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飼育員セシルの日誌 ~ひとりぼっちの女の子が新天地で愛を知るまで~【書籍化/コミカライズ】  作者: 紺染 幸


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15/32

15 新入り

「今日からお世話になります、ニコル=アレアンです。よろしくお願いします」


 銀色の髪を揺らして、少年がお辞儀する。

 緊張しているのだろう。顔が真っ赤だ。


「よろしくなニコル。こっちはこないだ会ったな先輩のセシル、でこっちの年季入ったのが大先輩のアブラハム」

「くちばしの黄色い旦那様は、道具は使い込むほど味が出るのを知らんと見える。お前はしっかり覚えておけよニコル」

「はい」

「と、こんなふうに口は悪いがランフォルの生き字引だ。知識はアブラハムから、実地は俺とセシルで教える。一回で覚える必要はないから、わからない場合はすぐ、どんな小さなことでも再確認してくれ」

「はい」

「ランフォルは人間に非常に友好的な生き物だが、それでもやはり別の生き物だ。彼らには彼らの理があり、力も強く、くちばしも、爪もとても鋭い。最初のうちは成体には近づかないでくれ。毎日、世話をしている姿を彼らに見せて、少しずつ慣れてもらおう」

「はい!」

「その代わり雛は触り放題。好奇心旺盛ですぐにツンツンしてくるから覚悟しろよ。傷だらけになるぞ」

「はい!」


 力の入った様子が微笑ましい。

 男の子だから、十三歳でもセシルより背が高い。体は薄く、まだ少年らしくひょろりとしている。


「よろしくねニコル」

「よろしくお願いします」

「じゃあいくよ」

「どこにですか」


 小屋の扉を開ける。クアックアックアッと中から雛たちが飛び出てくる。

 親と思ったものだけにくっつく短い期間は終わり、雛たちは今好奇心に満ちている。新しいものが大好きだ。三羽に囲まれて、ニコルがあたふたしている。


「えっこれ、撫でて、いいんですか」

「うん。この辺を撫でると喜ぶよ。こうして」

「わあ、ふわふわだ」

「幼毛はね。大人はもう少し固いよ」

「へえ……」


 しゃがみこみ、おっかなびっくり、ニコルがレアンをふかふかしている。


『クア』

「……可愛いな」


 おっとりとした平和な顔で大人しく撫でられているレアンを見て、ニコルが思わずといった様子で言った。大人たちは目を合わせ、にやりとする。

 オークランスの牧場で働くならば、そう思ってもらわないと困る。


「なんとこうやって抱っこもできます!」

「へえ! 俺もやっていいんですか?」

「うん。左手でおしりを持ってね。こうして」


 ノワを抱く。嬉しそうにクアクア言っている。


「あれ……思ったより軽い」

「そう。羽根で膨らんでるから」

「ふわふわですね」

「うん。ふわふわ」


 人は彼らを抱けば必ず。ほっぺをスリスリしたくなる。そしてスリスリし、髪の毛をかじられ笑うのだ。


「アブラハム。俺とセシルで散歩をしてくるから、ニコルに餌の説明を頼んでもいいか」

「ああ腰が痛い。はいわかりましたよ旦那様」

「治ったくせに」

「時々痛むんです。ついてこいニコル」

「はい!」


 名残惜しそうに腕からレアンを下ろし、ニコルはオスカーとセシルにぺこりと頭を下げてから、アブラハムに従った。


「いい子!」

「レアンを褒められて嬉しいんだろう」

「それは多分にあります」


 笑い合い、並んで歩く。クアッ、クアッ、クアッと三羽がそれを追いかける。

 子持ちのランフォルに三羽を頼んで、若いランフォルたちの元に向かった。

 最近アルコルの体がぐんと大きくなった。翼もたくましくなって、体を預けていてとても安心感があり、心地いい。艶が増しよけいに美しくなった羽根。もうアルコルは、大人のランフォルになるのだ。

 皆に順番に抱きつき、首を撫でた。自ら近寄って親愛を示してくれるアルコルを抱き締める。

 アルコルの雛のころも見たかったなあとセシルは思う。きっと真っ黒で、ほわほわで、今と変わらずに優しい子だったに違いないと思う。


「顔が恋する乙女だぞ、セシル」

「はい、してるかもしれません。大好きだよアルコル。ランフォルに生まれればよかった」


 高い空を自分の羽根で、思うがままに飛べたなら、それはどんなに楽しいだろう。

 ふっとオスカーが笑った。


「それは困る」

「働き手が一人減ってランフォルが一羽増えますね。諦めます」

「ああ。今日は年長組も一緒に飛ぼう。雛たちは二人に頼んである」

「やった! そろそろ巣ごもりもおしまいですもんね。皆で飛ぶの、夢だったんです。じゃあ今日はコールサックだ。また今度ね、アルコル」


 年長組と若手で飛ぶならば、若手組の先頭はリーダーのほうがいい。名前を呼ばれて、ググルゥとコールサックが鳴いた。

「先に飛んで、山のとこで待っててくれ」

「はい。確認だけお願いします」


 コールサックに鞍を乗せ、跨って金具を締める。オスカーが確認し、頷く。


「もう少し二人に任せられるようになったら、中央まで一度飛びに行こう」

「何故ですか?」

「そろそろ長距離の練習もしたいし、何より俺たちが道を知っておいたほうがいい。いつ、どんなときにあそこまで飛ぶことになるかわからん。あそこならだいたいのものがあるからな」

「わかりました。……人が増えると、できることが増えますね」

「ああ。ニコルが慣れたらまた若手を入れてもいいけど、やっぱり経験者が欲しいな。欲を言えば」

「何人誘ったんです?」

「セシル入れて五人。やっぱりこんな田舎には事情のある変わり者しか来ないな」

「そうですね。よっぽどの事情がある変わり者じゃないと」


 目を合わせ、はっはっはと笑う。


「こんな田舎でももうすぐ花祭りだ。今度アデリナさんに服を作ってもらったらどうだ」

「出ていいんですか?」

「もちろん。夜だしな。保護者としてついてってやろう」

「やった。出店ありますか?」

「ああ。年に一回だからみんな張り切って出すよ。ただ、『マダムオデッセイの占い館』だけはやめとけ」

「なにそれ気になる」


 夏の花フォルトナが咲く時期に花祭りは開かれる。親から、恋人から、友人から。贈られた花を身に着け、人々は笑ってそのにぎやかなお祭りを楽しむ。白が親愛、赤が恋愛、黄色が友情のしるしになる。

 身に着けるのがいっぱいでも、たった一つでも楽しい。行き会った相手に自分の花を贈るのも楽しい。知り合いに『好き』を贈り合う、幸せなイベントだ。


「フォルトナもください。ひとつもないと寂しいから」

「わかった。心配しないでもきっと行き違う相手がくれるだろう。セシルは有名人だからな」

「どうしてですか?」

「よくこの辺を飛んでるだろう。セシルが今日誰に乗ってるかで賭けしてる連中もいるらしい。暇なんだよ、皆」


 笑って別れ、セシルはぎゅっとコールサックの首を抱いた。

 コールサックも大きくなった。もう大人とほとんど変わりない。


「今日は少し派手に行こうか」


 笛を吹き、皆に意図を伝える。ニコルが見てるだろう。『ランフォルってかっこいいな』って思ってもらいたい。

 コールサックを先頭に、等間隔を開けて列を成し、わざと大きく風を切る音を立てながら、すさまじい勢いで四羽は天に駆け上る。

 まぶしい。気持ちいい。こういうときセシルはどうしても笑顔になってしまう。

 コールサックは力強い。以前はときどき指示を聞かないことがあったけれど、最近はそれもない。

 大人になったね、とその銀色の背中を撫でる。嬉しくて、ほんの少しだけ、寂しい。

 山の上に降り立って待っていると、空の遠くから一団が近づいてきた。

 早く一緒に飛びたいなと胸を高鳴らせながら、セシルは彼らを待つ。

 リーダーであるスピカに、背の高い男性が跨っている。こうして見ると足が長いなあと感心ながら、その優しい手つきを見つめている。


 ◇ ◇ ◇


 スプーンを口に運んだニコルが絶句している。

 今日のお昼はセシル考案の、『リーソの上に辛めのシチューのようなものをかけたものに揚げたお肉をのせたやつ』だ。お肉はざくざくと切ってくれてあるし、揚げる前に筋を切って叩いてくれてあるので柔らかい。スプーンでも切れる。

 一口食べたニコルが震えながら涙ぐんだので、大人たちは慌てた。


「……ここで働けてよかったです……」

「この反応を、前にも俺は見たことがあるぞ」

「そうなっちゃうんです。ゼフさんはすごいや」

「……」


 奥から料理人のゼフが出てきて、ニコルをじっと見つめている。ニコルの色褪せ丈の短くなったシャツ、継ぎだらけのズボンを見る。


「帰る前に毎日食堂に寄ってけ。婆さんがいるから、名前を言え。予算使い切ってねえし、材料余分に使ってもいいですね旦那様。大した手間じゃねえ」

「うん。……ありがとうゼフ」


 右目の上に傷痕のある老料理人はそれだけ言ってまた奥へと消えた。

 なんのことだろうと、セシルとニコルは目を合わせて首をひねった。


「……毎日、家族への土産をお持たせしてくれるってよ。こりゃあお恵みでもご慈悲でもねえぞニコル。お前にいっぱい食わせて体をでかく、力持ちにして、お前の家族も腹いっぱいで、お前がなんも心配せず、骨惜しみなくここで働くようにっていう、オークランスの投資だ」


 アブラハムが言う。お年寄りだが健啖だ。もりもり食べている。


「……」


 ニコルの皿の上では、半分のところで線で印がつけてある。あそこまで食べた後、ニコルはどうしようと思ったのだろう。

 彼は背は高いけど瘦せている。先日会った、彼の家族もだった。


「……」


 ニコルの灰色の目がじわりと潤み、木の卓にぱたりと丸ができた。


「子どもを泣かすなよ。爺さんども」

「俺じゃなくゼフに言え。かっこつけなんだあいつは昔から」


 ぽろぽろと涙を落としながらニコルは食べた。線を超えて、ひとかけらだって残さずきれいに。


「おかわりもあるぞ」

「うん。おなかいっぱい食べないと動けないから、いっぱい食べよう」

「はい……」


 袖で目を拭い、ニコルが皿を持って立ち上がる。


「……おかわりください」

「聞こえねぇ。年寄りは耳が遠いんだ」

「おかわりください!」

「おう」


 皿いっぱいの大盛りを持ったニコルが席に戻るのを、皆が微笑みを隠して見守る。


「ゼフさん、おかわりください!」

「俺も」

「おう」


 皆お腹いっぱいまで食べた。午後も頑張るために。


「美味しいね」


 そう言って笑い合う。

 午後は魔法の歌をニコルに教えてあげようと、セシルは微笑んだ。



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― 新着の感想 ―
ニコルのお皿に半分の線が引いてあるところで大号泣して横にいた家族を驚かせました。その一文を家族に朗読して聞かせながらさらに泣きました。いつも素敵なお話をありがとうございます。
[一言] その『リーソの上に辛めのシチューのようなものをかけたものに揚げたお肉をのせたやつ』に似た料理は異世界にもあって、そこではカツカレーっていわれてんだ riso(テキトー)の上にstewをかけ…
[一言] なんかもう、みんな優しいなぁ。孫みたいな感じなんだろうなぁ
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