されたルートを、それぞれのチェックポイントに置いてあるものを回収しながら、会場に戻ってくるまでの速さを競う。これを二回。仕上げにずらっと並べられて、買い手が売主に質問したり、間近でランフォルを観察することができる。最初から毛の色で絞るような極端なところもあるくらい、買い手の好みもいろいろだ。予算に限りのある所はもともと人気のあるランフォルを諦めてるから、意外と順位が良くなくても買い手はつく。でもやっぱり上位を取ったほうがたくさん声がかかる分、買い手を選べる」
「選んでいいんですか?」
「ああ。買い手がつけた値段、相手の専門がそのランフォルの気性や方向性に合ってるか考えながら、売り手はどの買い手にするかを選べる。売り手にとっては良心的な仕組みだけど、これもまた、悩みどころだよ。考える時間も短いしな」
「へえ」
「共通の訓練所で目に止まったり、直接牧場に見学に来てもらって交渉することもあるから、コンクールだけが買い取ってもらう道じゃないけど、やっぱり上位に入るとランフォルも嬉しそうだよ。きれいな首飾りを贈られて、やったぞって顔してるから、きっとランフォルもわかってると思う」
「上位に入ればそれまで縁もなかったところから声がかかることもあるしな。牧場の名にも箔が付く」
「へえ……」
わかったような、わからないような、という顔をニコルがしている。その様子に、セシルとオスカーは目を合わせて笑った。あの華やかさ、賑やかさ。出番を待つ間の独特の緊張と競技中の興奮は、やっぱり一度あそこに行って、出場してみないとわからない。
一年後が楽しみだなあとセシルは笑う。今雛のみんなが立派になって、ニコルもきっと一人で飛べるようになっているだろう。きっともっと人も増えてにぎやかで、卵もいっぱい拾いに行って、雛もたくさん。クアクアクアクアだ。
そんなことを考えていると、セシルは思わず笑顔になってしまう。
「なんだセシル」
「想像しちゃいました。一年後。楽しみですね」
セシルの顔を見て、ふっとオスカーが優しい顔で笑った。
「ああ」
毎日こんなふうにみんなでごはんを食べて、話して、一生懸命ランフォルのお世話をして。飛んで、抜けた雛の毛を手をつないでみんなでふみふみと踏んでいれば、きっとその日は来るのだろう。
毎日が明るい。楽しい。セシルはここにいる限り、もう暗い部屋の中で、一人きりでごはんを食べなくていい。
「……あれ」
ぽろ、と涙が落ちて驚く。指で押さえる。
「?」
止まらなくてもっと驚く。オスカーとニコルがこっちを見ている。
おかしい。今セシルは、とても楽しいことを考えていたはずだ。
オスカーが額を押さえた。
「……抱き締めろニコル」
「俺じゃないでしょう!」
珍しくニコルがオスカーに反論している。あれ? あれ? と首をひねりながら、セシルは今自分の胸にあるこの気持ちを表す言葉を探す。
あたたかくて、とても大切。なのになんだかもったいないようで、泣きたくなってしまうような気持ち。
「すいません。なんか、……幸せだなあって」
「……」
「美味しいごはん食べながら、一年後の話を、誰かとしていいんだって……一年後、きっとそうなってるって普通に思えるのって、すごく幸せだなあって思ったら、……なんか、出ちゃいました」
「……」
「オスカーさん!」
「……」
固まったようなオスカーとオスカーの背中をバンバン叩きながら慌てているニコルの前でごしごしっと袖で拭い、セシルは笑う。
「すいませんでした。続けましょう」
「……」
「……」
アブラハムがあの料理に二回目のおかわりをしている。
オークランスの美味しい晩餐が続いていく。




