20 二人乗り
「今日はアルコルと二人乗りの練習をします」
「へえ」
顔を輝かせているニコルに向かって、セシルは笑う。
「最初は乗れる人二人で練習して、アルコルが人を二人乗せるのに慣れたら、ニコルとオスカーさんか、ニコルと私で二人乗りだよニコル」
「……」
「ランフォルに乗れるよニコル。ニコルががんばったから。みんながニコルに慣れたからだよ。きっとすぐだから、待っててね」
パアアアアと音が出そうな勢いでニコルの顔が輝く。わかるわかるとセシルは思う。そうじも、餌の準備も、ニコルはずっと真面目に、真剣に手を抜かずにやってきた。背に人を乗せて飛び立つランフォルたちをじっと見ていた。乗ってみたくないはずがなかった。
「……アブラハム」
「なんです坊ちゃん」
「本当に腰、まだダメなのか」
「あ~たたたたたたぁ。ふぅ無理ですね。あちこちきしむ年季の入った年寄りなもんで」
「……」
何故かオスカーが変な顔をしている。なんだろう。
「オスカーさん先、前と後ろどっちがいいですか」
「……どっちにしたって……」
「どうしたんですか? まあいいやじゃあ私先に前やります。よく見ててねニコル」
「はい」
「……」
アルコルを撫で、鞍を見せる。二つだ。
これで『二人乗るよ』とわかってもらえるかはわからないが、セシルはそうする。びっくりしてほしくない。いつもと違うことが起こることだけでも伝えておきたい。
鞍を括り付け、ベルトを固定。引っ張ってチェックし、後ろからオスカーに見てもらう。
オスカーも無言のまま鞍を固定し、アルコルの背に跨る。太ももを止めている金具をセシルが体をねじって振り返り確認する。問題ない。
「前に座る人がランフォルの首紐を持って笛で指示を出します。乗せるのが小さい子どもとか荷物みたいな、抱きかかえたほうがいいもののときは、前に乗せることもあるよ」
「はい」
ニコルがしっかりとメモを取って聞いている。
「今日はお客様がおっきい大人の男性なので後ろに乗ってもらいます。体が離れているとランフォルの負担が大きくなるので、後ろの人は前の人にしっかりしがみついてください。……なんですかオスカーさん悪い例を見せてるんですか? そろそろ飛ぶのでお手本お願います」
「……はい」
オスカーが後ろからセシルの腰に腕を回し、ぐっと体を密着させた。背が高いから、後ろから包まれるような体勢になる。
「アブラハム、ニコル。頼むからそんな目で俺を見るな」
「はい上手です。こういう感じで、なるべくぴったりくっつきます。体重の移動がばらけたり風の抵抗が強くなると、ランフォルが疲れるからです。じゃ、行きますよオスカーさん。アルコル、よろしくね」
笛を口に当て、吹く。アルコルがゆっくりと翼を広げ、力強く羽ばたいた。
ぐんぐんと上昇する。おなかがぞくぞくして、今日は背中はあたたかいのがおもしろい。
アルコルは戸惑わずに指示に従ってくれている。乗っているのがセシルとオスカーだからというところは大きいだろう。よく知っている人間たちで、二人とも乗り慣れている。
だが将来輸送や人を乗せる仕事に就くならば、初めての人間でも、乗り慣れていない人間でも乗せられるようにならなくてはいけない。もちろん慣れた乗り手が同乗するし、それに向けての専門の飼育法があるそうだが、やはり性質、向き不向きというものはある。優しくて真面目なアルコルはそちらの仕事にとても向いている、と、セシルは思っている。
「二人乗りひさびさです」
「なんだって?」
「二人乗りひさびさ! 子どもの頃以来です! 楽しいですねオスカーさん!」
「…………」
「なんて?」
「いいや。楽しいな!」
「はい!」
ぐーんと山のほうまで羽根を延ばし、牧場に戻った。先程の位置に着地して、ベルトを外し、アルコルの体を確かめる。
「じゃあ今度はオスカーさんが前で。アリクイ並に張り付きますから覚悟してください」
「……」
なんだろう元気がない。そして何故かさっきから顔をこっちにも向けない。
まあいいかと思いながらベルトを締め、セシルは目の前の大きな背中にぎゅっとしがみついた。
わあ固い。そしてすごく広いなあと思う。ちっとも前が見えない。正面を向いてくっつくと鼻が埋まってしまって苦しいので押し付けるのはほっぺにして、ニコルたちのほうを見た。
「大事なことなのでもう一度言います。こうです。ぎゅっとなるべく隙間なくぺったりぴったりです。ぎゅっ、ぎゅっのぎゅ。はいぎゅっ、ぎゅのぎゅっ」
「……事故起こすなよオスカー」
「……集中、がんばってくださいオスカーさん」
何故か悲壮な顔をしている二人に見送られ、天空へと旅立った。
楽しい。自分が紐を引かずとも、笛を鳴らさずとも飛べる。次どっちに行くかもわからず、どんな動きになるのかもわからない。最高に楽しい。
「オスカーさん楽しい!」
「ああ! ああ楽しいなちょっと今話しかけないでくれ俺は今頭の中で歴代の王様の名前を初代から順番に思い出してんだ!」
「楽しいですかそれ!」
「ああ最高に楽しいよこんちくしょう!」
「そうですか! よかった! 楽しい!」
「ああ楽しい楽しい! 楽しいな!」
何も心配することなくゆっくりと眼下の風景を眺められるのは、前にいるのがオスカーだからだとセシルは思う。
間違ってもアルコルが嫌がるようなこと、例えば紐を強く引いたり、無茶な指示を出したり、体を蹴ったりなんてことを、何があってもしないとわかっている。ランフォルのために危険を避ける慎重さがあって、そのための知識も経験も豊富。体も立派で強いし、性格は優しくて、細やか。
しがみついた体は男らしい。そういえばセシルのものじゃない、日向の草原のようなにおいがする。
どこも固くて厚い。オスカーさんって男の人なんだなあと、改めてセシルは思った。
さっきと同じくらいの距離を飛び、帰還。ベルトを外してアルコルの体を確認し、抱きつく。
「ありがとう。すごい子」
ググルゥ、ググルゥと鳴きながら、くちばしで優しく髪を梳いてくれる。
自分にもこんなくちばしがあればよかったのにとセシルは思う。そうしたらお返しに、たくさんたくさん大好きだよの毛づくろいをしてやれたのに。
何度も何度もその体を撫でた。くちばしがなくても、大好きだよと、少しでも伝わるように。
「よし、アルコルはこのあと休み。他の奴らを俺が散歩させてくるから、その隙に掃除頼む」
「はーい。……ワッチマルマル」
「ワッチマルマル」
「染まったなあニコル」
「頭に染みついて、気が付くと口が勝手に……」
「恐ろしい」
「ワッチマルマル、ワッチマルマル!」
今日もオークランスの牧場はとてもにぎやかである。




