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飼育員セシルの日誌 ~ひとりぼっちの女の子が新天地で愛を知るまで~【書籍化/コミカライズ】  作者: 紺染 幸


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16/32

16 花まつり1

「いつもすいません」

「いいの。楽しみなのよ」


 今日もアデリナさんに、セシルは甘えてしまっている。

 花まつりはこの国の民族衣装、ポルチャで出る人が多い。透ける白いレースの袖の短いシャツに、胸の下できゅっと絞った固めの生地のワンピースを重ね、ウエストもきゅっと絞る。首元が広く開いているので胸の大きい子は強調されてセクシーになるが、残念ながらセシルはちょっぴりだ。たくさんの花が刺繍されたそれを、今セシルは着ている。やっぱり『娘に着せようと思って取っておいた』アデリナさんのお古だ。とても細かい刺繍が入った、絶対に高いやつだ。


「今度、何かさせてください……あんまり、できることがないけど、体を動かすことなら得意です」

「その気持ちはオスカーさんに向けてあげて。私は今までオークランスから受けた恩を、少しだけ返しているだけ。可愛い子を可愛くするのはとっても楽しいから遠慮しないで」

「……ありがとうございます」


 本来オスカーが受けるべきお返しをセシルがもらっていることが申し訳ないが、久々の花祭りだ。せっかくだからセシルも目いっぱい楽しみたい。


「はいできた。やだ可愛い。食べちゃいたい」

「……」


 鏡の中の自分を見る。頬がいつもより赤くなり、唇がつやつやしている。目の上が少しきらきらだ。


「髪飾りはつけないわ。オスカーさんにフォルトナをもらうのでしょう?」

「はい、くれるって言ってくれました」

「そう。いくつもつけると野暮だから、オスカーさんのだけ髪に挿して、あとは服に挿しておいたほうがいいと思うわ」

「わかりました」


 アデリナさんに見送られて、家に戻る。

 途中の道にオスカーが立っていた。世界が夕焼けで真っ赤に染まっている。


「……」


 背の高い人がこっちに歩いてくる。セシルを見つめたままで。

 無言のまま向き合った。彼の手が、白いフォルトナの花を差し出した。

 親愛。それを受け取り、耳の上に挿す。小さな花がしゃらしゃらと垂れ下がっている花なので、そのまま髪飾りになる。何年振りかのそのしゃらしゃらという音を聞きながら、そっと手で押さえる。


「落ちちゃう」

「どれ」


 オスカーの指がセシルの髪に触れる。遠くで人のにぎわう声がするが、ここは不思議なほど静かだ。


「これでどうだ?」

「大丈夫そうです。ありがとうございます」


 連れだって歩く。


「セシル」

「はい」

「似合うよ」

「ありがとうございます!」


 しゃらしゃらという音を聞きながら、セシルは歩く。

 夕日に照らされたそれが赤く染まり、セシルの髪で揺れている。





「……」

「……」


 その顔やめろ、とオスカーは思っている。祭りの会場で会ったアランにだ。

 セシルを見て、次にセシルが髪に挿した花を見て、それからオスカーを見た。なんとも残念そうな顔で。

 オスカーだって思わなかったわけじゃない。『赤買っちゃおうかな?』と。ほんの一瞬だけだ。受け取らざるを得ない状況に追い込んだうえで、そんなことできるはずがない。

 今日はアランの横に、おなかの大きな奥さんがいる。赤い髪の、しっかり者の奥さんだ。


「初めまして! お会いしたかったです」

「私もですセシルちゃん。お噂はかねがね。アランの妻のヘレナです。お久しぶり、オスカー。すっごい可愛い飼育員さんね」

「ああ。体調はどうだ」

「だいぶ落ち着いたわ。あと少し、頑張らなきゃ」

「頑張りすぎるなよ。アランに働かせるんだぞ」

「ええ、もちろん」


 ヘレナとセシルが何か話し出した。肩に腕が回ったのでなんだとそっちを見たら、アランがヒソヒソ声で言う。


「ポルチャ着てる女の子って、すっげえ首にキスしたくなんねぇ?」

「…………やめろ」

「肌真っ白。胸だって思ってたより……」

「よせ。見るな。……あれはなんであんなに襟が広いんだろうな」

「そういう伝統だ。諦めろ我が友よ」


 悪友が笑って、オスカーに黄色いフォルトナを差し出した。受け取る。


「お返しだ我が友よ」

「どうも」


『友情』の黄色。じいさんになってもこれをやっていたら面白いな、まあきっと、どっちかが死ぬまでやるんだろうな、とオスカーは思った。

 ヘレナからセシルが同じものを受け取っている。ヘレナは気さくな女性だ。

 黄色か白か悩んだあと、はにかみながらセシルが黄色をヘレナに渡した。なおアランもヘレナも、胸に赤いフォルトナを挿している。

 あんまり混む前に移動するというアランとヘレナを、手を振って見送る。道行く人々が、それぞれの色、本数のフォルトナを体のあちこちに揺らしている。


「オスカーさん」

「ん?」


 セシルに呼ばれてそちらを見た。光を反射する胸元の白い肌が目に染みるようで、慌てて焦点をずらす。


「さっきお店で買えたから。すぐ渡せばよかったのにすいません。いつも、本当にありがとうございます」


 セシルが差し出した白いフォルトナを、オスカーは受け取った。

『親愛』。セシルにもらうならば友情の黄色よりも、オスカーは嬉しい。

 胸ポケットにそれを入れ、ぽんと叩く。


「うん。こちらこそ、いつもありがとうセシル」


 ヘレナにもらったフォルトナを、セシルはポケットに入れた。髪に挿したオスカーの白は、そのまま、同じ場所で揺れている。

 日が落ちて、ランプの光があちらこちらで揺れている。

 広間に出た。町中の人が集まっているんじゃないかと錯覚するくらいのにぎわいだ。

 笑い声と、香ばしい香り、甘い香り、楽器の音、歌が満ちている。小さなポスケッタの町の、昔から変わらない花祭りだ。


「セシル、なんか食うか?」

「ねずみ落とししたいです!」

「子どもか」


 ベルトの上を右から左に流れるねずみのぬいぐるみをボールで落とすゲームだ。落とした数に応じて景品がもらえる。

 景品と言ったってたかが知れている。子どものおもちゃばっかりだ。

 きょろきょろと探して見つけ、列に並ぶ。横を見れば頬を染めて目を輝かせている。子どもかとオスカーは笑う。


「昔これで満点を出したんです。景品に大きい鳥の凧をもらって、何度も飛ばしました」

「満点はすごい」

「はい、じいちゃんとばあちゃんも……」

「……」

「……セシルはすごいって、褒めてくれました」

「うん。すごい」


 順番が来たので店主に金を渡す。知り合いだ。というか町の中なんて知り合いしかいない。


「オスカーがやるのか?」

「いいや。こちらのお嬢様だ。過去に満点を叩き出したらしい」

「それはすごい。ならペダルを早めに回そう」

「大人げないな」


 親父が声をかけ、グルグルと裏方がペダルを回す。猫の柄模様が描かれたボールを握りしめて、セシルがねずみが出るのを待っている。ちなみにひよこを落とすと減点だ。彼らはニワトリになって卵を産むし、美味しいからだ。

 出た。灰色のねずみ。えいとセシルがボールを投げ当たる。落ちる。

 またねずみ。コントロールがいい。高さも抜群。

 ねずみと見せかけた灰色のひよこ。この親父はつくづく嫌らしい性格をしている。セシルは騙されない。今度はわかりやすい黄色いひよこ、そしてねずみ。ボールが当たって落ちる。


「倍速にしろ!」

「ホント大人げねえな」


 ねずみだがすごく小さい。ホントにもう。落ちる。素人が木彫りして作ったと見える多分ねずみ。何故なら藁をひっつけた髭があるからだ。セシルの手が止まる。


「落とさないのか?」

「はい。あれは多分ひよこです」

「どこでわかる」

「なんとなく鳥感を感じます」

「わっかんねえ」


 親父が悔しげだったから、どうやら合っていたらしい。あの髭はなんだったのだろう。しっぽだろうか。

 どんどん早くなる中順調に落としていたところで、セシルが『あっ』と言った。投げたボールが当たらなかったねずみがそのまま走り、板の裏に行った。


「あぁ……」

「手元が狂ったか?」

「はい。お花が落ちそうになって」

「……挿し方が甘かったな」

「いいえ。でも残念」


 親父、腕を組んで胸を張り、満面の笑み。ここからこの箱の中で一つ選んでもってけと言われ、セシルは誰かの手作りだろうコップを選んだ。


「欲しかったのか?」

「はい、自分のが」

「そうか。親父」

「ん?」


 オスカーは財布を出した。


「一回。よろしく。次は俺だ」


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