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飼育員セシルの日誌 ~ひとりぼっちの女の子が新天地で愛を知るまで~【書籍化/コミカライズ】  作者: 紺染 幸


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18/32

18 旅1

 飛んでいる。


 セシルはアルコルの背中の上だ。オスカーはコールサックの上。女性陣の長距離の練習はもう少し先にしようとオスカーが判断した。

 目の下を走っていく景色を見下ろす。ここは煉瓦造りの家が多い。カラフルで素敵だ。

 赤い屋根の背の高い建物はなんだろう。降りてみたい気もするが、今回はなるべく最短距離で、寄り道しないで家に帰らないといけない。

『どっかで泊まってきたらどうだ』とアブラハムにニヤニヤ笑って言われたが、オスカーにそのつもりはないようだった。

 馬車で行けば十日以上かかる距離を、ランフォルは日帰りに変えてしまう。だからこそ彼らは人に求められ、育てられ、大切にされる。

 オスカーが手を上げて合図をした。休憩するのだろう。セシルはコールサックの後ろにアルコルをつけた。


 旋回しながら山の上の岩場に降り立つ。じっくりとアルコルの羽根、足を確認してから、セシルはオスカーに歩み寄った。


「休憩ですか?」

「ああ。そろそろ疲れてくるころだ。俺たちもな」

「はい。おなかすきました」


 ぐうとちょうどおなかが鳴ったので、ほらねとセシルはオスカーを見上げた。


「タイミングのいい有能な腹だな」


 オスカーが笑う。太陽を背負っているから眩しい。笑いながらセシルは目を細めた。


「火を起こそう。日差しが強いから洞窟に入るか。広いからみんな入れる」

「はい」


 コールサック、アルコルを一通りなでなでし、洞窟に向かう。ひんやりしていて涼しい。

 二羽も気持ちがいいらしい。岩肌に体を預け、オスカーが出したごはんを食べている。

 セシルはよさそうなくぼみを見つけた。石を積み、乾いた細い葉に火をつけ、ふうふうと吹きながら葉を足していく。さらに大きくなったら細い枝、もう少し太い枝を足す。

 安定した炎を確認し、オスカーに声をかける。


「オスカーさん、つきました」

「よし。パンを軽く焼いて、これを焼こう」

「ゼフ爺印の燻製肉!」

「御名答」


 木の棒を立て網を渡し、肉投入。じゅうといういい音、美味しいにおいが満ちる。


「で、はじっこにパン、鍋に卵、と。水汲んで来るから見ててくれセシル」

「一人で大丈夫ですか」

「ここは安全だ。ランフォルのにおいもあるし、大丈夫だろう」

「はあい」


 セシルの目は肉に引き寄せられている。必要もないだろうに何度も何度もひっくり返しているとオスカーが帰って来た。


「セシル、なんか焦げ臭いぞ」

「肉はこの通り最高にじゅうじゅうのじゅうですが……」

「……パンだ」

「あっ」


 肉に集中しすぎて忘れていた存在に気付き端のほうのパンを見た。片方はセーフ、片方はやや、不健康な色まで焼けてしまっている。セシルは眉を下げた。


「……オスカーさんのパンが焦げた……」

「いつから俺のだ!」

「オスカーさんのパンが……」

「くそっ」


 オスカーがパンを素手で救出し、あちあちしてからじっと見る。


「まあ、これくらいなら大丈夫だろ。肉もそろそろいいだろう。満を持して挟むぞセシル」

「はいボス」

「従順な従業員がいて幸せだな」

「イエッサ」


 急によき従業員になったセシルの前でオスカーがパンにナイフで切り込みを入れ、バターを落とした。じわじわと溶けるその様子と、においがたまらない。


「見すぎだ。ドーナツになるぞ。ほら。セシルのパン」

「ありがたき幸せ」


 恭しくそうしてもらったほどよい色のパンを受け取り、よだれを零しそうになりながらじゅわじゅわ脂を零す燻製肉を置き、その上にちょうどよくなった目玉焼き。そして片割れのパンで蓋。

 目を合わせ、揃って食前のご挨拶。

 そして大きな口で、ざくり。


「……!」

「……」


 脂ほとばしって柔らかくなったゼフ爺特製燻製肉に固めの目玉焼き。香ばしいパンとバターの合体。美味くないわけがない。これが美味くないわけがないだろう。朝からずっとランフォルに乗りっぱなしの疲れた体に、この最高にしょっぱい、脂ぎった、栄養満点の焼きたてのものが美味くないはずがない。ブルブルっとセシルは震えた。


「抱きついて喜びのダンスをしたい気分です」

「ああ、いつでも来い」

「ゼフ爺にです」

「そうか」


 そのまま口の中のものに集中し、無言になって、二人はあっという間にそれを食べ終えた。幸せに膨れたおなかをセシルは撫でる。


「美味しかったぁ……」

「うん。美味かったな。さて俺たちも休むぞ。布敷くから手伝ってくれ」

「はい」

「あれ、一枚しかないぞ。二枚入れたはずなのに」

「逃げましたかね。大きいから一枚で大丈夫ですよ」

「……」


 布を広げ、枕代わりに着替袋をぽんぽんと二個布の上に置き、オスカーとセシルが端と端に体を横たえる。布の下の平らな岩がひんやりして、気持ちいい。

 オスカーが紙のこよりで下げたコインを金属の皿の上にぶら下げ、根元同士で交差するように虫よけの香を立てた。時間が来たら紙が燃え切れ、コインが落ちるから音が出る。目覚ましだ。


「だいたい鐘一個分。長距離はちゃんと休憩するのも仕事だ」

「はい」

「よく寝ろよ」

「その点は一切問題ありませんボス」

「そうだった」


 少し離れたところで横になっているオスカーが、セシルを見てふっと笑った。

 長くて逞しい手足。きれいな青い目。日焼けした顔は精悍で、でも笑うとうっすら笑いじわが浮く。最近また髪が伸びた。手を伸ばせば触れられそうなくらいの距離。

 アルコルとコールサックも寝ているのだろう。どこかで水滴が落ちる音がするくらい静かだ。ひんやりとして、穏やかで、おなかが満ちていて、とっても幸せだ。

 なんだかずっとここにいたいとセシルは思った。ここは静かで、優しい、セシルの好きなものしかない。

 そう思いながら目をつぶった瞬間、セシルの意識は途切れた。



「……名人芸」


 その瞬間を眺めていたオスカーが、ぽつんと呟く。

 あっという間に響き出した、静かな寝息。

 蜂蜜色の長いまつげがなめらかで白い頬に影を作り、わずかに開いた唇が呼吸のたびにすうすうとほんの少しだけ動く。

 子どもみたいな寝顔だ、とオスカーは笑う。


「……安心した顔しやがって」


 頭でもぐりぐりしてやろうかと思いかけ、思いとどまる。こんな距離、触れたら何が起きるかわからない。

 じっとその顔を見る。やっぱり子どもの顔だ。

 セシルは安心している。安心しきっている。オスカーと、ランフォル達しかいないこの空間で。

 男としては大変にいかがなものかと思うが、上司としては及第点だろう。

 本音を言えばそのやわらかそうな頬に触れてみたい。だがセシルがやっと手に入れたその安心というものを、オスカーはセシルから絶対に奪いたくない。


「休憩するのも仕事」


 目を閉じ反対方向を向く。しばらく経って、うん、寝れそうだなと思ったとき。


「……アルコル」


 そう言った何者かに、後ろから抱きつかれ、背中に額を擦りつけられた。体を撫でられた。


「……いいこ」

「……」


 ゴロゴロゴロゴロと勢いよく回り、オスカーは岩肌を転がった。ボスンとアルコルにぶつかり薄目で見られるも、オスカーを確認して彼は目を閉じた。


「アルコル……ここで寝かせてくれ。ほんの、ほんのちょこ~っとは多分、お前のせいだからな」

「……」


 いいよともいやだよとも言わないアルコルを枕に、オスカーは目を閉じた。


「……休憩するのも仕事」


 言い聞かせ、必死で眠ろうと、オスカーはがんばっている。






「オスカーさんだけずるい」


 セシルはふくれている。コインの音に起きたら、オスカーがアルコルにくっついて寝ていたからだ。

 セシルだってくっついて寝たかった。いっぱい飛んでアルコルが疲れてるだろうと思って遠慮したのに。オスカーだけずるい。


「あぁ……なんか寝てるうちにあそこまで転がってた」

「意外とすごいですねオスカーさんの寝相。いいなぁ」


 まだちょっとコールサックが眠そうに水を飲んでいるのを待つ間、二人は荷物を全て片づけたうえ、時間つぶしに座って交互に石を積み上げている。倒したほうの負けだ。

 お互い結構粘って、セシルの目の高さまで積み上がっている。


「ここで登場、ボコボコした小さい石!」

「子どもか。そういうやつは次の自分の番で痛い目見るんだ」

「やめときます」

「いい子だな」

「そうでしょう」


 そんなことを言い合っているところに、コールサックが歩いてきた。ぱっと羽根を開いた風圧で、石の塔はがらがらと倒れた。オスカーとセシルは目を合わせる。


「……今どっちの番だった……?」

「秘蔵のつるつる石をのせて指を離したところだったから、オスカーさんの番です」

「また俺」


 言いながら立ち上がり、表に出る。


「行くか」

「はい」


 そしてしばらくまた空の上だ。体を伸ばせる今のうちにと、セシルは大きく伸びをした。

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[良い点] >ドーナツになるぞ 穴が開くほど見つめる、をこう表現するのか。すばら
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